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ONLINE : The Automatic Heart

[03-03]


 売買を終えた俺たちは、すぐ路地へと入り、念のため尾行を気にしながら、目的地へと急ぐことにした。
 向かったのは海沿いにある細長い2階建ての建物――隠れ宿屋“老人の隠れ家”亭だ。
 一見すると、陸側に階段と廊下、海側に部屋がある古びたアパートにしか見えない。だが、階段の下にあるドア無しの部屋に入ると、揺り椅子に座るNPCがおり、これに話し掛けることで、普通の宿のように部屋を週単位でレンタルできる。そういう場所だ。
 今のところ入居者は俺たちしかいない。
 他は目抜き通り沿いか、そこから一本奥に入った程度のところにある宿屋で部屋を借りている。もちろん、隠れ宿屋の存在はネットでも取りざたされているが、“老人の隠れ家”亭の存在は、今のところ俺たちしか知らないらしい。
「コール」
 2階西端の――海と中央広場が見える――角部屋に向かった俺たちは、リンが呼び出したルームカードを差し込んだ上で、部屋の中に入っていった。
 部屋の広さは横長の9畳。家具は丸いテーブルと椅子4脚、ドアから見て正面と右の壁に、板を棒で押し上げるタイプの窓がある。右手前の隅には、着替え用スペースとして、半円状に閉じるカーテンがついている。床は板間。壁と天井は乳白色の石造り。天井にはゆっくりと回る大きなプロペラがあり、その中央には橙色に輝く光球照明が灯っている。
 今日で入るのは3回目だが、簡素ながら趣味のいい部屋だと思う。
「はぁ、疲れたぁ」
 リンはそういいながら、着替えスペースに向かい、シャッとカーテンを閉じた。
 俺も今のうちに装備を収納。初期装備のサンダルとTシャツ、下はハーフパンツという格好でくつろがせてもらうことにした。
 椅子に座ると、長い金髪をすべて下ろしたリンが出てきた。
 服はサンダルと白いワンピース。初めて見る服装だ。
「買ったのか?」
「心配ご無用。ちゃんとわたしの取り分の中でやりくりしてるわよ」
 リンは俺の右斜め迎えの椅子に座った。
「おっほん」
 と咳払いをひとつする。
「コール、キャンプイン」
 リンが告げると、テーブルの上、俺とリンの手前とテーブルの真ん中にカードの束が出現する。順に俺、リン、パーティ共用のカードウィンドウに収納してあったカードだ。
「じゃ、まずはアイテム?」
 リンはひときわ多い自分のカードとパーティ共用のカードを手にとり、ババ抜きでもするかのように、サササッとカードを分けていった。
「はい、これがシンの分」
「波動拳は?」
「先にアイテム。次にマナカード。ちゃんと《トライデント》に装填しといてよ?」
「了解」
 俺は差し出されたカードをまとめ、中からマナカードを取り出した上で、今度は自分の山札をとり、《トライデント》カードを探し、すべてを重ねていった。
「コール、フュージョン」
 音声操作――キャンプ中は思考操作がきかない――で《トライデント》にマナカードを装填する。《トライデント》の最大装填数は200マナポイントだが、銃器系のように連射することができないが、装填量の多さが特徴の魔杖だ。
 消耗品の補充を終えたあとは、アイテムの区分に入る。
 装備、戦闘消耗品、変装用、その他のキープするカード、不要なカードの5つに分ける。といっても、不要なカードは昨日のログアウト前、パーティ共用ウィンドウに移動させてある。つまり今回は山を4つ、作るだけでいい。このうち最初の3つを、さらにひとつにまとめ、その他のカードを手にした状態でヴォイスコマンドを告げる。
「コール、セットカード」
 体から30センチほど離れたテーブル上に、カードが並ぶ藍色の板が出現した。
 これがセットカード・ウィンドウだ。
 6枚が2列並んでいるのが、今現在、俺がセットしているアビリティカードだ。左上から順に職種系の《グラップラーLv4》、《ランサーLv3》、《キャスターLv3》。増強系のパンチダメージが上昇する《アイアンフィストLv1》、キックダメージをあげる《アイアンレッグLv1》、HP上昇の《ディフェンスLv2》が2枚、外装軽量化の《ダイエットLv1》。付与系は槍技《パワートラスト=スピアLv1》と《パワースイング=スピアLv1》、拳闘技の《ライジングフィストLv1》と《エナジーショットLv1》。以上が俺のセット構成だ。
「はい」
 まだアイテム整理中だったリンが、今日買ってきたばかりのアビリティカードを差し出してきた。
「んっ」
 受け取った俺は、ヴォイスコマンドでそれぞれのカードをレベルアップさせていった。
 昇竜拳(ライジングフィスト)波動拳(エナジーショット)がレベル2になる。さらに、使い勝手の良かった《パワースィング=スピア》と《アイアンフィスト》を、それぞれ一気に買い込んだカードを融合させていき、レベル5まで上昇させた。
 これでダメージは2割増しだ。
 ついでに、《ディフェンスLv2》の片方と手持ちの《ディフェンスLv1》4枚を使い、もう1枚の《ディフェンスLv2》を《ディフェンスLv4》にする。余ったスペースには、レベル1の付与系拳闘技《クラッシュヒール》を配置。昇竜拳(ライジングフィスト)に続く2枚目となる自動的に体が動くアビリティ(オートモーション・アビリティ)だ。
 オートモーションはどれも高価なため、あとでもいいと思っていた1枚なのだが、今回は随分と実入りが良かったことと、たまたま売りに出されていたので購入できたので、試しにセットしてみることにしたのだ。
「そうだ――なぁ、リン」
 リンは眉間に皺を寄せながら、今もアイテムの選別を続けていた。
「なに?」
「いや、大したことじゃないんだが――《シャークウェア》、なんであんなに高値だったんだ?」
 手を止めたリンが、不思議そうに俺を見返した。
「市場スレ、読んでないの?」
「最近は」
「あぁ、それで……あれよ、あれ。例の騎士団」
 俺は一瞬、考え込んだ。
「……地図の?」
「そう、それ。蒼海……だっけ? そこが買い占めに走ってるみたいなの。他にも、ドロップオンリーの魔杖とかも買い占めてるみたい。もう手当たり次第みたいよ」
「買い占め?」
「ほら、もともと品薄でしょ、ドロップオンリーのアイテムって。だから一時は信じられないくらい高騰したみたい。《シャークウェア》も1枚10万(100K)になったこと、あったみたいよ。今は5万(50K)から6万(60K)に落ち着いたみたいだけど」
「で、その買い占めたやつが……」
「市場スレにね。騎士団の関係者じゃないかって。あくまで噂だけど」
「へぇ」
 これまたすごい集団が現れたものだ。
 どれだけの枚数を買いあさったか知らないが、相場の数倍を軽々と支払うのだから、並みの資金力ではない。おまけに地下12階までの情報も提供している。『蜥蜴同盟』の内紛以降、《青》には陣営の中心となる氏族が出てこないだろうと言われている中、昨日今日の2日でここまで動くとは……もう少し本スレをよく読んでおくべきだったかもしれない。
 と、リンは再び眉間に皺を寄せながら、手にするカードを睨んでいた。
「なに悩んでんだ?」
「いいじゃない」
 よく見ると、変装用と思われる衣服のカードが、数枚ずつ、まとめられた状態でリンの手前に置かれていた。
「……変装用、何枚だ?」
「悪い?」
 答えより先に、ムッとしか表情でにらんできた。
「そうじゃないって」
 俺は決定ボタンを押してセットカード・ウィンドウの閉じた。
「姉貴がいるからイヤでもわかってる。半分、俺が持ってもいいぞ」
「…………」
「じゃあ、共有使え、共有」
「……遠慮するわ」
 服はたくさん欲しいが、俺に見られたくない――ということらしい。まぁ、俺としても女の箪笥をのぞき見る趣味なんて持ち合わせていない。
「あぁ……それでか」
「なによ」
「いや、家のこと」
 通常、カードは3時間放置しておくと自動的に消滅する。装備以外の具現化したアイテムも同様だ。ただそこが、個人所有の不動産の中であるなら、例外的に自動消滅しないらしい。さらに家具扱いの《カードブック》というアイテムに入れておけば、具現化できないアビリティカードやエクストラカードも保管可能らしい。
 宿屋はキャンプ機能を使うだけの場所だが、リンのようにたくさんの衣装が欲しければ、部屋なり家屋なりを購入する必要があるというわけだ。
 だからリンは、家屋が欲しがっている。
 なるほど。そういうことか。
「だったら波動拳の前に、どっかの分譲ルーム、買うってことにするか?」
「部屋なんか買ってどうすんのよ」
「へっ?」
「まさかあんた、わたしと同じ部屋を使うとか言うつもり?」
「まぁ……そうだけど?」
 何が問題なのかわからない。家屋は1000万単位、部屋は安いものになると100万と少しで購入できる。だったら安い部屋を確保するのが賢いはずだ。だいたい、リミットタイムは最大3時間だし、俺たちはゲームの大半を冒険に費やしている。つまり家屋といっても――
「こっちでの家なんて、倉庫みたいなもんだろ?」
「あんたって人は……」
 リンはがっくりと項垂れ、溜め息をついた。
 わけがわからない。
「とにかく!」
 顔をあげたリンは、再び俺を睨んだ。
「あんたが良くても、わたしはイヤ! わかった!?」
「……OK、相棒」
 ドアがノックされたのは、俺がそう答えた直後だった。

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