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[10]


 目覚めてまず最初にするのは時刻の確認だ。



PLAYTIME 00:00:14:04:03:15



(二週間か……)
 毛布にくりまりつつ体を起こしていたリーナはキャラクターウィンドウを展開させたままボンヤリと昼頃の出来事、寝床の見張りを終えたばかりの出来事を思い出していた
――四月って三十日だろ? だから二十八日目で五月一日なんだって。
 誰かが得意げにそう話していた。これが引き金になり、情緒不安定なプレイヤーたちが騒ぎだした。
 もはや日常的な光景だ。
 多少違うことがあるとすれば、問題プレイヤーを取り押さえたのが、手近にいる有志ではなく、ようやき軌道に乗り始めた自治会だったという点だろう。
 いずれにせよ――あと二週間で五月だ。
(でも……)
 彼女は両膝を抱え、右手で左脚をさすりながらジッとあることを考え続けた。
 五月だから、なんだというのか。
 何か変化があったとでもいうのか。
 いや、何も変わらない。
 自分はずっと………………であり、梅雨時の外の光景を………………はずだ。
(だったら……)
 と思わずにいられない。
 自分はここに囚われて良かったのではないか。桜木里奈であることを辞め、リーナとして生きているほうが充実しているのでは無いのか………………
「起きてるか?」
 不意にドア代わりに垂れ下げた布の向こうから声がかけられた。
「あっ、はい!」
 体を強ばらせながら返事をすると、布がどけられ、見慣れた黄金眼の双眸が中を覗き込んでくる。
 レイスだ。
 中身が三十一歳の専業主婦であるとわかっていても、やはりリーナはドキリとした。
「起き抜けか?」
「……はい」
「帰ってきたぞ。出迎えにいってやれ」
 レイスは苦笑を残し、その場を立ち去っていった。
 しばらく意味が理解できずにいたが、リーナはハッとなると、あわてて寝床を飛び出していく。
 ここはコロシアム外延、すり鉢状になった観客席の一角だ。周囲にはマイルーム用装飾オブジェである棚や箪笥などが立ち並んでいる。これを壁とし、上に毛布を何枚も被せたものが、それなりに稼ぎのあるプレイヤーたちの“家”として機能していた。
 もっとも、ここまで家具を買いそろえられるプレイヤーはひと握りしかいない。方々で雑魚寝をするプレイヤーのほうが、今現在も過半数を占めている。
「おっ、リーナちゃあああん!」
 第一階層に通じるストーンサークル付近から聞き慣れた――あまり聞きたくもない――声が響いてきた。
 両手を大きく降っているのは、黄金色の髪を背になびかせる貴公子然とした魔術師姿の青年、ランスロットだった。
「こっちこっちぃ!」
 彼はブンブンと手を振りつつ、グランドと観客席を分かつ壁をひらりと飛び越えたリーナを出迎えようとする。だが彼女は身を屈めてスルリとランスロットの脇をすりぬけていった。それ以前に、彼女の目は、先ほどから一人の少年の姿しか捉えていない。人垣から離れようとする、黒肌の少年の姿のみに――
「クゥ!」
 呼びかけると、少年はガリガリと頭をかきながら立ち止まった。
 奇妙な外観だ。
 下からロングブーツ、レザーパンツ、太いレザーベルト、袖を肘上までめくりあげた黒いロングのTシャツ――これが今の彼の全防具だ。プレート系防具が当たり前の中、ここまで軽装で冒険に出るのは装備制限で付けられない魔術師ぐらい。しかし、腰にはブロードソードを帯びているのだから、魔術師であるはずがない……
「よぉ」
 クゥことクロウは片手をあげた。
「おつかれっ!」
 駆け寄り際、リーナは彼の手をパンッと勢いよく叩き返した。
「ってぇぇぇ」
「ごめん、ごめん。で、どうだった?」
「聞いて驚け。見つけたぞ」
「うそ」
「ついでにおまえ向きの武器もゲット」
 彼は馴れた手つきでウィンドウを展開させると、二つのボールオブジェを取り出した。
「ほっ」
 グッと握り込むなり、ボールオブジェは白い光と化しながら姿を変えていく。
 次いで現れたのは、二振りの青龍刀だった。
「うわぁ……」
 リーナの目がキラキラと輝いた。
「やろうか?」
「ホント!?」
「あと五本あるし」
「……まさか三階って中国武器のオンパレード?」
「そのまさか」
「だったらヌンチャクは? ヌンチャクもあるよね?」
「全部見せるからトレード開けろって」
 二人はアイテムウィンドウのみを展開させ、左手で握手を交わした。
「ほら、ヌンチャク。あとトンファー、三節棍――コレとコレとコレは中国の槍なんだと」
「うわぁ、うわぁ、うわぁ! すごいじゃない、これ! あと木人(もくじん)がいれば完璧!」
「はいはい」
 彼の手を握ったままはしゃぎまわるリーナに、クロウは苦笑を漏らすしかなかった。
 一方。
「俺だって持ってるのに……」
 少し離れたところではランスロットが唇を尖らせていた。
「だからいったろ。高望みすんなって」
 赤毛を逆立てた甲冑姿の青年――重戦士バッシュが歩み寄ってきた。
 背後に続く女性外装陣も同感とばかりに次々と声をあげる。
「相手がクロウじゃね〜」
 とは、ローブに身を包んだグラマラスな黒髪の魔術師キリー。
「そうそう。今回もほんと、凄かったし」
 とはポニーテイルを揺らす甲冑姿の聖職者マコ。
「ちょっと無茶しすぎですけどね」
 とは鎖帷子にサーコートという茶髪の聖職者マサミ。
(青春だな)
 観客席通路の途中で一連の光景を眺めていたレイスは苦笑を漏らした。
「レイスさん、そろそろ……」
 傍らにいた刈り上げ頭の大柄な甲冑騎士――重戦士ボイルが声をかける。
 レイスはうなずき、声を張り上げた。
「居残り組! 手はず通りに十分で作業を終えろ! 急げ!」





死のゲームは始まったばかりだった





Deadly Labyrinth : The Automatic Heart





Chapter I " Dungeon Attack "






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