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[04-02]
「やはりね」
部長様は楽しげに笑みを浮かべた。
「君のクラスメートは気付かなかったようだけど、僕らにはすぐわかったよ。でも、それも当然だね。なんだったかな……そうだ。“おまえはシンだ”、だったね。POのことを知らなければ、生き死にの意味で、“おまえは死んだ”と叫んでいたように聞こえたかもしれない。でも……」
部長様は左手を無造作にあげた。
五十嵐が大急ぎでホワイトボードに張られていた紙を取り、部長様に渡した。
「これを見ていたからね。ピンときたよ」
部長様が手にしているのは、大山の時にも突き出された、例の外装顔写真だ。
「決定打は君の名前だよ、久賀慎一くん」
「……なんのことだ?」
俺は目を細めながら部長様を睨み付けた。
「とぼけることないだろ?」
部長様は、俺の外装顔写真がプリントされた紙をヒラヒラとさせながらいやらしい笑みを顔に浮かべていた。
「それにしても迂闊なことをしたね。これじゃあ、ネットで実名と顔をさらしてるようなものじゃないか」
「……ったく」
俺はガリガリと頭をかきつつ、体を起こし、背もたれに寄り掛かった。
「だったらどうする」
「おっ、やっと白状してくれるのかな?」
「言っとくが、これで電算部の人間全員が、要注意人物になったんだからな」
俺は機先を制し、新たな釘を刺しておいた。
「大山の件でわかってんだろ? 下手なことしたら、一生を棒にふることになるってことぐらい。言っとくが、自分たちならうまくやれるなんて、そんな勘違いだけはやめとけ。今の時代、高校生レベルで可能な欺瞞工作なんて、プロの手にかかれば全部モロバレだ。だいたい、個人情報の意図的な漏洩、1000万円単位の賠償金になる時代だぞ。もちろん、部内の誰かがそんなことをしでかしたら、部員全員が連帯責任ってことになる。俺がそう証言するからな。被害者の証言ってやつは、こういう時、物証以上の効果を持ってんだ。知ってたか?」
ちなみに俺は知らなかった。今の話は、全部、親父からの受け売りだ。大山の一件がなければ、俺も知らないまま生きていったかもしれない。
「饒舌だね」
部長様は――いや、もう南原と呼ぼう――は、余裕綽々に微笑んでいた。
「どうやら君は交渉のイロハを知らないようだね。あぁ、だから戦闘狂なのかな? 《青》での君の評判、あまり良くないらしいね」
「へぇ……あんたの陣営でも俺のこと、話題になってんのか?」
「そりゃあね。君のせいで《青》のコミュニティは崩壊寸前だって話じゃないか」
「なるほど。あんた、《緑》か」
カマをかけてみた。特に根拠は無い。なんとなく、連帯感みたいなものを重視しているように思えた、というだけのことだ。それなら《赤》より《緑》だろう。さぁ、どうだ?
「驚いたな……」
的中らしい。
「名乗りぐらいあげろよ」
俺はふんぞりかえりながら、南原をジッと見つめた。
「陣営対抗で出会ったら、手加減のひとつぐらいしてやる」
ひとつだけな――と心の中でつぶやいたのは秘密だ。
「ふむ……まぁ、いいだろう。五十嵐くん、新島くん。立ちなさい」
あの五十嵐とドアを開けてくれた女子、さらに南原自身が立ちあがった。
「改めて自己紹介といこうか。まず彼は1年A組の五十嵐誠美くん。外装名はSUSANO−OH。彼女は1年A組の新島朋美くん。外装名はTUKUYOMI。そして僕、2年A組の南原輝彦。外装名は――」
南原は笑った。
「――AMATERAS。《緑》の三貴神さ」
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はい?
いや、なんていうか。
まあ……世の中には“中二病”と呼ばれるものがある。思春期のガキが抱きやすい特徴的な妄想癖、または特徴的なセンスのことだ。俺の人間嫌いも中二病の一種だから、他人のことをどうこう言う資格は無いだろうが……。
「こんな……近くに…………」
俺は額を抑えながら、ガックリと項垂れていた。
神様の名前を外装名にするのは、まあ、いい。パッと思いつく架空の名前なんて、神話を含めた“それまで見知った物語”から引っ張ってくるのが普通だっていうし。
ただ……それを誇らしげに宣言するのはどうだ?
あまつさえ、“《緑》の三貴神”なんて自分から言い出すか?
そりゃあ、俺たちも“SL”って呼ばれているが、こっちはネットで自然発生した通称だ。間違っても自分から名乗っているわけではない。
というかさ。
いったい俺の周りで何がおきてるんだ? なんでこうもマンガ的な展開ばっかり起きるんだ? ここ、実在現実だよな? 仮想現実じゃないよな?
「まったく……残念だよ」
南原――いや、もう、部長様に戻す――は、両手で2人のテスターを左右に呼びつけながら、なぜか勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「最初からテスターであることを明かしていれば、僕らの仲間になれたかもしれないのに」
遠慮する。
誠心誠意、御免被らせてもらう。
そんな俺の心境などお構いなしに、部長様はさらに語り続けた。
「そうだな……君だったら、“タケミカヅチ”か“ホノカグヅチ”になれただろうに。本当に残念だよ」
「部長っ!」と部員のひとりが立ち上がる。「タケミカヅチは僕の名前じゃ……」
「落ち着きたまえ」
部長様は芝居っ気たっぷりに手で制した。
「たとえば、という仮定の話だよ。そもそも彼はもう、僕たちとは違う陣営にいるんだ。僕たち『AMATU』の一員にはなれないんだよ。まったく……これでは、いくらRSN指数が高かろうと、“ウィザード”になるのは不可能だろうね」
んっ? RSN指数? ウィザード???
「やっぱりね」
俺が不可解そうに顔をあげると、部長様は待ってましたとばかりに鼻で笑った。
「君は本当に何も知らないようだね……あぁ、なるほど。だから僕たちのことも理解できないのか」
「……なんのことだ?」
「君はPVを、なんだと思ってる?」
不意打ちの質問だ。
「なにって……PVはPVだろ」
すると部長様の隣りにいる五十嵐が、あからさまな嘲りの笑みを浮かべた。
「はんっ、やっぱり馬鹿はそっちなんだな。そんなことも知らないなんて」
「仕方ないさ」
部長様は五十嵐の肩をポンと叩く。
「彼の御両親は医者じゃないからね。一般応募枠のテスターだと、選考基準がなんだったのかさえ、知らないのが普通なんだ」
「選考基準?」
俺は即座に尋ね返した。
「そう、基準があるんだよ」
部長様はニヤニヤと笑いながら得意げに答えた。
「PVがアンデルフィア=ローカル現象を利用し、脳神経系の情報を欺瞞していることは、君でも知っているだろ? ただ、システムとの共感率は、子供でも最大70%、成人すると40%にまで落ち込んでしまう。技術が進歩したおかげで、今は20%以上あれば、誰でもログインできるところまで来ているんけどね。そこまではわかるかな?」
「……あぁ」
実はチンプンカンプンだったが、適当に相づちをうっておいた。
「本題はここからだよ」
部長様は2人のテスターをソファーの左右に残し、俺のほうへと歩き出した。
「臨床試験を繰り返した結果、稀に90%以上の共感率を出す人間もいることがわかった。PVの操作性は共感率と比例するから、当然、そうした人間のほうがうまくPVをオペレーションできる。研究者たちは、そうした人間を“柔軟な脳神経系”を持っていると表現。さらに、何度もログインを繰り返していくことで、人は誰でも、ある程度の“柔軟な脳神経系”を構築できることも解明された」
「つまり……」
俺は一瞬だけ床を見つめ、目の前に立った部長様を見上げた。
「RNS指数ってやつは、その、“柔軟な脳神経系”の度合いの強さってことか」
「ご名答。でも、話はまだ続くんだよ」
部長様は両手を腰にあて、俺を見下しながら語り続けた。
「ところで君、脳がどういうふうに形作られるか、最新の学説を知ってるかい?」
「いや」
「だろうね。じゃあ、教えてあげるよ。人間の脳は3つの段階を経て完成する。まず最初が受精時。すなわち、遺伝的要因だ。次が胎児期。脳がカリフラワーみたいな形をしているのは、この頃に起きる熱対流による羊水の動きと関係しているんだ。胎教として音楽を聴かせると発育がいいなんて俗説も、f分の1の揺らぎを持つクラシックの振動が、羊水に理想的な振動を与えることで、脳神経系の発達を促進するからなんだ」
偉そうに言っているが、多分、何かの受け売りだろう。
しかも、どれも仮説の域を出ていないはずだ。
だいたい、脳の発展段階なんてものが解明されていたら、それを利用した医療だとか何だとか、そういうものが話題になったはずだ。
「最後の3つ目は幼児期」
部長様は偉そうに講釈を続けた。
「人間の脳は成人するまで成長していく……とはいえ、そのほとんどは生後40ヶ月未満のうちにできあがってしまうんだ。“3つ子の魂、100まで”なんて言葉もあるけど、昔の人は経験則として、そうであることを知っていたんだろうね」
「それで?」
「もちろん、完成といっても固定化するわけじゃない。なにしろ脳には、自ら神経網を再構築する力がある。例えば右腕を失うと、右腕の知覚や運動を担っていた脳細胞は死滅していくけど、これで空いた脳の隙間には、周辺の脳細胞がニューロン回路を張り巡らせていく。その結果、別の部位に触れるだけで、あたかも失った右腕があるかのような錯覚を抱く場合がある。幻肢と言われるものだよ。知ってるかい?」
「TVで見た」
ような気がする。よく覚えていないが。
「じゃあ、話は早いね」
部長様はクルッと背を向け、ソファーに戻っていった。
こいつ……いったい、なにをしたいんだ?
「つまり、何度もログインすることでRSN指数が上昇するという臨床データは、脳の再構築がもたらしたものだと言えるわけだよ。しかし、これには限界がある。まだ臨床例が不充分だけど、こうして伸ばせる共感率は、いっても+10%ぐらいにすぎない。ところが……」
部長様はボフッと1人用のソファーに座った。
「生まれつき高いRNS指数を誇る人間もいる。一種の才能だよ。絶対音感なんかと同じ種類の才能だね。持っている者は持っているけど、持っていない者はどんなに努力しようと絶対手に入らない。研究者たちは、そうした生まれついての天才たちを“妖精”と呼んでる」
「……エル、フ?」
おい、待て。まさかPVの研究者も中二病なのか?
「そう、エルフだよ。今のところ日本人なら10人に1人がエルフだろうと試算されているんだ」
「10人に1人……」
ということは、1年B組にも最低4人はいるってことか。
「そう、10人に1人だよ。でもね」
部長様はいやらしい笑みを浮かべた。
「そこからさらに共感率を高めるには、特別な訓練が必要なんだ。特に共感率100%以上を叩き出せる“魔術師”と呼ばれるユーザーになれるのは、エルフの中でも特別な訓練を受けた者だけなんだよ」
「待った」
俺は手を出し、部長様を制した。
えっと……今の話を総合すると……んっ? 待て待て待て。まさか……
「これって……選考基準の話だったよな」
「まだわからないのかい?」
部長様は足を組みながら悠然と微笑んだ。
「VRN社はクローズドβテストを成功させるために、遺伝的エルフの若者を選んだんだ。つまり君も、僕も、五十嵐くんも、新島くんも、VRN社お墨付きのエルフなんだよ」
なんだそりゃ。
つまりあれか? PVに適合しやすい応募者を優先的に選んだってことか?
「でも、残念だよ」
部長様は同情の眼差しを向けてきた。
「僕たちの仲間になれば、ウィザードになるトレーニングも積めたはずなのに……本当に残念だよ」
「謝るなら今のうちだぞ」
五十嵐がここぞとばかりにニヤニヤと笑ってきた。
「ここで土下座すれば、部長も許してくれる──そうですよね?」
「そうだねぇ。僕もそこまで鬼じゃないよ」
直後、他の部員たちもニヤニヤと笑い出した。
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