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[03-10]
アーチャンこと武装商人は、市場スレのこんな書き込みから見切り発車することになった。
- 233 名前:BERUN ◆dLPo6M19XW 投稿日:X0/07/11 05:11:12 ID:********
>>武装商人ネタ
自分たち、ちょうど地下12階にいるけど、
できることなら鮫衣とか、SLから買いたいかも
※当方、10Mのキャッシュ有り
※興味がありましたらメルアド宛にご連絡下さい>SL様
直後の市場スレは議論場と化した。ただ、今回は取引相手がSLだから、という理由で、話を進めても問題は無いだろうという意見に落ち着いたのだから、苦笑するしかない。むしろ、俺が暴走してPKに走ることのほうが懸念されていた。一応、リンが止めるということで話は決まったのだが……俺っていったい…………
ともかく。
こうして俺たちは商品を集め、12階まで駆け上がり、商談に応じた――という次第だ。
話によると、こうした《青》の混迷ぶりを、他の陣営は笑っているらしい。なによりグループごとの結束力が強い《緑》のほうでは呆れかえっているようだ。
《緑》のホームタウンである翠都では、信用があって当たり前なのだという。平均10パーティからなる様々なグループが、情報や物資の面で相互に助け合いながら、合同での狩りだとか、コスプレ大会だとか、鬼ごっこだとか、かくれんぼだとか……そういうユーザーイベントも行っているのだ。
その団結力は賞賛に値する。だが、こうした集団主義的な傾向を嫌うプレイヤーもいるらしい。そういうソロプレイヤーがアンチになったり、ソロで固まって問題を起こしたりしているそうだ。
《赤》のホームタウンである紅都も《緑》と似ている。こちらは、宿のある地域ごとに小さなコミュニティが作られ、相互不可侵が暗黙の了解となったことで、それなりの秩序を形成するようになったそうだ。横のつながりでは《緑》に劣るものの、問題の少なさでは全陣営随一という声もある。
一方、《青》は荒れまくりだ。今や“蜥蜴の乱”と呼ばれる『蜥蜴同盟』の解散騒動や、陣営を代表する有名人が唯我独尊の俺と爆裂お嬢様のリンであることを考えれば、荒れるのも当然と言うべきだろう。
ただ、荒れているだけに活気は一番ある。
スレの進行速度も速い。
蒼都でもネットでも議論や口論は日常茶飯事。パーティ単位の喧嘩も当たり前のように起きており、一部の連中は、喧嘩するためにコロセウムに行くのが面倒なので、広場でもPvPができるようにして欲しいと要望しているそうだ。
大賛成だ。
というか、馴れ合いたければ、リアルでやればいいのだ。
ここは『 PHANTASIA ONLINE 』。魔杖師が戦いを繰り広げる戦場なのだから。
「あっ、敵!」
誰かが叫んだ。
うつむかせていた顔をあげてみると、正面の通路から何かが姿を現した。
豚鼻で肥満体のハゲ頭な怪物――オークだ。
数は全部で4体。いずれもワンピースを思わせる鱗板を革に貼り付けた鎧を着込んでいる。足にはサンダル。左手に丸い盾を持ち、右手に棍棒を握りしめている。この棍棒は、魔杖ですらない武器だ。データ上の区分は、あくまでモンスターの外装の一部という扱いになっている。
「シン!」
相棒がニヤッと笑いながら声を張り上げた。
「了解」
子供外装パーティはお客様だ。大した敵でもないし、ひとりで充分だ。
「む、無茶です!」
「ひとりなんて――」
「で、でも――」
お客様方は思い思いの言葉を口にしていた。なんというか……調子が狂う。なによりギャラリーがいる以上、アレは封印しなければならない。まぁ、そうでなくとも使わないようにしているわけだが。なにしろ俺たちにとっての切り札だ。下手に使っているところを見られるだけでも、切り札の意味が無くなる。
「さーて」
俺は素手のまま、肩を回しつつ、気軽に近づいていった。
距離は6メートル。
オーク4体は立ち止まり、雄叫びをあげながら両腕をバンザイさせている。オークのお約束ともいうべき初期行動だ。プレイヤーには、この隙に銃撃する機会が与えられる。だが、それで倒せるとは限らない。なにしろオークはタフなのだ。
オーク4体が俺に向かってきた。
棍棒を振り上げている。まるで迫る肉の壁だ。
「……っと」
タイミングを見計らって、俺はトンと後ろに飛び退いた。
正面の2体が棍棒を振り下ろしたが、空を切り、地面を叩いた。
残る2体は俺を挟み込もうと、少しだけ左右に膨らむ動きを見せた。
だが、甘い。
「よっ」
正面のオークが体勢を棍棒を振り上げ直すよりも先に、俺は思考操作で拳闘系付与アビリティ《クラッシュヒール》を発動させる。途端、全身がグンッと何かに引っ張られた。俺の意志から離れた外装は、前のめりに飛び込んだかと思うと、正面のオークの間に割り込む形で青白く輝く踵を叩き込んだ。
つまり、浴びせ蹴りをかましたのだ。
実際には前方宙返り蹴りと言うべきかもしれない。
右足を前に突き出したまま、左足だけで着地した俺は、さらに体を前に押しだし、《クラッシュヒール》の衝撃で左右に弾かれたオークの間に割り込んでいった。
すかさず左右にジャブを放つ。
それぞれの側頭部に命中。
ダメージではなくフラッシュ――動きを止めること――を目的にした1撃だ。ただ、職種アビリティ《グラップラー》、増強アビリティ《アイアンフィスト》、さらに《スケイル・オブ・ブルードラゴン》で強化されている俺の拳は、ジャブといえどもセットカード無しの《スペルガン》数発分の威力を持つ。
俺はさらに踏みだし、左足を軸に体を反転。
まず、右側のやつの背中に左ボディ、右ボディ、頭部への左フック、右のストレートのコンビネーションを叩き込む。巨漢のオークは、それで軽く吹き飛んだ。
続けざま、左側の背中には右ボディ、左ボディ、頭部への右フック、左のストレートのコンビネーション。当然、こちらも軽く吹き飛ぶ。
思考制御で《トライデント》を呼び出し、具現化。
右足を軸に一転しながら、《パワースイング》で吹き飛び中のオーク2体の頭部をなぎ払う。
即座に《トライデント》を収納。
2体のオークは倒れる前にカシャンと砕け、光の粒子と化した。
これで半分終了。
左右にふくらんだ残る2体が、それぞれ斜め前から駆け寄ってくる。
俺は右脇で、見えないボールを両手で掴んでいるような姿勢をとった。
思考操作、開始――両手の間に光弾が出現した。
「波っ!」
左足を踏み出しながら、左側のオークに向かって両手を前へと突き出した。
ドンッと、波動拳ならぬ《エナジーショット》が撃ち出される。
光弾はオークの腹部を直撃。
いや、頭を狙ったつもりなんだが……杖系と違って照準が出現しないだけ、接近戦系の技ってやつは、どれも感覚頼りで不確かなところが大きい。おかげで使い勝手も今ひとつという意見も少なくない。でもまぁ、今は当たっただけ良しとしよう。
――ガァアアアアアアア!
右のやつが棍棒を横に振ってきた。
避けられない。
ガードした両腕の上から強打された。
少しだけ足がザザザッと滑る。
痛い。竜鱗で覆われていようとも、やっぱり両腕が痛い。
「――なろ!」
と思ったら、左側のやつも迫ってきた。
やばっ。やっぱり波動拳なんか使うんじゃなかった。
――ドドッ!
不意にオーク2体の後頭部に着弾光が輝いた。
見ると座ったままのリンが、左右の手に《バーストガン》を構え、ものすごく冷ややかな眼差しを俺に向けていた。
遊ぶな、と言いたいらしい。
言われなくてもわかってる。
でもな、レベルがあがれば今の波動拳、悪くない選択肢のはずだぞ?
赤い光線がふたつ、俺の顔に重なりかけた。
マズイ。違う意味で、非常にマズイ。
俺は本気になって、まず片方に両拳の連打をあびせた。足を止めてのパンチの連打だ。7発目でオークは消滅。気配を頼りに前に転がりながら、もう1体の攻撃をよける。立ち上がりざまに向きをかえ、さらに左に跳んで棍棒の振り下ろしを避ける。
最後のオークの足にローキック。
ぐらついたところをパンチの連打。
最後に俺は、超至近距離から波動拳を腹部に叩き込んだ。
オークが消滅した。
「よしっ」
波動拳は使える。間違いない。威力の問題は、レベルをあげれば解決する。きっとそうだ。間違っても、趣味で使ってだけじゃない。と、反論しておこう。撃たれる前に。
「遊ぶな」
みんなのところに戻ると、開口一番、リンが冷ややかに言い放った。
「遊びだろ」
売り言葉に買い言葉で、俺はつい、そんなことを言い返した。
リンが銃を抜いた。
俺は首を左に傾けた。
銃弾が真横を飛んでいく。
「待て」と俺。
「なによ」とリン。
俺は横を指さした。
「怯えてるぞ」
子供外装の面々は、あきらかにリンを見ながらガクガクブルブルと震えていた。
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蒼都スレは、俺たちとの取り引きを望むプレイヤーでいっぱいになった。だが、条件を地下14階のアッパーボックスにたどり着けるパーティのみとすると、その数は一気に減っていった。
なんだかんだといっても、モンスターが多様化する鍾乳洞は難易度が高いのだ。
1日3時間という時間制限。
地下迷宮という閉鎖空間からくる圧迫感。
攻撃された時の痛み。
ダウンボックスごとに都市への帰還の是非を尋ねられるという誘惑。
フィールドの中では、俺たちも最初に感じていた様々なプレッシャーが、浸蝕するようにのしかかってくる。これに勝ち抜いた者だけが、鍾乳洞に足を踏み入れられるのだ。ゆえに、鍾乳洞まで降りられるパーティは、全体でも100PTぐらいしかいない。本スレの分析によると、《緑》が30PT、《赤》が50PT、《青》が20PTぐらいだそうだ。もちろん、そのほとんどが6人パーティ。俺たちのようにコンビで鍾乳洞まで降りているユーザーは、他にいないそうだ。
いずれにせよ。
希望者が自然淘汰された結果、俺とリンは、地下14階のアッパーボックスまで降りてこられる3PTと取り引きを交わすことになった。
ひとつは例の子供外装のPT――BERUNをリーダーとする青緑だけのPT。珍しいことに俺たちを毛嫌いしていない青緑であり、話によると、かなりチームワークも良いらしく、《フルプレートアーマー》と《タワーシールド》で身を固めながらの《アサルトライフル》による一斉射撃、なんて固い戦法で、そこそこ強いと見られているPTでもあるそうだ。
残り2PTとの取引はまだ先なので、どういう連中かは知らない。
ちなみに。
最近のPO関連スレのうち、最も理性的なスレは市場スレになりつつある。《青》の青空市場の相場を報告しあうところから始めたせいもあるのだろう。経済に感情は不要とばかりに、今では本スレ以上に大人の住人が多い。
ただ、活気という点では蒼都スレに軍配があがる。というか、荒れている。荒れているのだが、行き着くところまで行くと、コロシアムでの“出入り”になり、その結果を踏まえた手打ちが必ず行われるため、違う意味で秩序が生まれている。
静かなのは翠都スレだ。そもそも《緑》のユーザーは、『Xちゃんねる』ではなく、SNSやブログを中心に活動しているせいもある。しかも、書かれていることといえば、普通の日記と大差が無いので、俺はいつしか見向きもしないようになった。まぁ、住む世界が違うのだ。互いに距離を置いたほうが正解だろう。
《赤》は《青》ほど騒がしくもなく、《緑》ほどマッタリもしていない。
そういう意味では、没個性的になってきている。
一応、最近は地下に潜っているユーザーが一番多いんじゃないかと言われている陣営なのだが、宿を中心としたコミュニティが安定してしまった結果、ネットでの活動が落ち着いてしまった観が強いらしい。
それでも、データ解析では全陣営の最先端を走っている。さらに、解析したデータを惜しげもなくネット上で曝している。『マトメ』が好例だろう。アビリティカードの関する情報の提供者は、その7割以上が《赤》のユーザーだ。ただ、その手のユーザーは陣営ごとのカラーを出そうとしないため、《赤》が目立たない傾向に拍車がかかっているようだ。まあ、そういった玄人的な匂いをよしとする風潮が《赤》にあるとも言えるのだが。
話は戻る。
俺とリンは、地下14階で狩りを続けつつ、地下15階に通じるダウンボックスを探し続けた。
だが、どういうわけか見つからなかった。これは他の陣営も同様だ。
早くから地下14階に到達していた《赤》でさえ、足踏み状態を続けている。
なお、『マトメ』では、《青》の地図情報だけ地下12階で止まっている。ゼノンたちも何かで戸惑っているらしい。もちろん、俺や取引に応じる連中なんかは地下13階と地下14階を知っているわけだが……俺たちは暗黙の了解で、地図情報の提供を渋り続けていた。そのことを責める連中もいるが、そもそも鍾乳洞にたどり着けるPTが少ないため、それほど問題視されていない。むしろ、情報を独占してもいいから、アイテムの供給量を増やして欲しいという意見のほうが多いくらいだ。
というわけで、俺とリンは地下15階のダウンボックスを探しながら、とにかく戦いまくった。
7月14日には第2の武装商人PTとも接触。蒼都では珍しいガンマンファッションで身を固めたトカゲ人間4名のPTだったが、リンの話では、いずれも中身は女性だとのこと。つまりまぁ、リンに匹敵する変わり者の女性テスターたちということだ。
「あんたがSHIN?」
トカゲというより蛇というべき頭をしているユーザーが声をかけてきた。
「あたしはSERIA。このPTのリーダーだから、一応、あんたにも挨拶しておこうと思ってね」
「話は相棒としてくれ」
「そうするよ」
セリアと名乗ったトカゲ女――というより蛇女?――は、目を細めつつチロチロッと舌を出し、離れていった。
後で聞いた話では、このPTは4名とも、リンと同じ拳銃使いらしい。また、浅い階層では強盗の役割演技をしているそうだが、負けを認めれば、適当なカートリッジカードを奪うだけらしい。
利益を求めるのではなく、強盗を演じることを面白がる連中――そういう“ナリキリ”と呼ばれる遊びは、意外なことに《赤》のほうが盛んだったりするが、海が好き、という理由で《青》を最初に選び、全リセット後も、《蜥蜴人》の外装オプションが面白いという理由で残ったという変人たちがいる。それがセリアたちだ。
なんというか……類は友を呼ぶ?
一方。
実在現実のほうでは、俺の立場がなにか微妙になっていた。親父がいろいろと動いているようだが、大山父もアチコチで騒いでいるらしく、俺は当面の間、自宅静養しろ、ということになったのだ。まぁ、期末試験をスルーできたのは嬉しいが、どうせ追試が待っているだろうし……
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