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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[08]


 北側通路に突破口が生まれたのは、クロウが参戦してから約五分後のことだった。
「奥まで行け! 一番奥の右に行き止まりのでかい部屋がある!」
 誰かが叫んだ。
 プレイヤーたちは北側通路に殺到した。
 それから数分後。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
 どやどやとプレイヤーたちが大部屋に入っていく中、クロウはドアと反対の壁際に座り込んでいた。
 満身創痍だ。
 頭上のHPバーは赤よりも黒い部分が大半をしめている。身につけていたブレストレザーとレザーアームガードは耐久度――というパラメータが存在するらしい――が底を付き、随分前に砕け散ったままだ。おかげで上は黒いロングTシャツに似たアンダーウェア、下が焦茶色のレザーパンツとなり、剣さえ持っていなければリアルでも通用しそうな普通の格好になっている。それを思えば、もはや笑うしかない。
「フゥハー、フゥハー、フゥハー、フゥハー」
 彼の左隣では同様に疲れ切ったリーナが座り込んでいた。
 こちらは装備に欠落が無い。しかし、受けたダメージはクロウ以上だ。頭上のHPバーは赤い部分が少し見える程度。圧倒的な激痛に苦しみ、床を転がったことも一度や二度ではない。こうして生きているのが不思議なぐらいだ。
 だが、二人とも外見的には五体満足、無傷のままである。
 あれほど切り裂かれた衣服にもほころびがない。
 汚れてもいない。
 汗もかいていない。
 しかし、息苦しさと倦怠感がなかなか拭えない。
 ここが仮想現実世界であることを実感せずにいられない瞬間だ。そもそもこれがリアルなら、どんなに躰を鍛えた人間でも乱戦の疲労の果てに数分と経たず、動くことさえままならなくなったはずだ……
「ご苦労さん」
 二人の前に、レイスと名乗ったあの黄金眼の青年が立った。
「凄まじい活躍だったな」
 レイスは嘲笑にも見える笑みを浮かべていた。
 呼吸が荒く、答えるのも億劫(おっくう)な二人は黙って彼を見上げ返した。
 そんあ二人を見たレイスは、チラリと通路の奥に視線を向けた。
「おかげで私も助かったわけだが……」
 まっすぐ伸びる石造りの通路。周囲に散らばる松明の余りの果ては、完全な闇に飲み込まれていた。
 異様なほどの静けさだ。
 つい先刻まで、通路中をゴブリンが埋め尽くしていたなど、到底信じられないほどの静けさである。
 血路を切り開いたのはクロウとリーナだった。もっとも、それは成り行きにすぎない。気が付いたら自分たちのいる場所にプレイヤーが殺到、そのすぐ近くの通路に流れ込んでいた。だから二人も奥に向かった。するといつしか、二人が先陣を切っていた。それだけのことだ。
「……落ち着いたか?」
 レイスが尋ねると、クロウはリーナに目を向けながら、「……どうだ?」と立ち上がった。
「なんとか」
 手を差し出すと、リーナは素直に握り返えしてきた。彼女を引き起こし、改めて二人はレイスに向き直った。
「聞きたいことが山ほどある――というところか?」とレイス。
「ご名答」とリーナ。
「ドア、閉まるぞ」
 部屋の中にいる戦士系のプレイヤーが声をかけてきた。
「見張ってる。何かあったら知らせる」
 レイスが振り返り、そう答えた。
 戦士系のプレイヤーは何かぶつぶつと言いながら奥へと引きこもっていく。それから間もなくして、隔壁のようなドアがズズズッと降りていき、完全に閉じてしまった。
「さて……」
 レイスは二人に向き直った。
「まずはそっちからだな。ログインした時刻、何時だ?」
 クロウとリーナは顔を見合わせた。
「あたしは――」
 先にリーナが、ログインしてからの自分の経緯を語り始めるのだった。次にクロウ。最後はレイスという順番で話し始め――


 四月三日土曜日午前十時三十分頃――『WIZARD LABYRINTH』は異例の緊急メンテナンスを行った。もっとも、毎日十一時から十三時まで、保存されたデータのバックアップ等を行う定時メンテナンスがあったため、四月一日からゲームを始めていた面々は「早いなぁ」とは思っても、特に疑問を抱かなかった。
 問題が起きたのは十三時に再開されたあとのことだ。
 スタンドアローン版のはずが、MMO版になっていた。
 ログアウトもできなくなっていた。
 さらに、それまで制限されていはずの危険なものまで実装されていた――
「チュートリアル中は適用されていないようだが……痛みに関する制限が外されている。あと、PV反対派を考慮して削除したはずの性器のオブジェも実装されている。なんなら自分のもので確かめてみろ」
 レイスの言葉を受け、クロウは思わず自分の股間を見下ろしてしまった。
 服の上から掴んでみる。
 ある。
 間違いなく、男性器が存在している。
「……ある?」
 羞恥より驚きのほうが勝っているのだろう、リーナは真顔でクロウにそう尋ねた。
「ある。なんでだ?」
 問いはレイスに投げかけた。
「私にもサッパリだ。一応言っておくが、女性外装を使う男性プレイヤーが女性器の実装を確認している。セックスも可能だ。コロシアムでやってた馬鹿どももいる」
 さすがに二人は赤面した。
「……公衆の面前で?」
 一応、クロウが尋ねた。
「そうだ」
 レイスは表情も変えず、平然と答えた。
「私がログインしたのはメンテが終わってすぐ、十三時三分だ。チュートリアルを終わった頃は、まだコロシアムも閑散としていた。私がMMO版だと気づいたのは、そこで他のプレイヤーと出会ったからだが……それが十四時頃。最初の馬鹿騒ぎが始まったのは、そこから少しだってからだ」
 最初はコロシアムの中央にプレイヤーが集まり、他愛の無い会話を続けていたそうだ。
 話題はもちろん、PVの再現性と外装について。
 あるプレイヤーが性器の存在に気づき、そこから妙な具合に話が歪んでいった。その頃になるとレイスは数名のプレイヤーと中心から離れて話し込んでおり、中央の馬鹿騒ぎに呆れた眼差しを向けていたそうだ。
 中央ではストリップ大会が始まっていた。
 これが乱交騒ぎに発展。男性プレイヤーも女性プレイヤーも、男性外装・女性外装の違いなく、仮想現実という仮面性・匿名性に気を許して呆れるようなことばかり続けていたのだが――
「――全てがバグだと思っていたからこそだ。ログアウトができないこともふくめてな。どうせ社員が気が付いて修正する。そもそも三時間を過ぎれば強制ログアウト。それまでの馬鹿騒ぎだと、皆が思っていた。だから誰一人深刻にはならなかったわけだが――」
「違った……」とリーナ。
「そう。強制ログアウトも起きなかった」
 騒ぎは次第に終息していった。いつまで経っても強制ログアウトすら起きないからだ。そうこうするうちに十七時を過ぎ、十八時が近づき――それでも社員が介入してくる気配が無かった。
 プレイヤーたちは幾つものグループに分かれ、声を潜めつつ、ある推測を語り出した。
――二度とログアウトできないのでは?
 次第に恐怖と沈黙が広がっていった。
「最後のだめ押しはゴブリンの大量出現だ」
「コロシアムに?」クロウが尋ね返す。
「あぁ、コロシアムに、だ。それでパニックが起きた。あとは知っての通りだ」
 レイスはため息をつくと右手で前髪をかきあげた。だが、不意に顔をしかめる。リアルでは髪が長いのだろう。手応えの無さに、ここが仮想現実だということを意識したようだ。
「……でも、バグなんだろ?」
 うつむいたクロウは、ガリガリと頭をかきながら尋ねた。
 だがレイスは答えない。
「ったく……最悪だな」
 最悪どころかPV反対派が喜びそうなネタばかりだ。そもそもPVに関しては成人指定にしてしまおうという意見が根強い。そこにきて、この騒動だ。下手をすればPVの娯楽利用が法的に禁止されるかもしれない。
「……確かに最悪だ」
 レイスはクロウを鋭く睨んだ。
「そう思うなら、なんとかしろ」
「……はぁ?」
「いい刺青だな。ハンドメイドか?」
「……あぁ」
「どうやって作った? 言えるか? 公式サイトからダウンロードできる“PMC(パーソナル・モデル・チェンジャー)”だけで作れるのか?」
「ちょっとあんた、なにが言いたいわけ?」
 ムッとしたリーナがレイスの肩を軽く押した。
「他にもある」
 彼はリーナを無視し、クロウをにらみつけながら言葉を続けた。
「戦い馴れてるな、おまえ。突破口を開く最中、何度もゴブリンの剣、ギリギリで避けていたな? 鎧が壊れてからはクリットも連発するようになった。それにコロシアムでは魔法を切り落としただろ。誰も見ていなかったと思うか? なぜあんなことができる。何度もプレイしたからじゃないのか?」
「バカバカしい」
「なにが馬鹿馬鹿しいんだ?」
 レイスはクロウを睨みつけた。クロウもまた、その目を鋭くにらみ返した。
 空気が張りつめる。
 クロウ同様、リーナもレイスを睨みつけているが、その左手は自然とクロウの右腕をギュッと掴んでいた。
「……“モデルショップ”だ」
 クロウは口を開いた。
「PVのモデルはパラメータが一桁多い。だが、色に関するパラメータはCMYKのまま。つまりFVモデルどころか2Dと同じだ。だから最初にタトゥの平面図を描き、外装の表皮の座標をモデルショップにインポート。張り付けた状態をアンマスクして、そのデータだけをエクスポート。あとはPMCのマスキングインポートで処理。なにか問題でも?」
「……戦闘は?」
「二つの照準を見ればおおよその軌道はわかる。おまけにゴブリンは照準を付けてからアクションを起こすまでワンテンポの遅れがある。度胸さえあれば、誰だってよけれる。同じように、首だけ狙えば、そのワンテンポにつけ込んでクリティカルを出すのも難しくない。ついでに鎧が壊れたおかげで体が軽くなった。だからクリティカルも連発できた」
「魔法」
「偶然だ。こっちのほうが驚いた」
「違うというんだな?」
「見ての通り、姉貴のおかげでGAF狂いになっただけのヲタの中坊だ」
「GAFのチーム名は?」
「“ Snow White and the Seventh Devils (白雪姫と七人の悪魔たち)”」
 途端、レイスの眉があがった。
「……ユキ姫の?」
「弟だ。悪かったな」
「“ The Order of Dragon Lance (竜槍騎士団)”の“ WRAITH (レイス)”」
 彼は自分を指さした。
 徐々にクロウの目が見開かれる。そして驚きと共に、ビシッとレイスを指さした。
「あの悪趣味なドラゴン型の!?」
「悪趣味は余計だ」
 レイスは憮然とした表情になった。だが、それも一瞬で崩れ、例の嘲笑に見える笑みを頬に浮かた。
「だが、これで納得いった。そうか。確かにおまえなら外装の加工なんかはお手の物だな。それにあの戦い方も。なるほど、そうか。そうか。そうか」
 レイスはバンバンとクロウの肩を叩いた。
「疑ってすまん。必ずサクラが混じっているはずだと思い込んでいたんでな」
「謝るぐらいなら疑うな」
 クロウは不機嫌そうに言い返した。
「……ねぇ、ちょっと」
 という声で二人はリーナに顔を向ける。
「あたしにもわかるように説明して欲しいんだけど」
 クロウ以上にムッとしているリーナを前に、今度はクロウとレイスが顔を見合わせることになった。

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