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[02-02]
6月23日――とんでもないことが起きていた。
「説明してもらおうか」
「そうよ!」
定時にログインしたわたしとシンは、その足でスタッフが詰めているという市庁舎を強襲した。すると、まるで来ることがわかっていたかのように、わたしたちは奥へと案内され、応接間らしき場所で、あのセイリュウとかいう蒼都市長と、ありがたくもない再会を果たしたのだ。
「まぁ、とりあえず座って」
蒼都市長はわたしたちをなだめながら、テーブルを挟んだ反対側のソファーに腰を下ろした。渋々、わたしたちもソファーに座り直したが、わたしもシンも、不満げに顔をしかめている。
「それで用件は――」
蒼都市長は、考え込むように少しだけ天井を見上げた。
「公式サイトの?」
「晒されるなんて一言も言ってなかったよな、あんた」
そうなのだ。
公式サイトの“イベント・ニュース”に、試練場が解放されたという記事が掲載されていた。それだけなら何も問題はないが、記事の最後には、
――なお、《青》の陣営において、すでに試練場をクリアしたユーザーがいる。クリアタイムは1時間58分。なにより驚くべきは、これをたった2人のパーティで成し遂げたという事実だ。
ということが書かれている上に、わたしとシンの外装名と外装写真がデデーンと大きく掲載されていた。これが問題なのだ。
「広場からここまで、わたしたちがどういう目にあったと思ってんですか」
わたしはいつになく強い語調で言い放った。
「ログインするなり人に囲まれたり、パーティ組んでって言われたり、強引にパーティメイク仕掛けられたり、仲間になれとか、抱きつかれかけたり……」
シンが、邪魔だ、と睨まなければ、市庁舎に来るとさえできなかったかもしれない。
それなのに蒼都市長は、シレっと、こう答えた。
「えぇ、窓から見ていましたよ。たいへんでしたねぇ」
――ダンッ!
シンが拳をテーブルに振り下ろした。
無言だ。
叩きつけられた拳は、かすかに震えていた。
限界だ。
シンは本当に怒っている。
そもそも、わたしとシンの外装は実像そのままと言ってもいい。そんなものをネットで晒されたのだ。怒るのも当然だ。今日ばかりは、わたしも全面的に、シンの味方をすることに決めていた。
「わかりました」
蒼都市長は穏やかに微笑んだまま、ダブルタップでウィンドウを開いた。
慣れた手つきで、何かのコマンドを打ち込みだす。
「確かに早計だったところもあります。今後、公式サイトに顔写真を載せる際は、当人の承諾を求めるよう提案しておきます。現状の公開画像も、私の権限で削除しておきます。ですが……」
蒼都市長はウィンドウを閉じた。
「私としては、あなた方には有名になって欲しかった、と言ったらどうしますか?」
「理由は」とシン。
「ゲームバランスです」
予想していなかった答えに、わたしもシンも、不可解そうに市長を見つめた。
蒼都市長は悠然と微笑んだ。
「単刀直入に言って……あなた方は強すぎます」
市長は苦笑した。
「想定外もいいところです。だいたいですね、試練場は100を超える6人パーティが、同時に各階層で暴れまくることを前提にしていたんですよ? それに私たちとしては、まず試練場で失敗して、トレーニングで鍛えて、さらに挑戦して……ということを、何度か繰り返してもらうつもりで、少し難しめに設定していたんです」
「トレーニングなら!」とわたしは怒鳴った。
「えぇ、承知しています」
市長はうなずいた。
「それでも6人パーティ用であることに変わりはありません。もちろん、5人や4人でクリアすることも不可能じゃないでしょう。ですが2人とは……普通なら、途中でタコ殴りにされてるところですよ。それが平均的な強さってものです。それなのにあなた方は、グラップルタイプを使いこなすことで突破してしまった。もう、脱帽です。いくら私たちでも、100時間に満たないユーザーが、あそこまで外装を使いこなせるなんて、想定できるわけがない。お手上げです。完敗。降参。参りました」
市長は本当に匙を投げたと言わんばかりに、軽く両手をあげた。
「ですがね」
蒼都市長の目が、一瞬だけ光った気がした。
「このままいくと、あなた方にイベントというイベントを荒らされる危険性があるわけです。それはいただけない。それとも、イベントには一切参加しないと確約できますか? 手応えのある敵と戦いたくないと、断言できますか?」
これにはわたしもシンも顔をしかめて黙り込んだ。
イベントの定義がハッキリしないけど――もし、挑戦しがいのある敵がいるなら、わたしもシンも、喜んで参戦するだろう。
「もちろん、特定のプレイヤーにスタッフからそういうお願いをするわけにいきません」
市長は手を下げた。
「そもそもあなた方も、お客様であることに代わりはありませんからね。仮に、“突出した強さ”について規制するにしても、今度は“突出”の基準というものを作る必要があります。これがなかなか難しい。“ログインタイム100時間以下で試練場をクリアできるユーザー”という制限を作ったとしても、あなた方のような人が、100時間以上経ってからクリアしたのでは意味が無くなります。これでは規制を設ける意味がない」
「だから晒したのか。俺たちの顔」
「卑怯な方法であることは理解しています」
市長はシンを見つめながら、ゆっくりと語り続けた。
「ですが、有名になれば、あなた方には有名税という足かせがついてまわることになります。さらに言えば、平均的なプレイヤーのためのイベントとは別に、強すぎるプレイヤーを隔離するイベントを用意しても、納得いただける可能性が高まるわけです」
「誰が納得するんだ?」とシン。
「あなた方と、あなた方以外の方々です」と市長。
ふたりはそれっきり黙り込んだ。
わたしはテーブルを見つめながら、今の市長の言葉を、自分なり考えてみた。
言いたいことは理解できる。だが、納得できない。そもそもわたしたちが特殊だとは欠片も思っていないのだ。他と違うところといえば、ずっとトレーニングをやっていたというだけのことだ。
ええっと……最初の8日はリミットタイムが1時間だったから……全部で68時間? うん。それだけやったからこその強さのはずだ。
他の人だって、それだけやれば同じぐらい強くなるはずだ。
いや、実戦で強くなっていく人もいるだろう。実際、わたしたちも実戦の中で気づいていったことが幾つもある。
つまり、わたしたちは“習熟するのが早かった”というだけにすぎない。そのはずだ。
「それでも……」
蒼都市長は苦笑を漏らした。
「あなた方がこんなにイヤがるとは……そこも想定外でした。これは正直に謝罪します。申し訳ありません。私たちも、少しばかり浮かれていたのかもしれません。いや、面目ありません」
「だったらどうする」
間髪入れず、シンが市長に詰め寄った。
市長は尋ね返した。
「外装を変えるというのは?」
「…………」
シンがわたしを一瞥した。
わたしは渋面になりながら、うなずくことも、首を横にふることもできなかった。
そりゃあ、外装を変えてしまうのが一番早い解決方法だ。でも、できることなら今のままがいい。なんとなくだが、シンの外装も変えて欲しくない。偽物の身体かもしれないけど、この外装は、わたしとシンが試行錯誤を続けてきた身体でもあるのだから。
「他には?」
シンは市長に向き直りながら尋ねた。
「そうですね……陣営を変えれば逆に目立つでしょうし……ここはやはり、75日というやつでしょうね。人の噂も、ってやつです」
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別れ際、わたしたちは市長の好意で闘技場のログインボックスに転移させてもった。
――なにか度の過ぎた迷惑行為がありましたら、ログアウトしたあとでかまいませんから、メールで知らせてください。知らせがあり次第、すぐにおふたりを保護対象に指定して、監視用の使い魔を派遣しますから。
そんなことを言われたが、できることなら頼りたくない。
「なんだかなぁ……」
わたしは溜め息をつきながらログインボックスを出た。
その途端、
「邪魔だ! どけっ!」
シンの怒声が響いた。
理由はすぐわかった。
闘技場の正門広場に、たくさんのトカゲ人間たちがいたのだ。しかも一部は、わたしたちの前に立ちはだかるように、正門の前に集まってさえいた。
でも、その誰もが怯えたように道を譲っていた。
当然だ。
今のシンは、わたしから見ても恐いくらいに怒っている。
中央広場の時と一緒だ。
いや、あの時よりも凄いかもしれない。正門広場にいたテスターたちは、まるで不可視の壁に追い出されるようにザザッと距離を開いていったのだ。多分、今のシンを前にしたら、ここが仮想現実だろうと、身の危険を感じるのだろう。背中しか見えないわたしでさえ、そう思うのだから、かなりのものだ。
「ったく……」
ガリガリと頭をかいたシンは、大股で歩き出した。
わたしも怒りの表情を見せつつ、小走りでシンの横に向かい、並んで歩いていった。
闘技場の正門に入る。
前に無かった受付窓口が階段前の左右の壁に出現していた。その前にいたテスターも、シンとわたしが向かうと、自然と横にどいてくれた。
「“ころせうむ”にようこそ」
窓口の中にいたのは、駅員っぽい格好をしたNPCだった。
「ここでは、“ばとるろいやる”と“とれーにんぐ”をえらぶことができます。どちらをごりようになりますか?」
シンの前にウィンドウが展開した。
サッと目を走らせたシンは、何かの項目を選択した。
強制的に、わたしもどこかのログインボックスに転送された。パーティメンバーが転移を選ぶと、他のメンバーも、強制的に転移させられるせいだ。
外に出ると、そこは試練場の最奥にあったドラゴンの間だった。
「……えっ?」
いや、違う。ドラゴンはいないし、扉のあるべき場所にログインボックスが6つ並んでいる。床やドームの煉瓦も赤茶色ではなく、灰色だった。
「なるほどな」
隣のボックスからでてきたシンが、困ったようにガリガリと頭をかいた。
「あの細目が言った通りだ」
そういえば市長が、製品版準拠になったことで、トレーニングのあり方が大幅に変わったとも言っていた。
一番の違いは、専用ルームをパーティ単位で借りるようになった点だ。あと、他人のトレーニングも見えるようになった点も隠れて大きな変更点だ。難易度も微妙に再調整されたらしい。少し優しくなったというから、わたしたちとしては拍子抜けなのだが。
ちなみにグランドは、立ち入るだけでPvPが可能になる“バトルロイヤル”の場として提供されているそうだ。そこで死亡した場合、ペナルティ無しで正門広場のログインボックスに転送されるとのこと。そこ以外の場所では、たとえグラップルタイプの魔杖を装備したうえでで殴っても、ダメージを与えることができず、痛みも極端に緩和されるそうだ。
つまり闘技場以外でのPvPは御法度というわけだ。HPは減らなくとも、誰かにダメージを当てる行動を起こせば、すぐにスタッフが跳んできて仲裁や制裁を行うそうだ。
「んじゃ、軽くガンから流しておくか」
「了解」
わたしたちは気晴らしとばかりに、ガンタイプのトレーニングを始めることにした。
初めてすぐ、わたしたちはトレーニングのこと以外、考えなくなった。多分、お互いのトレーニング状況が見えるようになったせいで、対抗心がボウボウに燃え上がったのだろう。しかも、ガンタイプでは、明らかにシンよりわたしのほうが腕前が上だった。それがシンの負けん気に拍車をかけたらしい。
続くグラップルタイプでは、シンが本領を発揮した。反撃を受ける回数も多かったが、痛みなんか気にせず、思いっきり踏み込んでいくシンは、パターンH以外のすべてをパーフェクトでクリアしてみせた。
これにはわたしも呆れてしまった。
「あんた……格闘技の経験とかあるの?」
「んなわけあるか。見ての通りのゲームオタクだ」
どこが見た目通りなのか、判断に苦しむ。
ただ、そう答えるシン自身も、自分の腕前に驚いているようだ。
それがちょっと、微笑ましかった。
あっという間に3時間が経った。
初挑戦で22日間、2回目でも6日間かかった全クリチャレンジだったが、今日の3時間だけで、ガンタイプとグラップルタイプ、さらにソードタイプのパターンCまで進んでしまった。
我ながら呆れるくらいの上達ぶりだ。
「あれだな」
「あれって?」
「実戦」
どうやらシンも、実戦を経たことで腕前が上達したと思っているらしい。
「俺もそうだし、おまえもそうだけど、攻撃の溜めが無くなっただろ。前だったら、反撃くらうだけで微妙にパニクってたけど、そういうのもなくなってる。そのせいだろ」
「わたしはパニクったことないけど?」
「ふーん」
「なによ」
「別に」
時間がきたので、わたしたちはトレーニングルームのログインボックスでログアウトした。ここでログアウトすると、正門広場でログアウトしたことになる。つまり明日もまた、あの人ゴミが待ちかまえているというわけで……
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