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ONLINE : The Automatic Heart

[01-05]


 針葉樹林の中を蛇行する歩道を進み、小川を抜けると、水路に突き出た小さな埠頭のような場所に出た。行き止まりか?――と思うまでもなく、ゆっくりと小振りな舟が一隻、埠頭に近づき、停泊した。
「へぇ……」
 リンが感心したとばかりに声をあげた。
 この舟が例のゴンドラなんだろう。確かにTVで見たイタリアのゴンドラに良く似ている。だが、俺たちが感心したのは、舟尾に立つNPCのほうだ。考えてみると、これが俺とリンが出会う初めてのNPCといえる。
 NPCは子供の木製マネキン人形だった。
 顔には鼻しかなく、球体関節が剥き出しになっている。そんなマネキン人形が、いっぱしにズボンとシャツを着込み、麦わら帽子を頭に被って、自律的に動いている。それでいて不気味な印象が薄い。人形劇の世界に迷い込んだような微笑ましい感じさえある。
「このふねは“ちゅうおうがいくていりゅうじょ”までいきます。りょうきんはむりょうです。おのりになりますか?」
 頭部から響き出る声も、幼い男の子が台詞を棒読みしているような感じだ。
「時間はどれくらいかかるの?」
「ごふんです。とちゅうのていりゅうじょにはとまりません」
 どうやら直行便らしい。
「このまま乗ればいいの?」
「はい」
「だってさ」
 リンが笑顔で振り返る。俺は苦笑と共に軽くうなずいた。
「お先っ」
 間髪入れず、リンはゴンドラにピョンと乗り込んだ。
「おちついて、ゆっくり、ごじょうせんください。ふねがゆれます。きけんです」
「ゴメン、ゴメン――ほら、シン。速く、速く」
「はいはい」
 俺は舟が揺れないよう注意しながら乗り込んだ。
 ゴンドラには2席ずつの椅子が5列並んでいた。リンは同乗者が誰もいないことをいいことに、椅子をまたぎ、船首の席に腰を下ろしている。俺が苦笑しつつ、適当なところに腰を下ろした。
「しゅっぱつまで、しょうしょうおまちください」
 舟が出たのは、それから1分後のこと。
 その間も、出発してからも、俺たちはどんな服を着るかということばかり話していた。
「絶対似合うって。シンって肩幅もけっこうあるじゃない」
「似合うかどうかより、動きやすさだろ」
「でもさぁ、威圧感っていうのも重要なんじゃない? PvPの時とか」
 リンはしきりに黒スーツとサングラスを俺に薦めてきていた。
 理由はわかる。
 俺は凶相持ちだ。それに痩せだが、身長と肩幅は人並みにある。これで黒スーツなんか着込んだ日には、誰がどう見ても、その筋の……
 いや、そうはいっても俺は16のガキだ。うまくいってもチンピラが関の山だろう。だとしたら、アロハシャツでも構わない気がする。実際に売っていそうなので、あえて言わずにおくが。
「俺よりそっちだろ」
「わたし?」
「PvPも考慮に入れるとすれば、いろいろと考えられるだろ?」
「例えば?」
「全裸」
「却下」
「じゃあ、ビキニアーマー」
「大却下」
「お望みとあれば、PvPを前提にしたマニアックな提案、もっとしてやるぞ」
「……はいはい、そういうことね」
 リンは溜め息をついた。
「わかったわよ。戦いやすさが第一、見た目は二の次。それでいいんでしょ?」
 と言い合っているうちに、ゆらりゆらりと進み出していたゴンドラは、中央通りに面した停留所に着いた。
 舟を降り、さらに道を西へと進む。
 白石の四角い家屋に挟まれた道を進むこと数分――俺たちは閑散とした目抜き通りに出た。右を見ると上り坂の彼方にギリシア風の神殿が、左を見ると海への伸びる石橋と、その先にある大きな円形広場が見えた。
「なんか、妙な感じ」とリン。
「……だな」
 半月前、俺たちはあの広場で偶然出会った。あそこから見た街並みと神殿に感動して、すぐ闘技場(コロセウム)に移動し、ずっと二人っきりでトレーニングの完全制覇に挑み続けた。最初は1日1時間、しばらくして3時間ずつしか仮想現実世界(ここ)で過ごしていないが……なぜか数年ぶりに“戻ってきた”という感じがある。本当に妙な感じだ。
「さてさて」
 リンはパンッと両手を打ち鳴らしてから周囲を見回した。
「服屋さんは……あれ?」
 リンが指さしたのは、店先に古代ローマのトーガを着込んだ本物のマネキンを置いている店だった。よく見れば軒下にTシャツを象った看板が下がっている。
「行けばわかるだろ」
「じゃ、早速」
 ほとんどの《青》系テスターが“初めてのトレーニング”に勤しんでいる中、俺とリンは“初めての買い物”にチャレンジした。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 6月10日(テスト17日目)――午前4時にログインした俺たちは、闘技場(コロセウム)でスタッフタイプ=パターンFに挑戦していた。
 進展状況はまずまずといったところだ。
 ランクSには遠いものの、思考操作にも慣れ始めている。このままやり込めば、あと少しで思考操作を会得できるかもしれない。そんな実感が、俺たちをさらなる挑戦に駆り立てていた。
 さて。
 なぜログイン時間を午前4時にしたかといえば――理由は『 PHANTASIA ONLINE 』における日数の数え方にある。
 そもそも『 PHANTASIA ONLINE 』は、1日の区切りを午前9時に置いている。メンテナンス時間が午前7時から午前9時、午後7時から午後9時の2時間ずつであるためだが、これにあわせてテスターたちも、昼組と夜組とに分かれ、それぞれのメンテ終了時間にタイマーログインするのが普通になりつつある。
 つまり夜で言えば、最も混雑する時間帯は21時から0時ということになる。
 では0時にログインすれば誰もいないのか――といえば、そうとも言えない。
 メンテ明けにログインしたテスターは、ログイン後、そこで得た情報や今日の感想をネットに書き込む場合が多い。『 PHANTASIA ONLINE 』はPVの娯楽利用に関するPRも兼ねているため、クローズドβテストでも、テスターが自由に情報を発信して良いとされているためだ。
 これを確認してからログインする者も少なくない。午前1時から午前4時にログインする、俗に深夜組と言われるテスターたちだ。
 というわけで、俺たちは早朝組――午前4時から朝メンテ時間である午前7時までにログインする面々――になったというわけだ。実際にはPVベッドの起床機能――誘眠機能の逆で電磁波で神経系をゆっくりと活性化させる機能――で4時の10分前に目覚め、3時55分前にタイマーログインするという方法で、再び“誰もいない闘技場(コロセウム)”を手にいれたのだ。
「でもさ」とリン。「なんで《(うち)》って、こんなに人がいないわけ?」
「知るかよ」
 俺は休憩ということで、ゴロッと芝生に寝そべりながら答えた。
「まぁ……追加オプションがゲテモノ系だからだろ」
「そういえば《緑》って多いもんね。ブログとか、サイトとかも」
「《赤》もけっこうあるぞ」
「『荒野の奇人』って、《赤》の人だっけ?」
「ガンタイプに詳しいところか?」
「そうそう。あと、『マトメ』の主要メンバー、ほとんど《赤》なんでしょ?」
「いや、『マトメ』は落選組が多いだろ」
 『マトメ』とは世界最大の匿名掲示板群『Xちゃんねる』に書き込まれた『 PHANTASIA ONLINE 』関連の情報をまとめる『POスレまとめWIKI(仮)』のことだ。すでにテスターの間では、『マトメ』とカタカナで書けば通用するぐらい、有名な場所になっている。当然、俺も情報を集める時は、必ず最初にそこに目を通しているぐらいだ。
 なお、落選組とは、クローズドβテスターの応募に落ちた人たちのことであり、ネットではどちらかといえば、落選組がテスターの書き込みから妄想を膨らませてワーワーと騒いでいる傾向が強い。
「そうなると……《青》の大手って……うーん、どこかなぁ」
「『蜥蜴同盟』だろ?」
「あれかぁ……」
 『蜥蜴同盟』は《青》の3割にあたる150名ものテスターが加入する巨大な集団だ。母胎数が少ないため、逆に人数の集まりが良かったらしいのだ。確か《緑》で最大と言われる『猫耳少女団』でさえ、その半分くらいしか加入していないはずだから、どれだけ大きいかわかろうと言うもの。
 もっとも、氏族システムが未実装な現段階では、単にトカゲ人間のテスターが名を連ねているだけ、というものにすぎないのだが。
「ログインする前にちょっと見てきたけど、服装とか揃えるっぽいよ?」
「揃える?」
「うん。濃紺の修道服みたい。あと、スケイルメイルがどうとか」
「修道服ねぇ……」
 足を伸ばし、両手を後ろについて座る俺は、自分の服を見下ろした。
「……まっ、人のことは言えないだろ」
「そうかな?」
「そうだろ?」
「そうかなぁ?」
 同じ格好で俺の右に座るリンも、自分の服装を見下ろした。
 実は俺もリンも初期装備のままだ。
 足はサンダル、下は膝丈のショートパンツ、上はTシャツ、下着はボクサーパンツ。リンはこれにスポーツブラが付く。汗ばんだ時、うっすらとそれが見えたので間違いない。つまり、こいつが正真正銘の女であり……だからどうした、というわけでもないが。
「今時初期装備のままのテスター、俺たちぐらいだろ」
「うーん」
 リンはまだ納得していないらしい。
「あのなぁ」
 俺は左肘で頭を支えつつ横向きになった。
「考えればわかるだろ。俺たちが全クリ目指してた最中、街のほうでカジノ祭りとか、ショップ祭りとかあっただろ? やることのない連中が、それでも我慢して買い物を控えると思うか?」
「他の陣営だったら?」
「普通、祭りに参加してるだろ。俺みたいなキチガイ以外は」
「シンみたいって?」
「ゲームにしか興味ないヤツ」
戦闘狂(バトルジャンキー)?」
「ジャンキーってほどじゃないが」俺は立ち上がった。「そろそろ再開するか」
「だね。汗も消えたし」
 外装でも疲れたり、息が切れたり、汗をかいたりする。だが、しばらく休めば疲は消え、息も戻り、汗も嘘のように消える。そのあたりは、やっぱり仮想現実だ。汗のニオイもしないのだから、なんだか笑うしかない。
「よしっ――今日の目標、クリアじゃなくて完全思考操作だからな」
「わかってるって」
 目標を達成できるまで、さらに2日かかった。

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