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ONLINE : The Automatic Heart

[04-11]


 ログアウト後、俺は母さんが作った昼食をたいらげ、母さんと2人で病院に向かった。俺の怪我を診て貰うのと、母さんのカウンセリングがあったからだ。頭の怪我も、左手首の捻挫も問題なく完治の方向にいっている俺は、最後にPVの専門家という人の問診を受けることになったのだが――
「こんにちわ。娘がいろいろとお世話になったようで……」
 前にも会った専門医とは別の医師が現れ、開口一番、そう告げてきた。
 最初はなんのことかわからなかったが、胸元の名札を見たところで気が付いた。
 新島の母親だ。
「いえ、俺はなにも……」
「内気な娘だけど、仲良くしてあげてね」
 見るからに優しそうな新島の母親は、専門医に会釈すると、すぐ外に出て行った。
「なんだ。君、新島さんの娘さんと知り合いなのかい?」
「……学校が同じなんです」
「あぁ、それで――おっと、そこに寝てくれるかい? 最後にアンデルフィア=ローカル・パターンをチェックするから。そういえばゲームでいろいろと活躍してるそうだね。VRNの人から、君についていろいろと尋ねられたよ」
「はぁ……」
 市長あたりがいろいろと聞いたのかもしれない。
 いずれにせよ。
 じっくりと時間をかけて検査をしたこともあり、マンションに戻ったのは午後5時を過ぎてからのことだった。
「あらあら。夕ご飯、どうしましょ」
 母さんはパタパタと台所に向かい、冷蔵庫の中身を確認すると、親父に電話をかけて帰り際に買ってきて貰うものを注文。スェットパンツにTシャツという部屋着に着替えた俺がリビングに戻る頃には、Tシャツにジーンズというラフな格好で台所にたち、鼻歌交じりに夕食作りを始めていた。
「げっ……またカボチャかよ」
「あら、カボチャは体にいいのよ? そうそう。黒酢、切れてるから、いつものところで買ってきてくれる?」
 我が家では今年度に入ってから黒酢を大量に消費している。
 元凶は俺だ。
 リンから、黒酢は体を柔らかくするから――なんてことを聞いたのがキッカケであり、そのことをチロッと母さんに話すと、それから大量に黒酢を料理に盛り込みだしたのだ。最近はさらにゴマも好んで使っている。以前は料理というと見た目重視だったが、最近は栄養重視になってきたらしい。まぁ、もともと料理が趣味だし、料理の写真の載せているブログがけっこう人気で……俺の趣味人な性格、親父だけでなく、母さんの影響も強いよなぁ、と思わずにいられないところだ。
「黒酢だけ?」
「あぁ、ついでに牛乳も。お父さんには頼み忘れたの」
 地方公務員である親父は、多少の残業があっても、午後6時になると家に帰ってくる。例外は釣りの約束がある時のみ。酒は一滴も飲めない人だが、釣りとなると帰社途中に岸壁で釣り糸を垂らすという人なのだ。
 今日はどうやら、市役所から直帰するようだが。
「黒酢と牛乳ね。了解」
 俺は母さんの財布を預かり、サンダルをひっかけてマンションを出て行った。
 マンションから歩いて1分のところに馴染みのドラックストアがある。親父の釣り仲間である遠藤のおじさんがオーナーをしている元八百屋だ。俺がガキに頃に一度、店を畳んだのだが、商魂たくましい遠藤のおじさんはフランチャイズのドラックストアに店を改装。かつてのコネで生鮮食品も扱っているので、近所ではスーパーよりも重宝されるようになった場所でもある。
 そこへと向かおうとマンションのエントランスを出たところで。
(……おいおい)
 俺は少し離れた電柱の陰に、見知った人物を見付け、溜め息をつきそうになった。
 半袖ブラウスに膝丈のデニムスカートという格好で、ミュールを履き、ポシェットらしきものをお腹のところに両手で持っている三つ編みお下げの女の子――つまりまぁ、電算部の新島が、そこにいたのだ。
「ったく……」
 昨日の今日で、今度はなんだ?――と思いながら、俺は彼女のもとに向かった。
 ドラックストアがある方向でもあったからだが、そうでなくとも、病院で母親と会っている以上、無視するわけにはいかない。面倒このうえないことだが。
「おい。俺に用か?」
「あ……す、すみません……」
 母親をして内気を言わしめるだけあって、新島は顔を伏せつつ焦りまくっていた。
 俺は溜め息をついた。
「怯えんなよ。俺がイジメてるみたいだろ」
「……ごめんなさい」
「だからぁ」
 あぁあああ、もぉ! なんかぶち切れそうだぞ! このままの調子が続くと!
「電算部は退部したんだろ? 連中、また何か言ってきたのか?」
「い、いえ……あの……その………………」
「んっ?」
「……お……お礼、を……言いたく……て………………」
 疲れる。
 お礼を言うにしても、わざわざ人様の家の近くで待ち伏せするかぁ?
 いや、結果的にそうなっただけか?
 でも電話で済ませれば……まぁ、携帯電話の番号は家族とリン、あとワカさんにしか教えてないから無理にしても、ワカさんに聞けばマンションの固定電話番号ぐらい、すぐわかるはずだろ。
「別にいいよ。降りかかる火の粉を払っただけだって」
 正直、付き合ってられない。
「じゃあな」
 俺は手を軽く挙げつつ、新島の横を通り過ぎ、ドラックストアに向かった。
 買い物を済ませて戻ってくると、まだ新島は同じ場所に立っていた。
「おまえなぁ……」
「…………………………」
 新島は顔をうつむかせ、ポシェットをギューッとお腹に押しつけている。
 なんだよ、こいつ。
 いったい、なにがしたいんだ?
「慎一、どうした」
 振り返ると車道の反対側に親父がいた。ちょうどマンション前にある横断歩道があるのだが、そこがちょうど青になったこともあり、鞄と買い物袋を手にした親父が、こっちへと近づいてきた。
 微妙にイヤな予感がする。
「なんでもない。知り合いがいただけ」
「おっ、女の子じゃないか」
 親父の目が、キラーンと輝いた。
 やめろ、親父。
 あんたがそういう目をした時、俺はろくな目にあってないんだ。岩手まで川釣りに行った時のこと、忘れてないんだぞ。あの時、マジで溺れそうになっただろ。しかもあんた、息子が死にかけてるのにゲラゲラ笑ってたよな。そりゃあ、救命ベストは付けてたし、少し流されれば足の付く深さになったけど……あの時の俺、マジで死ぬと思ったんだぞ。なんでまた、こんな時に、あの時と同じ目をしやがる。
「いやいや、これはこれは……あぁ、私は慎一の父親でね。どうだい、新鮮なイカを仕入れてきたんだ。もし良ければ、うちで夕食でも一緒に――」
「親父っ!」
「は、はいっ!」
 俺の声と新島の声が重なった。その時点で、その後の展開は決まったも同然だった。


━━━━━━━━◆━━━━━━━━


 新島が名乗った時点で、親父は彼女と俺の関係を正確に把握してしまった。ICレコーダーの件で、俺からも電算部のことを話してあったせいだ。新島のことはそれほど詳しく話していなかったが……
「いやぁ、こんな可愛らしいお嬢さんだとは。なぁ、母さん」
「そうですねぇ。慎一が女の子の友達を連れてくるなんて、何年ぶりかしら」
「……幼稚園以来だろ」
 俺は冷ややかに言い返すが、この腐れ親父と天然母さんは止まることを知らない。
 というか、俺が連れてきたわけじゃないんだが。
 それ以前に――なんだ、この状況。
 ダイニングテーブルに座る俺と、親父と、母さんと――そして、新島。
「どう? うちは薄味なんだけど、お口に合うかしら?」
「あ、はい……とってもおいしいです……」
「まあまあまあ、これもどう? ホウレンソウのおひたしなんだけど、このゴマ油、とってもおいしいのよ」
「……はい、おいしいです」
「まあまあまあ♪」
「あははは。母さん、そんなに勧めすぎると、逆に困るだろ」
「なに言ってるんですか。こんなに痩せてるんですもの。成長期なんですから、もっと食べないと、おっぱいも大きくならないじゃないですか」
 赤面する新島。
 黙々と食べる俺。
 なんというか……まぁ……新島もこういう展開は予想していなかっただろう。親父に背中を押されてマンションまで連れてこられると、勘違いしまくった母さんの天然パワーに押されるまま、なぜか夕食の用意を手伝いだし、こうして今は一緒に夕食を食べることになるだなんて……
 なに、この急展開。
 俺の意志は無視ですか。そうですか。
「ごちそうさん」
 早々と夕飯を終えた俺は、呼び止めようとすると腐れ両親を無視して部屋に戻った。
 学習机に座るが、リンからのアドレスコールはない。
 今日は午後から茶道部の例会があり、そのあとも付きあいがあるから連絡がとれるようになるのは夜だ――ということで、向こうから連絡があるまで、こっちからは連絡をしないことにしているのだが。
(電話すっかな……)
 と思わずにいられないほど、愚痴りたい。
 というか、誰か助けてくれ。
「なんだよ……このギャルゲーっぽい展開は……」
 俺はしばらく、頭を抱え込んだ。
 だが、こうしていても始まらない。
 こういう時は――現実逃避だ。
「そうそう。新情報の投下を……」
 俺はノートパソコンのモニターで『Xちゃんねる』にアクセス。関連スレの一斉取得を行わせた。俺がチェックしているスレは本スレ、市場スレ、蒼都スレだけであり、他のスレは必要に応じて『マトメ』の過去ログ倉庫を読みに行くという形にして……
「んっ?」
 蒼都スレが猛烈な勢いで加速している。
 まぁ、初抗争直前に騎士団がホテルを買って旗揚げするとか言ってたからなぁ……
「後回し、後回しっと……」
 俺はテキストソフトを立ち上げ、とりあえず本スレに投下する新フィールドの情報を自分なりにまとめてみるところから始めた。
 徘徊するモンスター(ワンダリング・モンスター)の種類。外観。攻撃パターン。撃退の指針。ドロップの傾向。あと“百諸島(ハンドレッド・アイランズ)”のマップ概要。キャンペーンイベントについては「海賊王の遺産」という名前と、そういうものがある、ということだけをまとめ、詳細は後日投下するという形にさせてもらった。そうでなくとも、かなり文章量になっている。
 俺はそれまでの書き込みを読まずに、「過去スレ読まずにこんばんわ」と書き添えたうえで、次々と情報を投下していった。
「よしっ」
 4つに分けたテキストの書き込みを終える。
 途中、『Xちゃんねる』名物というべきキターの嵐が渦巻いていた。
「さて……」
 俺は改めて、取得したスレを頭から読んでいった。
「んっ?」
 眉間に皺が寄る。
「んんっ?」
 さらに顔をしかめる。
「んーっ!?」
 椅子のうえで胡座をかき、左手を左膝に乗せつつ、PageDownキーでタンタンタンっと書き込みを斜め読みしていく。
 部屋のドアをノックされたのは、その時だ。
「慎一ぃ、お邪魔するわよぉ」
 母さんの声だ。
「おーっ」
 適当に答えつつ、今度は『マトメ』の過去ログも含めて蒼都スレを追い掛けていく。
 この頃になると、俺は自分のミスを自覚していた。
 まずい。
 いや、自業自得と言うか、浅はかだったと言うか……それでも、これはマズイ。
 母さんは部屋の折り畳みテーブルを片付け、そこに何かを置いて出て行ったようだが、そんなことを気に掛けている余裕もない。とにかく俺は大急ぎで『Xちゃんねる』以外のサイトも巡っていき、最後に公式サイトを確認したうえで、『SCOP3』を立ち上げた。
 とりあえずアドレスコールをかけてみる。
 しばらくたっても反応が無い。
 机に置いた携帯電話をとり、大急ぎでリンにメールを投げる。
――緊急。話せないか?
 携帯電話を充電器に挿そうとすると、リンから電話がかかってきた。
 大急ぎで電話に出る。
「もしもし、俺だ」
〈なに? またトラブル?〉
「長話になる。大丈夫か?」
〈平気。今、家に向かってる最中だから。それで、なに?〉
「また話題になってる」
 俺は溜め息交じりにつげた。
「氏族のこと、もうネットでいろいろ書き込まれてんだ」
〈………………えっ?〉
 これはリンにも予想外の出来事だったらしい。
 さもありなん。
 俺にだって予想外だよ、このこの展開は。

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