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ONLINE : The Automatic Heart

[01-06]


 6月15日(テスト22日目)――俺たちはとうとう、全メニューのランクSクリアを達成した。
「やったね」
「やったよ」
 クタクタになった俺たちは、頭を付き合わせながら大の字になって寝そべっていた。
 本当に疲れた。
 今度もまた最後のパターンは実戦形式だった。ただ、魔法の使い分けが洒落にならないほど難しい。
 直線的に光弾が飛ぶライトアロー。
 着弾点で直径3メートルまで球状に炸裂するライトボール。
 直径1メートルの青白い円形障壁を生み出すシールド。
 この3つを使い分けつつ、魔法が切れたらカードで補充し、接近されたらグラップルタイプで鍛えた歩法で避け、スピアタイプで成らした杖捌きでいなし――それでもギリギリで100体倒せるかどうか、という際どいところだったのだ。
「でもまぁ……これで、ハッキリしたな……」
「……なに?」
「メニューの並び」
「あぁ、それ……同感」
 ガンタイプで戦いそのものに慣れる。
 グラップルタイプで動き方の基礎を学ぶ。
 ソードタイプとスピアタイプで、段階的に長さの違う得物での戦い方を学ぶ。
 そしてスタッフタイプで思考操作を身につける。
 実によくできた並びだ。ただ、できることなら、最初からそうだと言って欲しかった。いや、俺たちが“そういうものだ”とネットに書き込めばいいだけなのだろう。そういえば情報提供って、一度もしたことないな……
「ねぇ」とリン。
「んっ?」
「これからどうする?」
「これから?」
「フォールドの実装、まだでしょ?」
「あぁ……」
 次の目標か。
「そんなもん、決まってるだろ」
「なに?」
「鼻歌まじりで全クリできるようになるまで、やる」
「最初から?」
「あぁ」
 それが俺の練習方法だ。最近はまったくやっていないが、対戦格闘ゲームをやる時も、俺はひとつの目標を終えたら、同じ課題を繰り返すことが多いのだ。
「だいたい、全クリしたっていっても、パーフェクトじゃないだろ」
「パーフェクトって……そこまでやるの?」
「別にいいぞ。付き合わなくても」
 俺は目を閉じた。
 吹き抜ける潮風が実に心地いい。
(……これで終わりか)
 ふと、そんなことを思った。
 偶然と惰性で一緒にプレイしてきたが、それも今日までらしい。全クリなんて、俺にしてみれば通過点のひとつにすぎないが、今の話しぶりからすると、リンにとっては到達点なのだから、それも仕方ない。
(終わりか……)
 どことなく、寂しい気がする。
 この感覚は……そう、あれだ。ゲーム仲間と、縁が切れた時の感覚に似てる。
 中学卒業と同時に、ヤツは遠くの高校に進学してしまった。
 ネットを使えばいつでも対戦できたが、そこまでして遊ぶような間柄でもなかった。だから、そのまま縁が切れてしまった。多分だが、リンともそんな感じになる気がする。
 そうか。リンと、これでお別れなのか……
「こら」
 突然、ペシッと額を叩かれた。
 ムッとしながら両目を開けると、逆さまになったリンの顔がヌッと出てきた。
「あんた、何様のつもり?」
 リンは俺のことを睨んでいた。
 テスト5日目のことが思い出された。互いの負けず嫌いに火がついたあの日のことだ。
 あの時のリンも、今と同じように俺を睨んでいた。
 違うのは距離と姿勢。
 あの時は遠くにあったリンの顔が、今は手の届く場所にある。
 おまけに長い金髪が数本、サラッと肩をすべり、俺の頬をくすぐっている。
「付き合わなくてもいい? 冗談じゃないわよ。いつ、誰が、誰に付き合ったわけ?」
「…………」
「わたしはね、ずーっと、自分の意志で、全クリっていう目標を目指してただけよ。それともあんたは違うわけ? わたしに付き合ってただけとか言うつもり?」
「…………」
「なんとか言いなさいよ」
「なんとか」
 ペシッ。
「痛て」
 だが、リンの手は俺に触れていない。
 装備品を含む外装の周囲にはバリアーが張り巡らされている。痴漢行為などのハラスメント対策を兼ねた、絶対に解除できない厚さ1センチの見えない障壁があるのだ。
 つまり。
「…………」
「…………」
 俺の額とリンの手の間には、合計2センチの隙間がある。
 絶対に埋めることのできない距離だ。
 だが、衝撃は貫通する。
 叩かれた感覚は、確かにあった。
 俺は目を閉じた。
 ペシッ。
 リンが再び、俺の額を叩いた。
「寝るな」
「寝てねぇよ」
「どうだか」
 リンはくすくすと笑うと、
「そうだ」
 と起きあがった。
「だったら今度は、ルール決めるわよ」
「ルール?」
「先にSクリしたほうがポイント獲得」
「ポイント制かよ」
「ポイント制よ」
 俺は目を開き、ニヤッと笑った。
「のった」
「よしっ――あっ、どうせならパターンごとに替えるって、どう? Aは1点、Bは2点、順に増えていって、Hだけは10点。これだと逆転とかありそうじゃない?」
「無いな。どうせ俺が満点で、そっちが0点だ」
「そうね。決まってるわよね。わたしの勝利で」
「言ったな」
「言ったわよ」
 俺たちは立ち上がり、そのまま横に並ぶようにして一方向を向いた。
「全クリ競争……」と俺。
「よーい……」とリン。
「「スタートっ!」」



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



6月21日(テスト28日目)――俺は激しく落ち込んでいた。
「に、2点差……」
「あーっはははは」
 土下座同然の姿勢で落胆している俺の目の前には、両手を腰にあてたリンが、わざとらしい高笑いをあげていた――と言えばわかる通り、全クリ競争は75対77で、俺が負けてしまった。
 悔しい。
 ちくしょう。
 あのライトアローの照準を間違わなければ、間違いなく、ランクSが出ていたはずなのに。なぜ……なぜ最後の最後にランクAなんだ! 99体なんて……まるで計ったように、99体で終わるだなんて!
「うーん。勝つって気持ちいいなぁ♪」
「悪夢だ……」
「そういえば誰かさん、途中から“負けたらなんでも買ってやる”とか言ってたっけ? そうそう。《パンツァーメイドレス》っていいよねぇ。HPにプラス100パーセント? もう、鬼に金棒? メイドに《パンツァーメイドレス》?」
「お、鬼……」
 2日前、様々なアイテムが新たに実装されている。中でも魔杖と防具は大幅に増え、俺たちも目の色をかえて情報をあさった。
 《パンツァーメイドレス》は、その中でも話題を集めた超高級防具だ。なにしろミニスカートタイプのメイド服であるにも関わらず、身につけるだけでHPが2倍になるという馬鹿みたいなアイテムなのだ。
 その分、値段も破格だ。
 確か200万クリスタルだったはず。
 この女は、それが欲しいと言っているのだ。もちろん、俺が買えないことを承知で。
「さぁさぁ、シン様。いかがなさいますか?」
「……煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
 悔しいが、負けは負けだ。
 本当に、本当に本当に本当に悔しいが……こればっかりは仕方ない。
「じゃあ、メガトン級の貸しをひとつってことで」
「貸し?」
「そう、貸し。あとで必ず返してもらいます。そのつもりで」
 あとでむしるってわけか。
「わかった……覚悟しとく」
「よしよし♪」
 今日のリンは本当に楽しそうだ。そんなに俺に勝ったのがうれしいのだろうか?
「まっ、この話はこれくらいにして」
 リンはその場に内股座りをした。
「これからのことなんだけど」
「もうひと勝負」
「そうじゃなくて――それより、いい加減、普通に座ったら?」
 言われるまま、俺はその場にあぐらをかいた。
 珍しくもリンと真正面から向き合う形になる。
「シン、今日の公式サイト、見てないでしょ?」
「んっ? なにか出てたのか?」
「待ちに待ったものが」
 俺は目を輝かせた。
「フィールドか?」
「イェース、ザッツライト」
 リンは嬉しそうに笑った。
 なるほど、それで上機嫌なのか。そういえば合流した時から浮かれていたし……
「……だったら最初から教えろよ。モチベーション、全然違ってたぞ」
「テスターはログイン前、必ず公式サイトをチェックするべし」
「…………」
「文句は?」
「無い」
 リンの言う通りだ。いくら姉貴の引っ越しなんかで時間がとられたといっても、公式サイトをチェックする時間くらい捻り出すのは難しくない。それこそ、起床機能で起きる時間を30分前にセットしておけば良かっただけとも言える。でもまぁ、見てないものは見てないわけで。
「何時からだ?」
「明日。っていうか、今日」
 何度も言うが、『 PHANTASIA ONLINE 』の1日は午前9時から始まる。さっきウィンドウを見た時に確認した実在現実の時刻は午前6時10分頃だった。俺たちはあと40分ほどでリミットタイムが訪れるが、それは『 PHANTASIA ONLINE 』時間でいう6月21日分のリミットタイムにすぎない。今日22日のログイン時間は、午前9時からカウントされるのだ。
「それと、全リセットするんだって」
「……全部?」
「そう。外装から何から、ぜーんぶ。その代わり、カードから何から、これまで止めていた機能、ぜーんぶ実装されるみたい」
「全部か……」
 未実装で大きなところといったら、カードと氏族のふたつだ。このふたつに関する情報は皆無に等しいので、可能な限り早いうちに詳細を知りたいところだ。
「そこで相談」
 リンが改まった。見ると正座になり、背筋を伸ばしている。
「んっ?
 俺は正座にはならなかったが、背筋を伸ばした。
「まずは陣営のこと。変えないよね?」
「なにを――あぁ」
 全リセットということは、登録作業からやり直すことになる。
「当たり前だろ。わざわざ人の多い場所に行く意味がわからん」
「じゃあ、次。外装は?」
「このまんま。変えるのも面倒だし」
「だから……全リセットなんだってば」
 質問の意味がよくわからない。
「ほら。外装データ、バックアップとれないようになってるでしょ? 面倒だっていうなら、実像のまんまってことになるでしょ?」
「いや、俺の変更点って、髪と肌の色ぐらいだし」
 リンの目が見開かれた。
「そうなの?」
「そうだけど……」
 そこでようやく、俺は意図を理解した。
「そっちは?」
「わたし? わたしは……」
 リンは頬を赤らめながら、言いづらそうに顔を逸らした。
 まぁ……そういうことなんだろう。
「別に時間がかかるなら、それでもいいけど。まさか何日もかかるとか?」
「そうじゃなくて……えっと…………」
 リンはうつむきながら、両手で顔を押さえた。
「……笑わない?」
「多分」
「多分じゃダメ。絶対、笑わない?」
「……誓う」
 俺は右手をあげながら答えた。
「……よしっ」
 リンは背筋を伸ばし、キリッとした表情で俺を見据えた。
 俺も身構えた。
 ここまでリンが固くなるのだ。「笑わない?」とか言ってきているが……下手をしたら、とんでもなく重い話が飛び出てくるかもしれない。体中に火傷の痕があるとか、実は不治の病で寝たきりだとか。そうだとしたら、平然とした対応をするのが筋ってものだと思う。もしかすると違うかもしれないが、とにもかくにも、俺は眉ひとつ動かさないよう、表情を引き締めることにした。

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