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[03-02]
―― Login Account : 436-332-2004-9719
―― FAL Check : .....OK
―― Bital Check : .....OK
―― Login Check : .....OK
―― Login Time : 8,July 20X0 19:02:34
―― Limit Time : 8,July 20X0 22:02:34
―― Contents Code : PHANTASIA ONLINE ver C1.1201
―― Abator Name : SHIN
―― Login Place : BLUEPOLIS / UNDERGROUND / LOGIN BOX B13-01
―― Login Sequence : .............................. complete
7月8日――ログインした俺は、まず鏡に映る自分の姿を確かめてみた。
服装は以前から大きく変わっている。
ベースは競泳水着のような《シャークウェア》。軽くてかさばらないうえに、これだけでHPを50パーセントも高めてくれるという優れものだ。地下14階で手に入るドロップアイテムであり、腕の立つテスターのほとんどが、最近は《シャークウェア》を身につけているとも言われているような防具でもある。
ちなみに《シャークウェア》には同性能ながらデザイン違いのものが存在する。
頭部、手首から先、足首から下だけが露出している全身型。
両肩から先が露出している腕無し型。
逆に全身型の太股の途中から下が露出しているスパッツ型。
股ぐらから下が露出しているビキニ型。
腕無し型とビキニ型とあわせたワンピースの水着そのままの水着型。
このうち、俺とリンは《スケール・オブ・ブルードラゴン》を装備する関係で、腕無し型を使っている。最初に手にはいったのがそれだった、ということも関係しているが。
さらに俺の場合、黒いバッシュのような《ショックシューズ》を履いている。高所から落下した際の衝撃を吸収してくれる便利な靴だ。これに膝丈の《ハーフパンツ》、丈がへそまでしかない半袖の《ハーフレザージャケット》を身につけるというのが、今の俺の服装だ。
一応、腰にガンベルトを巻き、拳銃型魔杖《バーストガン》を下げているが、主武器は今のところ、ギリシア神話のポセイドンが持っていることで知られる槍杖複合型魔杖《トライデント》であり、銃は念のため、という程度のものでしかない。
俺は外に出ることなく、鏡を軽く二度叩いた。
鏡の表面にウィンドウが浮かび上がった。
蒼都への帰還を選択。
視界が暗転。例の浮遊感覚がおそってくる。
次に目をあけると、同じログインボックスの中だったが、正面の鏡に“ BLUEPOLIS ”“ CENTRAL CIRCLE ”という文字が浮かんでいた。
街に戻ったのだ。
「さて……」
俺は苦笑を漏らしながら、《ハーフパンツ》と《ハーフレザージャケット》を収納、3日前に帰還した際、わざわざ買っておいた数枚のカードを次々と呼び出した。
数瞬後。
「……よしっ」
鏡には、西洋風の全身甲冑を身につけた誰かさんが映っていた。
変装用の装備だ。
顔は、頭頂がとんがっているフルフェイスの兜で隠れている。もっとも、装着すると内側からは外が透けて見えるので、視界はまったく阻害されていない。そのくせ鏡には、兜を被った状態で映っている。
「なんだかなぁ……」
変装のためだけに余計なカードを5枚――ヘルメット、ガントレット、ボディプレート、ウェストプレート、プレートブーツ――も持つというのは馬鹿馬鹿しい気もする。しかし、今は夜メンテが無くなった本格始動後、一番賑わっている8、9時台だ。そんな時間の中央広場に、普段通りの姿で俺たちが出て行けば、無意味に注目され、余計な騒動が起きるのは明白だ。
かといって、人のいない時間では、NPC店舗しか利用できない。
当面の目標が“装備の充実”になりつつある今、トレードに手を出さないわけにはいかないのだから、これくらいの不都合は飲み込むしかないのだ。
そうでなくとも《エナジーショット》レベル3への道は果てしなく遠い。
あぁ、俺の波動拳……使える強さになるのは、いったいいつのことやら。
「……行くか」
俺は覚悟を決めてから、ドアのオープンボタンに軽く触れた。
シュンとドアが開いた。
潮の香りが流れ込み、賑やかな喧噪が聞こえてきた。
外に出ると、広場は様々なユーザーで埋め尽くされていた。ちょうどログインボックスを中心とした中央広場の外周には、フリーマーケットさながらに露天を開いているユーザーが増えているのだ。
さらに談笑する連中や、パーティを募集するユーザーの姿もそこらかしこにある。
神殿に向かう目抜き通りも同様だ。
どれほどのユーザーがログインしているのだろう。《青》は2000名に満たないはずだが、今はその半分がログインしているように思える。
「こら」
ガンッと背中を叩かれた。
叩かれた感触は無かったが、甲冑の震えと音で、すぐにそうだと気が付いた。
振り返ると――
「遅い」
肩に銃器系魔杖《アサルトライフル》を引っかけた、丸眼鏡のメイドが立っていた。
目が点になった。
「……なに黙ってんのよ」
「いや……」
少し悩んだが、随分前に姉貴から言われた言葉を思い出した。
――女の子がいつもと違う格好してたら、理屈抜きで必ず褒めなさい。それが礼儀よ。
というわけで。
「驚いた。似合ってる」
これで褒めたことになるのかわからないが、思った通りのことを口にしてみた。
リンがさらにムッとなった。
失敗したらしい。
でも……実際、似合っている。
小振りな足を包む革靴、黒のストッキング、肩がもりあがった黒いドレスも悪くない。フリルがたくさんついた白いエプロンもそう。きっちりと結い上げた金髪、ワンポイントの黒い髪飾り、縁のない丸眼鏡、両耳で揺れる十字架のイヤリング……
「んっ? おまえの装備……カード、何枚分だ?」
「10枚」
「おい」
「なにか問題でも?」
「……いや」
ここで「無駄なことを」とか言ったら、間違いなく殴られるだろう。それで余計な注目を浴びるわけにはいかない。
でも……本当に似合ってる。見違えた。
普段のリンは、俺とまったく同じ格好をしている。違いは《ダブルガンベルト》を装備しているところ。服装まで同じなのは、効率重視で装備を選んだ結果だが……今のメイド姿を見ると、こっちこそが本当の装備に思えてしまう。それくらい似合っているのだ。
「なぁ」
「なによ」
「今度から、それで冒険するか?」
「…………」
リンはムッとした顔で俺を睨みあげた。いったい何に対して不平不満を抱いているのか、俺にはサッパリわからない。
「とにかく」とリンは溜め息をついた。「お店、回るわよ」
「了解」
俺が右拳を前に出すと、リンは少し笑ってからガンッと拳を叩き返してきた。
━━━━━━━━◆━━━━━━━━
NPC店舗の下取り価格は標準価格の10分の1だ。そのうえ、たとえレアカードを売っても、店舗の売り物が変わることはない。つまり下取り品は市場に流れないのだ。
――それはもったいない。
という面々が、直接、他のユーザーを相手に商売を始めた。
これが青空市場の始まりだ。
最初は、試練場で手に入る標準価格10クリスタルの《スモールキュアポーション》を、半値にあたる5クリスタルで売るところから始まったらしい。
その後、少しずつ取り扱う商品が増えていき、地下が実装されてからは、売買を専門とするユーザーまで現れだした。
それに伴う揉め事も起きたそうだが、市街地でのPvPは禁止されているため、大きな騒動には至っていない。その分、口論が絶えないようだが、それもまた青空市場の味、という割り切りが生まれているとのことだ。
というわけで。
「もうちょいまけろよ!」
「あきまへんなぁ」
「《アサルトライフル》5キロぉ、5キロで《アサルトライフル》、いりませんかぁ!」
「さぁさぁ! らっしゃいらっしゃい!」
「パーティメンバぁあああ、募集してまぁあああす!」
「あ〜る〜はれた〜ひ〜る〜さがりぃ♪」
「安いよ安いよ!」
「てめぇがぶつかってきたんだろうが!」
「うぜぇんだよこのロリペドネカマ野郎!」
「《アサルトライフル》5キロでぇえええ!」
「らっしゃいらっしゃい!」
客を含めて2、300名ぐらいしかいないであろう青空市場なのに、その賑わいぶりはかなりのものだった。おそらくトカゲ人間がゾロゾロといるうえに、コスプレ会場さながらに多様な服装をした連中がいるせいだろう。
仮想現実ということで、多少なりとも理性のタガが外れているせいもあるかもしれない。
いずれにせよ、《青》の市場は並はずれたにぎわいを見せている。
「ダメダメ。その値段じゃ、6人分の弾薬代にもなんないじゃない」
ふと見下ろせば、しゃがみこんだリンとトカゲ人間の露天商が値段交渉を続けていた。
今のリンは“久しぶりに地下から戻った6人パーティの会計係”という役を演じている。俺はその付き添い。荷物持ちならぬカード持ちだ。見れば客の大半が、俺たちと同様、2、3名で動いている。やはり6人パーティでも、これだけ賑わう市場を有効活用するには、少人数で動くほうが得策だと考えられているのだろう。
「仕方ないなぁ……じゃあ、おまけにこいつを付けるっていうのは?」
「これとこれもよ」
リンが指さしたのは杖型魔杖用カートリッジカード《マナカード》だ。
露天商は、服屋で売っているマントやストールなどを地面に敷き、その上にカードを並べて商いをするのが一般的だ。おかげで市場では万引きも起きているが、ほとんどの店が、客の近くに安い消耗品を置き、店主の手近に客寄せの高級品を並べるという形で対応している。中には見張り役の仲間を客側に立たせている露天もあるが、今のところ、数では少数派に属するようだ。
いやはや。ゲーム通貨とはいえ、金が絡むだけに、誰もが無い知恵を絞っているらしい。
逞しいことで。
「参ったなぁ……うーん……わかった! こいつでどうだ!」
「OK! 商談成立ぅ」
指を鳴らしたリンは、手にしていたカードの一部を店主に差し出した。
受け取った店主はカードを確認してから、ウィンドウを開き、数字を入力。眼前に呼び出したクリスタルカードを手にとり、カードの下、3分の1をうめるワードスペースの表示が正しいことを確認したうえで、リンに差し出した。
リンも、ワードスペースに記された値段を確認してから、手の届くところにあったオマケを拾った。
「まいどさまぁ♪」
「10時までいるから、残りが売れなかったらよろしくぅ」
リンが店先から離れた。俺はそのあとをガシャガシャと追った。かと思うと、リンは少し離れた別の露天の前にしゃがみこんだ。
「まいどさまぁ、“ミノタウロスの肉”売りたいんだけど、買い取り幾ら?」
「牛タンなら30だねぇ」
3万!? そんなにするのか、あんなものが!?
「えーっ、それって昨日の相場でしょ? それに《青》だと少ないっていうじゃない。こっちも6人が6人とも、死にかけながら手にいれたんだからさぁ、少しぐらい上乗せしてよぉ」
「んじゃ、35」
「50」
「あははは、いくらなんでも無理無理」
「じゃあ、45。こっちだってアビリティカードで強化しないと、次も鍾乳洞まで潜れるのかどうか、わかんないじゃない」
「うーん……36」
「45」
「……40! これ以上は無理!」
「プラスして、そこの“エナジーショット”は?」
なんだって!?――あわてて確認してみると、確かに店主の目の前にレベル1の波動拳が置いてあった。NPC店舗で10万クリスタルもする高級カードだが、それが並んでいるということは、地下で手に入る可能性もあるということだろうか。それとも単なる客寄せ用か……
「ダメダメ」
店主は首を横にふった。
「こいつはレアアイテムとの交換専用。最低でも100以上してくれないと、こっちの商売、あがったりさ」
「だったら……」
リンは周囲を伺いながら、エプロンのポケットから1枚のカードを取り出した。それも、皮っぽいプリントに、『 PHANTASIA ONLINE 』のロゴは入っている裏面だけが見える状態で取り出し、両手で隠すように挟んでから、そーっと店主のほうに差し出した。
店主はその手に注目する。
リンは一瞬だけ、指を開いてカードの絵柄を見せた。
《シャークウェア》だ。
レアと言うには微妙だが、俺たちは余分なこれを6枚も持っている。今月上旬に生まれた『Xちゃんねる』の市場スレでも、確か万単位で取り引きされていたはずだ。今日の相場は確かめる時間がなかったのでわからないが、仮に1枚1万だとすれば、牛タンとあわせて10万になる……と、俺は考えたのだが。
「レアでしょ」
リンはニヤッと笑た。
店主は両目を見開き、きょろきょろと周囲を伺うように目を泳がせた。
不思議に思った。
売れ筋のカードだが、ここまで驚かれるほど出回っていないカードではない。
リンは言った。
「牛タン1枚とこれ1枚。どう?」
「乗った」
「……えっ?」とは俺のつぶやきだ。
喧噪のおかげで俺にしか聞こえなかったようだが……それにしたって、どうしてこんな取り引きが成立するのか、俺にはサッパリだ。
仮に牛タンが4万だとしたら、《シャークウェア》は6万に相当しないと交換が成立しない。だが、いくらなんでも6万なんて高値になるはずがない。鍾乳洞で2日戦えば、必ず1枚か2枚は手に入るぐらいのレアリティなのだし。
「よしっ、じゃあ次ね」
立ち上がったリンは、驚く俺に気づかず、歩き出した。
追い掛けると、リンは前の露天が少し離れた別の露天の前でしゃがみこんだ。
今度の売り物も《シャークウェア》だった。
5万3000で売れた。
最終的に6枚の《シャークウェア》は《ミノタウロスの肉》2枚と込みで、《エナジーショット》2枚と21万クリスタルになった。どうやら俺の知らないうちに、市場が大きく動いたらしい……
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