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[02-05]
翌朝、目を覚ましたわたしは、欠伸をしながら朝風呂を浴びにいった。
「おはよう、鈴音」
台所には、エプロン姿のパパが立っていた。我が家ではいつものことだ。なにしろうちのママは小説家なのだ。ペンネームは椎名亜璃栖。ええっと、まぁ、ボーイズラブ小説界では、それなりに売れている名前でして。はい。
「ママ、また徹夜?」
「〆切が近いらしいよ。お昼、お願いしてもいいかな?」
「了解」
わたしはそのまま朝風呂を浴びさせて貰った。
ちなみにパパはお役所勤めだ。けっこうな高給取りでもある。おばあちゃんがママを強引に連れ戻せない理由も、半分以上が、パパの役職に関係していると断言していい。
普通のサラリーマンだったらこうはいかない。
本家の界隈は鮎川家の城下町も同然だそうだ。今でも日本の小さな地方都市には、そういうところが幾つかあるらしい。当然、特殊な自営業の方々ともおつきあいがあり、ママやわたしなんか、簡単に拉致監禁できるだけの力も持っている。
でも、おばあちゃんはそこまでの非常手段を使わない。
パパがキャリア官僚だからだ。
それも、文部科学省でけっこう偉い人だったりするし。
おかげでわたしたち家族は、今もこうして東京に住んでいられるのだ。
「勘弁して欲しいよねぇ」
思わずそんな言葉をつぶやいていた。
実在現実でも仮想現実でも人間関係で苦労させられるなんて……ホント、シンと2人っきりで隔離されていた頃が1番良かった。
今も悪くないけど、あの頃は闘技場を独占していたのだ。
広い芝生も、青い空も、ぜーんぶ2人だけのものだった。
なんだか小さい頃のことを思い出してしまう。
あの頃は男の子とも、どろんこまみれになって遊び回ったものだ。
「はぁ……」
わたしは溜め息をつきながらお風呂から出た。
と、パパがちょうど、ママの仕事部屋から出てきた
「あぁ、鈴音も食べるよね?」
「食べる!」
朝食を食べ終えると、パパはママに一声かけてから、朝の会議があるとかで早めに出勤した。
後片付けはわたしが引き受けた。といっても、軽く拭ってから食器洗浄機に入れるだけだ。このほうが手洗いより水も洗剤も大して使わないのだから、便利な世の中になったと思う。
「ポチッとな」
スタートボタンを押したわたしは、手を拭きながら壁掛け時計を見てみた。
午前8時3分。
今日は特に予定が無い。習い事はすべて中等部卒業と同時にやめている。ピアノもそう、水泳もそう、バレエダンスもそう、塾通いもそう。ついでに友達と遊ぶ約束も無い。明日になれば茶道部の集まりがあるけど、それだって午後になってからだし、中等部も茶道部だったわたしにすれば、特にこれという準備も必要無い。
「うん」
わたしは部屋に戻り、ネットで情報を集めることにした。もし起きているなら、シンを呼んで別のオンラインゲームをやろう。『 Ultimate Sword 』なら、わたしもやり込んでるから、いい勝負になるはずだ。
そういえばゲームのコントローラー、最近、触れてもいないけど……指、動くかな?
「――んっ?」
画面にヴォイスチャットのアドレスコールが来ていると表示されていた。
シンだった。
ちょっとだけ焦った。風呂上がりのまま、自慢の黒髪にブラシも通していなかったのだ。
鏡台にGO。
少し悩んでから、えいっ、とポニーテイルに――の前に、下着、下着。ノーブラはまずい。いくらAカップでも、ノーブラはちょっと。
急いでTシャツを脱ぎ、箪笥から取り出した淡いピンク色のソフトブラを装着。ひらめきを感じたわたしは、クローゼットからピンク系のキャミソールを取り出し、下は普段着のスパッツを身につけた。
鏡台に戻り、髪をポニーテイルにする。
一瞬悩む。
化粧は――やっぱりパス。
パソコンに戻る。
アドレスコールは続いていた。
インカムを付け、カメラ映りを確認。咳払いをひとつ。そのうえで、コールに応えた。
「お待たせ」
〈待たされた〉
画面にシンが映し出された。部屋の片付けは、あんまり進んでいないらしい。今日は灰色のTシャツを着込み、余計根暗に見えるだけの眼鏡をかけ、片手にジュースのペットボトルを持った状態で映っていた。
〈音声だけでもいいから早くでろよ〉
「女にはいろいろあるのよ」
そこでわたしは違和感を覚えた。シンの映る角度が、以前と少し違うのだ。
「もしかして、新しいモニターに変えた?」
〈わかるか?〉
「なんとなく」
〈昨日、姉貴の旦那から譲ってもらったんだ。古いヤツ〉
「へぇ……お姉さん、いるんだ」
〈まぁな。最近、結婚して出てったところだけど〉
「へぇ」
なるほど。それで人付き合いが苦手そうなのに、女のわたしといても変に緊張しないんだ。なるほどなぁ。
「それでなに? またネットで変なことあったとか?」
〈公式見ろ。名前、また晒されてるぞ〉
「うそっ! どこに!?」
〈公式の――〉
画面を小さくして、ブラウザを起動させる。公式サイトを表示し、シンの言う通りの場所を探してみると……本当だった。場所は“ニュース”の中の“グローバルニュース”。“今月の称号獲得者”というところに、わたしたちの名前と獲得した称号、その時間がズラズラと並んでいた。
よく見ると、わたしたち以外の名前もかなり載っている。しかし、一番上の“紋章の継承者”にはシンとわたしの名前しか載っていない。“戦いの達人”もそう。他の“達人”と“青の魔杖師”も、わたしとシンがワンツーを独占している。名前が無いのは、“赤の魔杖師”と“緑の魔杖師”のふたつだけだ。
「昨日まで無かったのに……」
〈ちなみにメールでの抗議はもうやった。返信も来た〉
「なんて言ってんの?」
〈アドレス教えろ。転送するから〉
わたしはパソコン用のメールアドレスを教えた。すぐメールがきた。
一読して、溜め息をつく。
「“他のユーザーからの要望”ってこと?」
〈あぁ。それに名前だけだから、我慢しろだと〉
署名は蒼海市長だった。あの人、いつ寝てるんだろ?
「ってことは……また火に油が注がれちゃったりする?」
〈めぼしいリンク、メールにまとめる〉
シンは左下を見ながら、しばらく作業を続けた。
〈送った〉
「どこのリンク?」
〈『Xちゃんねる』の関連スレと『TEOのプレイ日記』と『蜥蜴同盟』と『私立人魚姫学園初等部』と、念のために『荒野の奇人』と『ひつまぶし』。あと、俺のケータイの番号とメルアドもいれといた〉
ちょっと驚いた。
「ケータイって……簡単に教えちゃダメって言われてない?」
〈だったらアドレスコール、さっさと出ろ〉
「はいはい」
直後、パソコン用のメールアドレスに着信があった。
今言われたことが書かれたメールだった。
わたしは充電器のケータイを外し、メールに書かれた電話番号にかけてみた。インカムの向こうから何度も咳払いが聞こえた。どうやら着信音を咳払いにしているらしい。それ、いいかも。わたしもあとで変えようかな。
画面の中で、シンが携帯電話に出た。間髪入れず、わたしは声色を作る。
「もしもし、わたしリカちゃん♪」
〈間に合ってる〉
シンは速効で電話を切った。画面の中では、シンが親指で首をかっきる仕草をしていた。
わたしもやり返し、ついでに上にあげた親指を、突き下げた。
〈いいから聞け。順番に説明してやる〉
こうしてシンが教えてくれた昨夜21時からの騒動は、頭を抱えたくなるような代物だった。
━━━━━━━━◆━━━━━━━━
わたしたちは気づきもしなかったが、昨日の夜メンテ後、グローバルニュースが刷新されていたようだ。グローバルニュースは月更新のページなので、わたしもシンも重視してしなかったのが災いしたのだ。
ただ、そこからリンクで跳ぶことがきできる“今月の称号獲得者”はリアルタイム更新だった。これにネットの人々が気づいたのは、わたしたちがログインしたあとのことだった。だからシンに非はない。ということにしておこう。あまりにも可哀想だから。
それはともかく。
祭りは23時をすぎたところから始まった。
キッカケはシンが、“魔法の達人”と“戦いの達人”を獲得したことにある。それも獲得時刻は秒数まで一緒だった。さらにしばらくして、わたしも両方を同じ時刻に獲得した。
これが決定打となった。
かつてシンは、こんなことを書いている。
- 634 名前:SHIN ◆O4TEsRfEf/ 投稿日:X0/06/22 21:37:13 ID:********
わかった。俺はもう二度と書き込まない。帰ってきたら、相棒にもそう話しておく。
それと、中で誰かに話し掛けられても、俺は無視する。絶対、俺たちに話し掛けるな。
相棒以外のパーティメンバーもいらない。
最低でもトレーニングの全メニュー、ランクSクリアを二回やれるようになってからこい。
話はそれからだ。
最後に、俺が本当に試練場をクリアした証拠を残しておく。
「ファンタジア」は魔杖の名前。十二の鍵を探せば見つかる。それがグランドイベント。
わたしのニセモノが出てきたPOスレへの書き込みだ。いみじくも称号の公開は、そんなシンの言葉を裏付けてしまった。そこから“SHINとLIN”――略してSL――が、今の時点での最強コンビであると目されることになった。
問題はそのあとだ。
まず、POスレを荒らす人が続出した。シンを罵倒したPOスレの住人を悪者扱いする人たちが、過去の書き込みを転載しまくったのだ。
ログアウトしたシンは、眠い目をこすりながらザッとPOスレを読んで……呆れたらしい。ついでに、もうどうにでもなれとばかりに、こんなことを書き込んでから、寝たそうだ。
- 200 名前:SHIN ◆O4TEsRfEf/ 投稿日:X0/06/27 00:26:44 ID:********
勘弁しろよ……こうなったら前言撤回するしかないだろ orz
いいか、騒いでるおまえ! 俺もここの住人だ! 文句あるか!
それ以前に、人をダシにして他人様に迷惑かけんな(゜Д゜)ゴルァ!
眠いから寝る。
あとは好きにしてくれ。
ノシ
シンはすぐ、PVベッドの誘眠機能で眠ってしまったそうだ。
だがしかし。
〈とりあえず議論スレのパート2の108、読んでみろ〉
議論スレとは隔離スレの一種だ。本スレで限られた面々が長々とした討論を始めると、そこに行け、と言われる場所であり、普段はそれほど使われていない場所でもある。なにしろパート1の正式名称は『POで幼女やる香具師はロリコンのキモオタ』だったりする。これを廃品利用する形で議論スレが始まり、パート2からは『PO議論スレ PART01』と名を変え、『マトメ』にはパート3が現行スレだと表示されている。
このうちパート2の108には、非常にわかりやすく事の経緯がまとめられていた。
- 108 名前:まとめ子象 ◆w/JOB33333 投稿日:X0/06/27 07:19:53 ID:********
まとめちゃうぞぉ まとめちゃうぞぉ
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X0/06/22 20:47 SLのLの偽者がPO本スレに登場
↓
X0/06/22 20:57 神ことSLのSの本物が降臨。でも住人は偽者扱いする
↓
X0/06/22 21:37 神が試練場攻略者しか知らない情報を書き込み、モウコネェヨ!(AAry
↓
X0/06/24 01:22 本物であることが証明される。住人が謝罪しまくる → 懺悔スレ爆誕
↓
X0/06/26 09:18 公式サイトで称号情報公開。SLの凄まじさを実証 ナニ アノバケモノブリ・・・
↓
X0/06/27 --:-- PO本スレが荒らされる
↓
X0/06/27 00:26 神の再降臨 御言葉を残され、就寝する
↓
X0/06/27 01:03 青組ばっかり目立つことを愚痴ったブログが炎上 キモチハ ワカル
↓
X0/06/27 01:26 HNから放火魔が『蜥蜴同盟』であることがわかり、そっちが炎上
↓
- 109 名前:まとめ子象 ◆w/JOB33333 投稿日:X0/06/27 07:20:13 ID:********
↓
X0/06/27 01:45 『私立人魚姫学園初等部』が宣戦布告、『蜥蜴同盟』の悪事を暴露
↓
X0/06/27 03:** 『蜥蜴同盟』、掲示板消滅
↓
X0/06/27 03:** PO本スレにアンチょぅι゛ょの粘着くん出現 ドウカンガエテモ・・・
↓
X0/06/27 04:03 「POで幼女やる香具師はロリコンのキモオタ」スレが立つ
↓
X0/06/27 04:37 マトメ管理人からコテハン大動員令が発令される(w
↓
X0/06/27 05:40 を最後に粘着くんが消える ムチャシヤガッテ(AAry
↓
X0/06/27 05:59 幼女スレがアンチ蜥蜴スレと化したあと、「議論スレ」に改名して新スレへ
↓
X0/06/27 06:-- 住人、さすがに疲れる モウダメポ
↓
- 112 名前:まとめ子象 ◆w/JOB33333 投稿日:X0/06/27 07:20:33 ID:********
↓
X0/06/27 06:57 JUNE ◆gfi82Tg2j+ が「仲間にしてあげてもいい」発言 キター!
↓
X0/06/27 07:03 JUNE ◆gfi82Tg2j+ の「デュエルなら麒麟より私の方が強い」発言 キター!!
↓
X0/06/27 07:-- 住人再起動(w ←今ここ
↓
X0/06/27 --:-- 神の再降臨? オマチシテオリマス
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■補足:神の御言葉
>いいか、騒いでるおまえ! 俺もここの住人だ! 文句あるか!
>それ以前に、人をダシにして他人様に迷惑かけんな(゜Д゜)ゴルァ!
http://game10.xch.net/test/read.cgi/mmo/11190113354/200
そうだぞぉ 誰かに迷惑をかけるのはいけないんだぞぉ
- 118 名前:名も無き冒険家 投稿日:X0/06/27 07:21:41 ID:********
- >>108,109,112
ぞうさん、乙。補足として某所の人名録をどーぞ
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>■最低でも知っておかないと恥をかく人
>魔王:我らがマトメのエロイ人。マトメは自鯖運用です。アクセスはほどほどに
>妖精:修正や校正をしてくれるマトメの中の妖精さん。主食はテスターの報告
>子象:スレで情報をまとめてくる子象さん。主食はテスターの報告
>29:念願の猫耳マッチョになった赤緑の人。抱腹絶倒のテスト日記は必読!
>暇人:手段と目的が入れ替わってきた緑の翁。若い者には負けないらしい
>荒野:絵筆実装でエロイことをバラした赤い人。速写の達人なのですよ紳士(語尾
>姉御:赤の魔女。荒野さんの奥さん。このたび名実共に赤最強の座を獲得(おめ
>SL(神&麒麟):青の最強コンビ。クレストホルダー。スタッフ関係者説有り
>鴉:緑の最強剣士。無冠の帝王。犬なのに鴉とはこれいかに。
- 121 名前:名も無き冒険家 投稿日:X0/06/27 07:22:01 ID:********
>■時の人:蜥蜴の乱編
>閣下:蜥●同盟の青いトップ。DQNの荒らし。特撮オタ
>志村:蜥●同盟の青い幹部。無駄に空改行を使う。足し算が苦手
>高坊:蜥●同盟の青い幹部。閣下のお気に入り。すぐ切れて、すぐ謝る
>手尾:某ブログの赤い人。確かに青ばかり目立つのは寂しいと思います
>先生:某元中学の青緑な管理人。ょぅι゛ょ好き。すぐ首を吊る。愚痴がイタイ
>黒怒:某元中学の青緑な人。蜥蜴嫌いの急先鋒。自称、主婦
>蟻巣:某元中学の青緑な人。1行スレ大杉。自称、リア中
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追伸 JUNEを時の人に加えるべきだと思ったのは秘密
「なにこれ」
と言うしかない。時計を見ると8時30分をまわったばかり。駆け足で読み流したが、わたしたちの与り知らぬところで、無関係な争いが始まったとしか思えない。
だが、
〈ここまでが前振り〉
シンは溜め息混じりにそう告げてきた。
〈本題は、そのあとだ。156、読んでみろ〉
- 156 名前:JUNE ◆gfi82Tg2j+ 投稿日:X0/06/27 07:22:01 ID:********
挑戦状
SHIN様がこちらの住人であるということはLINという人もここを読んでいると思います
騙されてはいけません
LINというテスターはSHIN様を騙しSHIN様のノウハウを独り占めにすることで
自分も強くなったように見せかけているペテン師です
私がそのことを証明してあげます
闘技場のバトルロワイヤルで戦えばLINなんていうネカマに私が負けるはずがありません
今日10時に闘技場で待っています
ネカマは逃げてもかまいません
SHIN様だけ来てください
必ず私がSHIN様を本当の最強のプレイヤーにしてあげます
私にはそれができます
SHIN様のパートナーに最もふさわしいのは私です
えーっと………………………………………………。
〈読んだか?〉とシン。
「読んだけど……」
どう反応すればいいんだろう。これは挑戦状というより――
「これ、あんた宛のラブレター?」
〈勘弁してくれ〉
シンは小さな画面の中で、ガックリと項垂れていた。
To Be Contined
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