[ INDEX ] > [ ONLINE ] > [ #01-04 ]
<<BACK  [ CONTENTS ]  NEXT>>

ONLINE : The Automatic Heart

[01-04]


 6月3日(テスト10日目)――俺たちはグラップルタイプ=パターンAで苦戦していた。
「うわっ!」
 彼女が転ぶ。だが必死な俺には、笑い飛ばす余裕もなかった。
「きつっ……」
 俺はバランスをとるので精一杯だ。
 グラップルタイプの魔杖は、鉄板を貼り付けたグローブの形をしている。名前は《アイアンナックル》だ。もはや魔杖とは言えない、通常攻撃であれば弾を消費することがないという便利な武器だが、その扱いは、難しいどころの話ではない。
 いや、技を出すだけなら簡単だ。
 例えば「コール、ワンド、アイアンナックル」と言えば、自分の視界内に照準が現れる。丸に十字が走った照準は視線に連動していて、攻撃可能な対象に重なると、その対象の輪郭と照準が太い赤へと変わる。その瞬間に技名――「ジャブ」とか「ストレート」とか「ハイキック」とか――を唱えれば、躰が勝手に動き、敵を殴るなり、蹴ったりしてくれる。もちろん、敵との間合いが攻撃に即した適したものであるならば、の話だが。
 ところで。
 格闘技で大切なものはなんだろうか? 技だろうか? いや、違う。
 答えは“姿勢”だ。
 ジャブを放つには、両脇をしっかりと締めている必要がある。
 ハイキックの秘訣は軸足と上体の捻りにある。
 ゆえにグラップルタイプを使いこなすには、正しい姿勢を覚えておく必要がある。
 というわけで、グラップルタイプ=パターンAの課題は“姿勢の矯正”そのものだった。やることは、ウィンドウに表示される矢印の方向に移動するだけ、というダンスゲームですらないものだったが、ド素人のゲーマーにすぎない俺やリンには難しいどころの話ではなかった。
 それ以前に、選べるスタイルがキックボクシングのみというのは、どうだろう?
 他の格闘技は無視か?
 それとも、βテストゆえの暫定的な処置か?
 理解に苦しむところだ。
 とにもかくにも。
「前……前……右……後ろ……右……左……前……後ろ……」
 再挑戦したリンは、ぶつくさと言いながらステップを踏んでいた。
 なるほど、その手で行くのか。
「後ろ……左……左……前……右……前……後ろ……」
 俺も真似をした。
 移動に音声操作は適用されないもの、思考操作を明瞭化させる働きがあるのも事実。
「よしっ!」
 さらに2度の挑戦で、俺が先にランクSをとった。
「ほれぇ、頑張れぇ、若人ぉ」
「むかつくぅううう!」
 俺の無気力な応援を受けたリンは、さらに4度の挑戦の後、ランクSをとった。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 6月5日(テスト12日目)――俺たちはグラップルタイプ=パターンHをクリアした。
「ABCに比べれば楽よねぇ」
 とはリンの素朴な感想だ。
 俺も同感だ。姿勢の矯正が強いられたパターンA、B、Cの3つは、洒落にならないほど辛いものだった。しかし、それなりに思考操作ができる俺たちだからこそ、そう思っただけのような気もする。なにしろ今回のパターンHも実戦形式であり、ガンタイプ=パターンHで培った思考操作のコツがなければ、かなり苦戦したのは明白なのだ。
「次はソードか……」と俺。
「また矯正だったりして」とリン。
「勘弁しろよぉ」
 矯正は無かったが、俺とリンは、姿勢を気にしながら戦うようになっていた。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 6月6日(テスト13日目)――珍しくリンが遅刻したので、先にグランドに行き、グラップルタイプのパターンAからCの復習をしていた。ランクSを度外視すれば楽にクリアできるものの、やはり歩法や重心の置き方なんかで勉強になった。
「ごめん、帰るの遅くなっちゃって」
「いや」
 自分にしか見えない目の前の敵の攻撃を避け続ける。
「グラップル?」
「C。復習を兼ねて」
「ふーん……わたしもちょっとやっていい?」
「今、何時だった?」
「10時半のちょっと前」
「だったら23時に挑戦開始」
「了解」
 俺たちはグラップルタイプの復習をしてから、ソードタイプの攻略にかかった。
 意外なくらい、楽にパターンHをクリアした。
 これで全パターン、ランクSクリアした魔杖は3種になった。
「あとは槍と杖ね」
「杖ってなんだ?」
「先に試してみる?」
「いや、順番でいい。スピア、少し進めとく」
「了解」
 スピアタイプはソードタイプとほとんど一緒だった。おかげで苦もなく進んだ。
「楽勝?」とリン。
「楽勝、楽勝」と俺。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 6月7日(テスト14日目)――再びリンが遅刻したが、理由は聞かなかった。
「本当にごめん。今度、埋め合わせするから」
「期待しないで覚えとく。じゃ、さっさと槍、クリアすっか」
「了解」
 案の定、スピアタイプは軽々と全クリアできた。
 問題はそのあとのスタッフタイプだ。
「思考操作?」
「っぽい」
 スタッフタイプは“銃口と引き金の無いガンタイプ”というべき魔杖だった。
 操作方法は少し複雑だ。
 グラップルタイプ、ソードタイプ、スピアタイプと同様、まず魔杖を起動するところから操作を開始する。起動すると、視界に照準が生まれる。基本的には魔法ごとに定められているコール・コマンドを発すると、魔法に応じた照準が生まれる。これを「セット」で固定し、それぞれの魔法ごとに定められているスタート・コマンドで魔法を起動する。音声操作で扱えばそれなりに楽だが、ランクSを狙うとなると、思考操作をメインにしなければならない。
 なお、スタッフタイプにもカートリッジカードがある。ガンタイプとの違いは、カードを直接、魔杖に差し込むところだ。このあたりはガンタイプより優れているが、取り扱いの難しさは全タイプ中最大級だ。
「ライトアロー、セット、シューティグ」
 しばらく音声操作で挑戦してみる。
 パターンCまではどうにかなった。だが、パターンDからはつらくなった。
「シールドの使いどころだな……」
「光った瞬間じゃないの?」
「いや、それだと遅いだろ。こう……光りそうな瞬間?」
「種を割れ、と」
「…………?」
「えっ? 知らない? ガンダムの古いやつ。『ガンダムSEED』」
「ぜんぜん」
「TVとか、あんまり見ないほう?」
「まぁ……見ないな」
「っぽいよねぇ」
「悪かったな」
「はいはい、ひがむ前に攻略法よ、攻略法」
「だから、光りそうな瞬間だろ。こう……動きが止まるっていうかさ」
 それでもうまくいなかった。
 クリアするだけなら簡単だが、ランクSへの道のりはまだまだ遠そうに思えた。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 6月8日(テスト15日目)――ついに蒼都東区の構築が完了した。今日まで引っ張った理由は、そこに“舟で移動する水路だらけの都市”を作っていたためだ。スタッフ日記によると、ゴンドラと呼ばれる小舟をどう扱うで議論が紛糾したらしい。だが、さすがに半月が過ぎても閉鎖しているのは問題があるため、とりあえずは路線バスのように“定められた水路を予定通りに進んでいくNPCのゴンドラ”を配置することが決まった。これに伴い、閉鎖も解除されたそうだ。
「それにしたって……」
「ねぇ……」
 22時にタイマーログインした俺たちは、グランドの思わぬ光景に苦笑いを浮かべるしかなかった。
 クローズドβテスターの総数は約六千名だ。このうち《青》の陣営に所属しているテスターは一割に満たない500と少しらしい。最大陣営は3000名を越える《緑》の陣営。次点が2500前後の《赤》の陣営。そのことは初日の段階から公開されていたが……
 だが。
「全員いるんじゃない?」とリン。
「半分だろ」と俺。
 サッカー場と同程度の広さを持つ闘技場(コロセウム)のグランドは、呆れるほど多くのテスターで埋め尽くされていたのだ。しかも、それぞれが思い思いに初めてのトレーニングに挑戦しているのだから、雑然とした感じが一層強まっていた。
 見たところ、8割方がガンタイプに挑戦しているようだ。
 残る2割はソードタイプとスピアタイプ。
 スタッフタイプも数名いたが、音声操作で挑んでいた。
 グラップルタイプは皆無。まぁ、あれはネットでも“使えない魔杖タイプ”と言われているものだ。俺たちのような物好きでもないかぎり、パターンAの段階で挫折しているはずだ。
「それにしたって……」
 リンは、最初にぼやいた俺の言葉を真似ながら呆れかえった。
 気持ちはわかる。
 人数やレベルの低さもそうだが、それ以上に呆れたのは、皆の外装についてだ。
 過半数が、初日にも目撃したトカゲ人間だった。よく見れば、肌の色が濃緑色から黄緑色、藍色や紺色、真っ黒や真っ白など、いろいろなバリエーションがある。頭部の形もいろいろのようだ。鼻が無く、のっぺりと丸まっているように見える者もいれば、東洋の龍のように鼻と口が前に突き出している者もいる。耳が無い者、ヒレのようになっている者、長い尻尾を持つ者、尻尾が無い者……同じトカゲ人間でも、細部は千差万別なのだ。
 さらに、全員が初期装備以外の服装を身につけている。
 統一性の欠片も無い。
 ある者は兜の無い西洋風の全身甲冑を身につけている。
 ある者はタキシードっぽい衣装を身につけている。
 俺たちのような人間の外装を使っているテスターは、そのほとんどが女性であり、メイド服やら、巫女装束やら、学生服やらを身につけている。
 そんな集団が、真夏の青空の下、清々しい芝生の上で、銃や剣や槍を構えながら
「当たれぇ!」
「うわぁ!」
「ちぇすとぉ!」
 と叫んでいる光景。はっきり言って、シュールだ。
「……ねぇ、シン」
「んっ?」
「次のログイン、人の少ない時間にしない?」
 なるほど。確かにその手があった。
「ナイスだ。で、何時頃が少ない?」
「アイドンノー」
 彼女は大げさに肩をすくめて見せた。
「ドゥユー?」
「トゥミー」
 そもそも他人のログイン時間なんて、これまで一度も気にかけたことがないのだ。
 人数情報のように、公式サイトに載っているなら話は別だが、気にしない情報を調べるはずもない。
「とりあえず……あれだな」
「あれって?」
「だから、これ」
 俺は自分のTシャツを軽く摘んだ。それだけでリンは意図を理解してくれた。
「買い物?」
「この調子だと、逆に街のほう、無人だと思わないか?」
「なるほど。さすがシン。陰険なだけあって冴えてるじゃない」
「陰険言うな」
 俺たちはグランドに背を向け、並んで闘技場(コロセウム)を後にした。

To Be Contined

<<BACK  [ CONTENTS ]  NEXT>>
[ INDEX ]

Copyright © Bookshelf All Right Reserved.