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[03-09]
同日昼過ぎ、担任と学年主任が我が家を訪れた。仕事を有給にした親父と母さんを相手に、事情の説明を行うためだ。遅れて俺も部屋から呼ばれ、いろんなことを尋ねられた。そのほとんどはPVに関することだったが、俺は包み隠さず、自分がテスターであることや、妬まれるのがイヤだから隠していたことも話した。
担任は俺の話を信じた。
問題は学年主任だ。
「しかし、大山くんは君が人を小馬鹿にするように自慢したと言っていたぞ?」
「……えっ?」
「だいたい、ゲームばっかりしているから、無意識のうちに攻撃的な言葉使いをしてしまうんだ。お父さん、お母さんにも責任がありますよ。今回はたまたま久賀くんだけが怪我をしたからいいものの、もし大山くんが怪我をしてれば、傷害事件扱いされたかもしれないんです。わかりますか?」
どうやら完全に俺が悪者らしい。
「なるほど、おっしゃりたいことはよくわかりました」
親父は普段通りの静かな口調でそう答えた。
だが、目が笑っていない。学年主任は気づいていないようだが、俺と母さんはそのことに気づき、微妙に引いていた。なにしろ怒った親父は、洒落にならないほど手がつけられないのだ。まぁ、滅多なことで怒る人でもないのだが。
「そうです。反省文を提出していただきさえすれば――」
「ご忠告の通り、傷害事件として警察に届けさせていただきます」
「そうですか。けいさ……警察!?」
学年主任がソファーから立ち上がった。
「えぇ」
親父は落ち着いた物腰のまま、ギロっと学年主任を睨みあげた。
「今回、怪我をしたのはうちの息子です。どうやら大山という加害者が怪我をしていれば、刑事告発されても当然であると、学校側はお考えのようですから、それと同じように、うちの息子が怪我をした以上、刑事告発させていただきます」
「な、なんでそうなるんですか! だいたい加害者は――」
「大山という生徒ですね?」
「違います! おたくの息子さんが大山くんを侮辱したせいで――」
「わかりました。侮辱されれば暴力をふるってもいい、というのが学校側の考えですね」
「あなたは――」
「違います!」
担任が声を荒らげた。
気さくで少し気弱なうちの担任は、30代前半でありながら、童顔で、かつ頭髪が少し薄かったりする。ついでに名前は若狭恒彦。だからあだ名は“ワカさん”だったりする。
その、ワカさんが、珍しいことに激しい怒り顔を見せていた。そればかりか、学生主任を無視するかのように、俺たち家族に向かって深々と頭を下げてきた。
「学校関係者として、不適切な発言がありましたことをお詫びします」
「若狭先生!」
「増岡先生、理由がどのようなものであっても先に暴力をふるったのは大山です」
「どうだか!」
学年主任は大げさに両腕を広げた。
「大方、見えないところで足を蹴ったりしてたんだろ! えぇ、そうだろ! 正直に言え! 今なら謹慎処分で勘弁してやる! それとも停学くらって、経歴に傷でもつけるか!? どうなんだ!」
親父は黙っていた。
母さんも黙っていた。
俺も黙っていた。
ワカさんも黙っていた。
あきれ果てた――というのが正しい。これでも学年主任をつとめる教師なのかと、現実を疑うしかない。というか、これはいったいなんなんだ? ここまで非常識な人間が身近にいていいのか? これ、現実なのか? まさかPVの中にいるんじゃないのか?
「わかりました」
親父は静かに答えてから、背広の胸ポケットに手を入れた。
「今のこと、後ほどしかるべきところにご相談させていただきます」
取り出したのは細長いケータイのような機械だった。
学年主任が顔から、サーッと血の気が引いていく。
「失礼ながら……」
親父はコトッと、その細長い機械――ICレコーダーをテーブルに置いた。
「年を取ると物忘れが激しいものですから、重要な話し合いの時には、必ず記録を残させていただいております。ところで増岡先生。今日は学校の代表として訪問なされたと最初におっしゃったはずですが……間違いありませんか?」
「し、失礼する!」
学年主任はソファーの足下に置いていた自分の鞄を、奪うように拾い上げるが早いか玄関まで早足で逃げていった。しばらくすると玄関から物音から聞こえ、出て行ったらしい物音も聞こえた。
「本当に申し訳ありません」
残されたワカさんは深々と頭を下げた。
「いえ、顔をあげてください」
「そうですよ」と母さん。「先生には本当によくしていただいて……」
「本当に……本当に申し訳ありません」
ワカさんはそれから十数分、肩を震わせながら頭を下げ続けた。
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落ち着いたところで改めて事情を説明してもらった。
昨日、大山は生徒指導室に引っ張られていったそうだが、連絡を受けた母親は、息子がイジメられたものと勘違いして先生方を責めあげたらしい。大山は泣きじゃくり、母親はヒステリックに怒鳴り散らす……これではラチがあかないと判断した教頭は、大山と母親を家に帰し、明日、改めて事情をうかがうということにしたのだそうだ。
こうして校長、教頭、学年主任、担任、保険医、カウンセラーの6人で事後策を相談することになった。まだ保健室にいた怪我人や、教室に残っていた生徒なども呼び、事情を尋ね、おおよそ何が起きたのか把握できたのは午後4時をすぎたあたりのことらしい。
ちょうどその時、俺の意識が回復したという知らせがあった。
教頭と担任が病院に向かうことになった。
入れ違うように、大山の父親が学校に乗り込んできた。
父親もまた、母親と一緒で大山がイジメられたと勘違いしていたらしい。
いや、本気で信じていたようだ。
最悪だったのは、大山の父がそれなりに大きな会社の取締役だったことだ。つまり、それなりの社会的地位を持っていたのだ。ワカさんも不在だったので詳細は知らないそうだが、どうやら教育委員会やら警察やらにも知り合いがいるとかで、そこに話を持っていくと脅されたとか、なんだとか……
少子化による学校余りと教師余りが叫ばれる昨今、不祥事を理由に解雇なんてされた日には再就職もままならない。それもあって、学年主任は必死になったのかもしれない、とワカさんはフォローしていた。
別にフォローせんでも……と思ったが、そこはあえて口にしなかった。
ワカさんもワカさんで苦労しているのだ。
午前中、大山の家を訪れた時には、大山父と大山母と学年主任の電波トライアングルに囲まれて泣きたくなったとか言っていたし。いや、そういう何でも抱え込む性格だから、ストレスが余計に頭のほうを……という言葉も飲み込んだ。武士の情けだ。
いずれにせよ。
あとのことは親父に任せることにした。これでも市役所勤めの地方公務員。石橋を叩いて渡らないような人だが、やると決めたらどこまでもやる人でもある。伊達や酔狂で、二十代前半で分譲マンションを婚約指輪代わりに購入したわけではない。その苦労話を、姉貴の旦那に延々と愚痴るのだけはどうかと思うが。
「とにかく、あとのことは大人に任せて。な」
「了解。子供は子供らしくゲームして待ってるから」
「ほどほどにしとけよ」
ワカさんは笑いながら言い返すと、親父と母さんに頭を下げ、帰っていった。
「戸締まりに注意しろ」
親父もそう言い残して出て行った。
その後、俺と母さんはタクシーで病院に向かい、念のための検査を受け、頭に異常が無いことを確かめた。裂傷の治りも順調。左手首の捻挫だけは、少しばかり長引きそうだと言われた。
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〈あぁあああ! 聞いてるだけで頭にくるぅううう!〉
「いいから、時間なんだろ。急ぐぞ」
〈わかってるわよ!〉
ヴォイスチャットで事情を説明した俺は、母さんにログインすることを告げてからPVベッドにゴロンと寝そべった。時刻は22時。7月11日のログインをするには、普段に比べると早すぎる時間だ。しかし、リンが段取りをつけた取り引きがあるので、今日ばかりは急がなくてはいけない。
「よしっ」
地下14階のアッパーボックスから出た俺は、ポキポキと指を鳴らした。
「約束は22時でいいんだな?」
「そうよ!!」
ボックスを出てきたリンは、まだ憤慨していた。
「あぁ、もう!! この怒り、おもっきりぶちまけてやる!!」
「おまえがキレてどうする」
そこから1時間半、俺たちは地下14階でモンスターを狩りまくった。そこから30分で地下12階のダウンボックスまで駆け上がり、ドロップアイテムを整理しながら、取引相手の到着を待った。
「来たみたい」
鍾乳洞の向こうから明かりが近づいてきていた。
姿を現したのは子供外装の6人パーティだ。半分が兜の無い甲冑を身につけ、大きな盾を両手に持っていた。残り半分は俺たち同様の軽装で、2人が《アサルトライフル》を脇にさげ、ひとりが《パンツァーバズーガ》を肩に担いでいた。
全員が、一見してわかるほど緊張している。
と、甲冑子供のひとりが頭を下げた。
「は、はじめまして!」
続けて残る5人も一斉に頭をさげた。
「「はじめまして!」」
まるで学校の挨拶だ。両腕を組んで立っていた俺は、ポカーンと口を開けるしかない。
「ばか」
リンが俺の後頭部に、ガンッとハイキックを決めた。
「なんだよ」
「恐がってるじゃない。あんた、子供恐がらせて面白いわけ?」
「いえ! 俺たち、中は子供ってわけでも……」
言葉を割り込ませたのは、リーダー格らしい甲冑子供だった。
それにしても――冗談としか思えない格好だ。
確かにすべての装備アイテムは、具現化すると、それを行ったユーザーの外装を基準にリサイズされる。同じ《グレートソード》でも、身長130センチの外装で具現化すれば2メートルもいかず、逆に200センチを越える外装なら3メートルに楽々達するほど大きくなるのだ。だから、ガキにしか見えない連中が甲冑を身につけていても、なにもおかしくはない。
しかし、リサイズにも限界というものがあるらしい。
目の前の甲冑子供は、3頭身にデフォルメされた騎士っぽい感じさえあった。頭も半分埋まってる状態だ。これで両手に方形のタワーシールドをひとつずつ持っているのだから、児童会の演劇舞台に迷い込んだ気分にさせられる。
「……あーっ、悪い」
俺は額を抑えながら、少しだけうつむいた。
「詳しい話は相棒にしてくれ」
「は、はい!」
「じゃあ、こっちで。明るいですし」
リンが誘ったのは、ダウンボックスの周辺だ。地下ではボックスの上にだけ、俺の頭上で輝く電灯と同じものが永続的に輝いているのだ。
ちなみに、ボックスのある場所は部屋であることが多く、必ずといっていいほど6基が横1列に並んでいる。ここにある地下12階のダウンボックスもそうだ。ここの場合、ボックスの手前に広い空間があり、向かって正面と右斜め奥に道が続いている。子供外装のパーティが通ってきたのは、このうち右斜め奥の通路だ。
「うわぁ……こんなのもあるんですか?」
「拾ったことない? 上でもたまに出るけど」
「いえ、始めてみました」
「すっげぇ」
「こんなに拾うとなったら……」
全員、リンが広げたカードに魅入っている。
聞くところによると、普通のパーティの戦闘頻度は20分に1回ぐらいだそうだ。ところが俺たちは、平均すると5分に1回は戦っている。というか、戦闘後の休憩もブラブラ歩きながらしているので、気が付くとそういう感じになっている、という程度の話にすぎない。
「それにしても……武装商人とはねぇ」
面白いものが出てきたものだ、と苦笑するしかないところだ。
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