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ONLINE : The Automatic Heart

[01-02]


―― Login Account : 436-332-2004-9719
―― FAL Check : .....OK
―― Bital Check : .....OK
―― Login Check : .....OK
―― Login Time : 29,March 20X0 22:00:08
―― Limit Time : 29,March 20X0 23:00:08
―― Contents Code : PHANTASIA ONLINE ver C1.0102
―― Abator Name : SHIN
―― Login Place : BLUEPOLIS / COLOSSEUM / LOGIN BOX 01
―― Login Sequence : .............................. complete


 ぼんやり待つこと十数分――俺は久賀慎一からSHIN(シン)に変わっていた。
「…………」
 Tシャツの裾は外に出し、両手で金髪を軽くかき上げてみる。
 本来は午前9時から可能になるはずのログインが、今日は調整の関係で、午後10時にまでずれ込んでいた。そんなわけで、俺は初めてタイマーログイン機能というものを使ってみたわけだが。
 普通のログインと大した違いがない。
 なんだかなぁ、という感じがする。
「……よしっ」
 俺はログインボックスを出た。
 目の前には、断崖絶壁を背にした古代ローマの闘技場がそびえ建っていた。
 蒼都の闘技場(コロセウム)だ。
 周囲が針葉樹林で囲まれているため、どことなく、森の奥にある古代遺跡っぽい感じがあった。正門は南側にあり、その手前に広がる煉瓦敷きのスペース、南端にズラリとログインボックスが並んでいるところが、俺のいる正門広場になっていた。
 ちなみに、向かって左側には煉瓦敷きの歩道が西にある針葉樹林へと伸びている。これを進み、針葉樹林を越え、小川にかかる石橋を越えれば市街地に入る――のだが、今現在、蒼都の東区は整備中のため入ることができない。
 しかも初日に、どこかの浮かれたテスターたちが“大声で性器の名前を叫んでは転移して逃げる”という迷惑行為をやらかしたとかで、以後、都市内の転移機能が封印されることになっている。つまりまぁ、俺は事実上、闘技場(ここ)に隔離されているわけだ。
 もっとも、隔離されたのは俺だけじゃなかった。
――シュッ
 背後から、ドアの開く音が聞こえてきた。
 振り返ると、ログインボックスのひとつから、初日に出会った女性テスターが出てきた。
 彼女もまた、俺と一緒に隔離されたテスターだ。
 名前はわからない。
 だいたい、顔を見合わせたら会釈する程度の関係でしかない。
 今日もそうだ。
 長い金髪をなびかせながらでてきた彼女は、俺に気づくと、どこかで見たことのあるような笑みを浮かべながら、上品に会釈をしてきた。
 俺は顎を突き出すような会釈を返し、ガリガリと頭をかきながら、闘技場(コロセウム)へと入っていった。
 向かう場所は、サッカーがやれそうなほど広い芝生のグランドだ。
 芝生を踏んだ俺は、ダブルタップでウィンドウを開いた。
 上段に闘技場を模したアイコンが出現している。
 タッチ。
 切り替わった画面には“TRANING”というボタンだけが出現した。
 タッチ。
 これでようやく戦闘訓練用のウィンドウが展開する。
 『 PHANTASIA ONLINE 』の戦闘はFPS(一人称視点)のシューティングゲームとほとんど同じだ。それこそ、魔杖を銃だと思えば話が早い。
 初期の魔杖は拳銃型の《スペルガン》。形状はガバメントと呼ばれる拳銃に良く似ているそうだが、軽さといい、反動の薄さといい、本物に比べると玩具としかいいようがないものらしい。
 感覚的にはエアガンと似ているそうだ。俺は詳しくないので、よくわからないが。
「さて……」
 俺は少し悩んでから、ガンタイプ=パターンAの訓練を選択した。
 ウィンドウが消え、真正面に一枚のカードが出現した。
 『 PHANTASIA ONLINE 』では様々なものがカードという形で表現されている。基本的に、装備品や消費財を表す『アイテムカード』、セットすることで追加能力を付与する『アビリティカード』、家屋の権利書などを意味する『エクストラカード』の3種類に分けられている。もちろん、今出現したカードは《スペルガン》が描かれたアイテムカードだ。
 これを右の中指と人差し指とで挟みとった俺は、
「コール、オープンカード」
 とつぶやいた。
 カードがシュッと光の粒子に変わったかと思うと、右手が熱くなった。
 掌に丸いボールが押し当てられている感触がある。
 俺はそれを握りしめた。
 ボールはググッと独りでに大きくなり、急にニュルニュルとした手触りに変化。再び固さを取り戻すと、真っ白な拳銃の形になった。直後、カシャンという小さなSEが響き、拳銃を覆っていた白い殻は光の粒子と化して消えてしまった。
 《スペルガン》が右手の中にあった。
 時間にして約3秒。戦闘中だと仮定すると、少し微妙な時間だ。
 使い方は初日のヘルプで確認済み。慣れない手つきで弾倉を外し、ちゃんと20発入っていることを確認する。まぁ、本当は確認する必要も無いのだが。
――ポーン
 トレーニング開始のSEが耳元で鳴り響いた。
 前を見ると、10メートル離れたところに巨大な丸い(まと)が出現していた。
 半身になりながら、《スペルガン》を右手だけで構えてみる。
 銃口から赤い光の線がまっすぐ伸びていた。
 射撃補助線(ガイドライン)だ。
 驚くほど視認しやすいのは、システムの補正があるためらしい。たとえ真っ赤な場所で銃を構えても、射撃補助線はしっかりと見えるそうだ。
 自分にも、敵にも。
(それが問題だよな)
 射撃補助線は消すことができない。つまりPvP(プレイヤー対戦)では邪魔になるはずだ。おそらく、構えてから撃つまでを一瞬で終えられるかどうかが、強い銃使いの条件のような気がする。
(まっ、今はそれ以前の問題か)
 俺はそのまま20発、的に向かって撃ってみた。
 パスッ、パスッというエアガンそのものな音が響いた。そのくせ、銃口からはX字の青白いフラッシュノズルが瞬く。どうにもチグハグな感じがする。
 全弾撃ち終わると、左斜め上に小さなウィンドウが出現した。
―― point 1874 / RANK A
 満点は2000点。ランクは1000点以下でE、以後は200点ごとにD、C、B、A。つまり、1800点以上だった今回はランクAだ。ネットの情報によると、1900点を超えるとSになり、ウィンドウのメニューの横に星印が付くらしい。それが何を意味しているのかは、今のところ不明なのだが。
「えっ!?」
 不意に例の女性テスターの声が聞こえた。
 俺が練習していた場所は、グランドの出入り口のすぐ右手だ。女性テスターは反対のすぐ左手で、同様に《スペルガン》の練習をしていた。もっとも、練習中の的は本人にしか見えないので、どのメニューを選んだのかは俺にもわからない。
 ウィンドウもそうだ。
 他人のウィンドウは、透明な硝子板にしか見えず、表示内容を確認することができない。また、《青》ではウィンドウのデフォルトカラーが深い藍色だ。そのため俺からは、彼女のウィンドウが薄い空色の硝子板にしか見えなかった。
 それはともかく。
「――やったぁあああ!」
 彼女は弾けるように跳び上がった。
「やった! やったやった! ほらほら、ランクS! ランクえ――」
 俺のほうに顔を向けたところで、彼女はハッとなり我に返った。
 無言の俺。
 固まる彼女。
 俺は彼女から顔を背け、
「コール、リトライ」
 とつぶやいた。
 ヴォイスコマンドに応じて、再びガンタイプ=パターンAのメニューが起動する。
 今度はグリップの下に左手を添えながら20発、連続して撃ち込んだ。
 ファンファーレに似たSEが響く。
―― point 1949 / RANK S
 よしっ。
 視線を横に向けると、彼女は展開したウィンドウを操作しながら、チラチラと俺を盗み見ていた。
 俺はすぐにガンタイプ=パターンBのメニューを選んだ。今度は先ほどと同じ10メートルほど離れたところに、3×3に分かれた木枠が現れた。木枠の手前では、赤い文字で5秒からカウントダウンが始まっている。
 今度は、枠の中に現れる標的を次々と撃っていくメニューだ。
 俺は素早く弾倉が20発に戻ったことを確認した。
 弾倉を戻すと同時に、右足を踏み出し、右手だけで構える。
 カウントがゼロになった。
 撃つ。
 ひたすら、現れた(まと)を撃ち続ける。
 ファンファーレが鳴った。
 すぐさまガンタイプ=パターンCを選ぶ。
 (まと)は変わらないが、今度は目の前に新しいカードが1枚現れた。カートリッジカードだ。
 手にとると、カウントダウンが始まった。
「コール、オープンカード」
 左手の中に弾倉を具現化させる。
 カウントダウンがゼロになった。
 撃つ。今度もひたすら撃つ。と同時に、撃った弾数を数え続ける。
(――20!)
 俺は即座に弾倉を外した。
 空のカートリッジが芝生に落ちるより前に、新しいカートリッジを装填する。
 ガチャッと初弾を装填。直後、俺は両手で構えながら残りの標的を撃ち続けた。
 ファンファーレが鳴った。
 パーフェクトだった。
「よしっ」
 思わず左手で小さくガッツポーズをする。
 チラッと隣を見ると、新しいメニューを終わったばかりらしい彼女が、微妙に肩を落としつつ、チラッと俺のほうに目を向けてきた。
 俺はニヤッと笑いながら小さくつぶやいた。
「3つ」
 途端、彼女はムッとした表情になった。
(勝った)
 だがこれで満足する俺ではない。
 すぐにパターンDに挑戦――が、今度は次々と起きあがりつつ接近してくる人型標的を撃つというメニューで、しかも点数計算がシビアだった。2度、3度と挑戦しても、ランクSどころかランクBにしかならない。
「――3つ目ぇ!」
 彼女が叫んだ。見ると彼女は、ニヤッと笑っていた。
(追いつかれた!?)
 しばらくして、俺はパターンDを攻略した。
「よし……」
「よしっ!」
 彼女の声だ。ほぼ同時に攻略したらしい。
 俺たちは一瞬だけにらみ合い――ほぼ同時に、パターンEを選択した。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



――リミットタイムまで残り30秒
 耳元でシステムメッセージが響いた。それでも俺は引き金を絞り続けた。彼女もそうだ。やめる気配をみせない。5分前、3分前、1分前の警告メッセージが響いた時もそうだった。まるで、先にやめたほうが負けになるような状況だった。
「ふぅ」
 向こうが銃を降ろした。パターンFが終わったらしい。
 残念がっているところを見るとランクSには届かなかったようだ。とはいえ、俺のほうもパターンFではランクBまでしか出せていない。今回のチャレンジも今ひとつだ。
「ランクは?」
 彼女が尋ねてきた。チラッと視線を向けると、俺のことを睨んでいた。
 無視して銃を撃ち続ける。
 終わった。
―― Point 1769 / Rank B
 くそっ、まただ。
 俺は銃を降ろし、ふぅ、と溜め息をついた。
――リミットタイムまで残り20秒
「ランクは?」
 再び彼女が尋ねてきた。
「Bだよ。そっちは」
「……Cよ」
 少し悔しげに言い返してきた。これには少しだけ驚かされた。
 たとえ低くても、強がって俺と同じか、上のランクを言ってくると思ったが……
「22時」
 見ると彼女は、俺の方に躰を向けながら鋭く睨んでいた。
「わたし、明日も22時にログインするわ」
――リミットタイムまで残り10秒……8、7、6
 俺は、彼女に向き直った。
「……22時だな」
「そうよ」と彼女。
「逃げるなよ」
「どっちが」
――リミットタイムです。強制ログアウト処理に入ります。
 こうして5月29日(テスト5日目)のテストは、デッド扱いの強制ログアウトで幕を降ろした。

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