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ONLINE : The Automatic Heart

[02-01]


 高等部に進学したばかりのわたしは塞ぎ込んでいた。
 本当は外の高校に行きたかったのだ。
 最低条件は共学。共学なら、制服がダサくてもいいと思っていた。でも……やっぱり、おばあちゃんに逆らいきれなかった。
 同じ経験をしているママに言わせれば、
――あんたも鮎川の女なのよ。
 ということらしい。
 釈然としないが、納得した部分もある。
 おばあちゃんを完全に否定することはできない。それは同時に、家を捨てることを意味しているのだ。そんな、わたしのワガママだけで、100年以上続いた鮎川家の伝統を絶やしていいとは、さすがのわたしも考えていない。
 つまり中途半端なのだ。いろいろな意味で。
 逆ギレできるほど馬鹿でもないし。
 諾々と従えるほど従順でもないし。
 ただ……聖アンヌの高等部というのが、わたしを憂鬱にさせた。
 なにしろ聖アンヌは“嫉妬の総合デパート”だ。
 可愛い子は、それだけで陰口を叩かれる。
 成績が良くてもそう。
 運動に秀でていてもそう。
 婚約者や許嫁が御曹司だったりかっこよかったりしたら、もう最悪だ。
 でも派閥の上位、いわゆる“お茶会”に加わるレベルまで立場を高めれば話も変わる。もっとも、派閥の順位は親の社会的地位が大きなものを言うし、それ以上に生家の家柄が決定的な要素として懸案される。
 ちなみに聖アンヌという蜘蛛の巣では、鮎川の家なんて、中流程度の扱いしか受けない。それなりに伝統があっても、たかが100年程度の家柄だ。旧華族が掃いて捨てるほどいる聖アンヌでは、江戸末期に成り上がった商家の家柄なんて、庶民と紙一重の存在のすぎないのだ。
 だからわたしは、できるだけ地味な格好で、目立たないよう気を付けながら日々を過ごすしかなかった。初等部高学年の頃から、わたしはそうやって、毎日をどうにか生きながらえてきたのだ。
 そのせいでわたしは、中等部一年の頃、円形脱毛症になった。
 気づいた時は血の気が引いた。
 なにかストレス解消の方法を手に入れないと――そう思っていた時、ゲームで気晴らしができるという話を漫画で読んだ。なんの漫画だったかは覚えていないが、これだ、と思ったわたしは、ママに頼んで、ゲーム機とゲームを買ってもらった。
 それからというもの、わたしは学校の鬱憤をゲームで晴らし続けた。それだけでなく、一見してわたしだとわからないよう変装しては、街のゲームセンターに出掛け、対戦格闘ゲームやダンスゲーム、音楽ゲームでうさをはらしまくった。
 パパがそんなわたしを見て、
「鈴音、ゲームが好きだろ?」
 と持ち出してきたのが、『 PHANTASIA ONLINE 』クローズドβテストの話だ。
 わたしは一も二もなく飛びついた。
 こうして5月になり、待ちに待ったクローズドβテストがスタート。
 ドキドキしながら初めてログインしたわたしは、記念すべき第一歩を踏み出し――ドキッとした。
 すぐ近くに男の子がいたのだ。
 背は170センチ代半ば。細身だけと肩幅があって、なにより他を避け付けない、鋭そうな目元がわたし好みだった。おまけに髪と肌の色のチョイスが私と一緒だ。正直、ものすごく驚いたし、柄にもなく運命を感じて、胸をときめかせてしまった。
 それなのに話し掛けると、軽く頷くだけで流されてしまった。
 ちょっとムッときた。
 まぁ、あとになって思えば、わたしも自惚れていただけなんだと思う。というか、外装の胸を大きくしたことで……なんというか……そういう感じになっていたんだと思う。
 だからもう一度、話し掛けてみた。
 でも、食いついてくる様子が無かった。
 脈無しか――と思ったわたしは、当初の目的を思い出し、気持ちを切り替えた。
 戦闘訓練。
 自分自身がゲームのキャラになって戦いに参加できる――これ以上のストレス解消方法が存在するだろうか! いや、無い! 反語! 仮想現実、万歳!
 そんなわけで、最後とばかりにコロセウムへの行き方を尋ねてみたら、あろうことか、彼は「お先」と言い残して先に行ってしまった。あわてて追い掛けたわたしは、彼を追い掛けるように、闘技場(コロセウム)に入り、見よう見まねでウィンドウを開き、トレーニングに挑戦してみた……



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



「でもね、シンってすっごいイジワルで陰険なのよ。だってさ、ランクS、3つとったところで、これみよがしに『3つ……』とか言って、わたしに向かって、ニヤッて笑うんだよ? もう、なんだこの男ぉおおお――って感じになるじゃない。わたしとしては」
 帰りの車の中で、わたしは鬱憤を晴らすように話し続けていた。
 ハンドルを握るのはパパ。助手席にわたし。後部座席には、途中のコンビニで買った冷えピタを額に乗せたママが寝転がっている。昨夜の遅くまで、おばあちゃんとバトルを繰り広げていた疲れがここにきて出てしまったのだ。今は穏やかな寝息をたてているが、少し前まではちょっとうなされていた。もしかすると、夢の中でもおばあちゃんと戦っているのかもしれない。合掌。
「なるほどねぇ」
 のんきなパパは、安全運転で車を走らせ続けた。
「それで、そのあとはどうなったのかな?」
「競争よ。わたしとシンの。でも決着がつかなくて、それで次の日も22時のログインしようってことになって、そのままログアウトしたの」
「仲良くなれたんだ」
「まさか!」
 わたしは思わず大声を出してしまった。あわてて両手で口を閉ざす。
 ママは起きなかった。
 よかったぁ……。
「でも、最後には仲良くなれたんだろ?」
「そりゃあ、そうだけど……」
「すぐってわけじゃなかったんだ」
「うーんと……」
 確か、ガンタイプ=パターンHの途中からだ。わたしもシンもなかなかクリアできなくて、休憩している時に初めてまともに話しをした。
 気が付くとわたしは地のままのわたしで彼と話していたのだ。
 自分でも不思議だと思う。
 あえて理由を言葉にするなら、波長が合ったというか……うーん。
「いい友達ができたんだねぇ」
 脳天気なパパは、そんなことを言い返してきた。
「うーん……友達ってわけじゃないんだけど……戦友っていうか、なんていうか……」
「うん、わかるよ」
 パパはニコニコとうなずいた。
「きっとね、運動部とかで一緒に練習した同期生に感じるものと一緒だよ、それは」
「あっ、そんな感じかも」
「でも……そうか……シンくんか……そうか…………」
 パパはニコニコと笑いながら、赤信号で一端停車した。
「これは困ったなぁ」
「なにが?」
「覚悟はしていたけど、こういう形でボーイフレンドができるだなんてねぇ」
「ち、違う違う! 絶対違うって!」
 わたしとシンはそういう関係じゃない。
 パパには言っていないけど、わたしたちのことを表す的確な単語がひとつだけある。
 相棒、だ。
 わたしはシンにだったら無条件で無防備な背中を任せられる。
 シンもわたしにだったら、同じように背中を任せてくれるはずだ。
 実際、“青の試練場”の地下5階で、シンはわたしの援護射撃に絶対の信頼を置いてくれた。敵集団の中で戦い続けていたのに、一度としてわたしの銃弾を気にしようともしなかったのだ。
 それだけわたしは、シンに信用されている。
 同じぐらい、わたしはシンのことを信頼している。
 そういう間柄なのだ。間違っても、ボーイフレンドなんかじゃ……



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 帰宅したわたしは、パパと一緒にママを寝室まで運んでから自分の部屋に戻った。
 ようやく着物から解放される。
 と、思ったけど、少しだけ考えてから鏡台に向かい、滅多につけたことのないピンク系の口紅を塗ってみた。
 でも、すぐ拭った。
「……」
 立ち上がり、帯をほどこうとする。
 でも、なんとなく手をとめる。
「………………」
 わたしはパソコンの前に座った。
 ヴォイスチャットツールを起動する。登録一番にアドレスコール。少し緊張しながら、21インチの液晶ディプレイをジッと見つめた。最新型だから、この中央に透過カメラが仕込まれてある。そこにあるはずの透過カメラをジッと見据えながら、アドレスコールを続けること約1分――
 画面が全画面に変わった。つながった証拠だ。
「もしもし?」
 つぶやいてすぐ、インカムを忘れていたことを思い出した。
 あわてて装着する。
 直後、シンの顔が画面に映った。今日は眼鏡をかけていたんで、ちょっとだけいつもと雰囲気が違っていた。
〈もしもし、聞こえるか?〉
「聞こえる、聞こえる。暇じゃなかった?」
〈まぁ、そこそこ。それにしてもおまえ――〉
 わたしは緊張した。
〈――七五三か?〉
「待てこら」
 期待したわたしが馬鹿だった。
〈冗談に決まってるだろ〉
 シンは苦笑しながら、頭にまいていたタオルを外した。後ろの光景を見れば、なにをしていたか一目瞭然だ。部屋の大掃除だ。後ろに見える本棚には、まだ半分も本が入っていない。向かって右の奥には積み上げられた段ボール箱が置きっぱなしになっている。
〈それで、今度はなんだ?〉
「無事に帰ってきたから連絡したのよ、この陰険根暗ムッツリ男」
 わたしは通話終了ボタンをクリックした。
 画面が暗転。元に戻った。
 と思ったら、ウィンドウが開いた。アドレスコールだ。相手は“SHIN”。
「なによ」
〈ネットで面倒になことになってる。公式と『マトメ』と『蜥蜴同盟』、必ず見ろよ。あとのことは定時に。それと着物、似合ってるぞ。じゃあな〉
 今度は向こうが一方的に切断した。
 なんかムカついた。
 わたしは手早く着物を脱ぎ、バスルームで熱いシャワーを浴びた。サッパリしてから部屋に戻り、スパッツにTシャツなんていう、おばあちゃんが見たら卒倒しかねない服に着替えてから再び1階に戻った。
 リビングでは目を覚ましたママが、着物姿のまま夕食の仕度を始めていた。
 ダイニングテーブルに座り、お茶を飲んでいたパパがわたしに声をかけてくる。
「んっ? どうしたんだ?」
「なにが?」
「顔、にやけてるぞ?」
「うそ」
 実際、わたしの口元はにやけっぱなしだった。

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