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[03-00]
岩陰から現れたのは、見上げんばかりの巨体を誇るミノタウロスだった。
全長3メートル。
筋肉質な男性の躰を持ち、巨大な戦斧を肩に担いでいる。
最初に見た時は、試練場でドラゴンを見た時のような恐怖に襲われたが……
「牛タン、いただき!」
今では相棒のカモと化している。
――タタタタタタタッ!
リンは素早く抜いた左右の拳銃型魔杖《バーストガン》を鳴り響かせた。
《スペルガン》の上位版だ。
形状は良く似ているが、銃身が長く、重さも少し増えている。装填弾数はなんと40発。つまり弾倉2つ分だ。物理的に収まるはずがないのだが、そこは魔法ということで、不問に付されている。ちなみに、《バーストガン》用の弾倉は、《スペルガン》用の弾倉を合成することで確保できる。合成はふたつのカードをあわせ、音声操作で命じるだけで終了するので、今のところ弾切れになったことは一度もない。
それにしても。
薄暗い鍾乳洞は、《バーストガン》のフラッシュノズルと着弾光で、少しばかり明るくなかった。この時だけは、俺の頭上で橙色に輝く光球――使用者の頭上で1時間灯る“電灯”ことアイテムカード《ウィル・オー・ウィスプ》――の立場がなくなってしまう。
まぁ、そこまでは別にいいのだが。
「固いなぁ」
リンは素早く二丁拳銃を両腰のホルスターに戻し。眼前にあるカードが出現させた。
彼女は拝むように、両手でパンッと、そのカードを挟んだ。
「んっ」
小さくうなり、カードを展開する。
具現化したのは回転式六連機関砲型魔杖《ブラストバルカン》。専用弾は1発100クリスタル。最大装填数は200発。しめて2万クリスタルを2秒間で浪費するという究極の散財魔杖だ。もちろん、リンは収納時、全弾装填済みにしてあるので……
「おい!」
「くらえぇえええええ、2万円アタァアアアアアアアアックゥウウウウウウウ!」
円じゃないだろ、というツッコミも今や無意味だ。
――キュルキュルキュル……キュイーン、ダッダダダダダダダダダダダダダダダッ!
ミノタウロスは文字通り粉砕された。
ついでに周囲の岩も粉砕された。
「う〜ん……かい、かんっ♪」
「どあほ」
俺はリンの後頭部をどついた。
「なによ!」
「これで今日の稼ぎ、きれいさっぱり吹っ飛んだろ!」
「いいじゃない。1日1回なんだし!」
「俺の波動拳!」
「あっ、牛タンゲット♪」
「波動拳!」
「さぁ、次行ってみよう!」
「波動拳……」
「なにか言った?」
「……もういい」
そういえば姉貴の結婚が決まった日、親父は高槻さんに、
――財布の紐だけは握られるな。
と壊れたレコードのように言っていたものだ。
その意味がようやく理解できた。
俺も結婚したら、給料から自分の小遣いを確保したうえで、生活費を手渡しすることにしよう。いや、別にリアルマネーでもないんだから、今から獲得物の管理、自分もやるようにすれば……
「もぉ」
すでにバルカンを収納していたリンは、数歩先で立ち止まると、クルッと振り返り、両手を腰にあてながら俺を睨みあげてきた。
「《エナジーショット》の費用なら、ちゃーんと確保してるわよ」
「…………」
「なによ、その不審そうな眼差し」
「別に」
俺は槍杖複合型魔杖《トライデント》を肩に担ぎながら、早足にリンの横を追い越していった。
「ちょっと、待ちなさいよ。だいたいね――」
「あーあー聞こえない聞こえない」
「言いたいことがあるならちゃんと言葉に、って、だから聞きなさいって!!」
俺は人差し指で両耳を塞いだ。
直後、後頭部を叩かれた。
「なに子供みたいなことしてんのよ!」
「痛い」
「そんなに《エナジーショット》ばっか集めてどうすんのよ!」
「レベル上げるに決まってんだろ」
カードの中には融合させることでレベルを上げられるものが存在する。特殊能力を付与するアビリティカードが、それだ。
ただ、レベル上昇には、現在のレベルのカードが2枚必要になる。つまりMAXにあたるレベル10にするには、レベル1の同じカードを1022枚も必要になるということだ。そこにきて《エナジーショット》は。NPCショップで1枚10万クリスタルもする高級品だ。つまりゼロから育てるとすれば、合計で1億と22万クリスタルもかかる散財カードといえる。
一方、最前線の平均収入は1パーティにつき1日1万だ。弾薬費などを差し引き、ドロップアイテムを全て売り払っても、多くて4万とされている。それを思えば、俺がついつい、金にこだわってしまう理由も、これでわかってくれると思う。
「レベル上げって……」
リンは自分の額を押さえた。
「あんたにはアレがあるじゃないの」
「アレはアレ。波動拳は波動拳」
やはり、リンには理解してもらえないようだ。
波動拳だぞ、波動拳。
俺なんか、初めて使えるようになった時、感動のあまり泣きそうになったんだぞ。ネットでもすごい評判だったし……中には“波動拳のためだけに拳闘系魔杖を買った”とかいうテスターもいるし。どうしてわかってくれないかなぁ。
「まったくもう……」
リンはやれやれと言いたげに、さっきも聞いた言葉を口にした。
「レベル3までって約束できる?」
「いいのか?」
今はレベル1だ。ということは……あと30万クリスタル?
「その代わり、馬車馬のように戦ってもらうわよ」
「もちろん!」
「他の買い物も厳禁。欲しいカードが出てきても諦めること」
「無問題っ!」
「それが終わったら家を買うこと」
「OK!!――んっ?」
家を買う?
「よしっ、決まり。残り10万と2000。しっかり稼ぐわよ!」
リンは大股でズンズンと俺を追い越していった。
俺のほうはというと、つい立ち止まり、今の言葉を考え直していた。
家を買う?
いや、確かに家屋は必要だ。今はキャンプウィンドウを開くためだけに、週単位で宿の部屋を間借りしている状態だし、これからカードが増えていけば、それを保管する場所が必要になってくるのは自明の理だし……
でも、家?
部屋じゃなくて、家?
――いいか、絶対忘れるんじゃないぞ。
ふと、親父の言葉を思い出した。
――財布の紐だけは握られるな。それと、家の話を持ち出した時は、もう終わりだと思え。絶対、その家を買わされる。ローンを組まされる。我々男性に拒否権は無い。そのことだけは覚悟しておくんだ。
姉貴の結婚が決まったその日、酔っぱらった親父は、壊れたレコードのように、そんな言葉を何度も繰り返したものだ。
俺は鍾乳洞の天井を見上げた。
親父。俺、生まれて初めて、親父にものすごい親近感を抱いてる。親父もこんな気持ちだったんだな……わかるよ。うん。ものすごく、よくわかる。
「こら、シン! なにやってんのよ! がっちり稼ぐんでしょ!!」
「わーってるよ!」
怒鳴り返した俺は、《トライデント》をぶん回しながら、早足になってリンのあとを追いかけた。
俺の波動拳と俺たちの家を巡る戦いに、半ばやけくそになりつつ身を投じるために。
LOG.03 " NEW STAGE "
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