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ONLINE : The Automatic Heart

[03-11]


 4日後の7月15日(テスト51日目)正午――といっても、リンは私用で外出中。俺は前日の夜にワカさんが持ってきた課題に取り組んでいた。期末試験も終わり、普通の授業が始まっているためだが、もう怪我も痛まないし、頭のネットもウザイだけなのだから、普通に登校させてくれたほうが気持ち的に楽だよなぁ……なんて思っていた、その時だった。
「……んっ?」
 玄関先が急に騒がしくなった。
 何事かと思い、部屋から出てみると、半開きの玄関先で、母さんと背広姿の大柄な男が、なにやら押し問答を続けていた。
 どこかで見たことがある――と思ったのも当然だ。
 大山に似ているのだ。
 顔つきといい、体つきといい、髪の短さや眼鏡をかけているところといい、本当はクローンなんじゃないかってくらい、大山とうりふたつなのだ。違いは、少しだけ顔が老けているところと、全体の比率が一割増しぐらいありそうなところだ。
「貴様か!」
 急に大山父が俺に怒鳴ってきた。
「貴様が憲義を! 謝れ! 土下座して謝れ!」
「帰ってください! 警察を呼びますよ!」
「警察に捕まるのはおまえらのほうだ! この犯罪者! 貧乏人のくせに妬みやがって! なにが公務員だ! こっちは社長だ! この低脳! クズ! ゴミ! 貴様のような、人にこき使われるだけの奴隷と、うちの憲義を一緒にするな! 憲義のために死ね! 死んで詫びろ! 光栄だろ! 憲義のためにさっさと死ね!」
 よく見れば背後から誰かに押さえ込まれているらしい。
 押さえているのは同じマンションの人。いや、よく見れば警察官らしい人もいる。いつの間に来たんだろう。その前に、いつから騒いでたんだ? 急に騒がしくなったのはついさっきだし……なんなんだ、いったい?


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 状況を整理しよう。
 母さんは少し遅めのゴミ出しで1階に下りた。そこで、すでに事情を説明しておいたマンションの人たちと会い、立ち話をしていた。かと思うと、背広姿の大山父が登場し、あろうことか、問答無用で母さんの頬にビンタを喰らわせた。
 なんでも朝から車を近くに停め、見張っていたらしい。それも、立ち話が聞ける距離に車が停まっていたそうだ。しかも、立ち話の内容から母さんを俺の母親だと断定した大山父はカッとなってしまい、怒りのあまり、母さんにビンタを喰らわせた――と、警察で証言している。
 呆れるしかない。
 だいたい、怒りのあまりカーッとなった人間が、母さんのエプロンに手を突っ込んで、家の鍵を奪い取るだろうか。しかも母さんを足蹴にして階段を駆け上がり、うちの玄関の鍵を開けるだろうか。開いたところで母さんが体当たりしていなければ、先に家に上がり込んでいたのは大山父だったはずだ。もしそうなっていたら……下手をすると、ログイン中の俺は殺されていたかもしれない。なんとなくだが、そう思う。
 だが、母さんが身を挺して俺を守ってくれた。そのおかげで、他の人たちが集まり、話を通してある近所の交番から警官が駆けつけ、大山父は叫き散らしながらも御用となった、という次第だ。
 しかし、話はそこで終わらない。
「そっちが挑発したんでしょ!」
 今度は警察署で、大山母が大暴れした。
 俺と親父はゲンナリしていた。
 母さんは念のため、管理人のおばさんと一緒に病院に行っている。そのかわりとして、事情を説明するべく親父と俺が警察署に出向いたのだが、そこで待ちかまえていたのが、夫の無実を訴え続ける大山母だった、という次第だ。
「……慎一」と親父。
「んっ?」と俺。
「最悪、引っ越してもかまわんか?」
「OK。未練も無い」
 ふと、関東に引っ越せば、リンに会えるかも――なんてことを考えてしまった。
「あくまでも最悪の場合だ。最悪の」
 親父は立ち上がった。
「それと、少し運動しとけ」
「生兵法はなんとやら」
「鍛えるのは逃げ足だ」
「なるほど」
 こりゃあ、柔軟体操だけでなく、ちょっとした筋トレも始める必要があるかもしれない。
 実在現実(リアル)では、カードをセットするだけで超人になれるわけでも無いのだから……


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 同日夜、21時(午後9時)にログインした俺は、憂さ晴らしの戦いをしつつリンに愚痴った。俺以上に憤慨したリンは、最近は実入りもいいということもあって2万円アタックを2回やった。ついでに俺も1回やらせてもらった。
「なるほどな……こりゃ、癖になるわ」
 銃撃の振動と超破壊力がすこぶる爽快なのだ。
「でしょ?」
「だからって、散財しすぎだろ、これ」
 《ブラストバルカン》は専用弾頭を必要とする。これは今のところ、ドロップアイテムとして手に入らないため、都市のNPC商人から買うしかない。それでもカード1枚で全段装填状態になるのだから、まぁ、便利といえば便利だし、破壊力もあるわけで……でもなぁ、2万クリスタルもするもんなぁ。
「いいじゃない少しくらい」
「それにしても……あれだな」
 下手に突っ込むと、俺の波動拳が矢面に立ちそうなので、話題をかえることにした。
「ダウンボックス。これだけ歩き回って、なんで見つからないんだ?」
「だよね……」
 リンは周囲を見回した。
「歩いてない場所、もう無いはずなんだけど……なんでだろ?」
「配置されていないとか?」
 俺がそう告げた直後。
「それはありません」
 不意に背後から声が響いた。
 ギョッとした俺たちが身構えながら振り返ると、
「お久しぶりです」
 トーガをまとう細目の男――蒼都市長セイリュウの姿があった。
「なんだ、あんたか……」
「えっ? でも……なんで?」とリン。
「なに言ってるんですか。これでも私、スタッフなんですよ?」
 確かに地下も『 PHANTASIA ONLINE 』の一部だ。別に蒼都市長だからといって、蒼都の外に出てはいけない、なんて規則があるわけでもないだろう。
 だとすると問題は――
「今度はなんだ」
 俺は《ブラストバルカン》をカードに戻しながら尋ねてみた。
「謝罪と相談です」
 市長はそう告げると、ゆっくり、俺に向かって頭を下げてきた。
「私たちの浅はかな行動で、お客様に多大な迷惑をおかけしました。関係者一同を代表しまして、この場を借り、深く謝罪致します」
「あっ……」とリン。
 俺もピンときた。
「大山のことか?」
「うちのユーザーサポートに激しい抗議がありました」
 市長は背筋を正しながら答えた。
「支離滅裂でしたが、話を総合すると、テスター応募に落選した方が、本来であれば自分に与えられるテスターの権利を、騙されて盗まれてしまったと主張している、と我々は理解しました」
「それで?」
「証拠がない以上、そのような抗議にはお答えしかねるというのが、我々の立場です。仮に詐欺が行われたとしても、それは警察の手で委ねるべき問題です。こう言うのもどうかと思いますが、善意の第三者というのが我々の立場なんです」
「そうでしょうね」
 リンは腕を組みつつ、少し冷ややかな口調で告げた。
「でも“はい、そうですか”で済むとも思えないわ」
「まったくもって、その通りです」
 市長は苦々しげに頷いた。
「抗議が何度も続いたため、我々も念のため、彼の主張を調べてみました。すると、騙したというテスターがシンくんであるということがわかりました。その時点で、私たちマネージメントチームに話が来たのですが……あなたは応募枠ではなく、選考枠での登録です。しかも、あなたを推薦したのは我が社の社員でした」
「叔父だ。父方の」
「えぇ、承知しております。そこで失礼とは思いましたが、あなたのお父上にご連絡させていただきました」
「親父に? いつ?」
「つい先ほどです。大方の事情は、そこで知りました」
「じゃあ、原因が例の顔晒しだったことも?」
「はい」
 市長は沈痛な面持ちで、小さく吐息を漏らした。
「言い訳に聞こえるでしょうが、私たちにとって、実像そのままの外装を使うユーザーというのは想定外でした。私たちにとっての外装は、いかに倫理的な規範を守らせつつ、どこまで別人にカスタマイズできるか……それを追求したものだったんです。まったく、我ながら情けない限りです」
 市長は顔をあげた。
「ご存じ無いでしょうが、マネージメントチームのほとんどは、あなた方の親にあたる世代です。外装は若くしていますが、本物は更年期のおじさんとおばさんばかりなんです。そして……ほとんどのマネージメントスタッフが、10代の頃に、サポート体制が劣悪だった頃のMMORPGで遊んでいます。今でも語りぐさになっていますが、当時のMMOは、まだ商売として、サービスを追求できるようなレベルに到達していませんでした。安かろう(まず)かろうの世界です。サービス業の本職が入り出したのはここ10年のこと。その分、あまり凝ったゲームを運営できなくなり、ご存じの通り、メタバース系のコンテンツが増えたわけですが……」
 市長は溜め息をついた。
「本当に情けない限りです。サービスの行き届いたMMORPGを実現しよう。それが私たちの目標でした。それなのに、こんな初歩的なミスを犯してしまいました。シンくんには、どう詫びれば良いのか……本当に申し訳ありません」
 市長は再び頭を下げてきた。これには逆に、俺のほうが困ってしまった。
 今の話が本当だというなら、俺は40代の大人に謝られていることになる。それに顔を晒されたにしろ、外装をたいしていじらずに使っているのは俺自身だ。ある意味、本名に良く似た名前でネットに書き込むのと大差がない。
「…………」
 そうか。今さらかもしれないが――そうなのか。
「……シン?」
「いや……」
 俺は額を軽く押さえ、溜め息をついた。
「市長……頭、上げてください。俺にも迂闊なところがあったのは事実なんですし」
「いや、やはり私たちの――」
「だから、俺もリンも、PVだからって甘えてたところがあったんです」
 リンが驚きながら俺を見上げた。
「顔だ、顔」
 俺はガリガリと頭をかきながらリンに言った。
「例えばな、どこかの掲示板に、本名そっくりのハンドルで書き込んだとするだろ。それで、書き込みの内容から、本人が特定された場合……悪いのは誰だと思う?」
「あっ……」
 リンは口に手を当て、両目を見開いた。
 俺はうなずきつつ、顔をあげていた市長に視線を戻した。
「どうせ、そういう話もあったんでしょ?」
「えぇ、法務の者からは、だから責任に問われることはない、と。ですが――」
「いいよ、もう」
 俺はさらにガリガリと頭をかいた。
「起きたことは仕方ない。今さら外装を変えたところで、どうなるもんでもない。というか、俺としては、いちいち別の外装に変えるの面倒なんだ。リンはどうだ?」
「わたし? わたしは……」
「む――」
――カチャッ
 瞬きの瞬間で、銃口が俺の顔に突きつけられていた。
 なんだ、この早抜き。
 俺は両手をあげながら、
「――ずかしく考えるな……と、言いたかったわけだが?」
 と弁明した。本当だ。胸がどうとか言うつもりは、ちょっとしかなかったぞ。ホントに。
「――りやり言い訳と作った気がするんだけど?」
 リンは冷ややかに尋ね返してきた。
「OK。続きはあとで」
「OK。覚悟しなさい」
 リンは銃をホルスターに戻した。
 二人で市長に向き直ると――市長は俺たちに背中を向け、肩を震わせていた。
「「笑うな」」
 俺とリンは同時にそう告げた。それが市長のツボにはまった。
 十数秒後。
「いや、すみません。本当にすみません。笑うつもりはなかったんですが、こうまで凄いスペックのプレイヤーが、揃いも揃って夫婦漫ざ――いえいえ、とにかく落ち着いて。銃はホルスターに、槍も下ろして。ね?」
「とにかく」
 俺はジト目で市長を睨んだ。
「別に晒されたことを訴えるつもりもないし、事件のこと、ネットに書き込むつもりもない。それにプレイヤーの自由意志を尊重する、今のスタッフに不満もない。微妙に騎士団の連中はどうにかしてほしかったが、それでも所詮はゲームの中でのことだし、俺が直接、連中絡みで実害を被ったわけでもない。つまり俺は、別に気にしてない。それでどうだ」
「騎士団……あぁ、彼らの。えぇ、本来なら取り上げるべきなんですけどね……」
 市長は小さく溜め息をついた。
「無理なんですか?」とリンが尋ねた。
「実は一度、取り上げているんです」
 市長のその言葉には、少なからず驚かされた。
「そもそもβテストはデバックを兼ねています。バグを見つけたら、スタッフに通告するのも義務です。それを考えれば、バグの悪用なんて、本来であれば、やってはいけないことの筆頭ですよ」
「だったらどうして?」と俺が尋ねた。
「上です」
 市長は苦笑した。
「かなり上のほうからの意見なもので……」
 瞬間、俺はひらめくものを感じた。
「まさか、ゼノンも選考枠で?」
「お答えしかねます」
 市長は意味ありげに、ゆっくりと答えた。
「ですが、あなた方は選考枠でしたね。もしかすると、その関係で多少の内部事情を知っているかもしれない。いやぁ、これは困った話です。例えば我々が“本社”といったら“NEUROジャパン”を意味するとか、『アニマランド』のRMTが好調なことから強気になっている本社の幹部がいるとか、その幹部の推薦で8人も選考されたとか……いやぁ、どこからどう話が漏れるか、わかったものじゃありません。本当に困った話です」
「困りすぎる話だな」と俺。
「ホント、困りものよねぇ」とリン。
「そうそう」
 市長は地面に転がる石を拾った。
「先にお断りしておきますが、詳細は私も知りません。前にも話したと思いますが、シナリオチームが持つ情報、マネージメントチームにはなかなか降りてこないんです。我々にわかることといえば、実装されたフィールドの地形ぐらいです」
 市長はヒョイッと無造作に石を投げた。
 ここは鍾乳洞だ。カランコロンと転がった石は、鍾乳洞に点在している澄み切った水たまりのひとつにポチャンと入った。
「深いですねぇ」と市長。
 リンは小首を傾げた。
 俺は……次第に両目を見開いていった。
「市長!」
 思わず怒鳴りつけてしまった。
 市長は微笑みながら、
「トラブルの件でなにかありましたら、全面的に協力します。ご連絡ください。では」
 言うだけ言って、スーッと消えてしまった。
「シン?」
 わけがわからないとばかりに、リンが俺のことを見上げた。
 俺は……あぁ、くそ! 頭にくる!
「ったく!」
 転がっている石を蹴り飛ばした。
「そういうことか! ったく、お詫びにヒントって、なんなんだよ! プレイヤーから考える楽しみ奪うつもりか!? あぁ、もう、頭にくる!」
「ちょ、ちょっと! だからなんなのよ!」
「ダウンボックスに決まってんだろ!」
「決まってるって――ダウンボックス?」
 リンはキョトンとした顔で尋ね返してきた。

To Be Contined

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