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ONLINE : The Automatic Heart

[02-04]


 6月24日(テスト30日目)は、21時にタイマーログインした。考えてみれば、一番早い時間にログインして、そのままトレーニングルームに駆け込めはいいのだ、という結論に達したからだ。
 そこでわたしたちは、初めてその存在に気が付いた。
 ステータス・ウィンドウにある、“TITLE”という項目についてだ。
「シン。これ、なに?」
「さぁ?」
 開いてみると、すでに6つの称号が書き込まれていた。
 上から順に“紋章の継承者(CREST HOLDER)”、“青の魔杖師(BLUE WIZ)”、“銃の達人(MASTER of GUN)”、“拳の達人(MASTER of FIST)”、“剣の達人(MASTER of SWORD)”、“槍の達人(MASTER of SPEAR)”。名前の横には、獲得した日付がついていた。
「ログの一部か?」とシン。
「これ……晒されないわよね?」
「今のところ晒されていないのは確かだぞ」
「なんで?」
「ログイン前に見てきた。公式サイト。何も載ってない」
「明快なお答え、ありがとうございました」
「いえいえ」
 雑談はそこで終了。わたしたちは残るスタッフタイプのメニューに挑戦した。
 苦戦した。
 だいたい、思考操作(シンクコマンド)そのものが難しすぎるのだ。コツを掴んだ気になっても、ふとできなくなることがあるのだから(たち)が悪い。確実性を求めるなら、ある程度の音声操作(ヴォイスコマンド)も併用しないと、使い物にならないあたりが特に厄介といえる。もちろん、これはトレーニングである以上、わたしたちは、あえて思考操作のみによるクリアに固執したせいもあるだろう。
 おかげでシンでさえ、スタッフタイプ=パターンHをランクSでクリアするまで2時間かかった。
「よしっ!」
 小さなガッツポーズをしている。
 一方のわたしは。
「さ〜き〜こ〜さ〜れ〜た〜ぁ」
 ガックリと項垂れていた。
 ランクAだったのだ。
 めちゃくちゃ悔しい。前はわたしの方が早かったのに、今やガンタイプ以外のすべてで、シンがわたしの上をいっている。これを悔しがらずに何を悔しがれと。というか、なんで99体なわけ!? あぁ……あの照準さえロックできていればっ!!
「……んっ?」
 急にシンが渋い声をあげた。
 見ると彼の前に、小さなウィンドウが出現していた。
「なにそれ」
 気になったわたしはあぐらをかいているシンに駆け寄り、背中側から覗き込んでみた。
―― CONGRATULATIONS !
おめでとう(CONGRATULATIONS)?」
「ひっつくな」
 シンは顔をしかめつつも、ウィンドウの下にあるOKボタンにタッチした。
 ウィンドウが切り替わる。
――“戦いの達人(MASTER of BATTLE)”の称号を獲得しました! ボーナスとして、好きな魔杖をひとつだけ選べます。どれにしますか?
 ウィンドウの下には5枚のカードが並んでいた。
 右から順に。
 銃系の《ガン・オブ・ブルードラゴン》。
 拳系の《スケール・オブ・ブルードラゴン》。
 剣系の《ブレード・オブ・ブルードラゴン》。
 槍系の《グレイブ・オブ・ブルードラゴン》。
 杖系の《ロッド・オブ・ブルードラゴン》。
「へぇ……全クリのボーナスでドラゴン系アイテム?」
「だな」
 シンはガリガリと頭をかいた。
「しっかしまぁ、難しい選択だな……おまえなら、どれ選ぶ?」
「銃」
「即答かよ」
「悪かったわね」
 悲しいかな、今のところ自信があるのは、ガンタイプだけなのだ。
「だったら俺も銃にするか……」
「もったいなくない?」
「だよなぁ」
 シンは近接戦闘もけっこういける。おそらく、そういうプレイヤーはこれから先も少ないはずだ。なにしろ殴るということは殴られる確率がめちゃくちゃ高いわけで、そんな思い切った行動を、わざわざこのゲームでやろうという人が少ないはずだからだ。
 実際、わたしもちょっと遠慮したい。
 だから、こいつの殴り屋な気質はかなり貴重だと思う。
 というわけで。
「鱗にしたら? 前衛(フォワード)はシンに任せるから」
後衛(バックス)はおまえか?」
「もちろん」
「人のこと、囮になるとしか考えてないだろ」
 シンは苦笑気味にそう告げつつも、
「まぁ、グラップルタイプは重複させやすいからな」
 と、《スケール・オブ・ブルードラゴン》のカードに触れた。
 シンの判断は正しいと思う。なにしろこのゲームでは、なんだかんだといって複数の魔杖を装備しても、同時に使いこなすのは難しいからだ。ただ、グラップルタイプは殴りさえすれば稼働してくれるので、間合いを詰められた時の“奥の手”として有効なのだ。
 シンがカードに触れると、ウィンドウが消え、空中にカードが浮かび上がった。
 それを左の人差し指と中指とではさみとると、一瞬だけ、目を細めた。
 思考操作(シンクコマンド)だ。
 瞬間、カードは光の粒子と化した。かと思うと、両腕の《ホーリーバンテージ》も粒子と化しながら消え――どういうわけか、両腕と両脚が、ズワッと白い光の殻で覆われてしまった。
 殻はすぐに砕けた。
「へぇ……」とわたし。
「やっぱり」とシン。
 両腕と両脚が青い竜鱗で覆われていた。掌も青く変色している。
「ここからここが固い」
 指の付け根と第二関節の間の上半分が、どうやら固くなっているらしい。
 よく見れば、肘の内側や脇の下も竜鱗に覆われておらず、掌と同じように、皮膚が青黒く変色していた。
「境界は?」
「待て」
 シンはおもむろにTシャツを脱いだ。ドキッとしたが、わたしとしても興味があるので、顔をそむけず、しっかりと確認させてもらった。
 むむむ。
 けっこう胸板が厚い。肋骨が浮いてるけど、ガリ痩せって感じでもない。腹筋も微妙に割れている。脇毛も胸毛も生えていない。意外とキレイな肌をしてる。それになんだが、逞しい感じも少し……
「なるほど」
 シンは感心するように自分の身体を確かめていた。
 両腕の鱗は、首の付け根まで続いている。ちょうど肩を中心に、首の付け根までの半径で円を描いた感じに鱗が広がっているのだ。名前はわからないけど、時代劇で見た武士の衣装に似たような感じだ。わかるかな?
「こっちはビキニラインだな」
 シンはズボンの中に手を入れてから、そう告げてきた。
「うえはここ」
 ズボンの外から、脚の付け根を両手で押さえる。
「ここから下が全部鱗」
「コマネチから下?」
「なんだそれ。まぁ、その通りだけどな」
 シンはTシャツを着込むと、その場でグラップルタイプの構えをし、軽く動いた。
「どう?」とわたし。
「動きに支障無し」
 シンは屈伸運動を始める。
「違和感ゼロだな……ちょっと試していいか?」
「もちろん」
 シンはグラップルタイプ=パターンHを選択した。ランダムに出現するブラックウーンズを制限時間内に100匹倒すというメニューだ。
 その結果は、目を見張るものがあった。
 これまで数発殴ったり蹴ったりしないと倒れなかったブラックウーンズが、すべて一発でロストしていく。まるで触れるだけでウーンズが消えていくような鮮やかさだ。
 シンは途中で、ギブアップ、と宣言した。
 わたしのほうに戻ってくる。
「いいぞ、これ」
「ちょっと……凄すぎない?」
「そうでもないだろ。ウーンズなんて最下級のモンスターだろ? おまえもこれにしとけよ。一応、防御効果もあるっぽいし」
「えーっ」
「我慢しろよ」
 シンは微笑んだ。
「俺たち、たった2人なんだぞ? これから先のこと考えたら、防御も大事だろ」
「……まぁ、そうだけどさ」
 わたしは口を尖らせながら、渋々といった感じに、シンの申し出を受け入れた。
 でも、ちょっと嬉しかった。
 少なくともシンは続ける気でいてくれているし、わたしと2人だけで攻略していくつもりでいるとわかったから……あっ、ううん、後者は無い。前者だけ。うん。嬉しかった理由は、前者だけ。
 というわけで。
 わたしは残り時間で、必死になってスタッフタイプ=パターンHをランクSでクリアした。その後、迷うことなく、同じ《スケール・オブ・ブルードラゴン》を選び、竜鱗をまとった自分の外装に、ちょっとだけ感動したりもした。
 これがグダグダの決定打になった。

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