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[03-01]
ガチの喧嘩をくりひろげた翌日、俺たちはしばらくコロセウムから離れることにした。念のため、人が少なそうな午後2時にログインしたうえで、正門広場にいた数名から逃げるように東区に急行、蒼都のあちこちを散策しながら、これからどうするかを話し合ったのだ。
「で、これからどうすんの?」
リンは両手を後ろ組みながら、俺を見上げて尋ねてきた。
ポイニーテイルにした金髪がゆらゆらと揺れている。
なんていうか……こうしていると、本当にこれが、あのリンなのかと疑いたくなるような振る舞いだ。これでガンタイプの魔杖を使わせれば、俺なんか問題にならないほどの命中精度を誇るんだから、PVってやつは空恐ろしい代物だ。
「どうするって……ゲームだろ?」
俺は当たり前の答えを口にした。
リンはムッとした表情になる。
「そうじゃなくて、具体的な目標よ。トレーニング、ちょっと飽きてきた感じしない?」
「……だな」
試練場で実戦を経験した今、トレーニングだけでは物足りないと感じるようになってきたのも事実だ。
「今度は試練場にでも籠もるか?」
「うーん」
リンは悩み込んだ。
「もうちょい、この街のこと歩き回ってからにしない? ほら、街を舞台にしたイベントも起きるかもしれないって、スタッフ日記に書いてあったでしょ?」
「イベントねぇ……まっ、確かに下調べはしとくべきだな」
こうして俺たちは、蒼都のあちこちを歩き回ることにした。
途中、他のテスターと会うこともあったが、ほとんどが手をふってくる以上のことをしなかったので、気にならなかった。中には睨んでくる者や、あからさまに無視してくる者もいたが、そういう連中も近づいてこなかったため、俺たちはそれから数日、じっくりと蒼都を見物することができたのだ。
こうして数日後の6月29日――『 PHANTASIA ONLINE 』は夜のメンテ時間が無くなると共に、新フィールドと新機能の追加を持って、名実ともに製品版準拠といえる状態を整えた。中でも、実装が先延ばしにされていたセットカードシステムの導入は、誰もが心から待ち望んでいた『 PHANTASIA ONLINE 』の肝ともいえるシステムだった。
『 PHANTASIA ONLINE 』では、様々なものがカードという形で表現されている。
カードの種類は3種類。
装備品や消費財を表す“アイテムカード”。
セットすることで追加能力を付与する“アビリティカード”。
家屋の権利書などを意味する“エクストラカード”。
このうちアビリティカードは“セットカード・ウィンドウ”に、最大12枚のカードを並べることで効果を発揮してくれる。例えば《ガンナー》を配置すると、銃器系魔杖の攻撃力が上昇する。《ディフェンス》を並べればHPが上昇する。そんな感じだ。
さらにアビリティカードそのものが、効果によって種類が分かれている。
複数のメリットがある“職種系”。
単一の効果を発揮する“増強系”。
特殊能力を使用可能にする“付与系”。
特に3つ目の付与系には、銃器系以外の魔杖を用いた必殺技や魔法も含まれている。それこそ、《メイジスタッフ》に組み込まれている《ライトアロー》、《アイアンナックル》に組み込まれている《ストレート》なんかは、セットカード不要のまま使えるレベル固定の付与系アビリティと言えるのだ。
また、アビリティカードだけは、同じカードを融合させることで、カードレベルを上げられる。同レベルのカード2枚で1レベル上昇。最大レベルは10。大雑把な例えになるが、1レベルにつき5パーセント程度のボーナスがあり、最大レベルにすると、ちょうどレベル1の1.5倍、何も付けない場合の2倍ぐらいの何かが付く、という感じだそうだ。
〈けっこう複雑よねぇ〉
「ゲームの肝だからな」
6月30日――いつものように午前4時から午前7時にログインしていた俺とリンは、ログアウトした数分後から、お約束となったヴォイスチャットによる反省会を始めていた。
話題の中心は、ようやく全容がわかり始めたアビリティカードについてだ。
もっとも、このところそれ以外の雑談をする時間も増えている。
〈そういえばさ。シンの学校、夏休みっていつから?〉
「7月21日」
〈えっ? そんなに遅い?〉
「北海道はそういうもんなの」
夏休みは短く、冬休みは長い。北国では当たり前のことだ。
「どうせ、そっちは今日とか来週とかだろ」
〈正解。来週の金曜よ。ちなみに2学期の始業式は9月4日〉
「長っ」
〈帰国子女の受け入れとかあるのよ。ほら、欧米だと新学期が9月からってところ、少なくないし〉
さすがお嬢様学校。帰国子女とはセレブなことで。
「……なぁ。素朴な疑問なんだが」
〈なに?〉
「おまえ、幼稚園からその学校にいるんだよな?」
〈そうだけど?〉
「どうすれば、おまえみたいなのが育つんだ?」
するとリンは、ムッとした様子で俺を睨んだ。
〈悪かったわね。生まれついての暴力女で〉
「違うっつーの」
俺はガリガリと頭をかいた。
「質問変更。つまりだ。俺の疑問は、純粋培養のお嬢様にしては、どうもおまえの毛色が違うように思えるってところだ。それとも、おまえみたいなお嬢様が平均的なのか?」
〈まさか。わたしは特別よ。中等部出るまで、普通の学習塾に通わせてもらってたから〉
「普通の、塾?」
〈うん。そのお陰よ。こうしてわたしが普通になれたのも〉
「んっ? じゃあ、あれか。おまえの話によく出てくる、友達っていうのは……」
〈うん。塾の友達。そりゃあ、学校にも友達がいないわけじゃないけど……でもさ、学校の友達から遊びの誘いがきたとするでしょ? どこに行くと思う? クラシックのコンサートよ、クラシックの。あと美術館とか、博物館とか……そうそう。一昨日も電話があったのよ。遊びに来ない、って。でも、その電話、どこからだったと思う? ハワイの別荘よ、ハワイ。しかも日曜にパーティがあるから来ないかって……高1の言う台詞じゃないでしょ、それ〉
「ちなみついでに聞くが、どうやって断った?」
途端、リンはシャキッと背筋を伸ばし、両手で電話を持つふりをしながら、
〈ごめんなさい。家のほうでいろいろとあるので、日本を離れるわけには……そんな、誘っていただいたのに、こちらこそ………………こんな感じ〉
俺は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「苦労してんだな……」
〈苦労してるのですよ〉
なにはともあれ。
本格始動以降、俺とリンはアビリティカードの情報を漁りながら、ついに実装された新フィールドに挑戦し続けることになった。
追加されたフィールドの名は“地下”――各中枢都市の直下に広がる、巨大な地下空間という設定のフィールドだ。
実際には出てくるモンスターが増えたこと以外、“試練場”とそれほど大差が無い。強いて言えば、地下1階から地下9階までは煉瓦造りの迷路なのだが、地下10階以下は天然の鍾乳洞に切り替わるというところだろう。この地下10階以下は真っ暗であるため、照明となるアイテムを使わなければ、まともに歩けないというのも大きな特徴だ。
そして問題のモンスターだが。
光弾を吐きだしてくる巨大なコウモリ――ジャイアントバット。
巨大なイソギンチャクとしか言いようがない怪物――ローパー。
チビでがっしりとした緑色の肌をした小鬼――ゴブリン。
とにかく打たれ強い豚顔人間――オーク。
銃使いの天敵というべき動く骸骨――スケルトン。
巨漢から繰り出される棍棒のなぎ払い攻撃が脅威の牛頭人間――ミノタウロス。
さらに《赤》の場合は炎を吐くブラックハウンド、《緑》の場合は毒霧を吹き付けてくるジャイアントクローラー、《青》では巻き付き攻撃を仕掛けてくるジャイアントオクトパスが出現する。
俺とリンは、こうしたモンスターと戦いながら、たまに蒼都に戻って装備を調え、また潜っていく――ということを繰り返すことにした。
ただ、想像以上に攻略は難航している。
理由は4つある。
第1はリミットタイムの問題。タイムオーバーでログアウトさせられると、キャラが死亡扱いになる。そうなればセット中のアビリティカードが消滅するのだから、洒落になっていない。つまりリミットタイムに近づいた時点で、必ずログインボックスの近くにいることが攻略の第1条件となるのだ。これが意外と厄介なのだ。
第2は地図の問題。『 PHANTASIA ONLINE 』にはオートマッピング機能が無い。そもそも地図が無い。都市内の転移機能が生きていた頃も、そこに描かれていたのは、あくまで概念図だった。一応、中央広場で手書きの地図を売っているテスターもいるそうだが、地下10階以下の地図は出回っていない。これがリミットタイムの問題を、さらに厄介にしている。
第3は帰還の問題。街に戻ると、再び第1階層からのやり直しになる。だったら籠もり続ければいいだけの話だが、地下には店も無ければ宿屋も無い。装備を調えるためには、どうしても街に戻る必要がある。仕方がないとはいえそれまでだが。
そして最大の問題は。
〈――わたしたちのアンチよね〉
「だな」
俺たちは画面越しにうなずきあった。
地下に潜るには神殿のNPC神官に話し掛けなければならない。当然、そこには大勢のテスターが集まってくる。あとは……言わずもがな。
街にいる間は、まだ人目もあるからいい。連中にやれることといえば、聞こえるように嫌みを言ったり、揶揄する会話をしてみせたりする程度だ。つまり実害が無いので、今のところは無視の方向で対応している。
だが、地下に潜ると話が変わってくる。
フィールドではPvPができる。状況はバトルロイヤルと一緒だ。違いは、HPがゼロになると死亡すること。つまり……
アンチな連中が、俺たちに攻撃を仕掛けてくるのだ。
それも、わざとらしい方法を使って。
実際、こんなことがあった。
街で装備を整え、再び地下に潜って間もない時だ。曲がり角が近づいたところで、突然現れたパーティに銃撃された。しかも、こっちが反撃すると、そいつらは両手をあげて、
――モンスターだと思った。
と言ってきた。
出会い頭の不幸だと言うのだ。実際、そういうことも珍しくないので、こっちとしても、それ以上の手は出しづらくなる。そうすると、そいつらはヘラヘラと笑いながら立ち去っていき、ログアウト後、アンチが集まる掲示板なんかで、俺たちを撃ったことを誇らしげに書き込む。こんな感じだ。
他にも「流れ弾」とか「よく見えなかった」とか「ドールだと思った」とかいう言い訳を口にする連中もいる。これにはホント、辟易している。
なお、この手の連中にはトカゲ人間が多い。こっちも顔の区別がつかないので、服装を変えられたり、声色を使われたりするだけで、他人との区別がつかず、なんとも対応のしようがない。そのことが悪用されているのは確かだが、こっちも後味の悪いPKはやりたくないので、思い切った対応をとれずにいるところだ。
〈表情とかわかればなぁ……そうしたら、嘘かホントか、少しは見抜けるのに〉
「いっそ、ネットでPK宣言するか?」
〈わたしは別にいいけど……あんた、イヤなんでしょ?〉
「まぁ……な」
別にPKがイヤなわけじゃない。ただ、初心者というか、実力差のありすぎるヤツをいたぶるのが趣味じゃないだけだ。もちろん、実際に襲われたら、たとえ相手が弱かろうと相手をするのがゲーマーの仁義ってものだと思っているが。
〈だったらどうする?〉
「どうするって……超特急で鍾乳洞を目指す、ぐらいだろ」
〈それだと不充分じゃない?〉
画面の中のリンは、少し右側を見た。少し前に買ったという平面ディスプレイを見ているのだろう。俺はSCOP3を平面ディスプレイで、ブラウザをノートパソコンで開いているが、それと同じことを、リンも2つのディスプレイでやっているそうだ。
〈ほら。『マトメ』の地下情報、《青》は12階まで確定になってるでしょ?〉
「マジ?」
確かめてみる。
表示された最新地図は、俺の記憶にある地下12階のものと合致していた。
「急に進んだな……」
《青》の地下攻略は1番遅いとされている。最も早いのは、陣営内で積極的な情報交換が行われている《緑》の地下14階だ。次点はバトルロイヤル好きが多いため地下が閑散としていると言われる《赤》の地下13階。一方、《青》は今朝まで地下6階までしか進んでいなかった。『蜥蜴同盟』の内紛と、俺たちに端をなす荒れ模様が、陣営の雰囲気を少なからず悪くしていることが原因だ、と言われている。
だが、俺たちのログイン中に情報提供者が現れたらしい。それも地下12階ともなると、それなりの実力を持っていると言える。
『マトメ』に記載された情報提供者の名は“蒼海騎士団”となっていた。
初耳のグループ名だ。
検索をかけてみたが、該当しそうなヒットは見あたらなかった。
〈この人たち、知ってる?〉
リンも同じ疑問を抱いたらしい。
「いや……スレでも、新設団体だろうってなってるな……」
〈微妙にイヤな予感がするんだけど〉
「奇遇だな。俺もだ」
その予感は、当たっていた。
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