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ONLINE : The Automatic Heart

[03-08]


 7月10日(テスト46日目)28時(翌午前4時)――ログインしてみると、痛みは嘘のように消えていた。さすがは無薬麻酔の開発から生まれた技術だ。こうしてログインできた以上は、脳味噌も致命的な状態に無いと言って良さそうだ。
「よしっ」
 俺はログインボックスを出た。
 外に出ると、心配そうな顔立ちのリンが待ちかまえていた。
「おっす」
 俺は片手をあげた。少しだけリンの表情が緩んだ。
「ホントに大丈夫?」
「あぁ。脳味噌がやばいと、システムがログインを弾く仕様らしいぞ」
「街に戻ってゆっくり話す?」
「いや、気晴らしに暴れたい。あと、愚痴りたい」
「……ホントに大丈夫?」
「頭はちょっと切っただけだって。縫ってもいないし、脳にも異常無し」
「……ホントにホント?」
「ったく……絡むなよ。おまえ相手に強がっても意味ないだろ」
 不意にリンは黙り込んだ。
 ジッと俺の顔を見上げてくる――と思うと、急に表情を和らげ、微笑んできた。
「うん、大丈夫って言葉、信じてあげる」
「最初から信じろ」
「日頃の行いが悪いせいじゃない?」
「あーあー聞こえない聞こえない」
 こんな調子で、俺たちは鍾乳洞での狩りを開始した。
 装備は普段通りの《シャークスーツ》、《ショックシューズ》、《ハーフパンツ》、《ハーフレザージャケット》というものだが、魔杖だけは、今日だけ《バーストガン》を使った。なんとなく、殴るよりも撃ちたい気分だったのだ。
 そのうえで、俺は学校であった出来事を愚痴りまくった。
「――とまぁ、そういうわけよ」
「うわぁ……その大山ってヤツ、最低ぇ」
「ヤツにはヤツの理屈があるんだろ? ヤツにしか理解できない理屈だろうけど」
「でもさ、落選組だからって、やっていいことと悪いことぐらいあるじゃない」
「それがわからないヤツなんだよ」
 今回のクローズドβテスターは、半数を社内選考、半数を一般公募で集めている。俺は叔父経由の社内選考、リンも親父さん経由の社内選考で入った口だ。これが全部で3000名。残る一般公募枠も3000名だが、そこには18万通を越える応募が殺到したそうだ。その結果、《赤》の荒野さんと姉御のように夫婦で受かった人もいれば、ハズれて涙を飲みつつも違うところに楽しみを見出している『マトメ』の魔王さんのような人もいる。
 大山も、そうした涙を飲んだ応募者のひとりだったのかもしれない。
 そしてヤツは、公式サイトでSHINの顔画像を見つけてしまい、俺とソックリであることに気づいてしまった。
「つまり、あれだ。大山のヤツ、俺のこと、格下だと思ってたんだろ」
「格下? なんで?」
「理由までは。でも、そうだとすれば、一応の理屈は通るだろ? 自分が落選したテスター資格を、格下だと思ってた俺が持っている。そんなことは許せない。本当なら自分のものだった。だから取り戻そうとした」
「なにそれ」
「だよな。ホント、なにそれって感じだ」
 俺たちは普段より遅いペースで、1体ずつ、確実にモンスターを倒していった。
「まぁ、俺のことはそれくらいにして、そっちは?」
「蒼海騎士団のこと?」
「情報は?」
「シンの推測、大当たりだったみたい」
「どれのことだ?」
「市長にメールしたのよ。嘘抜きにシンの推測を付け加えたメール。あと、下手したら衝突するかもしれないから、その時には相談に乗って欲しいってことも」
「返信は?」
「転送しといたけど――カジノの話は的中よ。イカサマに限りなく近いバグ技があったんだって」
 話をまとめると、こういうことになる。
 カードゲームをやる時、最低でもカードが1枚出ていれば、枚数が足りなくてもゲームが進んでしまうというバグがあったそうだ。しかもNPCディーラーは、全カードを使い終わると、()()()()()()()()を全消去し、ジョーカーを含む53枚の状態に戻したうえでゲームを再開していたらしい。そのうえ、カジノのトランプカードは家具扱いであり、カジノに置く限り、いつまでもそこに残すことができたそうだ。
 つまり、こういうことだ。
 ゼノンたちはポーカーのカードを少しずつ抜いていき、カジノ内の特定の場所――観葉植物など――に隠しながら溜めていった。そのうえで、より確実に勝利を収めやすいハイ&ローで荒稼ぎをした。
「スタッフもなんで気づかないかな……」
「うん、それについてはね」
 連勝記録のようなログが残らなかったことが、発見が遅れた理由のひとつだったらしい。また、スタッフはキャッシュデータこそチェックしていたが、アイテムデータまでは目を通している暇が無かったそうだ。
 それでも、あるバグのチェックで、たまたま目視でアバターデータの総チェックが行われることになった。この時、ゼノンたちのアイテムの異常さに気づいたという。
 その時は、全24名による12PTのアイテムウィンドウとパーティ共有ウィンドウが、上限額のクリスカードで埋め尽くされていたそうだ。
 ちなみにクリスカードは1億3421万7728クリスタル以上は融合できないそうだ。
 つまり総額は……4831億8382万800クリスタル?
 丸めて約5000億ってことにしておこう。
 どちらにしろ、さすがにあり得ない――そう判断した蒼都市長は、すぐゼノン以下24名を招聘(しょうへい)し、詰問(きつもん)したそうだ。しかしゼノンは、臆することなく自分の手口を語り聞かせると、
――まだβテストの段階じゃないですか。これくらいの大金を手にいれたユーザーが現れた時、どうなるかテストしておく必要、あるんじゃないですか?
 などと言い放ったそうだ。
 最悪だったのは、本社からまったく同じことを要求されていた点にある。RMTの実装を見据え、ゲーム内通貨のバブルが起きた時の状況をテストして欲しいと言われていたのだ。
 結果、ゼノンたちは莫大な資金を確保することに成功した。
 ただ、スタッフはせめてもの意趣返しとして、徹底的なカジノのバグ取りをしたそうだ。
 するとゼノンたちは、混沌とした《青》の陣営を掌握することを目的とした『蒼海騎士団』の旗揚げ準備を始めた。
「合い言葉は“天下統一”だって。市長が本人からそう聞いたみたい」
 呆れたとばかりにリンが溜め息をついている。
 俺は苦虫をかみつぶしたような表情になった。
 『 PHANTASIA ONLINE 』のウリのひとつに陣営抗争があげられている。まだ実際に起きてはいないが、いずれウォーフィールドが登場すれば、激しいバトルが展開されるはずだ。そこに戦国時代の武将を思わせるモットーを掲げた集団がいれば――肯定的に受け止めるユーザーが多いだろう。多分、それが狙いだ。
「やってくれるな……」
「あ、それと隠れ宿屋の件だけど」
「そっちもバグ絡みか?」
「ううん。氏族デビューまでの仮の拠点ってことみたい」
「仮の拠点か……」
「うん。メールにもそう書いてた。それより、頭のほう、痛まない?」
「だから、信じろよ」
「日頃の行い」
「おまえに嘘言ったこと、無かったつもりなんだがな」
 俺は《バーストガン》をホルスターにしまい、次に出てきたオーク3匹を《スケール・オブ・ブルードラゴン》で倒させて貰った。最初に殴る時は手首が気になったが、さすがにこっちで手首を痛めるようなことはなかった。
「ざっとこんなもんだ」
「相変わらずデタラメというか、無謀というか」
 リンはため息をつきつつ、具現化したヒールポーション――瓶の形状といい味といい、細いほうのオロナミソCとうりふたつ――を投げ渡してきた。
 受け取った俺は蓋を開き、ゴクゴクと飲み干す。
 炭酸が流れ込む感覚は格別だ。味覚やこうした感覚まで再現しているのだから、ホント、PVの再現性は常軌を逸しているとしか言いようがない。
「ふぅ……でも、そうなると面倒なことになったな」
「なにが?」
「宿だよ、宿」
 俺は思考操作で空瓶を収納消却――使用済みアイテムはカード化しようとすると自動消滅する――で片付け、ジャケットの袖で口元を拭った。
「これまでの話を総合すると……連中、朝から晩まで、誰かを貼り付けておくぐらいやりかねないだろ」
「暇人すぎない?」
「夏休みって可能性は?」
「……あの人たち、全員学生?」
「どうかな……いや、ありえるな」
 テスターの人数比は若年層に偏っている。なにしろU18(17歳以下)が全体の1割、U20(18歳〜19歳)U25(20歳〜24歳)がそれぞれ2割だ。合計すると5割に達する。これにニートが多いとされるU30(25歳〜29歳)の2割を足せば、7割という数字になる。つまり暇人の比率もおそろしく高いというわけだ。
 ちなみに残りは、U40(30歳〜39歳)が2割、O40(40歳以上)が1割らしい。
「どうする?」
 俺はリンに尋ねてみた。
「引っ越す」
 リンは即答した。
「いいのか、それで」
「いいも悪いも、居残ってもメリット無さそうじゃない。相手が相手だし」
「でもなぁ……」
 あの部屋から見る夕暮れ時の景色を思うと、もったいない気もする。
「シンは死守したいわけ?」
「死守ってほどじゃ……でも、気に入ってたろ、おまえだって」
「そりゃあね。でも、それとこれとは別よ」
「別か?」
「そうよ。景色の良さそうな別の物件、今度は意図的に探してみればいいだけじゃない」
「まぁ……そういうなら」
 リンがいいなら、俺としても異存はない。
「じゃあ、解約になるまで、ここに潜ってる?」
「そうだな……あ、今ならどのカードも高値で売れるんだよな?」
「そうそう。それなんだけど」
「んっ?」
「蒼都スレで『武装商人』ってアイデアが出てるの」
「なんだそりゃ」
「あたしたちみたいな潜ってるパーティからカードを買い取ることを専門にした人たち」
「……はぁ?」
「だから、いちいちわたしたちが戻っては潜り、戻っては潜り……なんてやってたら、回るカードも回らなくなるでしょ? それならいっそ、仕入れ専門のパーティを派遣しようか、なんて話が出てきたのよ。あっ、もちろん、なにも仕入れ先はわたしたちだけじゃないわよ。相手は地下にいる全員。けっこう面白いアイデアだと思わない?」
「悪くないけど……利益でるのか、それ」
「もちろん、わたしたちの売値も少し安めよ。ほら、出発前に注文しておけば、戻らなくても回復系のアイテムとか、アビリティカードとか手に入れられるでしょ? 特にわたしたちの場合、戦闘過多(やりすぎ)てカードがあまりそうになることもあるし、それを考えればね」
「あぁ、そういう意味でのギブ・アンド・テイクか」
 それなら納得もいく。
「だから結論が出るまでは潜ってるほうがいいみたい」
「了解。じゃあ、少し気張って狩りでもしますか」
「OK、相棒」
 俺たちは鍾乳洞のさらに奥に向かって歩いていった。

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