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[02-03]
ここで少しだけ今回の騒動を整理してみる。なにしろ発端は、わたしがおばあちゃんにハメられている間に起きた出来事なのだ。だいたい、まさかこの歳でお見合いなんかさせられるとは……
閑話休題。
6月22日――クローズドβテストのシステムが、一部を除いて製品版準拠になった。それにあわせて、初のフィールドとなる“試練場”が公開された。スタッフが最初の攻略まで1週間はかかるだろうと見ていたフィールドが実装されたのだ。しかしそれは、実装から2時間後にはクリアされてしまった。しかもパーティメンバーは2人だけ。つまりわたしとシンだ。これが騒動の発端となった。
同11時32分、『Xちゃんねる』のPOスレに、わたしたちのことが書き込まれた。どうやら速報を伝えるためだけにログアウトしたテスターがいたらしい。そういうわけで、その日の午後には、わたしたちに関する情報がネット中を飛び交いはじめた。
同20時頃、『マトメ』に試練場関係の情報が載り、最初の攻略者としてシンとわたしのアバターネームが記載された。
同20時20分頃、公式サイトにわたしたちの外装の顔写真を含む例のニュースが掲載された。このあたりから、本格的な試練場祭り(?)が始まった。
土曜の夜ということもあり、試練場祭りは加速しまくった。
そして同20時47分、『Xちゃんねる』のPOスレに、わたしの騙りが現れた。
- 108 名前:LIN 投稿日:X0/06/22 20:47:20 ID:********
呼ばれたのできてみました(w
わたしがママと一緒に、おばあちゃんと対決していた時間なのだから、どう考えてもニセモノだ。だが、スレの住人は、これを本物だと考えたらしい。中にはニセモノだと指摘する人もいたが、
――病気でずっと入院しています。
――PVは前から病院で使っていました。
などという書き込みがあり、懐疑派は逆に糾弾され……なんかムカついてきた。
でも、そうやってニセモノがチヤホヤされていることを、たまたま情報を集めていたシンが見つけてしまったからさーたいへん。
気になったシンは、真偽を確かめようとわたし宛にアドレスコールをかけたそうだ。しかし、その時のわたしが応えられるわけがない。なにしろその日は、1学期の定期試験を終えたあとの試験休みの日でもあったし、そうなると前から決まっていたから、おばあちゃんがこの日に合わせて顔を出すようママに命令し、お見合いの段取りをして……うーっ、またムカついてきた。
とにかく。
そういうわけで、シンは、POスレの書き込みをニセモノだと断定した。
そして、書き込んでしまった。
- 386 名前:SHIN ◆O4TEsRfEf/ 投稿日:X0/06/22 20:57:03 ID:********
>>364はニセモノ
本物なら二回目の点差を答えろ。そもそも二回目、点差の意味、わかんのか?
すると無名の人たちによる、シンの真偽を疑う書き込みが続いた。
これに、わたしのニセモノも便乗した。
- 413 名前:LIN ◆dTbqR+AJvn 投稿日:X0/06/22 21:02:12 ID:********
また、SHINの騙りですか?
いいかげんにしてください。あたしの仲間は、あなたではありません。
だが、シンはこれにカチーンと来たらしい。
- 421 名前:SHIN ◆O4TEsRfEf/ 投稿日:X0/06/22 21:03:51 ID:********
>>413
騙るに落ちたな。俺の相棒は自分のことを「あたし」なんて言わない。
それに前スレの>136。
>ごめんなさい。試練場のこと、スタッフから口止めされています。
>あまりにも早く攻略したのが原因です。
>ですから、こちらからの情報の提供はご容赦ください。
嘘だ。そんなこと、一言も言われていない。
その証拠に、これから俺の知ってる情報を全部書き込む。
シンは本物の証明として、試練場に関する情報を次々と書き込んでいった。すでにネットで書き込まれていた地下3階までの情報はもちろんのこと、地下5階にドールと呼ばれる“魔杖で武装した木製マネキン人形”がいることや、ラスボスがドラゴンであることなども書き込んでいったのだ。
それでもPOスレでは、シンをニセモノだと断定した。
罵倒した。
馬鹿にした。
荒らし扱いをした。
だからシンは、最後にこう書き込んだ。
- 634 名前:SHIN ◆O4TEsRfEf/ 投稿日:X0/06/22 21:37:13 ID:********
わかった。俺はもう二度と書き込まない。帰ってきたら、相棒にもそう話しておく。
それと、中で誰かに話し掛けられても、俺は無視する。絶対、俺たちに話し掛けるな。
相棒以外のパーティメンバーもいらない。
最低でもトレーニングの全メニュー、ランクSクリアを2回やれるようになってからこい。
話はそれからだ。
最後に、俺が本当に試練場をクリアした証拠を残しておく。
「ファンタジア」は魔杖の名前。十二の鍵を探せば見つかる。それがグランドイベント。
これを最後にシンは寝てしまったらしい。そもそも、定時が4時7時なわたしたちは、21時をすぎれば寝るようにしている。だから、ふて寝というより、もういいや、という感じで普通に寝たんだと思う。あいつは、そういうヤツなのだ。
一方、POスレでは、シンが逃げたとか、なんだとか……そういう書き込みでさらに加速していた。シンの書き込みに棘があったのも事実だが、それでもこの扱いはひどいと思う。あとになって、当時のログをザッと流し読みしたわたしのほうがムカついかのだから、シンのほうはもっと頭にきていただろう……
その後、わたしのニセモノは最後までシンをニセモノ扱いした上で、21時頃に姿を消した。
スレは一時的に減速した。
再加速したのは0時以降。メンテ明け組が書き込みを始めたあたりからだ。
シンの情報と同じ情報が次々と書き込まれた。
さらに午前1時頃、《緑》の陣営で“試練場”をクリアする者たちが現れた。4つのパーティが一致団結して、クリアを目指した結果らしい。その結果、シンの書き残した証拠の数々が真実であることが証明された。
再び祭りになった。
シンを罵倒した人たちやわたしのニセモノが非難を受けた。そればかりか、シンに対する謝罪専用のスレッドまで作られた。そこは懺悔室と呼ばれ、途中からは「ゲーム中に誰某のオッパイを食い入るように見てしまいました」とか「実はネカマです」とか「実はネナベです」とか……そういうことを懺悔する方向に盛り上がりだした。
なんというか……さすが『Xちゃんねる』。無意味に熱い場所だ。
そして同じ頃。
《青》系クランサイト『蜥蜴同盟』の掲示板に、シンとわたしに関する情報が次々と書き込まれていた。もともと《青》はテスターが少ない。それもあって、目撃情報の精度は高く、わたしたちが闘技場に長々と籠もっていたということも書き込まれていた。そればかりか、昼にはいないこと、夜の目撃者もいないこと、いや、一度だけ見た、でも急に見なくなった、なぜか……
そこからわたしたちが早朝組であるとの推測がたてられていた。
ビンゴだ。
こうして6月23日――ログインしたわたしたちは、待ち伏せを喰らうことになった、という次第だ。
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わたしたちは再び時間をずらしてログインすることにした。
今回の土曜日ということもあり、ログイン時間は午前10時半にした。朝組の間隙を縫う作戦だったが、これがうまくはまった。正門広場には、数えるぐらいのプレイヤーしかいなかったのだ。
「狙い通り」
「だね」
わたしたちは誰かに話し掛けられる前に、速効でトレーニングルームに避難した。
2時間後にはソードタイプ、スピアタイプのランクSクリアを達成。
「ふぅ……休憩するか?」
「つかれたぁ」
ログインボックスの前に並んで腰を下ろしたわたしたちは、はぁ、と溜め息をつきつつ、そのまま後ろに倒れ込んだ。
見上げる先には灰色の煉瓦しかない。
青空が当たり前のようにあった頃が、懐かしく思えた。
「しっかしまぁ……勘弁して欲しいなぁ」
「騒ぎのこと?」
「それしかないだろ」
事態は悪化の一途をたどっている。
といっても、火種はわたしたちと無関係なところにある。
『蜥蜴同盟』だ。
もともと『蜥蜴同盟』は、トカゲ人間の外装を使うテスターが名を連ねるだけの集団だった。しかし、氏族システムが実装されたことで、状況が大きく変わったのだ。
クランはパーティの上位に位置する集団単位だ。なんでも“スフィア”という特殊なオブジェクトが存在する建物を入手した者だけが開設できるらしい。蒼都にも幾つか、そういう建築物が確認されているが、どれも値段が億単位なため、今のところは、開設うんぬんどころの状態ではないとされている。
そこで『蜥蜴同盟』は、寄与を募りだした。
だが、寄与金の管理を巡って、内紛が起きた。
詳細はわからないし、わかりたくもないけど、たった2日のうちに事態は悪化していったようだ。これに嫌気を差した加盟者が次々と脱退宣言を掲示板に書き込んでいき、今では事実上、崩壊した状態にあるのだ。
それだけなら、別にどうでもいい。問題は、分裂した諸派が、シンとわたしの獲得競争を始めたところにある。
なにそれ――というのが正直なところだ。
だが、あるテスターが
――俺はシンの友達だ!
なんて嘘を言ったことから、妙な騒動が始まってしまったのだ。
つまり、“どの派閥が彼らを迎えるにふさわしいか?”という問題……ううん。実際は“俺たちならともかくおまえらを相手にするわけないだろゴルァ!”な罵倒合戦というべきだろう。いずれにせよ、傍迷惑な話だ。
だが、この傍迷惑な事態は、思わぬ形でいろいろなところに飛び火している。
原因は、全リセットに伴うテスターの陣営移動だ。
公式サイトによると、現在の登録外装総数は総勢6027名らしい。内訳は、《赤》の陣営が2014名、《青》の陣営が1749名、《緑》の陣営が2273名。つまり、それなりに三等分されているのだ。
以前は《青》が500名前後しかいなかったことを思うと、かなりの大躍進と言わざるをえない。もっとも、その原動力が、外装オプションの“恐竜の尾”だったりするのだから、なんだかなぁ、と思うしかない。
わたしも騒動の後になって初めて知ったが、VRN社が配布している外装をいじるソフトというのは、これ単体でもけっこう遊べてしまう代物らしい。実際、ネットでは、これを使って様々な有名人のそっくりさんを作ることやアキバ系キャラの再現に執念を燃やしているような人たちもいる。そうした人たちによって、“恐竜の尾”を使うと、通常よりさらに身体比率を小さくできることが解明され、ちょっとした話題になった。だからこそ全リセット後の蒼都には、妙にスタイルがいい、小学生低学年としか思えない男の子や女の子が増えることになった、というわけだ。
なんというべきか……溜め息しか出てこない。
いずれにせよ。
“恐竜の尾”を使ったロリ系外装が選べるようになったことで、全リセットの際、《青》に鞍替えするテスターが現れた。その多くは、外装にこだわりを持っている者が多い《緑》のテスターだった。
その結果、どこにでもある古参と新規の問題が蒼都でも起きてしまった。
特に大量移動してきた元《緑》の新規は、古参ぶる『蜥蜴同盟』をとかく毛嫌いした。そのため“青緑”と呼ばれるようになった新参の彼らは、彼らだけで固まるようになり、彼らは彼らで、わたしたちを古参の象徴として毛嫌いし……
「はぁ……」
思い出すだけで、疲れてきた。
「なんか……グダグダだよねぇ」
不幸中の幸いは、直接的な争いが起きていないことぐらいだ。
「ほんと、グダグダだよ……んーっ、んっ」
シンは寝転がったまま、背伸びをした。
「ったく……考えてみたら、こういうのがイヤだったから、ネトゲーだけは、遊ばないようにしてたっていうのになぁ……」
「そうなの?」
「すぐ終わるやつは別だぞ。格ゲーとか、スポーツ系とか、レース系とか」
シンはゴロンとうつぶせになり、両腕を顎の下に入れた。
「いっそ、やめっかなぁ」
「本気?」
「それができれば楽なんだよなぁってこと」
ぼやいているということは、できれば辞めたくないと思ってるっぽい。
「こらっ」
わたしは立ち上がり、シンの背中を踏みつけた。
「まだ始まったばっかりじゃない。ここでおめおめ引き下がるつもり?」
「おめおめ」
「うりうり」とシンを踏むわたし。
「もうちょい上」
「ここ?」
「あぁ、そこ……つーか、こりまで再現するってどうよ」
「こってんの?」
「いや。でも、いい感じ」
「どれ」
わたしはシンの背中にまたがり、グッと両拳を背筋に押しつけてみた。
バリアーがあるから直接触れることはできない。わたしの拳に感じる感触は、硬いゴムの感触だけだ。でも、圧力はしっかりと伝わる。殴られた時なんかもそうだ。全リセット前は痛みしか感じなかったが、今ではそういう感覚に変更されているのだ。
ということは……
「あれだな」とシン。
「なに?」
「圧迫系の攻撃。きっとあるぞ」
どうやらシンも同じことを考えていたらしい。
「蛇の巻き付きとか?」
「それだ」
「うー、蛇かぁ……ちょっとイヤ、かなっ!」
「痛て。強すぎ」
「そう? うちのパパだとこれぐらいだけど?」
「俺はパパじゃないっつーの」
「はいはい。で、これからどうする? しばらくここに籠もる?」
「それしかないだろ」
「だよねぇ」
この決断が、さらなるグダグダを呼ぶことになるのだが、それはわたしたちの予想から遥か斜め上にぶっとんだ方向での、グダグダだった。
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