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[01-01]
―― Login Account : 436-332-2004-9719
―― FAL Check : .....OK
―― Bital Check : .....OK
―― Login Check : .....OK
―― Login Time : 25,March 20X0 14:01:46
―― Limit Time : 25,March 20X0 15:01:46
―― Contents Code : PHANTASIA ONLINE ver C1.0102
―― Abator Name : SHIN
―― Login Place : BLUEPOLIS / CENTRAL CIRCLE / LOGIN BOX 07
―― Login Sequence : .............................. complete
独特な浮遊感覚はスーッと消えていった。
両目を開けてみる。
正面には誰かが立っていた。目つきの悪い、ガリ痩せでヒョロリとした根暗男だ。
ただ、適当に短くしてある髪は黄金色だった。
不健康な色白肌も、東南アジア系の濃褐色になっている。
現実の俺との違いはそれだけ。
他はすべて、実像のままだ。
「…………」
あぁ、そうか。これ、鏡か。
俺はガリガリと頭をかいた。鏡の中の俺も、苦笑まじりにガリガリと頭をかいていた。
いや、それは俺であって、俺ではない。
今の俺は久賀慎一ではない。
“SHIN”――それが今の俺。この外装の名前なのだ。
━━━━━━━━◆━━━━━━━━
10年前、国際的なIT企業グループ『NEURO』は、特殊な電磁波で人の神経系に干渉する技術――通称『PV』を開発した。視覚や聴覚だけを騙す“不完全な仮想現実”とは異なる、“完全な仮想現実”を可能としたのだ。
ただ、誰もが真っ先に思いつく娯楽利用は、諸々の事情から絶望視されていた。それでも関係者は努力を続け、昨年12月、ようやく娯楽用普及機の開発に成功した。こうして今年20X0年から様々なテストを行い、来年にはNEUROグループの完全子会社である『VRN』を通じて、普及機を一般販売すると宣言した。
世界に激震が走ったのは言うまでもない。
もっとも、その際に発表されたコンテンツというものが、単に仮想世界で観光を楽しむだけのものとか、仮想都市に住むだけのメタバース系コンテンツだとか……それもあって、俺の興味は一気に失せてしまった。
そういうのが悪いというつもりはないが、単に“行く”だけの仮想現実は旅行と変わらないと思うのだ。ゆえに興味がわかない。ということを、今年の正月、久しぶりに帰省した叔父に話した。たまたまTVニュースでPVのことが取り上げられ、おまえはどう思う、と尋ねられたからだが……
叔父はVRN社の社員だった。
寝耳に水だ。
しかも、公開されていないPVコンテンツに関係しているというのだから、なんだか笑うしかない。
コンテンツの名は『 PHANTASIA ONLINE 』。魔杖と呼ばれる魔法的な道具を操る「魔杖師」たちの物語、というバックストーリーを持った陣営対決メインのMMORPGだ。
公式設定によると――
遙か昔、神秘の結晶たる魔杖に支えられた偉大なる文明があった だが悪しき魔杖師が現れたことで世界は滅亡の危機に瀕してしまう
魔杖戦争
輝ける十二英雄の時代にして偉大なる文明の黄昏たる時代 勝者は無く ゆえに敗者も無く 文明は滅び ゆえに争いも滅び ・ ・ ・ 千年の時が流れた 世界は悪しき魔杖師が遺したクリーチャーたちが徘徊する秘境の地と化していた だが二つの月が重なりし時 異界に通じる三つの扉が開いた 《赤》の門は荒野に 《青》の門は海に 《緑》の門は森に それは最後の英雄が遺した奇蹟 異界に生きる魔杖師たちの化身を召喚する究極の秘術 呼び出された彼らを待ち受けるものは何か 魔杖戦争に秘められた謎とは 今、魔杖師たちの謎に満ちた冒険が始まろうとしている――!
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ありがちな異世界ファンタジーモノと思えば、間違いないらしい。
ゲームで最も重要な“陣営”の特色は――
《赤》の陣営――荒野・廃墟に中枢都市を持つ陣営。機械系の外装オプション有り。
《青》の陣営――海辺・群島に中枢都市を持つ陣営。爬虫類系の外装オプション有り。
《緑》の陣営――森林・山岳に中枢都市を持つ陣営。哺乳類系の外装オプション有り。
――となっている。
もっとも、陣営ごとのゲーム的な差は何もない。違いは、当面の主なフィールドの地形と外装の追加オプションだけだ。
ちなみにネットの情報を漁った限りでは、一番人気は猫耳や尻尾を追加できる《緑》、二番人気は躰のパーツを機械と換えられる《赤》、ゲテモノ系の《青》は圧倒的すぎるほど人気が無く、製品版では別のものに変えられるだろうと見られている。
さて。
俺は叔父のコネのおかげで、史上初のMMO仮想現実RPG『 PHANTASIA ONLINE 』のクローズドβテスターになれたわけだが、なんでもうちの高校には、俺の他に、何らかの手段でテスターになったヤツが何人かいるという話だ。
実際、テスターになったことを自慢げに語る連中が現れた。
そいつらはちょっとしたヒーローになっていたが、俺は黙っていた。
目立つのは嫌いなのだ。
いや、嫌いなのは人間全般……違うな。面倒なだけだ。人間関係ってやつが。
だから俺は、誰にもテスターになったことを言わなかった。
普段通り、ボーッとしながら毎日をすごした。
そんな俺だから、陣営は《青》を選んだ。
理由は“人が一番少なさそうだから”。
それ以上でもそれ以下でもない。
外装オプションは最低ひとつ選ばなければならないので、俺は瞳孔が縦長になる“竜眼”を選んだ。そのせいで、俺の凶相がさらにパワーアップしたが、まぁ、別にどうでもいい話だ。どうせ仮想現実なのだし。
「さて……」
俺は鏡で瞳孔を確かめたあと、改めてログインボックスの中を眺めてみた。
どことなく電話ボックスを連想させる広さだ。
形状は円筒だが、鏡の部分だけ平らになっている。ドアは鏡の対面、つまり俺の背面にある。“OPEN”と書かれた自動ドアのタッチボタンのようなものを押すと、壁にしか見えないところがシュッといいながら左右に開いた。
外に出てみる。
(へぇ……)
そこは半分ほど海に突き出している巨大な円形広場だった。
見上げると真夏の青空にまぶしい太陽が輝いている。太陽のある方角が南だとすると、その反対側にあたる北側には街並みが広がっていた。3車線ほどの幅がある道路沿いに、エーゲ海っぽさを感じさせる家々が建ち並び、その先に断崖絶壁をくりぬく形で、古代ギリシアを思わせる神殿があった。
全体的に東地中海のイメージでデザインが統一されている。
ちょっとした観光旅行に来た気分にさせてくれる光景でもある。
これはこれで、意外と悪くない。
「うわぁ……」
不意に傍らから声が響いた。
見ると隣のログインボックスから、同年代と思われる女性のテスターが外に出てきた。
身長は俺よりかなり低い。多分、150センチ台だろう。
癖のない金髪を腰まで伸ばし、東南アジア系を思わせる瑞々しい肌を太陽に晒している。
空を見上げる大振りな黒い双眸は、猫のように縦長の瞳孔で……
「…………」
俺は苦笑した。
まさか、俺と同じような色とオプションを選ぶテスターがいるとは。
それも芸能人並みの容姿を持つ女性外装で。
「あっ」
向こうも俺に気づいたようだ。俺のつま先から頭のてっぺんまで、マジマジと観察してから、丸くした目で俺を見上げてきた。
お互い、服装は初期装備のままだ。
上は無地の白いTシャツ。下はゆったりとした膝丈のショートパンツと太い革ベルト。足はベルトで固定するタイプのサンダル。ちなみに下着はボクサーパンツで、倫理規定によって縁の部分が皮膚と癒着している。女性はこれに、スポーツブラが追加されるらしい。少なくともマニュアルには、そう記載されている。
彼女は無言のまま苦笑した。
俺も無言のまま、ガリガリと頭をかいた。
「ひと」と彼女。「少ない……ですね」
俺はうなずきながら、彼女と一緒に周囲を見回した。
広場は限りなく無人に近い。
俺たちが出てきたログインボックスは、中央広場のちょうど中心に、円を描くようにして並んでいる。ログインしてきたテスターは、この周辺に止まっているままなのだが、ザッと見ても20名前後しかいないようだ。しかも、そのほとんどがトカゲ人間としか言いようがないテスターの集団だった。
外装オプションで種族を選んだ面々らしい。
この場では一番大きな集団であり、今は、互いの躰を見せ合っては、「うひょー!」とか「きたー!」とか叫んでいる。
正直、波長が合いそうにない。
「ちょっと……近づきづらいですね」
見ると彼女は例の集団を見ながら苦笑していた。
「確かに」
俺はそう応えた。
「あの……」と彼女。「闘技場って、どこにあるかわかりますか?」
俺はちょっとだけ目を見開いた。
今日はこれというイベントが無い。NPCもセットされておらず、都市の外に出ることもできない。おまけに連続ログイン時間はたったの1時間。ログインを試す以上のことはできない日と断言していい。
だが、頭を捻れば、やるべき事も簡単に見つかる。
例えば――戦闘訓練。
『 PHANTASIA ONLINE 』には多種多様な魔杖が用意されている。スタッフ・インタビューによると、それぞれの扱いに慣れるだけでも、最初はかなり手こずるという話だ。そこで『 PHANTASIA ONLINE 』では、戦闘訓練が可能な場所として闘技場と呼ばれる場所が用意されている。
ただ。
「……戦闘の?」
思わず俺は、そう尋ね返していた。
一般的に、女性テスターは『 PHANTASIA ONLINE 』のゲーム以外のところ――NEUROが最初に告知したメタバース系コンテンツとしての魅力――に楽しみを抱いていると言われている。というか、このゲームの戦闘は、斬った撃ったの野蛮なものだ。そんなものに興味を持つ女性が、それもこんな可愛い子が……
いや、ここは仮想現実だ。
俺のように実像に限りなく近い外装でログインする馬鹿、そういるはずもない。
「…………」
彼女は無言のまま、困ったように微笑みながら頷いてきた。
実像は違うかもしれないとわかっていても、男なら誰でも落ち着かなくさせるような、品のある微笑みだ。もっとも俺の場合、それが逆に気持ちを萎えさせたのだが。
「転移で……」
一応、俺はそう答えながら、自分の左肩を軽く2度、叩いてみた。
この動作を『ダブルタップ』と言う。叩く肩は、左右どちらでもかまわない。重要なのは“自分で自分の肩を2度叩く”というところだ。仮想世界では、こうすることでシステムウィンドウを展開できる……らしい。
「おっ」と俺。
「あっ」と彼女。
ちょうど俺の胸の前に、斜めに傾いた藍色の板のような出現した。
システムウィンドウが展開したのだ。
パッと見たところ、平面ディプレイが何の支えも無しに浮かんでいるように見える。どうやら出現座標は胸を基準にしているらしく、身体を左右に揺すってみると、呼応するようにウィンドウも左右に揺れた。
なんとなく、美術の時間に使う画板に近い気もする。
「へぇ……」
俺は感心しながら、ウィンドウの上段に並ぶアイコンのひとつに触れてみた。
感触は液晶ディプレイそのもの、操作感覚はタッチパネルそのままといった感じだ。
選んだアイコンは、都市内を移動する時に用いる“転移”を示したドアのアイコンだ。すると画面は切り替わり、転移可能なポイントを示しているらしい都市の略図が表示された。その中には、古代ローマの闘技場そのままのイラストもあった。転移ポイントであることを示す赤い光も点滅していた。
「お先」
俺はそう言い残し、闘技場と思われるイラストにタッチ。“闘技場に転移しますか?”という問いかけに“YES”と答えた。
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