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ONLINE : The Automatic Heart

[04-12]


〈えっ? どういうこと? 氏族って……わたしたちの?〉
「あぁ」
 俺はネットの情報を、かいつまんで説明した。
 話を整理してみよう。
 俺たちは知らなかったが、市庁舎には結成された氏族の名前が表示される場所があるらしい。冒険派である俺たちには初耳のものだが、市民派の間では、もともと知られていたものだったそうだ。といっても、市庁舎ロビーの黒板に、氏族名、氏族長名、氏族傾向、加盟者募集可否、加盟者数、スフィア所在地という基本的な情報が表示されるだけのものであり、加盟者募集をYESにしていた場合、黒板に触れることで展開するウィンドウを使えば加盟申請メールをクランリーダーに送ることができる仕様になっている、というだけのものだそうだ。
 マニュアルには書いていない仕様だが、《緑》のユーザーの中に、ログイン中、スタッフから“そういうことが可能だ”と聞いた者がおり、めぐりめくって《青》の市民派の間でも、それとなく話されてきたことでもあったわけだ。
 ただ、どの陣営でも氏族の結成は今日になるまで行われていなかった。
 スフィア付き物件が高額すぎたからだ。
 それでも有力な未登録氏族が今日の夜、旗揚げ式を行う予定をたてている。そのほとんどは初の抗争に向けての決起大会も兼ねており、氏族の立ち上げはその前後が多いだろうと、誰もが考えていたそうだ。
 ところが、早朝からゲーム初の氏族が立ち上がった。
 氏族名は『クロスボーン(CROSSBORN)』。
 氏族長名は“SHIN”。
 氏族傾向は“攻略重視”。
 加盟者募集可否は“NO”。
 加盟者数は“2名”。
 スフィア所在地は“百諸島(ハンドレッド・アイランズ) - 十字骨島(クロスボーン・アイランド)”。
「――ってなわけで、市民派が騒いでるってわけだ」
 俺は一通りのことを語り終えると、溜め息をついた。
「とりあえず蒼都スレ、すっごいことになってる。アンチが暴れてるんだわ。俺たちの氏族本拠地(クランホーム)を襲うとか宣言してるやつもいるし」
〈あちゃあ……もしかしてわたしたち、燃料、投下しちゃった?〉
「らしい」
 俺は加速しまくる本スレと蒼都スレを更新しては、溜め息をつくしかなかった。
「ったく……俺も迂闊だったよ。氏族結成無しで買える船にしとけば……」
〈でも、性能違ったじゃない〉
「そこなんだよなぁ……そのあたりで言い訳しておくか?」
〈まだ書き込んでないの?〉
「キャンペーンのことはまだ何も。モンスターのこと書いてたら、かなりの量になったからな。ところでおまえ、家に付くのいつ頃?」
〈あと少し。ちょっと切るね。付いたらこっちから掘るから〉
「了解。じゃ、あとで」
〈うん、あとで〉
 電話を終えた俺は、携帯電話を充電器に挿しつつ、さらに本スレと蒼都スレを更新した。
 また加速している。
 暴れているのはアンチだ。俺のことを罵倒しまくり、その相手をする住人の言葉が火に油となり……よくあるスパイラルに陥っている。ただ、市場スレはアンチの書き込みなど誰も相手せず、新たに実装された職人系アビリティと大量のNPCによる新たな経済モデルに関するアカデミックな話を続けていた。さすがと褒めるべきか、あきれかえるべきか……なんともまぁ、『Xちゃんねる』的な展開だ。
「ったく……」
 俺はとりあえず、本スレに追加書き込みをしておくことにした。

442 名前:SHIN ◆O4TEsRfEf 投稿日:X0/07/22 19:47:01 ID:********

みんな、アラシを呼んだみたいで申し訳ない。

俺たちが氏族を作ったのは百諸島のキャンペーンのせいだったりする。
それというのもキャンペーン「海賊王の財宝」は、イベントを進めると、
「船」を購入せんと先に進まないようになってんのよ。

ただ、性能のいい船は、氏族単位でしか買えない。
というより、性能のいい船はスフィア付きの秘密基地とセットで売られてる。
バラ売りされてなかったのよ、これがまた。

ってなわけで、スフィア付き秘密基地とセットで船を買ったから、
結果的に氏族を結成することになっただけ。

キャンペーンの情報は、明日にも蒼都スレに投下します。

以上。騒がせて申し訳ない。

ノシ



「こんなとこか……んっ」
 と、メインモニターのSCOP3が自動起動し、リンからのアドレスコールを伝えてきた。俺は携帯電話用のブルートゥース送受信端子をノートパソコンに差し込み、インカムを装着したうえでアドレスコールに答える。
 画面は暗いままだったが、
〈着替えながらだから、画像はあとね〉
 というリンの声が聞こえてきた。
「了解。とりあえず、いい船はスフィアと抱きかかえだったって書き込んどいたが……」
〈どのスレ?〉
「本スレ。蒼都スレは大荒れだから、今は無視して――」
〈いらない。聡美(さとみ)たちと食べてきたから〉
 んっ?
〈あぁ、ごめん。今のうちのママ。晩御飯のことよ、晩御飯のこと。それより、もしかしてわたしたちがログインできない間に船とか家とか、襲われたりしない?〉
「俺もそいつを心配してんだが……」
 ノートパソコンに表示させた公式サイトのマニュアルにザッと目を通す。
「今のところ微妙だ。だいたい、レッドゾーンに不動産があるって場合のこと、マニュアルにフォローされてないからな」
〈市長に聞く?〉
「いや。ゲーム外のトラブルならまだしも、これってゲーム内のことだろ。しかも不正ってわけじゃないからな……説明不足ってところを指摘するぐらいだろ。市長に何かするのは」
〈へぇ、意外とキッチリしてんじゃないの〉
 画面にリンが映った。今日は長い黒髪をバサッと後ろに流し、薄い青のキャミソールを身につけた姿で椅子に腰掛けるという感じだ。ただ、俺のほうを向くなり、なぜか相棒はムッとした表情で俺を睨み付けてきた。
〈その子、誰?〉
「んっ?」
〈後ろの子よ。後ろの〉
「……んんっ?」
 俺は肩越しに振り返り――凍り付いた。
 そこには、麦茶を注いだグラスを乗せる御盆を手にしたままの新島が立っていたのだ。しかも新島は、耳まで真っ赤にしながら、顔をうつむかせ、おろおろと目を泳がせている。
 ええっと。
 うーんと。
 そのーっ。
「……あっ」
 そうか。母さんが何か部屋に持ってきた時に、一緒に部屋の中に――って、おい!
「い、いるならいるって言え!」
「は、はい……ごめんなさい……」
 新島は怯えながら肩をすくませた。その拍子にグラスの麦茶が激しく揺れるが、こぼれるほどでは無いあたり、当人も気を付けているのかもしれない。というか、今はそういう問題ではない。
「例のツクヨミだ。電算部の」
 俺はメインモニターに向き直りながら、額を抑えつつ溜め息をついた。
「夕飯前に買い物に行ったら、マンションの前にいやがった」
〈それで部屋にあげたわけ?〉
「親父がな」
〈へぇ……お父さんがねぇ〉
 画面のリンは、ものごっつー冷ややかな目で俺のことを見つめている。
「ったく……」
 俺はガリガリと頭をかいたうえで振り返った。
「おい、新島」
「は、はい……」
「用がないから、さっさと帰れ。ここは俺の部屋だ」
「ご、ごめんなさい……」
 新島は御盆を折り畳みテーブルにいそいそと置くと、
「あ、あの…………すみませんでした………………」
 ペコッと頭をさげ、部屋を出て行った。
 リビングで母さんが何か話し掛けているようだが、もうどうでもいいので注意を払わないことにする。
「ったく……妙な勘違いしやがって……」
〈勘違いって?〉
「俺の女友達が家に来るの、幼稚園以来なんだよ。まぁ、幼稚園の時だって、転んで怪我したヤツ、放っておくわけにいかないから連れてきただけだしな。それで母さんが、色めき立ったんだよ。親父は……ありゃ、確信犯だ。くそっ」
〈そういう勘違いされるようなこと、なにかしてたんじゃないの?〉
「絡むなよ。俺がこういうの面倒がるやつだってこと、知ってんだろ」
〈まぁね〉
 画面の中のリンは、ヘアゴムで髪を束ねだしていた。
〈でも、けっこう可愛いかったじゃない。いっそ付き合っちゃえば?〉
「あぁ、もう。マジで勘弁し──」
 俺は途中で言葉を止めた。
 携帯電話が鳴り出していたのだが、表示されているのは「VRN」という名で登録していた番号なのだ。
「はい、もしもし」
 俺は右耳にインカムを付けたまま、左耳で携帯電話をとってみた。
〈あぁ、シンくん。早速やってくれたみたいだね〉
「市長!?」
 俺の声に、画面内のリンも目を見開いている。
「なんだよ、そっちから電話って。なにかあったのか?」
〈君たちがまたやらかしてくれたみたいだから、先に釘を刺しておこうと思ってね。まったく……人が動けない間に、いろいろとやらないで欲しいよ。氏族第1号なんて、目立つこと間違いなしじゃないか〉
「動けない間って……」
〈夜に抗争があるだろ? それに備えて、メンテが明けて、少ししてから休んでたんだよ。そのあとも仕事の打ち合わせがあってね。モニターに復帰したのは、ついさっきのことさ。そうしたら、君たちが氏族を旗揚げしてるんだから……もう、驚いたよ。『Xちゃんねる』でも大騒ぎみたいだし〉
「あぁ……悪い、市長。かなり無茶なお願いかもしれないんだが……」
 俺は画面のリンを見た。
「あんたの手許にあるパソコン、SCOP3、インストールしてあるか?」


━━━━━━━━◆━━━━━━━━


〈音声だけにさせてもらうよ。個人のiPHONE経由だからね〉
 2分割されたSCOP3の左半分には“VOICE ONLY”という文字が表示されている。もちろん、右半分には苦笑しているリンが表示されていた。
〈市長って仕事中じゃないの?〉
〈今は勤務外だよ。我が社はフレックス制だからね。今日の残る勤務時間は、全スタッフそろって、アップデート作業を行うメンテ時間と、陣営抗争の時間に焦点をあわせているんだ。もっとも、私みたいな立場になると、24時間、常に仕事しているような感じだけどね。おかげで最近、家にも帰ってないんだ。結婚してたら最悪だったよ〉
 今日の市長は意外と饒舌だ。市長も市長なりに、大型アップデートの適用でテンションが高まっているのかもしれない。
「ところで市長。いちいち電話してきたの、氏族の件だけか?」
〈電算部の件でも少しあってね。ツクヨミ……だったね。相談してきたあの女の子、外装を再登録することになったんだ〉
 俺とリンは目を開けて少し驚いた。
〈じゃあ、1ヶ月もログインできなくなるわけ?〉
〈いやいや、迷惑行為対策条項に基づいて、冷却期間無しで再登録できることにしたよ〉
 あぁ、なるほど。
 PVでは原則的に、外装の再登録を申請した場合、それまでの全データが消去されたうえで、30営業日の冷却期間を置かなければならないことになっている。だがユーザー規約の迷惑行為対策条項の適用が認められると、データさえ揃えられれば、即日の再登録も可能ということになっている。
〈今回はシンくんが録音した音声データっていう物証もあったからね。さっきも若狭先生と電話で話したけど、学校のほうでも校長が電算部の問題を理解したって言ってたよ。あぁ、そうそう。アマテラスくんの推薦者にも機密漏洩の件で注意しておいたから、シンくんは気にせず、ゲームを楽しんでくれれば……と、思っていたんだけどねぇ〉
 市長の苦笑顔が目に見えそうだ。
〈なんでまた、よりにもよって海賊王キャンペーンに……いや、百歩譲って、それはいいとしても……君たちらしくもないじゃないか。スフィア無しでも買える船、いろいろとあったはずだろ?〉
「性能が悪かっただろ」
〈そうよ。操作性とか耐久力とは、全部C以下だったじゃない〉
 俺とリンは真っ向から反論した。
〈それに氏族の情報が晒されてるなんて、わたしたち、知らなかったのよ〉
〈知ってると思ってたんですが……〉
「だったら公式サイトで告知しろよ」
 俺はムッとしながら言い返した。
「いくら俺たちでも、都市の微妙な変化なんて追い掛けきれねぇって」
〈無茶言わないでください。スタッフはデバックでたいへんなんです。公式サイトの更新なんて、半分、趣味みたいなものなんですよ〉
〈ちょっと……趣味はないでしょ、趣味はぁ〉
 リンもさすがに呆れている。
 俺もそうだ。
〈いやぁ、面目ない〉
 市長も自覚しているらしい。
〈オープンβになれば人員も増えるんで、担当者を置けるんですが……今は、そこまで手が回らないんですよ〉
 その言葉に、俺は素朴な疑問を抱き、尋ねてみることにした。
「なんでそんなに不完全なんだ? αテスト、やってんだろ?」
〈そこがPVの面倒なところなんですよ〉
 市長は溜め息をついた。
〈うまく説明できないんですが……PVという技術は“ユーザーの脳神経に蓄積された情報”、言うなれば“ユーザーの妄想”に依存している部分が大きいんです。そこを平均化させる作業がなかなかたいへんなんですよ〉
「医療用としていろいろやってきたんじゃないのか?」
〈それをベースにしてるんですけど……ええっと、詳しい値段は覚えていないんですが、医療用は娯楽用に比べると端末の性能と値段が数段上なんです。しかも娯楽用の端末、さらなるコストダウンを進めている最中なんで、もっと性能の低い端末を使っても大丈夫なようにしておかないと、お話にならないってわけなんです〉
〈へぇ……いろいろとたいへんなんだ〉
〈えぇ。いろいろとたいへんなんです〉
 市長は再び溜め息をついた。
 本当にたいへんそうだ。
 PVの技術的な理屈については概要程度しか知らない俺だが、なんとなく、市長の言っているデバック作業が“ひとつずつ潰していくしかない地味な作業”であることだけは理解できた。
「そっか……じゃあ、一応、今回の件はユーザーの要望ってことで」
〈あぁ、ちょっと待ってください……はい、具体的に言ってもらえますか?〉
「氏族の情報が公開されるってところ、マニュアルの氏族のところか、中枢都市の市庁舎のところに乗せておくべき」
〈はい、承りました。ついでにシンくん、マニュアル書いてみませんか?〉
「……はぁ?」
〈いやぁ、猫の手も借りたいところなんです〉
「そういうのは専門家に……あっ、いっそのこと公式サイトで募集してみたらどうだ? アルバイトみたいな感じで」
〈『マトメ』の魔王さんとか、喜んで応募しそうだね〉
「言えてる。あの人、文章まとめたりするのも上手いしな」
〈なるほど、なるほど……参考になります。いやぁ、目の前の仕事を片付けるだけでも手一杯になってしまって、他のことを考えるの、そうできないもんなんですよ〉
「ほんと、たいへんなんだな……」
〈御苦労様です〉
 俺とリンが労いの言葉を告げると、
〈いやぁ〉
 と、市長は照れた。
〈これも仕事ですからねぇ。あっ、そうそう。それと氏族の件。これはあくまで個人的な忠告ですが、君たちが少し強すぎるせいで、ユーザーからの苦情が増えつつある状況なんです。まぁ、やっかみがほとんどですけど、本社からも初心者対策を心配する声がきてるんですよ〉
「あちゃ……市長に迷惑かけてるってことか?」
〈迷惑ってほどでもありませんよ。ただ、オープンβに向けての作業が忙しくなり始める頃なんです。しばらく自重していただけると助かるというか……そうですね……できれば今月中だけでも、イベントを進めるの、少し抑えてくれませんか?〉
〈わたしはいいけど、シンは?〉
「世話になってるからなぁ……あっ、ついでに聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
〈なんですか?〉
「船と氏族本拠、ユーザーがログアウトしてる間はどうなるんだ? レッドゾーンに起きっぱなしにしてることになってるんだよな?」
〈放置状態になりますね〉
「放置って……まさか、襲われたらアウトってことか?」
〈そんな時のためのNPCじゃないですか。船だってNPCの水夫を購入しないと動かないでしょ? 同じように、ホームを守る兵士や傭兵を購入すればいいんですよ〉
 俺とリンは絶句した。
〈んっ?〉
 市長も何か気づいた様子で、カチカチカチッと何かを操作している音を響かせ出した。
〈……ああ、おふたりの船は“私掠船(プライベーティア)”シリーズでしたか。でしたら──〉
 市長はあることを教えてくれた。
 俺たちは安堵しつつも、
「それもマニュアルに記載するか、ヘルプで参照できるようにしとくべきだ、というユーザーの要望があったってことで」
〈わかりました。あぁ……本当にテキスト要員が必要ですよ。ここまでくると〉
「ご苦労さん。まぁ、俺たちのほうはイベント進めないようにしながら、ボチボチ、適当に遊んでおくわ」
〈すみません。こんなこと、ユーザーにお願いするのは筋違いなんですが……〉
〈いいの、いいの。相棒がいろいろとお世話になってるし〉
「俺かよ」
 まぁ、事実なのだが。

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