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[01-03]
6月2日――まだ蒼都東区の立ち入り制限は解除されていない。転移機能は7日目の時点で完全削除されることが決まった。つまり俺たちは当分の間、闘技場に隔離され続けることになったわけだ。
「遅い」
「悪い」
今日からリミットタイムが3時間になる。市街地ではNPCショップが開店し、家屋の売買も可能になった。
クリスタルを入手する手段はカジノぐらいしかないが、市街地では5月30日のカジノ祭りに続き、ショップ祭りで賑わっているそうだ。
少なくとも、帰宅後に見たネットの情報ではそうなっていた。
「弁明は?」
並んで歩きながら、彼女が尋ねてきた。
「別に」
風呂上がりに晩酌中の親父につかまった――だなんて、言ったところで意味が無い。
そもそも、俺たちは友達でも何でもない。
今だって並んで歩いているとはいえ、1メートル近く距離が離れている。
互いの顔を見たのも、俺がボックスを出た直後だけ。
会話も互いに正面をみながらやっている。
名前だって知らない。どちらも名乗っていないし、名前を聞こうともしていないからだ。俺のほうは、なんとなく聞いたら負けな気がして言わないし、聞かないでおこうと決めているだけだが。
「やるわよ」
「あぁ」
グランドの中央に向かった俺たちは、背中合わせになった。
左肩をダブルタップ。
ウィンドウを開き、ガンタイプ最後のパターン、Hを選択する。眼前に《スペルガン》カードが出現。これを手にとり、具現化させると、今度は展開したままになっているウィンドウに、拳銃型魔杖用カートリッジカードが10枚、ウィンドウに収納されたと表示された。
ガンタイプ=パターンHは、実戦形式のタイムトライアルだ。
敵はブラックウーンズ。言ってしまえば黒いスライムだ。
形状は“大人に黒いビニールシートを被せた”ものに近い。表皮はゼラチン状。一メートルぐらいまで近づくと、躰の一部が隆起する形で殴りかかってくる。これがけっこう痛い。少なくとも、軽く生身を叩かれた時と同じ痛みがある。“痛みを消すと暴力性に対するストッパーが無くなる”とかいう意見が採用された結果らしいが、正直、ゲームなんだから勘弁して欲しいというのが俺の意見だ。
パターンHでは、これが次から次と四方八方でウニュウニュと生まれ、ヌメヌメと近づき、かと思うとピョンと左右にジャンプする。そんなブラックウーンズを、限られた弾数で、可能な限り多く倒すのがガンタイプ=パターンHだ。
制限時間は3分。ぶっちゃけ、弾を使い切るだけでもひと苦労だ。だが、100匹倒さなければランクSにならない。ブラックウーンズは2発から6発で倒れるので、理論的には不可能でもないのだが……
「どうしたもんかなぁ」
カウントダウンが始まったものの、俺は溜め息混じりでそうぼやいていた。
「撃ちまくるしかないんじゃない?」
ぼやきを聞いた彼女が背後から言い返してきた。
「それ、やった」
「奇遇ね。わたしもよ」
カウントダウンがゼロになる。
「「GO」」
俺と彼女はほぼ同時に同じ台詞を口にしつつ、前方に向かって走り出した。
昨日の挑戦でわかったことは“近づいて撃ったほうが当たりやすい”という、あまりにも当たり前すぎる真理だった。だが、それを実行するには度胸がいる。いくらトレーニングなのでHPが削られることも、死ぬこともないとわかっていても……相手はヌメヌメと動く不定形生物だ。おまけに殴られるとそこそこ痛い。
それでも、今のところこれ以外の攻略法法が見つかっていない。
だからこそ――
「痛てっ!」
「きゃっ!」
「ぐぁ!」
「いたっ!」
俺と彼女は殴られ続けた。
━━━━━━━━◆━━━━━━━━
挑戦開始から約1時間後――
「またかよ……」
息を切らせた俺は、大の字になって寝そべりながらスコアウィンドウを一瞥した。
―― Point 74 / Rank C
ランクSは遠そうだ。
「何体いった?」
時間切れした場所がたまたま近かったのだろう、へとへとになった彼女がこっちに近づいてくる。かと思うと、両膝をつき、俺と同じようにゴロンと大の字に寝そべった。
「74。そっちは?」
「勝った。77」
「ベストは79」
「わたしだって」
つまり二人とも、80の壁を越えられずにいるらしい。
スコアウィンドウが消えた。
視界に映るのは、抜けるような夏の青空だけになった。
涼しい微風が吹き抜ける。
真夏の太陽がちりちりと肌を焼いた。その感覚も、どことなく心地よかった。
「ねぇ」と彼女。
「んっ?」と俺。
「名前は?」
「……そっちは?」
「そっちから言いなさいよ」
「レディファースト」
「可愛くないわね」
「可愛いなんて思われたくないね」
「リンよ」彼女が起きあがった。「L、I、NでLIN。そっちは?」
「シン」
俺も上体を起こした。
「S、H、I、NでSHIN」
互いに見つめ合う。なんだか、初めて彼女の顔を真正面から見た気がする。
と、不意に彼女が笑った。
「なんだよ」
「ううん。そういえば今日まで名乗り合ってもいなかったんだなぁって」
「そりゃあ、別に友達でも何でもねーし」
俺は再び寝そべり、両腕を枕にしながら目を閉じた。
「友達か……」
彼女がボンヤリとつぶやく。
「……うん、確かに友達じゃないね、わたしたち。強いて言えば……ライバル?」
「ふーん」
「なによ」
「別に」
「あんたね……通信簿で“協調性がありません”って書かれたくちでしょ」
「まぁ」
「やっぱりねぇ。暗すぎよ、あんた。もう、ドドメ色って感じ」
「悪かったな」
「悪いと思ってんの?」
「全然」
「喧嘩売ってる?」
「わりと」
なんて答えたものの、実はそうでもない。それ以前に、俺がこんなにも気楽に異性と話し合っていること事態、なにか間違っている気がした。
いや、もしかするとリンはネカマなのかもしれない。外装は実像をベースにしているが、調整を加えれば乳房を盛り上がらせることも、逆にへっこませることもできる。男女の違いは、性器か初期装備にスポーツブラが付いているかどうかでしか区別がつかないのだ。
「ひとつ聞いていい?」と彼女。
「ダメ」と俺。
「あんたの外装、どれくらいいじってんの?」
「さぁ」
「ほら、実像に近いほうが動きやすいって話もあるじゃない。あれって本当だと思う?」
「さぁ」
「わたしがネカマだって言ったらどうする?」
「別に」
「本物の女だったら?」
「別に」
「張り合いないわね……」
彼女の溜め息が聞こえた。
俺も両目を閉じたまま、溜め息をついた。
「ったく……」
「なによ」
「いいから、俺のことは放っておいてくれ。頼むから。人付き合いとか、言葉の駆け引きとか、そういうの面倒でイヤなんだ。俺はリアルなゲームがやりたいからここに来てる。それ以外のことに興味無い。OK?」
「わたしもそうよ」
えっ?――と思って目をあけると、俺の右側で横座りになっている彼女が、黄金色の長い髪をかき上げているところだった。
一瞬、ドキッとした。
見惚れるところまでいかなかったのは、ここが作り物の世界だって認識が、頭の片隅にあったからこそだと思う。
「ちょっと街に出たら盛った男が群がってくるし、学校に行ったら学校に行ったで派閥争いとかなんだとかあるし……もうイヤ! あぁ、ストレスたまりまくりよ、もう!」
彼女はバサッと寝そべった。
俺は空を見上げた。
「愚痴かよ」
「愚痴よ。悪かったわね」
「別に」
俺は目を閉じ、ふぅ、と息を吐いた。
「あんたは?」と彼女。
「んっ?」と俺。
「だから……わたしはストレス解消のためのゲームだけど、あんたは? なんで?」
「なんでって……」
少しだけ考えてみる。
「まぁ……退屈だから、だな」
「暇つぶし?」
「いや、なんて言うか……退屈なんだよ、いろいろと」
それは嘘だ。勉強にしろ、運動にしろ、人付き合いにしろ、なんにしろ――本気になってやるべきことが、俺にはたくさん控えている。だが、どれにも本気になれない。面倒だという思いが先に来てしまう。
しかし、ゲームだけは、苦労を苦労と思わずに済んでいる。
だから、俺はゲームをやる。
つまり――逃げているだけだ。いろいろなことから。
「ふーん……退屈なんだ…………」
彼女が考え込むようにつぶやいた。
俺は応えなかった。
彼女もそのまま黙り込んだ。
風が吹き抜ける。
心地よい。
沈黙さえも、心地よく思える。
不思議な感覚だ。
人嫌いの俺が、あろうことか同世代っぽい女の子と一緒にいても平気でいる。気まずさはもちろんのこと、息苦しさも感じていない。そのうえ、どういうわけか彼女の質問にも真面目に答えてしまった。俺を知る人間なら「ありえない!」と叫んでるところだろう。
「……よしっ」
俺は両足をあげてから、ヒョイッと上体を起こした。
「そろそろやるか」
「OK」
彼女も立ち上がり、パンパンと躰についた埃を払った。
「念のために聞くけど、攻略方法、なにか見つけた?」
「カートリッジカードの呼び出しと具現。音声操作じゃなく、思考操作でやれば隙が大きく減る」
「うわっ……それってムズすぎない?」
「だろうな」
「あちゃあ……でも、確かにそれぐらいしかないもんね……あとは、バラまくようにするぐらい?」
「バラまく?」
「牽制よ、牽制。索敵とリロードの前に適当に撃ちまくるの」
「弾の減り、速いだろ」
「そりゃあね。でも、思考操作ができれば、問題無いんじゃない?」
「……だな」
こうして俺たちは、再びパターンHにチャレンジした。
結論を言えば、俺たちの選んだ方法は悪くなかったと思う。問題は思考操作が本当に難しいところ。黙唱するだけでもダメ。カードの呼び出し時には呼び出すカードそのものをイメージし、具現化する際には弾倉をイメージしないと反応してくれなかった。
それでも2時間もやれば、それなりにコツも掴めてくる。
先にパターンHをランクSでクリアしたのは彼女のほうだった。
「ほらぁ、頑張れぇ、若人ぉ」
彼女の無気力な声援を受けながら、遅れること3挑戦後、俺もどうにかSをとった。
「じゃ、明日からグラップルタイプってことで」
「了解」
並んでログインボックスまで戻った俺たちは、リミットタイムの10分前に、それぞれログアウトした。並んで歩く時の距離が近づいていたと気づいたのは、ログインボックスに入ってからのことだった。
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