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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[49]


 解き放たれた紅蓮の炎龍――“サラマンダ・オブ・タトゥ”は、運動場を縦断した。
 濃霧が渦巻く中央部も突き抜けていく。
 その先にいるアズサすらも、炎龍は巻き込もうとした。
「アーッハハハハハハハ――ハっ?」
 六分もの間、涎をまき散らしながら笑い続けていたアズサは間抜け面をさらしていた。
 真正面から炎の龍が迫る。
 開かれた巨大な口の中には、一緒に吹き飛ばされたマコの背中があった。
「うわぁあああああああああ!」
 今度は悲鳴をあげ、両手で顔を隠し――


(ここだ――!)
 炎龍を放ち終えたクロウは、猛然と炎龍を追いかけるように駆けだした。
――駅長と戦う時、不用意に近づくことだけは避けろ。
 脳裏をレイスの言葉がよぎった。
――あいつには“ブレインファンタズム”がある。ゲーム的には恐くないが、プレイヤー的には、あれほど手におえないスキルはない。有効射程がわからないというのも、不気味なところだ。そうである以上、不用意に近づくのは危険だ。そこでだ。あいつがダウンゲートの前に陣取っていた場合を想定して……
 クロウがパーティに加わらないことにしたのは、そのあとのことだった。
 とにかくクロウは第十階層を目指す。
 残りの面々は、アズサとマコを足止めする。
 魔術師ワーグナーさえ倒せばすべてが終わるのだから、他のことは考えない。
 クロウも最初は反対した。第十階層に降りたとしても、ワーグナーの居場所にたどり着けるまで数日かかる可能性もあったからだ。もっとも、これに対してレイスは「それならそれでもいい。たどり着ければ」と答えた。クロウは渋々、説得されるしかなかった。
――だから最悪の場合を想定しておけ。
 レイスはこうも言った。
――もし十階に降りたところで、あの屑と遭遇し、逃げることもできないようなら、その時こそタトゥを使え。それまでは何があっても温存するんだ。いいな。おまえの倒すべき相手はワーグナーだ。どうしても戦うしかない時のために、タトゥは可能な限り温存しろ。そして、決めるべき時は一撃で決めろ。
(決めるべき時は――)
 クロウは念のために張り巡らせた“スモークボム”の目隠しを駆け抜けた。
(――必ず一撃で!)
 彼は突き進んだ。
 予定ではマコとアズサが巻き込まれている。一緒に最終目標も巻き込まれたはずだ。今のこの行動は、それでも倒せなかった時に、トドメを差すためのものである。あくまでクロウの狙いは、たったのひとつ――
(ワーグナーは!?)
 直後、クロウはギョッとした。
 長身の老魔術師が右手を突き出した姿勢で立っていたのだ。
 掌の前に、小さなオブジェが浮かび上がっている。
 正十字に放射線状の飾りが細かく付いた黄金色に輝くオブジェだ。
(《聖印》!?)
 炎龍はその手前で消滅していた。
 マコも、その手前の地面に倒れていた。
 アズサも無事だ。長身の老魔術師――ワーグナーの背後で、情けなくも顔を庇いながら、身をすくめている。
(――だったら!)
 そのための追撃だ。
 一撃で無理なら二撃。二撃でも無理なら何撃でも。
 そのための時間を作るために、わざわざマコもタトゥで巻き込んだ。濃霧で目隠しを作り、アズサに対して不意をうつ形でタトゥを放った。“ブレインファンタズム”を使う余裕を与えず、マコの猛撃にさらされる心配も無く、ゲームクリアのトリガーとなっている魔術師ワーグナーを切り刻むためだけに――

 黒い風が、魔術師ワーグナーの真横を吹き抜けた。

(――いった!)
 手応えがあった。クリーチャーを切った時の手応えだ。
 すり抜けた勢いもそのままに、クロウはヒョイッと跳び上がりながら、運動場と観客席を隔てる壁に両足をつけた。それと同時にバッとワーグナーの背中を見た。

 切れた頸部が、灰色の法衣ごと修復されていった。

(――くそっ!)
 首を刈ったはずだが、どこかで失敗したらしい。
 いや、構わない。
 一撃で終わらない可能性もすでに想定してある。失敗の原因も考えなくていい。オーバーヘッド・ステータスを見る限り、ワーグナーのHPは減少……
(――回復!?)
 壁を蹴り、ワーグナーの背中に迫りながら、クロウは猛速度で回復するワーグナーのHPバーをハッキリと目にしていた。
(これも!?)
 おそらく《聖印》の効果だ。もしかするとクリティカル・ヒットを無効化する力もあるのかもしれない。タトゥは呪文攻撃扱いなのだから、対呪文障壁の力もあるということになる。これは予想外だ。『Wizardly』のラスボスが持つアミュレットは、ここまで破天荒ではない。いや、比べることが無意味だ。
(今は――)
 クロウはワーグナーの間近で足を地に滑らせた。
(――切り刻め!)
 息を止めたまま縦横無尽にワーグナーの背中を切り刻んだ。
 面白いように切り刻める。
 防御力が薄い証拠だ。クロウの黒い刃は、法衣を切り裂き、柔肉もすり抜けていった。
 だが、思ったよりダメージが与えられない。
 回復速度が速い。これでは――

「――こ、この虫けらの分際で!」

 正気に戻ったアズサが飛び退きながら、クロウのことを指さした。


 クロウは暗黒の世界に立っていた。
(――えっ?)
 直後、腹部に衝撃を感じた。
 視線を下げると、自分の腹から真っ赤な腕が突き出していた。
 咳き込んだ。
 鮮血が口から吐き出された。
(――血?)
 間髪入れず、激痛が襲いかかってきた。
 腕が引き抜かれた。
 クロウは絶叫を張り上げ、倒れ込んだ。だが、そんなクロウを誰かが蹴飛ばした。まるでボールになったかのように、彼の躰はポーンと蹴飛ばされた。
 地面に数度、バウンドする。
 腹部に空いた穴から血が溢れ続けた。
 クロウは咳き込んだ。
 苦しい。
 まるで喘息の発作がぶり返したかのように、苦しい。
(――!?)
 何かが迫った。気配でそうだとすぐにわかった。
 必死に転がり、どうにか片膝をつく姿勢に切り替えた。そして、ようやく理解した。
(……これが“ブレインファンタズム”か)
 発作がとまらない。
 左手で押さえる腹部からも、血が鮮血のように溢れ出している。
 それでもクロウは右手で何かを握っていた。
 太刀だ。
――カチャッ
 相手も太刀を構えていた。
――カチャッ カチャッ カチャッ カチャッ
 構える音が幾つも重なった。
 クロウを取り囲む無数の剣士――それはいずれも、“烏山浩太郎”だった。


 観客席に絶叫が響いた。
(終わった……)
 リコも悲鳴をあげながら、心の片隅では、驚くほど冷静に敗北を受け止めていた。
 最初はワーグナーが倒されたと思った。
 だが、クロウは、すれ違いざまの一撃でクリティカル・ヒットを出すことができなかった。そればかりか、すぐにワーグナーを背中から切り刻むという行動に出た。その時にはもう、リコは悲鳴をあげていた。
 真横にいるのだ。
 アズサが。
 あの男が。
「――こ、この虫けらの分際で!」
 その声が響いた瞬間、もう終わりなのだと悟るしかなかった。
 いかにクロウが強くとも、“ブレインファンタズム”に勝てるはずがない。あれはプレイヤーの心を蝕む麻薬のようなものだ。無意識の奥底に内在する欲望を強制的に実体験させる悪魔の力……PVが持つ負の可能性を形にしたような代物……
 リコは諦めた。
 他の者たちも諦めた。
 それが普通だろうと、誰もが思っていたいた。


 レイスは信じていた。キリーも信じていた。マサミはさらに強く信じていた。
 攻略隊だけはクロウの強さを信じていた。
 中でも。
 誰よりもクロウの強さを信じている者が。
 今まさに。
 ナビゲーターに向かって――
「――いいから急いで!」


 クロウはよろめいた。その姿を目にしたアズサは、愉悦の笑みを浮かべた。
(――これで俺は!)
 もはや自分の野望を止められる者は誰も――
「――から急いで!」
「へっ?」
 それはアズサが、この迷宮で口にした最後の言葉だった。


 コロシアムは水をうったように静まりかえった。
 レイスも言葉を失っていた。
 奇跡が、姿を現したのだ。
 アズサの傍らだった。クロウの背後だった。運動場の南側、レイスたちの目の前だった。
「――から急いで!」
 声をあげるが速いか、『奇跡』は間髪入れず、漆黒の風と化した。
――ザザザッ!
 土埃をあげながら、『奇跡』は急制動をかけた。
 アズサの頭上に新たな文字が浮かんだ。
――CRITICAL HIT
 ズルッと彼の頭が横にずれた。
 そのままポトッと落ちた。
 半裸の巨漢だったアズサの外装が、カシャンという小さな音と共に砕け散った……
 レイスはようやく、『奇跡』の名を口にした。
「間に合った……リーナが……間に合った………………」
 レイスの躰からドッと力が抜けていった。


 時は戻る。
「――きゃっ!」
 リーナはとうとう、吹き飛ばされてしまった。苛立ったマコが、サッカーボールを蹴るようにリーナの躰を蹴り上げたせいだ。間に合わないと悟ったリーナは、当たる寸前、後ろに飛んだ。しかし、マコの速さに敵うはずもなかった。
(リーナ――!?)
 何度も目を向けていたレイスは、すぐに現状を理解した。
 同時に、ひとつの幸運にも気が付いた。
(どうする!?)
 迷っている暇は無い。レイスは幸運を奇跡に替える指示を飛ばした。
「――リーナ! クロウを追え!」
 リーナはぽっかりと開いた部屋の出入口へと飛んでいったのだ。
 その先には噴水がある。
 さらに奥にはストーンサークルがある。
 マコが追いかけるのは間違いない。だが、このまま戦っても勝ち目はない。そもそも自分たちも危ない。今やクリーチャーたちは自分たちを取り囲んでいる。おかげで少しずつ部屋から押し離されている。このままでは、今だに姿を見せないアズサも、あの部屋に向かうだろう。少なくともクロウが向かったことに気づいているはずだ。
 だったら――答えはひとつしかない。
 リーナを行かせる。
 第十階層に。
「クロウと一緒に、ワーグナーを倒せ!」


 リーナは迷わなかった。飛ばされた勢いを使い、そのままバク転を繰り返した。
 イメージは簡単だ。
 これまで見たアクション映画を思い出せばいい。
(――このまま!)
 マコが猛速度で迫ってくる。
 だが、玩具のように飛び跳ねるリーナのほうが少しだけ先に奥に向かった。伊達や酔狂で新体操クラブに通っていたわけではない。TVで見た一流選手の動きも、リーナのイマジネーションを強く助けた。
〈第十階層に転移しますか?〉
 ウィンドウが表示された時、リーナは大きく跳びはね、宙を回転していた。
(当たり前よ!)
 そのまま“YES”のオブジェを連打した。
 一瞬、別のウィンドウが表示された気もしたが、着地してみると――広大な空間にいた。
(――えっ!?)
 最初は第九階層かと思った。だが周囲を見渡してもストーンサークルが無い。マコもいない。あわててウィンドウを開く。マップによると第十階層に間違いないらしい。現在地は中心から見て西側だ。
(もしかして……)
 リーナはすぐに第十階層の中心部を目指した。クロウがダークゾーンを抜けるまで気づかなかったことを、リーナはすぐに察したのだ。
 だが、第十階層は広大すぎた。
 おまけにクリーチャーも強い。クロウほどの速度も無いリーナは、遭遇するたびに全滅させなければ、先に進むことができなかった。それでも――


(――間に合った!)
 ナビゲーターを怒鳴りつけつつ、確認ウィンドウの“YES”をノックしたリーナは、直後に現れた眼前の光景を見て、これまでにないほど強い喜びを感じた。
 一番彼女を喜ばせたのは、目の前にアズサが居たことだ。
 マコを狂わせた男。
 全ての元凶。
 唾棄すべき屑の最高峰。
 リーナは考えるよりも先に動いていた。
 小太刀はすでに二刀とも失っている。だが、ドロップアイテムの中に小太刀があった。
 名前は“ブレード・オブ・ニンジャ”――クロウが持つべき小太刀だ。追加効果は速度向上、発生音低減、エフェクトカラーをブラックに変更、モーションアシスト時のクリティカル補正向上。その分、与えられるダメージは常に一ポイントというデメリットを持つ。まさにクロウのために用意された武器だ。おかげでリーナは、実際にクロウが傍らにいるような気持ちにさえなっていた……
 そんな“ブレード・オブ・ニンジャ”を左で逆手に構え持ったリーナは、半ば無意識のうちに、まっすぐアズサの背後をすり抜けていった。
 クロウの真似だ。
 速さもクロウに匹敵した。
 手際もそうだ。
 刃は寸分違わず、アズサの首をすり抜けてくれた。
――ゴツッ
 途中、鈍い感触があった。イヤな感触だった。それでもリーナは走り抜けた。
 地を滑り、急制動をかけた。
 振り返った。
――CRITICAL HIT
 耳元でシステムメッセージが流れた。
 アズサの首が、ズルッと手前側にズレた。
 そのままポトリと地面に落ちた。
 躰が消滅した。
 ロストした。
 倒した。
 とうとう、あの男を、この手で、倒した。
(――あっ)
 ようやくリーナは周囲の状況に気が付いた。アズサがいた場所の近くに、長身の老魔術師が立っていることにも、この時点でようやく気が付いた。それにも増して、観客席を埋め尽くす観衆に驚いた。皆が、水をうったように静まりかえっていることも不気味だった。
(えっ? えっ? えっ?)
 その戸惑いが――隙になった。
「あぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 絶叫だった。
 白い爆風だった。
(えっ――?)
 最初、何が起きたのかリーナにはわからなかった。
 それでもすぐに、全身を強烈な衝撃が揺さぶったことと、吹き飛ばされたことと、強烈な痛みがあることに気が付いた。それでも、こうした自分の外装に関わるすべてのことが、まるで他人事のように感じられた。
(――そうか)
 再び白い凶風が迫った。そこでようやく、リーナも理解した。
 マコだ。
 どこにいたのか知らないが、マコもまた、ここにたどり着いていたらしい。
(マコさん――!)
 リーナは膝をまるめ、クルッと回転して地面に着地した。
 足はしばらく地面を滑ったが、停まるよりも前にマコの剣風が迫った。
「うあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 マコは狂ったように叫びながら二本の直剣を振るい続けた。
 スローモーに見えた。
 これも“ブレード・オブ・ニンジャ”のお陰だったが、それを知らないリーナは、マコが狂気のあまり自暴自棄になっていると感じた。
「――マコさん! もう終わりです! 終わったんです! だから!」
「先生を! 先生を! 先生を! よくも! 先生を! よくも! よくも!」
 彼女の瞳孔は見開かれていた。
 正気を失っている。
 今のマコは、単なる暴力装置にすぎなかった。
 それでも狂戦士としての本能までは、失っていないらしい……
「!?」
 なにを思ったのか、マコは真横に飛び退いた。リーナは追いかけることもなく、驚きながら彼女の姿を目で追いかけた。マコが静止したのは、リーナから二十メートル近く離れた場所である。しかも彼女は、リーナではなく、別の方向に顔を向けていた。
 視線を追いかけ――リーナは理解した。
 不意に目頭が熱くなった。
「クゥ……」
 アズサが消えた場所のすぐ近くに、クロウがフラフラと、立ち上がろうとしていた。


 コロシアムは完全な静寂に包まれた。
 クロウが立ち上がる。
 運動場にいるのはクロウと、リーナと、マコの三人――ワーグナーの姿はない。ゲームが終わっていないところを見ると、倒されたわけでもないはずだ。しかし、この場にいる誰もが、そのことを不自然に感じなかった。
「……つれぇ」
 ぽつりとクロウがつぶやいた。
 マコがニヤリと笑う。
「二対一? いいじゃない……いいじゃない…………」
 冷静に見えるのは表向きだけらしい。
 リーナはマコに注意しながら、最初は恐る恐る、次第に早足、最後には駆け足でクロウのもとに駆け寄った。
「――クゥ!?」
「来るな!」
 鋭い制止だった。リーナは地を削り、大慌てで急制動をかけた。
「……クゥ?」
「マコ!」クロウは声を張り上げた。「あんたはアレに負けたんだな!?」
「はぁ? なにそれ? 今さら懐柔しようたって――」
「“ブレインファンタズム”!」
 クロウは顔をうつむかせ、吐き捨てるようにその名を口にした。
「俺も味わった!」
 マコの顔が少しだけひきつった。
「同じだった! 終わりが無かった! 殺し合いだ! 殺されたさ! 何度も何度も殺されて、何度も何度も殺してやったさ!」
 クロウは顔をあげた。
「俺が、『俺』を!」
「……で?」
 マコは背筋を伸ばした。だが、両目には今も凶暴な輝きを宿している。
 クロウもまた、獰猛な獣のような笑みを浮かべた。
「弱いくせに吠える気か?」
 マコの顔が強く引きつった。
「……クゥ?」
 リーナが掠れた声で呼びかけた。
 その瞬間だけ、クロウの顔から険しさが消えた。リーナに向けられる眼差しは、むしろ悲しみをたたえる、泣き出しそうなものだった。
「悪い。リィにもPK、やらせちまった」
 リーナは首を横にふった。
 そんなことはどうでもいい。それよりも、今のクロウのことが心配だった。
「俺……さ……」
 クロウはマコに視線を戻した。悲しげな表情が、次第に獣のそれへと変わっていく。
「思い知らされた……俺が興味を持っているのは……俺のことだけなんだ。俺は俺に勝ちたいんだ。俺という存在を、完膚無きまでに打ちのめすこと……どういえばわかる?」
 途中から彼はマコに語りかけていた。
「自己克服? いや……支配。俺は、俺を支配したいんだ。つま先から頭のてっぺんまで、髪の毛一本にいたるまで、俺は、俺の全てを、俺の力で屈服させたい。それが俺だ。俺のすべてだ」
 彼は歯をむき出し、獰猛な笑みを浮かべていた。
「あんたは誰かに勝ちたいんだよな?」
 マコは答えなかった。答える代わりに、身構えた。
 クロウは「ふん」と華で笑い飛ばした。
「だったら……てめぇは俺の敵だ。俺を負かしていいのは、俺だけだ」
「クゥ!」
「止めるな」
「でも!」
「マコ!」クロウは叫んだ。「タイマンだ! 一撃で決めてやる!」
「クゥ! やめて! マコさんは――」

――ドンッ!

 二箇所で地面が爆発した。強すぎる踏み足が、固い地面すら打ち砕いたのだ。
 すべてを目にしたのは、リーナただひとりだ。
 他の者には、なにが起きたのか認識できなかった。認識可能な速度を超えていた。
 残像すら見えない。
 風ですらなかった。
 吹き上げられた莫大な砂塵が、もうもうと運動場に広がっていった。
 リーナは足の力を失い、ペタッとその場に座り込んだ。
 砂塵が消えていく。
 二人の立ち位置は、変わっていた。
 クロウは膝を曲げた左脚を前にし、左手で鞘を掴みつつ、太刀を右に振り抜いた姿勢で静止していた。
 マコも膝を曲げた左脚を前にしていたが、上体の姿勢は、両手の直剣を、左右に広げるような形になっていた。
 静寂だけがコロシアムを支配していた。
 片方が口を開いた。

「――あんたのこと、嫌いじゃなかった」

 片方の腰から上がズルッと横に滑った。
――カシャン
 硝子が砕け散るような音が響いた。
 消え去ったのは――純白の狂戦士。
 生き延びたのは――漆黒の忍者。

 歓声が爆発した。

 クロウは無言で太刀を鞘に収めた。それからしばらく、彼は顔を伏せたまま、立ちつくした。
 目元を腕で擦ったのは、ほんの少しだけにじんだものを、ぬぐい取るためだった。
「――金色!」クロウは叫んだ。「さっさとワーグナーを出せ!」
「これは――」
 声はすぐ右から響いた。クロウは確かめもせず、太刀を抜刀した。
 切り落とされたのは――黄金の少年の首だった。
「――サービスだよ?」
 彼は生首のままで、ニヤリと笑って見せた。
 クロウは返す刀で、そんな生首に太刀を突き立てた。突き刺したモノは、老魔術師の生首だった。


〈ゲームは面白かったかい?〉
 世界が砕ける直前、すべてのプレイヤーの耳元に彼の言葉が囁かれた。





Chapter IV " Ultimate Entertainment "

End






To Be Next Chapter / postscript Part IV

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