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ONLINE : The Automatic Heart

[04-04]


 靴を履き替え、外に出る。
 ジリジリとした真夏の日差しが肌に突き刺さった。
「あつーっ」
 それほど蒸さないものの、あまりにも強い日差しに、全身が一気に汗ばんできた。
 校庭では運動部の連中が汗を流していた。
 空はどこまでも青い。
 白い雲はハッキリとした輪郭を持ちながら、ゆったりと漂っている。
(……んっ?)
 校庭を横切りつつ校門へと向かう途中、校門横の自転車置き場に2、3人の女子生徒の姿を見付けた。いつもなら無視するところだが、いずれもどこかで見たことのある女子だったせいで、なんとなく気になった。
(あれ……?)
 ひとりは髪をベリーショートにした細身で長身の女子。
 ひとりはパーマのかかった髪を束ね上げている眼鏡の女子。
 ひとりはおかっぱ頭の小柄な女子。
 3人とも見覚えがあったが、特に最後のおかっぱ頭とは、どこかで会った記憶が……って、それもそうか。あの女子、俺の隣の席の女子だ。名前は……名前は……ええっと……まぁ、あれだ。とにもかくにも、クラスメートということで。
(あぁ、そういえば連中も特別追試組か)
 他の2人もクラスメートだ。名前はど忘れしているというか、最初から覚えていないというか……まぁ、思い出せないわけだが、それでもクラスメートであることに代わりはない。つまり連中も試験結果を返してもらったあと、何かの用事があって学校に居残り、今し方、帰ろうとしているところらしい。
 校門に近づいていくと、向こうも俺の存在に気付いたようだ。
 何かを言いあっている。
 どことなく、パーマ頭が喋り、おかっぱ頭を困り、坊主頭が呆れる、という構図に見える。多分、それがこの3人の力関係なんだろう。俺にはどうでもいいことだが。
「あ、あのっ!」
 突然、声をかけられた。
 それも後ろから。
 しかも、声は女子のものだった。
「んっ?」
 背後から不意打ち受けることが多いな――と思いながら振り返ると、そこには三つ編みお下げの真面目そうな女子が立っていた。
 電算部にいたテスターのひとりだ。
 名前は確か……新島なんとか? よく覚えていないが、そんな感じのヤツだ。
「ったく……」
 俺はガリガリと頭をかきつつ振り返った。
「忠告したはずだぞ。俺に関わるなって――」
「違うんですっ!」
 彼女は必死な様子で声をあげた。どことなく周囲を気にするように怯えているようにも見える。ふと気付くと、生徒玄関から男子生徒の集団が出てきた。部長様を始めとする電算部の連中だ。
「ったく、まだ懲りないのか……」
 俺が呆れていると、彼女は慌てて振り返り――硬直した。
 首を傾げるしかない。なんでそんなに驚いてるんだ?
「新島くん……」
 部長様が他の連中を引きつれ、こっちに近づいてくる。
「彼のことは放っておけと言ったはずだぞ? それよりこれから――」
「私、電算部辞めますっ!」
 突然、彼女は声を張り上げた。
 俺を含め、全員がギョッとした。運動部の連中も、何事かとこっちを見ている。
 彼女は俺に向き直り、涙目で見上げてきた。
「あのっ! 相談に、のってくれませんか!?」
 俺は溜め息をつき、空を見上げてみた。
 空はどこまでも青い。
 白い雲はハッキリとした輪郭を持ちながら、ゆったりと漂っている。
 そっかぁ……俺って、トラブルホイホイかぁ……。
 今年の夏は、本当に暑そうだなぁ……。
「……ふん、負け犬が」
 五十嵐が吐き捨てるようにつぶやいた。
 部長様も同様だ。
「辞めたければ辞めればいい。ただし、秘密をバラせば……」
「秘密もクソも無いだろ」
 俺はガリガリと頭をかきつつ、呆れ顔で割り込んだ。
「だいたい、そういう情報は社外秘のはずだぞ。それともなにか? おまえらを推薦した協賛病院の関係者……だったな? そいつらが機密漏洩したってこと、本社にバレてもかまわないのか?」
 これには部長様がギョッとした。
 他の連中は、意味が分からないとばかりに部長様を見ている。五十嵐もそうだ。
「……なるほど」
 俺は携帯電話を取り出し、ブルートゥース送受信端子を外したうえで、着信履歴に残っている番号へ電話をかけてみた。
 コール3回。
〈はい、VRNコンテンツ事業部です〉
 見知らぬ女性の声が聞こえてきた。
「たびたびすみません。久賀慎一という者ですが、ファンタジア・オンライン・マネージメントチームの森下さんをお願いできますか?」
〈どのようなご用件でしょうか?〉
「先ほどお知らせしたトラブルに関連してお伝えしたいことと、ご相談したいことがでてきました。取り次ぎ、お願いできませんか?」
〈少々お待ち下さい〉
 保留音が響く。
 部長様は絶句していた。他の部員もそうだ。新島も俺のことを驚きの目で見上げている。
 保留音が途切れた。
〈今度はなんだい?〉
「トラブルホイホイにまた1匹。ところで、ウィザードになるためのトレーニングメニューって、なんだ?」
〈フィジカルトレーニングとしてはヨガ、メンタルトレーニングとしては禅が最適だろうって仮説がある程度だよ〉
「ヨガと禅か……ありがちだな」
〈あとはログイン中の思考操作についてだね。これについては、君の方が詳しいんじゃないかな?〉
「思考操作? あぁ、あれね。確かに訓練が必要だな、あれは」
 PVの操作体系は音声操作(ヴォイスコマンド)動作操作(モーションコマンド)をベースにしている。だが、声を出すという行為にしろ、体を動かすという行為にしろ、実体が存在しないPVでは、結局のところ、思考を感知していると言える。つまり、理論的にはすべてのことを思考操作(シンクコマンド)で肩代わりできるというわけだ。
 俺とリンは、ガンタイプのトレーニングを積んでいる時、弾倉を手早く取り出すためにこれを会得しようとかなり苦労した。さらにスタッフタイプでは、いろいろと試行錯誤も繰り返した。
 その結果、思考をクリアにする引き金(トリガー)となる何かがあれば、意外とできることに気が付いた。とはいえ、問題は何をトリガーにするのか、というところなのだが……
 いや、今はそれどころではない。
「ちなみに聞くんだが……俺って、ウィザードなのか?」
〈まさか〉
 市長は即答した。
〈君たちがエルフであることは間違いないけどね。それでも最初の共感率は78%、現在は最大86、最小81、平均83。リンくんは初期79、今は最大85、最小80、平均82。ウィザードは100%を越えるユーザーのことだから、君はまだまだだよ〉
「へぇ……試練場のあと、妙に外装が動くようになったけど、そのあたりは?」
〈なんだ、気付いていたのかい? うん、そうだね。あのあたりから、君もリンくんもコンスタンスに80越えができるようになってるよ。もっとも、共感率だけで言えば、君たち以上のユーザーはたくさんいるんだ。だからこそ、君たちの強さは別格だなぁと呆れているんだけどね〉
「じゃあ、アマテラスの共感率は?」
〈それは個人情報に関わることだから答えられないね〉
「いいだろ、教えてくれたって」
〈……それが新しいトラブルかい?〉
「新しいもなにも……」
 俺は驚いたままの新島を見下ろした。
「例の3人のうち、ツクヨミのプレイヤーが電算部を辞めるって言ってきた上に、相談に乗って欲しいって、押しかけてきてる。で、アマテラスとスサノオは、辞めるなら辞めろ、だが秘密をばらせばごにょごにょ、なんて言ってる。そんなとこだ」
 見ると五十嵐が俺に食ってかかろうとしていたが、部長様が、異様なほど冷静に五十嵐を止め、冷ややかな目で俺を見つめてきていた。
 俺はその眼差しを苦笑で受け止めつつ、電話越しに市長に報告した。
「ついでにアマテラスのプレイヤーに睨まれてる。現在進行形で」
〈やれやれ……本当に君はトラブルホイホイですね〉
「俺もそう思う」
 ほんと、溜め息をつくしかない。
「そういうわけだから、トレーニングメニューの一般公開、マジで早めに頼めないか?」
〈前向きに検討するよ〉
「政治家みたいなこと言うなよ……」
〈決定権は本社にあるからね。早くても、対応できるのは来週なんだ〉
「だったらもうひとつ、頼みがある」
 俺は、今になっても目をまん丸にして俺を見上げている新島を見下ろした。
「ツクヨミのプレイヤーが困ってる。で、相談に乗るにしても、俺はガキだから、できることなんざ、限られてる。いざとなったら、またあんたに相談していいか?」
〈えぇ、かまいません。トラブルシュートも私の職分ですからね〉
「ありがとう。じゃ、また何かあったら――」
〈あぁ、待った待った。ところでトレーニングメニューの話、出所は?〉
「アマテラス」
〈ありがとう。こっちでも確かめてみます。じゃあ、また何かあったら〉
「あぁ。また」
 俺は電話を切り、溜め息を漏らしつつ部長様に向き直った。
「あんたも馬鹿じゃないなら、わかるだろ。大山が起こした事件のせいで、俺はVRNのスタッフと、こうして相談できる立場にあるんだ」
「――ちっ」
 部長様が舌打ちをした。
 それまでの偉そうな態度から一転、どこかチンピラめいた印象すら漂わせている。
「行くぞっ!」
 部長様はそう告げると、俺を避けるように通りすぎていった。部員たちは困惑しながらも、そんな部長様を追い掛けていく。ただひとりだけ、五十嵐だけは憎々しげに俺を睨み付けながら通り過ぎていった。
「ったく……」
 校門を出て行く連中を見送った俺は、改めて振り返り、まだ呆然としている新島に声をかけた。
「とりあえずワカさん……っと、うちのクラスの担任な。日本史の。知ってるか?」
「……あっ、はい。知ってます」
 新島は緊張した様子で姿勢を正しつつ答えた。
 俺は頷きつつ、携帯電話をポケットに戻した。
「じゃあ、ワカさんのところに行く。それでいいな」
「はいっ」
 なにやら尊敬の眼差しを向けられている気もするが、俺はそのことを無視しながら、再び校舎へと戻っていった。
 途中、背中に視線を感じて振り返ってみると、駐輪場にいたクラスメートの女子3人がこっちを見ていた。まぁ……目の前であんなことがあったんだ。そりゃあ、見るよな。普通なら。

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