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[04-03]
まるで俺の土下座が確定事項であるかのように、それを待っているといった感じだ。
例外は新島とかいう女子生徒だけ。彼女はさっきから、足下をずっと見つめていて、今も俺のことをまったく見ようとしない。内気なだけなのか、それとも俺に興味が無いのか、判断に苦しむところだ。
「……じゃあ、あれか」
俺はガリガリと頭をかいた。
「ここで俺が断れば、俺は一生、おまえらとの縁が切れて、ウィザードになるトレーニングとやらを知る機会もない……そういうことか?」
「その通り」と部長様。
「ほら、さっさと謝れよ」と五十嵐。
俺は溜め息をついた。
「わかった」
俺は立ち上がった。
そして。
「じゃ、二度と俺に関わるな。いいな。忠告したぞ」
俺はそう宣言しながら、半袖Yシャツの胸ポケットに入れていたものを取り出した。
皆がキョトンとする。部長様や五十嵐も、意味が分からないとばかりに目を細め、俺の取り出したものを見ていた。だが、部員のひとりが正体に気付き、声を張り上げた。
「あっ――ICレコーダー!?」
「正解っ」
俺はスラックスの後ろポケットに突っ込んでいた携帯電話を取り出すと、時刻表示を見ながら、親父から“念のために”と渡されていたICレコーダーに向かって語りかけた。
「以上、今日は7月21日、土曜日。時刻は午後2時57分。録音終了」
絶句する一同の前で、俺は停止ボタンをピッと押した。
「教えとく。俺がここに来てるってこと、うちの担任に話してある。つまりこれから先、俺になにかあった場合、真っ先に疑われるのは、ここにいるおまえら全員ってことだ。トレーニングか何か知らんが、勝手にやってろ。とにかく、俺に関わるな。じゃあな」
俺は絶句する部長様方御一行に背を向け、強い疲労感を抱きながら部室を出て行った。
文系魔境の廊下を歩きつつ、とりあえず携帯電話である人物にメールを送ってみる。
図書館1階に降りると、その人物から電話がかかってきた。
「もしもし、市長か?」
〈君はトラブルホイホイですね〉
電話の相手は蒼都市長セイリュウこと森下健司だ。
――市長へ トラブル発生 至急連絡乞う SHIN
そんなメールをダメもとでユーザーサポートに投げてみたのだが、意外なほど早く対応してくれたわけだ。
「有名税がどうのとか言ったの、どこのどいつだ?」
〈それを言われると弱いですね……それより、今度はなんですか?〉
「うちの高校にいるテスターが接触してきた。ただ、どうもまともじゃない。“柔軟な脳神経系”がどうのとか、エルフがどうのとか、ウィザードがどうのとか。思い当たることは?」
市長はしばらく黙り込んだ。
「あるんだな?」
俺は念を押した。
溜め息が聞こえてきた。
〈その前に、あなたに接触してきたというユーザーの本名か外装名、わかりますか?」
「アマテラスとツクヨミとスサノオ。陣営は《緑》」
〈ちょっと待ってください……〉
俺はその間に、ポケットからインカムを取り出し、ブルートゥース送受信端子を携帯電話のソケットに差し込んだ。付けるとちょうど、インカムから市長の声が聞こえてきた。
〈なるほど、そっち方面ですか〉
「どっち方面だ?」
〈医療方面です〉
市長は溜め息まじりといった様子で、包み隠さず答えてくれた。
〈PVは医療利用から生まれた技術なんですが、その時に協力してくれた病院が日本各地にあるんです。北海道では札幌と函館で……以前、教えたことありませんでしたか?〉
「さぁ。それより、話からすると連中の親が?」
〈えぇ、親族が協賛病院の関係者です。確認しますが、AMATERASこと南原輝彦、TUKUYOMIこと新島朋美、SUSANO−OHこと五十嵐誠美……この3名のことですよね?〉
「あぁ、間違いない」
〈いずれも函館班の御家族が推薦する形で、特別選考枠からテスターになっています〉
「なるほど」
俺は本校舎に戻りつつ、溜め息交じりに告げてみた。
「連中、ちょっとやばいぞ」
〈具体的には?〉
「選民思想。自分たちはエルフとかいうやつで、特別なトレーニング方法を知っているから、いずれウィザードとかいうものになれるって信じ切ってる。なんか、新興宗教の集会に紛れ込んだ感じだった」
市長の溜め息が聞こえてきた。
〈いずれそういうユーザーが出てくるとは思っていましたが……〉
「じゃあ、連中の言ったこと、本当なのか?」
〈なにを言われました?〉
「ちょっと待ってくれ」
俺はある部屋の前で立ち止まった。表札に“社会科資料室”と書かれている部屋だ。
ノックを3回。
「はーい、開いてるよぉ」
中からワカさんの声が聞こえた。
「久賀です。失礼します」
型どおりの言葉を口にしながら社会科資料室に入った俺は、後ろ手に引き戸を閉めながら、雑然した部屋の奥で振り返ってきたワカさんにお願いした。
「ワカさん、悪い。ハンズフリーになる電話、ここにある?」
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約30分後――学内LAN経由のIPフォンで市長とつなげてもらったまま、俺は電算部の部室で録音したものを、すべてワカさんと市長に聞いて貰った。
〈以上、今日は7月21日、土曜日。時刻は午後2時57分。録音終了〉
俺のその言葉を最後に、音声は途絶えた。
ワカさんと市長が同時に溜め息をついた。
「なんと言えばいいのか……」
〈先生、申し訳ありません。やはりPVのせいとしか……〉
「いえ、ここまで歪む前に指導することもできたはずです」
その後もワカさんと市長は謝罪合戦を繰り広げた。
一方の俺は――ぐったりと椅子に座り込み、脱力している。あの会話、2度も聞くと、かなり来るものがあるのだ。
当事者だからだろう。こんなマンガみたいな連中がリアルに実在し、しかも間近にいるというのは……やはりショックというか、なにそれというか。
(あぁ……またモノが増えてんなぁ)
俺は室内を見渡すことで軽く現実逃避してみた。
社会科資料室は理科準備室の隣りにあるホームルーム半分程の物置部屋だ。広さという意味では文系魔境の部室と同じだが、こちらにはスチール棚が所狭しと並べられ、そこに様々な段ボール箱やら何やらが積み上げられている。
ただ、荷物の半分以上はワカさんの私物だ。
こう見えてもワカさんは、いわゆる縄文・弥生時代の研究者として、その筋では名の通っている人物だったりする。専門はアイヌ民族成立以前の北海道における遺物の研究。記紀に語られる蝦夷の実体解明が最終目標なのだと前に言っていた。それもあって、休みともなると北海道や東北の各地に自費で出向いたり、いろいろな学会に参加しているそうだ。
学校選別時代と言われる昨今、こうした特色のある教師を抱えていれば、それだけで学校としての売りになる――ということで、社会科資料室の私物化を、学校側は黙認しているのだが、これを快く思わない教師もいる。筆頭は、俺を罵倒しまくった学年主任の糞野郎。ちなみに生徒の間では、ワカさんの若禿げは奴のせいだともっぱらの噂だ。
「しかし電算部とは……よりにもよってというか……」
ワカさんは溜め息をついていた。
〈なにかあるのですか?〉
「えぇ……身内の恥をさらすようで恐縮ですが、顧問が少し頑固な人で……」
「まさか」
思わず俺がそうつぶやくと、ワカさんは苦笑まじりに頷き返してきた。
やっぱり、あの糞野郎か。
1年の学年主任して古文を担当する増岡祐三――おそらく、うちの学校で一番嫌われている教師だ。それも生徒だけではなく、同僚の教師からも。
〈では……学校側としては、手のうちようが無いのですか?〉
市長が苦々しげに尋ねてきた。
ワカさんが社会科資料室に持ち込んでいるノートパソコンでは、IPヴィジフォン用ソフトを立ち上げるのはキツかったため、IPフォン用ソフト『SCOP』を使っての会話という形になっているが、それでも市長の苦々しげが顔が見えそうだ……あっ、いや、あれは外装か。そういえばリアルの顔は見たことないから、思い浮かばないな。
「いえ、この録音を使えば、どうにかなるかもしれません」
ワカさんはノートパソコンのUSB端子から伸びるマイクに語りかけた。
「まず校長に相談します。久賀の件もあって、PVに関する問題は相談しやすい立場にあるのは不幸中の幸いというべきか……」
〈お願いします〉
市長は即座に嘆願してきた。
〈エルフやウィザード……“柔軟な脳神経系”の件にしても、まだ仮説の段階ですし、名称にいたっては研究スタッフのジョークといいますか、暗号名といいますか……〉
「市長」と俺。「仮説でもいいから、発表したらどうだ?」
〈“柔軟な脳神経系”の件を?〉
「そのほうがいろいろと手っ取り早いかもしれないってことだよ。あと、会社の見解として、素養の優劣による差別や偏見は許さないとか……そういうこと、先に出しておけばいいんじゃないのか?」
〈逆に才能差別が助長される可能性もありますよ?〉
「そうか?」
「そうでしょうね」とワカさん。「決して褒められないことだとわかっていても、学歴や出自による差別はありますからね……」
「だったら尚更だろ」
俺は腕を組みつつ憤慨した。
「だいたい隠してどうすんだ? もう電算部の連中は“柔軟な脳神経系”のこと、知ってんだぞ?」
2人の大人は黙り込んだ。
まぁ……責任が一切無い俺とは置かれている立場が違うからだろう。俺だって、これがなんとなくやばい問題だと思ったからこそ、こうしてワカさんと市長に話をもっていったのだ。
「とにかく」
俺は立ち上がった。
「あとのことは大人に任せる」
〈えぇ、そうしてください〉
市長が苦笑交じりに答えてきた。
〈じゃあ、先生。ご面倒だとは思いますが、まずICレコーダーの音声データ、認証付きメールで転送していただけませんか? やり方は私の方でお教えしますので〉
「あ、はい。でしたら職員室に移動します」
「先生」と俺。「そのICレコーダー、親父のだから、あとで断りの電話とか入れといてくれないか。そうしたら、そのまま預けておけるから」
「わかった。久賀、気を付けて帰るんだぞ」
「言われなくても」
俺は手をあげつつ、社会科資料室を出て行った。
そして少し離れたところで、ふぅ、と溜め息をつく。
「というわけだ」
〈まったくもぉ……あんたって、ホントにトラブルホイホイなんじゃないの?〉
付けっぱなしにしているインカムからリンの声が響いてくる。
市長との電話を切った直後から、俺はそれとなくリンにメールを送り、黙って今の話を聞いてもらっていたのだ。どうせこいつにはあとで話すことになるだろうし、だったら話し合いを聞いててもらったほうが早いと思ったのだ。
それにしても、リンも暇な奴だ。
たまに予定が入っている場合もあるが、俺が連絡すると、まず間違いなく時間に余裕があり、話に付き合ってくれるのだ。かといって、家に閉じこもっているわけでもないらしい。少なくとも昨日の昼間は、友達と遊びに出掛けていたようだし。
「俺の責任かよ」
〈あんた、まだ学校よね? 家に付くまでどれくらいかかる?〉
「んっ? なんでだ?」
〈言ってなかった? わたし、新宿のマックにいるの。昼過ぎまで友達と遊んでたから〉
「あぁ……もしかしてタイミング、悪かったか?」
〈逆よ。ちょうど別れたところであんたの電話があったってわけ。これから帰るんだけど、ちょっと寄るところもあるから1時間ぐらいかかる……かな?〉
「了解。帰ったらそっちから“SCOPで連絡”ってことにするか?」
〈OK。じゃあ、あとで〉
電話が切れた。
俺はインカムを外し、教室に鞄を取りに戻ったうえで、生徒玄関に向かった。
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