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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[09]


 FV(疑似仮想現実)ゲームといえば『POWMON BREEDER』か『WIZARD GUNNER ONLINE』が有名である。だが、これらとは別に、マニアから絶大な支持を集めるFVゲームが存在する。
 その名も『GUN ARMS FRONTIER』。“GAF(ギャフ)”の愛称で知られるMMOロボット対戦ゲームの決定版だ。
 一番の特徴はプレイヤーが自分で組み立てた戦術決戦兵器“ガンアーム”を操れるというところ。だが、何よりもマニアを惹きつけてやまいのが、スタッフサイドの審査さえ通ればプレイヤーメイドのパーツも自由に組み込めるなどの、自由度の高さだ。おかげでGAFでは古めかしい第二次世界大戦時の兵器から古典的スーパーロボットまで、ありとあらゆる兵器が交錯している。どれほどマニアックなゲームなのか、これを考えるだけで語るまでもないだろう。
「――あんたのお姉さん、それの熱狂的なプレイヤーなわけね」
「そういうこと」
 リーナの言葉にクロウはうなずき返した。
 クロウの姉が率いる“ Snow White and the Seventh Devils ”といえば、GAFの中でも名の知れたチームのひとつだ。なにしろワールドステージ――所属陣営の勝敗を競うモード――での拠点殲滅ミッションでは百パーセント近い成功率を誇っている。メンバーの大半も上位百名のみが名を連ねるトップランカーリストにハンドル名を載せているほどだ。
「そこにきて魔軍のカスタマイズときたら、もう呆れるほど精密でね」
 レイスは左眉をあげつつ、指先で右眉のあたりを軽くかいた。
「普通はミッションが変わってもパーツを変えずに行くんだが……こいつら、ミッションごとに微調整かけるどころか、次から次と新しいパーツも持ち出してくる。もう、こっちとしてはたまったものじゃない。メンバーの練度のほうが重要なんだろうが……そこにきてこのガキ、市街戦だけは鬼のように強いこと、強いこと」
「あんたを落としたの、空中戦だったろ」
「不意打ちだ」
「それでも撃墜は撃墜」
「言ってろ」
 レイスは憮然とし、クロウは苦笑した。
 そんな光景を、リーナは少しだけまぶしそうに見つめる。
「……という感じでどうだ?」
 クロウが尋ねると、リーナはハッとなり、コクコクと小刻みに首肯した。
「で――あとはおまえだな」
 レイスはリーナに顔を向けた。
「おい」
「ガキは黙ってろ」
「三十路(みそじ)もな」
 途端、レイスの目に殺気が走った。眼力でHPを削れそうなほど強くクロウを睨みつけている。
(……あれ?)
 リーナは違和感を覚えた。今の反応は少しばかり尋常ではない。
「ええっと……」
「これ、おばさん」
 クロウがレイスを指さした。
「うそ……」
 リーナはまじまじとレイスの体を眺めた。
 目の前にいるのはどこからどう見ても二十代の青年――いや、これは外装にすぎない。ここは仮想現実世界だ。中の人の性別や年齢が違うぐらいで驚いていては話にならない。
「……言うようになったな、シスコン」とレイス。
 リーナの驚きの視線はクロウへと移った。
 クロウはムッとした表情で顔を背ける。
「フォローぐらい自分でしろ」
 レイスは手にした杖でゴツッとクロウの後頭部を叩いた。微妙にHPが減るが、もともとクロウはPK状態なのでレイスの名前は白いままである。それ以前にクロウがホワイトネームだったとしても、トドメを差さない限りレッドネームにはならないのだが。
「ってぇな!」
「姉が母親代わりだったから逆らえない――ぐらい自分で言え」
「どうでもいいだろ」
「あぁ、こいつの母親、小さい頃に亡くなっててね。今は新しい母親ができて――」
「誰から聞いた!」
「姫に決まってるだろ」
「――!!」
「おまえ、去年の秋頃からまったくステージに出てないだろ。そのあいだに、バトルロイヤルで親しくなってな。今はメル友だ。どうだ。恐れ入ったか」
「……ったく! あの馬鹿女!」
 ゴンッ!――と壁に拳を叩きつけてから、クロウはガリガリと髪をかきむしった。
「相変わらずだな」
 とレイスが苦笑する。
「とりあえず――私は桐島弥生(きりしま・やよい)。三十一。ヤオイ好きなゲームマニアの専業主婦だ。おまえは?」
 彼(彼女?)はリーナに話をふった。
 リーナは口を開く。だが、言葉がでない。
(……主婦?)
 そう聞こえた気がする。
 目の前の青年が、自分のことを主婦と告げたような――
「……しゅ……主婦ぅぅぅ!?」
 ビシッ!――と指さしながらリーナが叫び上げた。
「そうだが?」
 レイスは平然と答えた。
 話を総合すると――目の前にいる黄金眼の痩身の青年は、口調こそ男性そのものだが、中の人はヤオイ好きで、ゲームオタクで、三十一歳な、専業主婦ということらしい。
「おい。おまえも名乗っとけ」
 レイスは再び、杖でゴンッとクロウの後頭部を叩いた。
「……烏山浩太郎(からすやま・こうたろう)、十五、月曜で中三」
「……桜木(さくらぎ)………………里奈(りな)…………」
 リーナはうつむき、口に手をあて、何やら考え込んだ。
 二人は黙って彼女の続く言葉を待つ。
「一応……中三で…………」
 小さな言葉。
「一応?」
 レイスは容赦なく彼女の言葉を確かめた。リーナは黙り込んでしまう。
「……ちょっといいか?」
 レイスは彼女の肩を抱き、少し離れた場所へと歩いていった。
 クロウは黙って二人を待った。
 到着時に床に放り投げられた二つの松明がユラユラと影を揺らし続ける中、レイスとリーナは顔を寄せ、ボソボソと話し続ける……
「よしっ、問題なし」
 レイスは顔をあげ、バンッとリーナの背中を叩いた。
「ということだ。いいな」
 痛がる彼女を置き、彼(彼女)はクロウの方に向き直った。
 その時だった。


勇敢なる冒険者諸君、聞こえているかね?



「んっ!?」「えっ!?」「――!?」
 不意の声は頭上から響いてきた。いや、前かもしれない。後ろかもしれない。左右からも響いた気がするが、足下からではないことは確かだ。まるで迷宮全体から響き出ているような声だ。しかも声そのものは年齢不詳、中性的で、言葉の意味以外はすぐに忘れてしまいそうな不思議な響きを持っていた。



私が何者かは大きな問題ではない
一番の問題は、君たちの人生を私が握っているという事実だけだ



 クロウは二人に顔を向けた。レイスは頭上を見上げたままだったが、リーナは驚きの表情で彼を見返し、天井を指さしながら口をパクパクさせてきた。クロウは口に指をたて、目だけを上へと向ける。リーナもこれに習い、クロウの方に歩み出しながら、両手で口を押さえ、天井を見上げた。



もう察している者もいるだろう
これはフィクションで語られ続けているデスゲームの一種
生き残りを賭けたサバイバルゲームだ

誰でもいい
魔術師ワーグナーを誰かが倒せば、諸君は自動的にログアウトする

だが魔術師ワーグナーが生きている限り永久にこの迷宮から出られない
それだけのゲームだ
簡単だろ?



「……できるの?」
 歩み寄り、クロウの腕を掴んだリーナが天井を見上げたまま、小声で彼に尋ねた。



シートを降りれば接続が切れると考える者もいるだろう
だがそれは浅はかな夢だ

諸君が使用しているシートが欠陥品でないと言い切れるかね?
工場のシステムがハッキングされないと断言できる者は?
出力を二桁あげたことはどうかな?
交感神経に介入できないと笑える者は?
心不全を起こせないと豪語できる者は?



「……そっちか」
 クロウは顔をしかめた。
 生物の心臓には脳と同じシナプス回路が存在している。心臓移植を行うと移植者が提供者の記憶を思い出したり、好みに影響されるなどの現象を起こすが、それも“心臓に付随する脳の一部も移植されるため”なのだ。
 そしてPVとは、アンデルフィア=ローカル場を利用し、神経系との相互作用を確立することで完全な仮想現実を可能とする技術である。つまり理論上、心臓神経に干渉し、心不全を引き起こすことも可能なのだ。
 だが、それには高い出力を必要とする。市販のPVシートではそこまでの出力が出せない。出すと壊れるよう設計されている。
 しかし、工場の製造コンピューターにハッキングしたうえで、様々な部品の出力と強度をあげ、品質管理用のマシンにも間違ったデータを送り、ROMに焼き込んだプログラムにも二重三重の安全手順をスルーさせるウィルスを仕込ませれば――これはTVの討論番組などで、PV反対派が必ず指摘する危険性だ。ゆえに理工系に弱い人間でも、殺せる可能性があることぐらい、把握している。
 クロウ――いや、浩太郎の姉・幸恵(ゆきえ)も、これがあるためにPV反対派を自称していた。GAFのメディアであるFVに愛着があるためでもあるが、やはり“海のものとも山のものともわからない技術に命を預けるのは愚かしい”というのがユキ姫こと姉・幸恵の主張なのである。
 一方、浩太郎は違った。VRN社が公開した設計図を見る限り、命に危険を及ぼすには出力を一気に高めなければならない。二桁の上昇だ。それほどの出力を維持すると、シートは一週間と経たず、壊れてしまう。そんな商品を耐久年数十年と称して売りに出すわけがない。ありえない可能性を論じるなんて、姉さんも臆病だな……
(……ゴメン)
 クロウは心の中で姉に詫びた。
(また心配かけるようなことになって……)
 その間も謎の声の宣言は続いた。



すでに諸君の神経系には致命的な信号を送り込んでいる
なに、心配することはない
シートから離れれば、意識が混濁するという程度の仕掛けだ

意識を取り戻すにはPVシートに座らせるしかない
もちろん、出力を危険域にまで高めたPVシートに、だ

そうそう、すでにこのことはしかるべき場所に通報してある
諸君の体は遠からず、専門の施設に収容されるだろう
現実の肉体の心配は不要だ
その点だけは保証しよう

なお、この世界での死は現実の死を意味する
すでに他の冒険者を殺した諸君
おめでとう
今日から君は、殺人犯の仲間入りだ



 瞬間、リーナの手に力がこもった。クロウの腕を痛いぐらいに掴み上げている。チラリと見ると、彼女は真剣な表情でクロウの肩口を見据えていた。
 リーナはプレイヤーを殺していない。
 だがクロウは殺している。
 それも、リーナに襲いかかった槍使いの首を斬り飛すという形で。



また息抜きのために制約という制約を解除しておいた
今だ一部が解除されていないが、これも次の更新で全て解除する



「更新?」
 レイスが不可解とばかりにつぶやいた。クロウも天井を見上げつつ、小首を傾げている。
 《システム》を更新するにはサーバーを止めなければならない。だが、それは謎の声が言う“シートから離れる”と同義だ。それもせずに更新するなど、理論上、絶対に不可能なはずだ。



私からは以上だ

それでは始めよう

諸君の検討を祈る



 直後、世界が暗転した――かと思うと、再び視覚が正常に戻った。
「んっ」「んっ……」「んっ?」
 三人はそれぞれよろめいた。
 立ちくらみに似た目眩(めまい)が襲いかかったのだ。世界が瞬間的に暗転したせいだろうか? しかし、それ以上の出来事はいくら待ってもおころうとしない。ゲームのオープニングにありがちなBGMも流れなければ、タイトルテロップしら表示されない。体感できるのは不気味なほどの静寂と、床に転がる松明が放ち続けるほのかな明かりと、迷宮の石壁の光景と、どことなくカビ臭い――
「臭い!?」
「……だな」
 ログインしてから今に至るまで臭いを意識したことはなかった。存在しなかったのか、それとも感じられないほど微弱なものに抑制していたのか――だが今は、ハッキリとカビ臭さを感じ取れる。確かなことは、“今”がそうだという事実のみだ。
「そうか」
 見るとレイスはウィンドウを展開していた。
「ログイン時間、見てみろ」
 言われた通り、二人は自らの左肩を二度タップし、展開したウィンドウの右下を眺めてみた。



PLAYTIME 00:00:07:03:58:17



 “七日三時間五十八分十七秒”――暗転の一瞬で、七日が経過していた。





Prologue " Game Start "

End






To Be Next Chapter / postscript Part 0

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