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[40]
それは二十九日目のこと。
「――これはこれで、悪い気はしないな」
第二階層を捜索する中、先を歩くバッシュは突拍子も無いことを口にしていた。二歩遅れて並んで歩くリーナとマコは、まったく同じタイミングで「えっ?」と尋ね返していた。
「……怒らずに聞いてくれよ」
バッシュは振り返ることなく、訥々と語り出した。
「俺、昔から普通の生活ってやつに馴染めなかったんだ。あっ、別に家が金持ちってわけでもないぞ。家も普通だったし、俺自身、イジメられてたわけでも何かあったわけでもないんだ。ただ、ふとした時に、『違う』って感じてたんだ。ここは俺の居るべき場所じゃない。きっと何かが、何処か別の場所にあるんじゃないって……」
「あっ、それで外国に?」
マコは両腕を頭の後ろで組みながら尋ねてみた。
「まぁ、そんなところ」
バッシュは立ち止まり、何かを思い出すように天井を見上げた。
「最初は国内を回って……バイトで資金を貯めて外国にも出て……そのうちにようやく気が付いた。俺は何処かに行きたかったわけじゃないんだって」
釣られて立ち止まったマコとリーナは小首を傾げながらバッシュの背中を見つめた。
バッシュは目を細めた。
「だから……俺は心の何処かで、“真犯人”に感謝していると思う」
二人はドキッとした。
三千名以上のプレイヤーを仮想現実に閉じこめ続けている“真犯人”――その話題は、かなり早い段階からタブー視されている。考えても仕方がないからだ。少なくとも、マコやリーナはそう考えていたし、攻略隊のほぼ全員がそう考えていた。
だが、バッシュは違うようだ。
「“そいつ”の目的は、俺にもサッパリわからない。ただ、意図らしきものは、ボンヤリとだが想像がつく。いや、自治会を見て、確信した。おそらく間違いない」
「……バッシュさん?」
リーナは恐る恐る声をかけた。
「比喩世界(メタバース)」
バッシュはつぶやいた。
「“そいつ”は仮想現実の中にもうひとつの世界を作り上げることを目論んだんだ。だから初日以降、一度も干渉していない。だとしたら……」
「――副長? どうかしちゃった?」
マコが茶化すように声をかけた。だがバッシュは、振り返りながら、
「単なる愉快犯とは思えない」
と話題を継続した。
「BABEL(バベル)をハックするには国家プロジェクトレベルのリソースが必要だ。だいたい、今はテクニックだけでどうにかできる時代じゃない。だとすると、愉快犯的な個人という線は無視できる。もちろん、VRNの関係者による犯行だとしたら、そうとも言い切れなくなるが……」
「……副長、マジでどうしちゃった?」
「引っかかるんだ」
バッシュは腕をくみつつ、左手で顎をなで始めた。
「前に隊長が言ってただろ。ゲームを続けることが死の可能性と直結しているなら、外の人間は、まず最初に、被害者全員をシートから引き離すはずだって。仮に、そうすることで神経系にダメージを負うことになっても、それはそれで仕方ないと考えるはずなんだ。得体の知れない機械につないでおくよりはマシだってね」
「じゃあ、やっぱりあたしたち、死なないんですか?」
リーナは即座に尋ね返した。
「俺はそうだと考えている」
バッシュは即答した。
「だが、こうして何十日も接続されたままの状態が維持されていることも事実だ。そこが一番、わからない。なにか、とんでもないトリックが隠されていることだけは間違いないんだが……それがわからない。わからないから、俺も隊長も、自殺という最後の手段をどうしても肯定しきれていない。こうして俺たちが第二階層を探しているように、潰し切れていない可能性は無視できないってわけさ」
「まぁ、副長の言うことはなんとなくだけどわかった」
マコは眉を寄せながら首をかしげた。
「それで、ぶっちゃけるとなにを言いたいわけ?」
「クロウのことさ」
バッシュは困ったように自嘲しているようも見える苦笑を漏らした。
「ルーマーシステムの噂、聞いたことぐらいならあるだろ? 噂の内容が反映されるってシステムのこと。そいつが実装されてる可能性が高い……なんて考えてる連中が増えてきている。実際、上の連中は、必要以上に俺たちが強いと思い込んでいる。客観的に見れば、確かに俺たちのレベルアップの速さは異常だ。おまけに死人も出ていない」
「それって違うくない?」
マコは反論した。
「だってさ、あたしたちって頑張ったからレベルアップしてるわけじゃない。上の連中との違いっていったら、クロウっていう見本がいるかどうかだってことだと思うけど?」
「同感だな。俺もこう見えて、クロウの動きとか手本にしてる。おかげでうちのシールド使用率、低いこと、低いこと」
「みんな両手武器だしねぇ」
マコが笑った。リーナも苦笑を漏らした。
「それでも、だ」
バッシュは前に向き直った。
「今度はクロウの強さが気になる。上の方でも、かなり前からクロウのことは話題になっててな。GAFのトップランカー“K-OH”の名が知られているって感じなんだが、それでも攻略隊に加わっている白兵戦のスペシャリストだって噂、意外なくらい多くのプレイヤーが、必ず一度は耳にしているって感じだった」
「GAFでもこっちでも才能あるから強いんじゃないの?」とマコ。
「それも否定できない」
バッシュは即答した。
「だが、ルーマーシステムの影響を否定することも無理だ」
「まぁ、そうかもしれないけど、それがどうかした?」
「つまりだ――俺たちは、一人の英雄を生み出しさえすれば、この迷宮から抜け出すことができるんじゃないかって。そういう話さ」
「クゥがそれってことですか?」
それまで黙っていたリーナが、少し薙刀を持つ手に力を込めながら尋ねてみた。
「別にクロウとは限らない。だが、今現在、一番それに相応しいのはクロウだろうな」
「クゥが……」
「だからこそ、“真犯人”の意図がわからない」
一人の英雄を生み出せばクリアできるようなゲームで、比喩世界なんて生み出せるわけがない。それとも、そういう比喩世界を作りたかったのだろうか。
「……あのさ」
不意にマコが声をあげた。
「今はアレコレ悩むより、クロウ探しが優先なんじゃない?」
「……そうだな」
バッシュはうなずき、失踪したクロウに思いを馳せた。
(クロウ……)
彼は心の中で問いかけた。
おまえは……なにをしたいんだ?
Chapter IV " Ultimate Entertainment "
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