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[03-07]
まだ教室に残っていた面々は、大山と俺のやりとりに注目しだした。それでも、わざわざ近づいて仲裁しようとする者はいない。大山と関わり合いたくないからだろう。俺だって向こう側にいたら、そうしたはずだ。というか、俺は誰とも積極的に関わり合いたくない。久賀慎一という男は、本質的に、“寝てばかりいる面倒くさがり屋”なのだ。
「まぁ、俺に似てる気もするが……」
「だろ!?」
俺が同意したせいだろう、大山はグッと両拳を握りながら断言した。
しかし俺は、間髪入れず、大山に尋ねた。
「でも、これどうしたんだ? ネットに出てたやつか?」
「出てただろ! サイトに!」
「どこの?」
「だから、『 PHANTASIA ONLINE 』のサイトに!」
「……公式サイトか?」
急に大山が黙り込んだ。
俺は気づかないふりをして、「うーん」と言いつつカラープリントを見つめ続けた。
「しっかしまぁ、よくできてんなぁ……」
これはけっこう、正直な感想だ。ログインするたびに見ているとは言え、こうして印刷されたものを見ると、いつもと違う感じがするのだ。
「さすがPVというか……無意味に高性能だな」
「嘘だ!」
大山が叫んだ。俺を含む大山以外の全員がギョッとなった。
「嘘だ嘘だ嘘だ!」
大山は顔を真っ赤にしながら、右足でダンダンダンと床を踏んだ。
「おまえだろ! シンだろ! だから、おまえがシンだ! 絶対にシンだ!」
「いや、だから――」
「うるさい黙れ! 権利譲れよ! 俺のだ! 俺のほうが! おまえなんかより! だから! 早く寄越せよ! 横取りしやがって! 泥棒! 泥棒泥棒泥棒泥棒ぉ!」
はい?
ええっと……泥棒? 誰が? 俺が? なんで? どうして?
「あぁああああああああああ!」
大山が叫んだ。
直後、大きく振りかぶる大山の右拳が、見えた。
体が勝手に動きだした。
だが、遅い。まるで全身が鉛になったかのように、思うとおりに動いてくれない。
湿り気のある空気が、重い粘液となって体にまとわりついてくる。
全てがスローモーションになっていた。
唾をまき散らしながら殴りかかってくる大山も、椅子から立ち上がりかけた俺も、何もかも、呆れるほどゆっくりと動いていた。
大山の拳が迫る。
踏み出しかけていた俺の左足が、床に触れた。
そのまま左膝の力を抜いた。
だが、避けるには、もう遅すぎる。
俺は右手で後ろの机を掴み、おもっきり後ろへと押しだそうとした。
一緒に上体も捻る。
拳は俺の右目のそばをかするようにして通過した。
目の前に大山の脇腹が見えた。
ガラ空きだった。
俺の姿勢はどうしようもないレベルまで崩れている。それなのに、俺はヤツの脇腹をしっかり見据えながら、ねじり込むように、左の拳を――
瞬間、時間が元に戻った。
いろんなことが一斉に起こり、何がなんだかわからなくなった。
「きゃぁあああ!」
女子陣の悲鳴が聞こえた。
「久賀くん!」「久賀!?」「馬鹿野郎!」「押さえろ!」「誰か先生を!」
いろいろな声も聞こえた。
どうやら俺は、周辺の椅子や机を巻き込みつつ、大山の下敷きになって痛みをこらえているところらしい。意外と冷静なのは、痛みになれているからだろう。
だが、痛いものは痛い。
あおむけなのかうつぶせなのか、怪我があるのか無いのか、なにを言っているのか、言えずにいるのか、そういうことすら把握できない。とにかく痛いのだ。痛いということだけで頭がいっぱいになり、それ以外のことが考えつかないのだ。
なるほど、これが本物の激痛か。
これは緻密に再現したら、苦情ものだな。
などと思ってるうちに、俺の意識は、ストーンと暗闇の中に落ちてしまった。
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病院で目を覚ました。呆れ顔の母さんの話によると、俺は頭から血を流しつつ失神していたようだ。
ついでに伊達眼鏡も割れてしまった。目を怪我せずにすんだのは不幸中の幸いというべきだろうが……いやはや。
いずれにしろ、学校は大騒ぎになった。
俺は救急車で近くの病院に運び込まれた。
傷の手当てと簡単な脳の検査が行われたあと、目覚めた俺に、
――私の息子だもの。絶対大丈夫だってわかってたわよ。
なんて母さんが言ってきた。青ざめた顔で。
まったく……謝ればいいのか、強がればいいのか。どうすりゃいいんだか。
まぁ、検査の結果は異常無しだったから、強がることにしておく。
怪我も頭部の裂傷と、左手首の軽い捻挫のみ。ちなみに手首の捻挫は、不用意に殴った結果だと思う。我ながら情けない。もう少し頑丈だと思っていたが……こりゃあ、もう少し本気になって体を鍛えるべきかもしれない。
などとボンヤリ考えていると、白衣の医師が病室にやってきた。
「ようやくお目覚めかね。お母さんにも話してあるけど、何も心配することは――」
「すみません、先生」
俺は医者の話に割りこんだ。
「俺、PVのテスターやってるんですけど、このままやって大丈夫ですか?」
「PVの?」
医者は少し驚いていた。
「あぁ、うーん……どうだろう。ちょっと待ってなさい。専門の人に聞いてみるから」
医者はどこかに内線電話をかけた。
会話は数分で終わった。
「大丈夫だそうだ。仮に異変があれば、ログインそのものができなくなるそうだよ。ただ、念のために毎日検査をさせてもらいたいそうだ。なにかあった場合、君の体だけじゃなく、PVにも大きな社会的ダメージを与えてしまうからね」
「はい。わかってます」
「うん、そうか。しかし、PVとは……そういえば、一般テストも始まってるんだねぇ」
医者は何やら感慨深げに頷いていた。
その後、駆けつけた担任と教頭が、母さんとのお辞儀合戦を開始。俺はPVの専門医とかいう人と顔合わせをしたうえで、とにもかくにも、家に帰らせてもらった。
ところで大山だが。
まず俺を下敷きにした時、脇腹を押さえながら、俺の上をゴロゴロと転がり、ワンワンと泣きだしたらしい。そんな大山をクラスの男子が引き起こすと、今度は引き起こしたヤツに殴りかかったそうだ。
さらなる悲鳴があがったのは直後のこと。俺が頭から血を流し、気絶していたことに気づいた女子がいたのだ。そこから女子が連続失神。大山暴走。窓ガラスが椅子で割られ、他の男子も軽い怪我を負った。
この時点でようやく教師陣が到着。体育教師が中心となって大山を押さえ込み、廊下に連れ出し、落ち着くまで――再び泣きだして暴れなくなるまで――押さえ込んだそうだ。
一方、教室では怪我人の手当が行われ、到着した救急隊員によって俺は搬送された。
他の怪我人は傷が浅いこともあり、保健室で手当をしたうえで家に帰したそうだ。
大山はその後、駆けつけた母親につれられて一時帰宅した。
事情聴取は明日以降。
俺と大山は、しばらく特別休講扱いで自宅待機を言いつけられた。
もう、何がなんだか……疲れ果ててしまった俺は、夕食を食べたあと、早々と部屋に戻らせてもらった。
ふと鞄に押し込まれたケータイを見る。
リンから、何度もメールや電話がかかってきていた。
「…………」
俺は机に向かい、アドレスコールでリンを読んでみた。
ワンコールでリンが画面に出た。
リンは怒気で燃え上がりそうなほど怒っていた――が、俺を見るなり、目を丸くした。
〈ちょっと、頭のそれ、どうしたのよ!?〉
頭に被っているネットのことを言っているらしい。
「悪い。詳しい話、定時でいいか?」
〈う、うん……でも、大丈夫? PVやれんの?〉
「医者が言うには平気らしい」
俺は頭のネットに触れながら苦笑した。
「念のため、あとで再検査するとか言ってたけど」
〈無理することないわよ。話はあとでもいいから、今日のログインは――〉
「いや」
俺は溜め息をついた。
「今は無性に、仮想現実で暴れたい」
〈……うん〉
リンは珍しく素直に応じた。
〈わかった。付き合う。じゃ、定時に〉
「あぁ。定時に」
俺はヴォイスチャットを切り、タイマーを定時にセットしてからベッドに倒れ込んだ。
誘眠機能を使うまでもなく、俺は速攻で眠りの世界に落ち込んでいった。
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