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[02-06]
気持ちはわかる。わたしもこの人と関わりたくない。だいたい“必ず私がSHIN様を本当の最強のプレイヤーにしてあげます”って、どういうことだろう。まさかこの人、わたしがシンを鍛えたと思っているんだろうか? いや、その前に“LINというテスターはSHIN様を騙しSHIN様のノウハウを独り占めにすることで”と書いているわけだから、シンの強さが独力によるものだって自覚しているはずで……
「……んっ?」
何かが引っかかった。
どういうわけか、わたしは一昨日のことを思い出した。おばあちゃんのことだ。
――まったく、恥ずかしいったらありゃしない。せっかく将来有望な良家のご子息をご紹介いただいたというのに、仮病で退席するだなんて……鮎川の女のくせに、よくもまぁ、人様の顔に泥を塗るようなことを平気でやれるもんね、
こっちのほうが日本語になっている。
でも、根っこが似ている気がする。
なんというか……謙遜の押しつけ? 幸福の押し売り?
うん。なんとなくそういう気がする。
おばあちゃんにとっての幸福とは、間違いなく、鮎川の家を継ぐことだ。だからこそ、ママにもそれを押しつけ、わたしにも現在進行形で押しつけようとしている。でも、名家を継いだからといって、必ずしも幸せになれるわけじゃない。そのことを、おばあちゃんは絶対に考えようとしない。それと似ているのだ。
JUNEという人にとっての“幸福”はシンを強くすること……じゃなくて、多分、シンと親しくなることなんだろう。だからこそ、シンにとって唯一のパーティメンバーであるわたしに、強い敵愾心を抱いている。
でも、シンと一緒にいるからといって、JUNEという人が幸せになるとは思えない。
だいたい、シンは“友達”として考えると最低の相手だ。
無口だし、根暗だし、ゲームのことしか考えていないし。
仮に。
あくまで仮定の話として。
考えをまとめるために、そういう可能性も検討するとしたなら。
シンは“恋人”としても、どうかと思う。
うん、そう思うことにする。
それで、だ。
だったらわたしは、どうして一緒にいるのかといえば――やっぱり“相棒”だからだ。
――きっとね、運動部とかで一緒に練習した同期生に感じるものと一緒だよ。
とはパパの言葉だが、その通りだと思う。
「なるほどね……」
〈んっ?〉
「あっ、ううん。こっちの話」
わたしはひらひらと手を振ってから、ヴォイスチャットのウィンドウを最大化した。
シンは腕をくみつつ、釈然としない様子で小首を傾げていた。
まずいな――と思う。
なにがまずいかといえば……もう少し肉がつけば、けっこうイケてることを再認識したからだ。
「ねぇ。どうでもいいこと、聞いていい?」
〈どうでもいいなら質問すんな〉
「あんた、どこ住んでんの?」
〈函館。そっちは?〉
「東京の自由が丘」
するとシンは、
〈あぁ……近場だったら直に相談できたのか。ったく、最初に気づけよ〉
終わりの言葉は自分に向けて言ったものだろう。
はてさて。
「遠すぎるよね……」
ポツリとつぶやいたわたしは、うん、と軽くうなずいた。
遠距離恋愛は趣味じゃない。よって、そういうことは今後一切、考えないことにする。うん、それでいい。だいたい、恋愛沙汰なんか起こしたら、せっかくのPVも楽しめなくなるし、学校でもたいへんだそうし、おばあちゃんのこともあるし。
〈まぁ……別に遠くたって、こうして話せるから、いいか〉
一瞬、ドキッとした。
画面の中のシンは、左下――別のモニター?――を向きつつ、タンタンタンタンッとリジミカルにキーを叩いていた。
なんだ。見透かされたかと思ったじゃない。
〈とにかく〉
シンはこっちに目だけを向けた。
〈妙なヤツに粘着されるわ、何かするたびにグダグダになるわ……〉
わたしはハッとなった。
「まさか本気で辞めるとか言わないわよね?」
〈言う〉
シンは、まっすぐわたしを見ながら速効で答えを口にした。
〈面倒くせぇからもう辞める。でもまぁ、辞めたあと、おまえにアレコレ粘着されるのもなんだから、とりあえず状況くらいは――〉
「どあほ!」
わたしはめいっぱい怒鳴った。ついでに21インチの液晶ディプレイをガシッと掴み、画面に顔を寄せた。驚いたシンはギョッとしながら逃げるようにのけぞっている。この後におよんで、まだ逃げるのか、このアホンダラ!
「つまりなに!? あたしに全部押しつけてハイサヨウナラって魂胆なわけ!?」
〈だから説明してんだろ〉
シンはムッとしながら言い返したきた。でも、まだのけぞっている。そればかりか、顔を横に向けていた。
「こっち見ろ!」
〈…………〉
「人と話す時は目を見て話せって言われなかった!?」
〈…………〉
シンは渋々といった様子でこっちに顔を戻した。でも、まだのけぞってる。
「あんたね……」
あぁ、もう! なんだってこんなやつにトキメいたりしたのよ!
「いい!? ここであんたが消えたら、なにがどうなろうと、間違いなくわたしが粘着されるじゃない! つまりあんたは、わたしがどうなろうと知ったこっちゃないっていうわけ!? だったらなんでケータイの番号までこっちに教えんのよ! まさか何かあったら連絡としろとか言うつもり!? 北海道にいるあんたに何ができるわけ!? どうなのよ!!」
〈…………〉
「都合悪いからって黙秘すんな! この根暗の凶悪顔!」
〈っせぇな!〉
シンは拳を振り下ろした。
画面がかすかに揺れた。
〈続けようや続けまいが俺の勝手だろ! この貧乳!〉
「なによムッツリスケベ!」
〈胸なんか姉貴ので見飽きてるんだよ、ペチャパイ!〉
「あぁあああ! もう、頭に来た!」
わたしは時計を見た。時刻は午前9時を少しすぎている。
「あっちに来なさい! 今すぐ!!」
わたしは通信を切った。
「なにが貧乳よ! ペチャパイよ! 悪かったわね! 小さいのは鮎川の血筋よ!」
怒鳴りながらPVベッドに寝転がる。
怒り狂っていたが、スイッチを押すと冗談のように意識が遠のいていった。
お馴染みのログインメッセージが耳元で流れる。
両脚がしっかりと地面を踏みしめる。
わたしはバッと顔をあげた。真正面の鏡には黒髪色白の鮎川鈴音ではなく、金髪濃褐色肌のLINが映っていた。
息を胸いっぱい吸い込む。
吐く。
両頬をピシャッと叩く。
「よしっ!」
気合いを入れてログインボックスを出る。
ざわめきが聞こえた。
なぜか正門広場にはたくさんのプレイヤーが集まっていた。それも、まるで不可視の壁があるかのように、ログインボックスから正門までのスペースがポッカリと空いていた。そのうえ、正門の前には4名ほどの、子供にしか見えない外装のプレイヤーが集まっていた。その全員が驚きの目でわたしのほうを見ていた。
――シュッ
左後ろからドアの開く音が聞こえた。
目を向けると、シンが出てきた。
「…………」
「…………」
わたしたちは無言で睨み合った。
わたしは顎で正門を示した。シンはパキポキと指を鳴らした。言わなくても、行くべき場所がトレーニングルームでないことぐらい、伝わっているようだ。
そう、向かう場所はグランド――蒼都で唯一、PvPが可能な場所だ。
わたしたちは並んで歩き出した。
周囲が静まりかえった。
わたしもシンも、前を睨みながら、黙々と歩いている。
正門に来ると、例の子供外装4人が行く手を邪魔した。ひとりが前に出て、残り3人が後ろで身をすくめている。その先頭にいる子供が、カチコチに緊張しながら、何かを言おうと口をパクパクさせていた。
でも、わたしとシンは、まったく同じタイミングで、同じ言葉を吐きだしていた。
「「どけ」」
互いに睨み合う。
シンは竜眼をギラつかせながら、スッと左手を自分の顔の横まであげた。
「無制限だ」
その指にカードが出現していた。口元が微妙にニヤけている。挑発的な笑い方だ。
ムカついた。
「コール……」
悔しかったが、最初のコマンドを声で出したわたしは、シンと同じカードを思考操作で呼び出した。本当に悔しいが、シンのように手の中に呼び出せないわたしは、デフォルトの位置である眼前にカードを出現させていた。
わたしは両手でカードを挟み込み、
「オープン!」
と怒鳴った。
シンは無言でカードを展開した。
ほぼ同時に、わたしとシンの両腕と両脚が光りに包まれ、パッと光の殻が砕けた。
どよめきが起きた。わたしたちの両腕が、青い竜鱗に覆われたからだ。
拳闘系魔杖《スケール・オブ・ブルードラゴン》――“戦いの達人”になると獲得できるボーナスカードのひとつ。下手に付けたままでいると目立ってしまうため、前回のログアウト時、ウィンドウに収納しておいたものだ。
わたしはシンに言い放った。
「絶対、ぶっとばす」
シンはパーンと右拳を左手に叩きつけることで応えた。
わたしたちは同時に前を向いた。
邪魔な子供外装を押しのけ、正門に入る。
「“ころせうむ”にようこそ」と窓口のNPC。「ここでは、“ばとるろいやる”と“とれーにんぐ”をえらぶことができます。どちらをごりようになりますか?」
「「バトルロイヤル!」」
わたしたちは、またもや同時に同じ言葉を怒鳴りつけていた。
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