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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[39]

 最初に捕まったのはバッシュ、リーナ、マコの三人パーティだった。
 二十九日目の出来事である。
 実行者は、独断専行で三階事件の復讐を計画した自治会の平会員たちだ。ここで手柄をたて、さらに上を目指そうと企んだのである。幸か不幸か賛同者が十八名も集まった。こうして、狩りと称してコロシアムから第二階層へと降りていくと、たまたま第二階層を捜索していたバッシュたちと遭遇。実行者たちの中にバッシュの顔を知る者がいたことから、不意打ちに近い襲撃を仕掛け、バッシュをその場で殺害。リーナとマコをコロシアムへと引き立てていった。
 喜ばれると思ったが、指導者アズサの態度は不機嫌そのものだった。
「面倒なことを」
 それでもアズサは、二人を拘束したうえで監禁した。誰かに陵辱させようかとも思ったが、強さという点で攻略隊は自治会を大きく上回っている。真っ向から衝突すれば、自治会が受ける損害も馬鹿にできなくなる。
「さて、どうしたものか」
 彼がそう考えていた矢先、別の者が新たな攻略隊メンバーを捕らえた。
 やはり功を狙っての独断専行だった。
「対立は不可避か……」
 腹を決めたアズサは、三人目から攻略隊に関する情報を引き出すよう命じた。命じられた自治会員はマサミを拷問にかけたようだが、アズサは特に気に掛けなかった。どうせ最後には殺すつもりだったのだ。
 ただ、引き出せた情報の中に、例の“ニンジャ”に関するものがあった。
 アズサは考えた。
(それほどのプレイヤー、手なずけることさえできれば良い手駒に……)
 だが、できる保証がどこにも無かった。そこでアズサは、最初に捕らえた二人のうち、より反抗的なマコを実験台にしてみることにした。“ブレインファンタズム”による調教だ。これは予想以上にうまくいった。そればかりか、嬉しい副産物もあった。
 彼女は“ブレインファンタズム”によって、無限に続く殺し合いを経験したのだ。その経験がゲームにもフィードバックされた。データ的には何も変わらなかったが、脳の回路が新しい状態に組み変わったらしい。マコはたった一晩で、噂の“ニンジャ”を遙かに上回るであろう狂戦士に成長した。
(あとは誘い出すだけだな)
 アズサはリーナを餌に、“ニンジャ”を釣り上げる計画を立てた。伝言役にはマサミを利用した。ただ、役目を終えたマサミが舞い戻るとは考えておらず、そればかりかマサミが戻ってきたという報告を、アズサは最後まで耳にすることは無かった。


「こうなったら、私たちの手でリーナって子を救い出しましょ。それなら、攻略隊だってイヤが上でも協力してくれるわ」
 リコがそう宣言したのは三十六日目の話だ。
 この頃、独立派と自治会は不安定な時期にさしかかっていた。あと二日で五月が訪れるのだ。それなのに外部からは、救援の手が差し伸べられてこない。一方、自治会の新興宗教化は深まっていく一方だった。幹部間のセクト争いすら始まっている。そればかりか、女性外装に対する扱いも日に日に悪化の一途をたどっていた。自治会の内部にも、一度は帰依したものの、時と共に熱狂から冷めた者が現れだした。
 様々な流れが、独立派の決起を促していた。
「でも、数で押せるもんでもんねぇだろ?」
 とは、今や独立派の切り込み隊長の地位を確立したドレッドヘアのボーイだった。
「誰が正攻法で行くって?」
 知の片腕、リチャードが苦笑した。
「そうだね。味方してくれる人もたくさんいるし」
 心の片腕、ジンも苦笑を漏らした。
「そういうこと。追いつめられたネズミの底力ってやつ、見せつけてやるわよ!」
 名実共に独立派を代表する黄金色の姫――リコの宣言に誰もが賛同した。戦闘訓練の名目で第一階層への狩りに出てくる協力者たちも同様だ。すでに自治会内部の親独立派は二百名近くに達し、決起のあとには合流する方向で話がまとまっていった。
「作戦名は“トム&ジェリー”。トムは暴れて、ジェリーは救出!」
 内容は至ってシンプルだ。
 トム・チームはコロシアムの各地に潜み、合図と共に寝床を壊しまくる。
 ジェリー・チームは、親衛隊に化けて合図があるまで監禁場所の周辺に待機。合図のあとは、監禁場所を強襲、リーナを助け、トム・チームの援護を受けながら離脱する。
 はっきり言って作戦とは言い難いほど行き当たりばったりな内容だったが、ここにいる面々は元を正せば普通の一般市民だ。高度な救出作戦を立案しても、実行できる能力があるとは言えない。
 それでも。
「あいつら、魔法の力押しばっかりで経験値稼いでるから、こっちが逃げ腰にさえならなきゃ、きっとどうにかなるはずなのよ。いい? どうせちょっとやそっとでプレイヤーは死なないんだから、ストレス解消に暴れるって気持ちで行くのよ」
 ところが予想外の出来事が起きた。
 親衛隊として潜り込んだジェリー・チーム十七名のうち、監禁場所の近くに配属されたのはジンだけだったのだ。
 これにはさすがのリコたちも頭をかかえた。
 だが、悩んでいるだけで、事態が好転するわけがない。仕方なく、一番小柄なリコが、家具の隙間をすり抜けてジンのそばまで向かい、彼をサポートすることになった。
 もはや行き当たりばったりどころの騒ぎではなくなった。
「でも、やらなきゃ」
 リコのその言葉で、ジンもなけなしの勇気を振り絞ることになった。


 攻略隊は二十九日目の段階から、以前と同じシフト――探査組を二パーティ十二名で編成、残りは泉部屋の防衛に回る――に戻さざるをえなくなった。バッシュたちが捕らえられたことを、口の軽い自治会員から聞き出したためだ。
 だが、マサミが伝言を伝えるまでは、クロウの捜索が重視された。
「悔しいが、クロウは私たちの最大戦力だ」
 レイスは苦渋の決断を下した。
「救出するにしろ、敵討ちするにしろ、クロウのいない我々では、多勢に無勢としか言い様がない。いいか、ダウンゲートだ。クロウは必ず、第四階層にいる」
 結果的に隠し扉に気づかなかったレイスたちは、その後も第三階層を駆け回ることになった。それでも、皆が不安を振り払うように探索を続けた結果、第三階層の地図は完成の一歩手前の状態にまでなった。そのうえ、練度にいたっては、わずかな期間で驚くべきレベルまで高まることになった。
 三十四日目、マサミが伝言をもたらした。
 その後、姿を消した彼女の態度から、誰もがマサミを恨めなくなっていた。
「ごめんなさい、私が悪いの。私が全部、私が、私が――」
 涙しながら迷宮の奥へと消えたマサミ――責めるのは簡単だったが、誰もがボタンを掛け違えただけだと思わずにいられなかった。
「……助けに行く」
 レイスは隊をあげての救出作戦を立案した。
 コロシアムを強襲するのだ。
「自治会を潰す。全員殺す。それがイヤなら、今からでも抜けていい」
 誰一人として抜けなかった。
 全員が激怒していた。
 冷静さを欠いていた。
 決行日は三十九日目の深夜になった。自治会もまた、プレイタイムから逆算したリアルタイムを生活時間として利用していることが判明したからだ。
「それまでに一対多に使えるスキルを習熟してくれ」
 レイスの指示を受け、隊員全員が必死になって範囲呪文や乱戦に適した武器型アクションスキルのレベルを高めていった。
 クロウが帰還したのは、こうした準備を全て終えた作戦決行直前のことだ。移動時間を考えると、そろそろ出立しなければならないという時刻だった。
 だからこそ、誰もが驚いた。
 ただ、駆け去るクロウの速さは尋常ではなかった。
 不幸なことに、彼が置いていったマサミは、張りつめていた糸が切れるように気を失ってしまった。そのためエレベータールームの在処を確かめることができなかったが、
「――そうか、隠し扉か! くそっ!」
 壁を殴ったレイスは、自らの迂闊さを強く呪った。
 エレベータールームの捜索が始まった。
 気絶したマサミは、ボイルに担がせた。
 クロウが駆け去った方向を探ると、五分と経たず、隠し扉が見つかった。
 すぐに一同は第一階層に転移した。
 コロシアムを目指した。
 その頃にはもう、独立派の「トム&ジェリー」作戦が終了していた。
 攻略隊が第一階層アッパーゲートに近づいた頃には、独立派と協力者たちがゲートを取り囲み、追撃してくる自治会員と戦い、逃げ出してくる仲間を助け出している真っ最中だった。
 その中にクロウとリーナの姿は無かった。


「……クゥ?」
「しっ……」
 二つの囁き声は、濃霧の中で交わされていた。
 第一階層北側のダークゾーン――クロウとリーナは、その中に潜んでいたのだ。実は攻略隊とも遭遇するルートを走っていたのだが、クロウはコロシアムに向かう一団に気づくと、正体を確かめるより先に、横道へと逃げ込んでいった。そのせいでレイスたちとはすれ違う結果になっていた。
「……クゥ」
 かすれたリーナの声が、すぐそばで響いた。
 当然だ。しゃがんでこそいるが、クロウは今現在もリーナを横抱きに抱えたままなのだ。一方のリーナも、クロウの首に両腕を回し、グッと抱きついたまま、離れようとしない。おかげで互いの囁き声は、互いの耳元をくすぐっていた。
「静かに……」
 クロウは両目を閉ざしたまま、耳に全神経を集中させていた。逃げるにしろ、戦うにしろ、追撃者の有無を確認しなければ――
「はぁ…………」
 リーナが不意に吐息を漏らした。抱きつく腕にさらに力を込め、自らの頬をクロウの頬にすり寄せた。
「良かった……」
「……リィ」
「もう……落ち着いたんだよね」
「……ごめん」
「もう少しワガママになるべきだったんじゃない?」
「……俺、さ」
「うん」
「人殺しなんだ」
 サラリとした告白――だが、それがクロウにとって重要な告白であることを、リーナは理屈を越えたところで理解していた。それでも、反論せずにはいられなかった。
「ここで死んでも死なない可能性もあるって……」
「違う。そうじゃなくて……」
「……うん」
「俺……俺さ……プレイヤーと殺し合うのが…………楽しいんだ」
 クロウは苦しげに独白した。
「殺し合うのが……夢中になれて……でも、クリーチャーが相手だと物足りなくて……でも、あの時は……たくさん殺した時は……俺……俺って…………」
 直後、リーナがつぶやいた。


「だってこれ、ゲームじゃない」


 クロウは口を閉ざした。言葉の意味を掴みかねた。
「なんだ、そんなことで悩んでたんだ……」
 リーナはクロウの頭を抱きしめた。唇が彼の耳元に柔らかく押しつけられる。
「夢中になれるのも当然だよ。だって、ゲームじゃない。クゥはリアルで人間の躰が壊れた時のこと、知らないから区別が付かないだけ……」
「でも――」
「あたし、両足が無いの」
 クロウは再び黙り込んだ。
「交通事故。潰されちゃったんだ、でっかいトラックに。骨もグジャグジャ。切断するしかなくて、バッサリやっちゃったの。骨の継ぎ足しとかやったから、足首のちょっと上ぐらいまでならあるけど……だから、中三っていうのは書類上では本当だけど、嘘なんだ。あたし、ずっと病院に……」
「――あっ」
 不意にクロウは“あの日”の出来事を思い出した。
 あれは大量発生したゴブリンを蹴散らしたあとのことだ。互いの本名を初めて口にしたあの時、リーナはどういうわけか言い渋るような態度を見せた。するとレイスがリーナを引っ張り、なにやらゴソゴソと話し込んだ。“あの声”が響いたのは、そのあとのことだ。おかげで何を話していたのか、聞きそびれてしまったが……
「じゃあ、あの時に……」
「……なに?」
「いや……ほら……“あの日”、隊長にだけ話した内容って…………」
「……うん。同情されるの、イヤだったから」
「わかる」
 喘息持ちだったクロウには、その気持ちが理解できた。
「わかる。それ」
「……人間の躰ってね」リーナは微かに震えた。「丈夫なんだけど、脆いし、汚いの。傷つくと血が流れるし……お腹が裂けるとね、すっごい臭いもするの。腸が破れるんだって。だから、ものすごく臭くて、それだけで吐いちゃうぐらいで……でも、皮膚とかは意外とつながったまんまだったりするの。骨が突き出したりするけど、ほんと、薄皮一枚だけで――」
「いい」
 クロウは彼女の膝裏に回していた腕を抜き、グッとリーナを抱きしめた。
「もう、いいから」
「……うん」
 リーナはクロウの首筋に顔をうずめた。
 いつまでもこうしていたい。
 だが、そういうわけにもいかない……
「……立てるか?」
「うん」
 二人が立ち上がった。だが、互いの躰に腕を回したままだった。
「クゥ」とリーナが呼びかけた。
「んっ?」
「……お姫様役、今回でお終いにする」
「………………」
「バッシュさんに言われたの。消える直前……『頑張れよ』って…………」
 クロウはグッと歯を食いしばった。
 バッシュがロストした話は、マサミを送り届けた時に聞いていた。マコが寝返ったこともそうだ。嘘だと思いたかったが、マコの変貌ぶりを思うと――そしてリーナの言葉を聞くと――もはや否定できないことを自覚するしかなかった。
「俺のせいで……」
「……今度それ言ったら、グーで殴るよ」
「でも――」
「『でも』じゃない。みんな、クゥに頼りすぎてたのが原因だもん。あたしも頑張ってるつもりだったけど、やっぱりクゥに甘えていたから――」
「違う。みんなのせいじゃない。俺が殺し合いにのめり込んで――」
「あたしだってそうよ。みんなもそう。でも、それはここがゲームの中だから。リアルとは違うから、そう思えるだけ」
「そう、かな……」
「うん……信じられない?」
「……正直」
「だったら……」
 リーナは顔をうつむかせた。
「あたしを……信じて…………よ………………」


(脆いもんだな)
 玉座ともいえるソファーに腰掛けていたアズサは、小綺麗になってしまったコロシアムを眺めていた。残った家具で新しい寝床を作るよう指示を出したが、そのせいでコロシアムの寝床は北側半分に集中する結果になった。
 だいたい、城塞ともいえる自治会執行部の寝床が大きく崩れている。家具を補充するなら、ここが最優先だ。しかし、現在の残金では、執行部の寝床を組み直すことさえ難しい。
 かといって、狩猟部隊を派遣するのもためらわれた。
 とりあえず第一階層側のアッパーゲートの守りを固めるよう指示を出しつつ、一端、全階層の自治会員を引き上げさせることにした。もはやSHOP管理による迷宮支配は、無意味であることに気づいたからこそだ。
「……カヲル、あとは任せた」
「はい!」
 アズサは立ち上がり、舞台の裏手へと戻っていった。
 SHOPの看板が見える巨大な部屋があった。床にペルシャ絨毯が敷き詰められ、巨大なキングサイズのベッドを中央に置き、壁際にはソファーを並べ、左右の出入口には常に歩哨を立てているというアズサの居室だ。
 室内には全裸の女性プレイヤーたちが、身を寄せ合って震えていた。戦闘の余韻が消えていないのだ。彼女たちはアズサに気づくと、競うように彼のもとに駆け寄った。
「先生!」「恐いんです、助けてください!」「先生!」「先生!」
 アズサは彼女たちを振り払った。
「――瞑想の邪魔だ」
 ベッドに向かい、その上で壁を向きつつ胡座をかく。
 表情は厳粛そのもの。
 ただ、覇気も怒気も感じられない。かといって意気消沈しているようにも見えない。まるで巨大な岩が、そこに鎮座しているかのような感じですらある。それだけに、女たちも近づくことがためらわれ、次々と部屋を退いていった。
 アズサは考えた。
(これは試練だ)
 矛盾しているようだが、彼は目に見える試練を求めていた。言葉を変えるなら、わかりやすい“敵”を求めていた。正義に対する邪悪、神に対する悪魔、巨大な陰謀、偉大であるはずの自分たちが矮小な組織しか作れない理由となるもの、思い通りにいかない理由そのもの、否定するだけで良い存在……
「……カヲル! マコ!」
 彼は声を張り上げた。
 ほどなくして二人が姿を現した。ただ、カヲルが誇らしげであるのに対し、兜の無い甲冑姿のままであるマコは、悔しげに顔を伏せながら入ってきた。
「わかったぞ」
 二人が挨拶を口にするより前に、アズサは双眸をギラつかせた。
「マコ、おまえが負けたのは当然だ。なぜなら、あれこそが時代の先端に立とうする我々を欺き、くじき、絶望においやる者……『サタン』の御使いなのだからな!」
 二人はギョッとした。だがすぐに、マコが勢い込みながらアズサに宣言した。
「先生! 次は必ず勝ちます!」
「そうだ。次は必ず勝てる。だが、戦いはそのあとも続く。第二、第三の黒い御使いが現れる。マコ、おまえは力でそれを退ける者だ。カヲル、おまえは私への献身でそれを退ける者だ」
「先生……」
 置いて行かれるかと思ったカヲルは、今の言葉でホッと安堵の表情を見せた。直後、カヲルは隣りに立つマコに強烈な嫉妬の眼差しを向け、彼女以上に勢い込みながらアズサに向かって宣言した。
「次は私にやらせてください! 先生の第一の弟子である私であれば、あんな黒い鴉に負けるはずがありません!」
 マコはカヲルを睨みつけた。
 カヲルはマコを、睨み返した。
 一方、アズサは両目をギラつかせながら、口元だけをニヤリとさせていた。
「期待しているぞ、二人とも」
「はい!」「はい!」


「……信じる」
 黒い鴉は、絞り出すように答えるのだった。





Chapter III " Enemy "

End






To Be Next Chapter / postscript Part III

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