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[03-12]
「ここに潜れば……?」とリン。
「多分な」と俺。
地下14階のアッパーボックスから遠く離れたところには、鍾乳洞にありがちな大きな池――俺たちは、そこへと移動していた。
ちょうど細い道から大きく膨らんだところの右側にある、細長い水溜まりだ。
電灯が頭上にあるので真下を見るのは難しいが、透明度の高い水たまりは、奥行きが約1メートル、左右の長さが約10メートルほどあった。深さは軽く3メートル近くあるだろう。
「ビンゴ」
端から調べていくと、ちょうど真ん中のあたりに、奥に向かって続く穴が空いていた。
水底から直径2メートルほどの穴が空いているのだ。
それも、自然洞窟ではありえない、まるで鋭利に切り取られたかのような丸い穴が。
「潜る気?」
「当然」
俺はジャケットとハーフパンツを収納。ガンベルトや《トライデント》も収納した。
「すぐ戻る」
「ちょっと!」
まだ躊躇していたリンを残し、俺は思いきって水たまりに飛び込んでみた。
ザブンと、冷たい水の中に落ちた感触がある。
やはりPVだ。息苦しさまで再現している。これから先端技術嫌いになりそうだ。
(どれ……)
目を開けてみると、目の前に問題の穴が空いていた。
水中でも電灯が輝いているおかげで、穴の中はバッチリ見えていた。材質は金属。リベット撃ちされている。だが、10メートルほど先で行き止まりになっているらしい。その上からは、柔らかい明かりが差し込んでいる。
(ビンゴ)
俺は水底を蹴り、上にあがった。
角が丸まっている縁に両手をつき、顔を水上に突き出した。
「ぷはぁ!」
「どうだった?」
そこでは、ショックシューズに肩無しシャークウェアという俺と同じ格好になったリンが、金髪のポニーテイルを揺らしながら、準備体操をしているところだった。
「ビンゴ。あと、けっこう冷たい」
「やっぱり?」
リンは縁に腰掛け、両足を入れてから水の中に入った。
「なによ。けっこう温いじゃない」
「ウェアのせいだろ」
リンは軽く潜り、すぐ上にあがってきた。
「ふぅ――けっこう気持ちいいかも。それよりどいてよ。穴、見るんだから」
俺が横にずれると、再びリンはスッと潜り、少したってから顔を出した。
「楽勝じゃない?」
「そりゃあ、そんな遠くに設定できないだろ。ゲームなんだし」
「ところでさ――息、どれくらい止めていられると思う?」
「……試すか」
ウィンドウの時間表示を使い、ひとりずつやってみたところ、俺は約40秒、リンはなんと1分10秒ほど我慢できた。
「さすが経験者」
「はぁ、はぁ、はぁ――なんで仮想現実なのに息苦しいわけ?」
「脳がそう判断してるんだろ?」
「じゃあ、あんたも鍛えなさいよ。水泳、筋力付けるのに最適なんだし」
「はいはい。じゃあ、行ってみるか」
「OK」
俺たちは、俺、リンの順番で穴の奥に向かってみた。
10メートルほどの横穴を進むと、リベット撃ちされた鉄板で囲まれたプールのような場所に出る。
深さは水たまりと同じ約3メートル。よく見ると、もう少し進んだところに段差があった。
とりあえず水面に顔を出してみた。
広い鉄板の壁に囲まれた部屋だ。横幅は約3メートル、天井が高く、進行方向には横幅いっぱいのなだらかな上り階段があった。
その奥は、水面からだと、よく見えない。
「ふぅ」
すぐ横にリンの顔がでてきた。
「雰囲気、違うね」
「だな」
俺たちは階段のあるところまで進み、水からあがった。
警戒しながらも、そのまま階段をあがってみる。
案の定、すぐ奥にログインボックスがあった。俺が無言で右拳を横に出すと、リンも無言のまま、左拳をガンッと重ねてきた。
あまり知られていないが、『 PHANTASIA ONLINE 』には2分ルールというものがある。汗や息の乱れなんかは2分ほどで消えてしまうという仕様のことだ。
濡れた体も同様らしい。
装備を調えながら、2分ほど水面を眺めていると、体はすっかり乾いてしまった。
「ねぇ」とリン。
「んっ?」と俺。
「海に突き出たテラスのある宿って、無いのかな?」
「さすがに宿は厳しいんじゃないか?」
「だよねぇ」
ここ最近、急に蒼都の探索が進んでいる。といっても、紅都や翠都に比べれば、かなり遅れての展開でもある。それでも、どこそこになにがあった、あそこになにがあったという報告が、蒼都スレに次々と寄せられているそうだ。
今ではほとんどの宿、購入可能な分譲部屋と家屋、東区のゴンドラ時刻表まで『マトメ』に載っている。隠れ宿屋もほとんど見付けられており、安い物件は、すでに投資の対象として買いあさられているそうだ。
「んじゃ、軽く見回ったら、新しい宿、探しに戻るか」
「たまには戻らないとねぇ」
俺たちは誰も見たことがない地下15階へと向かってみることにした。
━━━━━━━━◆━━━━━━━━
今度の迷宮は、一言で言えば“秘密基地”だった。
構造素材はリベット撃ちの鉄板。通路は碁盤の目のように均等だが、ところどころがぶ厚い隔壁で阻まれていた。ためしに攻撃してみたが、壊れるどころか傷ついても、2分でどこからともなく現れた粒子で修復されてしまった。
敵も新しくなった。
地上1メートルを浮遊する円筒状のロボット――セキュリティポール。
高速で動くバスケットボールサイズの涙滴型ロボット――ルーケサイト。
蜘蛛の頭部に人の腰から上がついているようなドール――アルケドール。
いずれも遠距離から銃器系で攻撃してくる厄介な敵ばかりだ。しかもあえて接近戦を挑んでも、固くてなかなかダメージが通らない。俺にとっては天敵とも言える連中だ。
おまけに、上へ戻ることができなかった。
最悪だ。
予定では22時半頃に取り引きがあったのだが、物理的(?)に不可能になってしまったのだ。
「ねぇ、シン。カートリッジ、全然落としてくれないけど、どうする?」
「今度は兵糧責めかよ」
新しいカードも手に入るが、回復系と弾薬系のカードだけが手に入らない。かといって近接で挑んでも時間がかかるだけだ。
なるほど、なかなか考えられている。
「こうなったら意地でも近接で乗り切るしかないってところか……」
「わたしも?」
「当然」
「ぶーぶー、女性虐待はんたーい」
「男女平等ぉ、さんせーい」
俺たちは戦い続け、時間も無かったため上がれないアッパーボックスでログアウトすることにした。ダウンボックスを探すだけでも、かなり苦労しそうだったのだ。
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PVベッドのフードがあがると、開きっぱなしになっていた部屋のドアから、背広姿の親父が入ってきた。
「――あれ?」
「着替えろ。戦いだ」
それだけ言い残し、親父は部屋の電気を付け、ドアをバタンと閉ざした。
しばらく呆然としたままドアを見つめる。
「……待ってたのかよ」
ベッドを降りた俺は、そのまま机のケータイを手にした。
登録してあるリンの番号にかける。
耳にあてながら部屋着を脱ぎ捨て、クローゼットから制服を取り出す。
〈もしもし、何かあった?〉
さすが相棒。察しが早い。
「よくわからん。でも、親父から『戦いだ』って言われた」
〈怪我の具合は?〉
「左手がまだ。頭は平気」
〈POのほうはわたしに任せて。いい。無茶してあんたがこれなくなったら、わたし、北海道まで乗り込むからね。わかった〉
「勘弁しろよ。生身は外装ほど頑丈じゃないんだ」
〈殴るだけよ。撃つわけじゃないから平気でしょ?〉
「せめて平手にしろ、平手に」
〈OK。今日は起きてるから、愚痴りたくなったらいつでも連絡して〉
「OK、相棒。じゃあな」
電話を切った俺は手早く半袖Yシャツを着込み、ネクタイを持って部屋を出た。
リビングには、親父と母さんが座っていた。今すぐ外出可能な格好で、だ。
「何事?」
俺はネクタイを結びながら尋ねた。
「おそらく今夜でおしまいだ」
親父が溜め息混じりに応えた。
「終わりって――」
尋ね返すより先に、家の固定電話が鳴った。
子機を手にした親父が、ワンコール目が鳴り出すが早いか電話に出た。
「もしもし、久賀です……はい、そうです。お疲れ様です。それで、大山憲義くんの状態は……えぇ…………はい……………………はい………………はい……………………はい…………………………そうだと思い、準備していました。今からでも大丈夫です。先方も、そのようにお望みだと思いますが………………いえ、責任はあくまで先方にあります。なにも先生が気に掛けることはありません。では、これから伺わせていただきます」
親父は電話をきった。
険しい表情の母さんが、スクッと立ち上がった。
左頬の湿布が痛々しい。おまけに首に見える青痣も見るだけで胸が痛んだ。
大山父を止めた時、母さんは大山父に首をしめられたのだ。そればかりか、左頬を何度も何度も叩かれている。執拗に左頬ばかり叩かれた母さんは、今もひと目でわかるほど、頬を腫らしている。
「母さんは――」と親父がいいかけた。
「お父さん」
母さんはジロッと親父を睨んだ。
しばらく二人は黙り込んだ。
負けたのは親父だ。
重い溜め息をつきつつソファーから立ち上がり、俺をジロッと見た。
「慎一」
「あいよ」
「父さんはおまえと母さんを天秤にかける状態になったら、真っ先に母さんを助ける」
「俺が親父と母さんを天秤をかけたら、やっぱり母さんが先だな」
俺は頭のネットをむしりとった。
「あら、私は二人とも助けますからね。どんなに嫌がっても」
母さんが断言した。
俺と親父は顔を見合わせ、こりゃ勝てないわ、と苦笑しあった。
「よしっ」と俺。
調子が出てきた。
なにがなんだかわからないが、このイベント、なにがなんでも乗り切ってやる!
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