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[07]
――それにしても驚かされたぞ、《殺戮者》よ。まさか妖精騎士が自ら加護を破るとは、我も思いはしなかった。さすがは公明正大なる世界の守護者! 王族でありながら血の力さえ封印するとは、もはや感涙の海で溺れ死にそうだ! あーっはははは!
公爵はさも楽しそうに声を響かせてくる。
苦しい。
立っていることさえままならない……
――教えてやろう、《殺戮者》よ。
公爵はコツッ、コツッと足音を響かせながら近づいてきた。
――癒しの力は王族だけが持ち得る力ではない。妖精騎士もまた、微弱ながら癒しの力を身につけておる。それをこの女は、自ら解いたのだよ。自らな。
「癒しの……力…………」
口を開くのも辛い。声が響くたびに、天地がグラグラと揺れているような気さえする。
――そうだ。癒しの力だ。我々の対極に位置する力だよ。そのおかげで、我らは妖精騎士に干渉することができない。おまえたち人間が鎧に仕込んでいる魔封じの刻印を、こやつらは生身のまま身につけているというわけさ。それを解除したのだ。意味がわかるな?
「て……てめぇ…………」
――なに、殺しはしない。
公爵は俺の前で片膝をついた。
――エルフは殺しても無意味だ。その魂は森に戻り、再び生まれ変わる。だが……もし、生まれなかったとしたら、どうなる?
「やめ……ろ…………」
――正確には違うな。生まれる前の状態までさかのぼったとしたら、どうなると思う? 幼児に、童子に、赤子に、その前に……おや? 何も無くなってしまうな。魂はどこに行ってしまうのかな? 生まれ変わる前の肉体? ああ、そういえば、その肉体は滅んでいるな。滅んだ肉体には戻れない。そう、戻れない。次なる華に身を宿すことはできないのだよ。わかるかな、《殺戮者》。
やめろ!
俺はそいつと“向こう側”を見るために剣を重ねるんだ!
俺からそいつを奪うな!
その女を、妖精騎士を、アルゼリアのフェイゼルを俺から奪うな!
――さぁ、ショータイムだ! この愚かな妖精騎士から全ての死の力を取り除き、全ての滅びを取り除き、全ての終わりを取り除こう! その身に宿る無限の生の力を暴走させるがいい! 若返れ! 永遠に若返れ! そして消え去れ! あーっはははは!
立ち上がった公爵は左手をアルゼリアのフェイゼルに差し向けた。
彼女の体が激しい痙攣(けいれん)を起こし、仰向けに倒れ込んだ。
俺の目にも、変化はすぐにわかった。
むき出しの乳房が小さくなり、髪が短くなり、手足が少しずつ縮み、どんどん、どんどん、少女の体へと変化して、さらには童女へ――
「――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
奪うな。
俺からその女を奪うな。
“向こう側”への鍵を、俺という存在が何者なのか知る手がかりを、俺から奪うな!
――ザシュッ!
俺は公爵の背中を右の長剣で切り裂いていた。
刃が右肩から胴の半ばまで食い込んでいる。
――おやっ? なにかしたかね?
公爵は振り返り、ニヤリと笑った。
切断面からプチュと音をたてて腐汁があふれ出す。肉の腐ったニオイがした。
腐ったニオイが……
「――!!」
俺は左の長剣を投げつけた。
黄金の御輿に。
――グワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
ヴェール越しに見える暴君ヴァーズの頭部に俺の長剣が突き刺さった。
絶叫と共に世界が再び昼に戻る。
「貫けぇえええ!」
伯爵軍の陣地から声が響いた。
――ズシャッ
御輿の横を、あの自在に戻る槍が貫いていった。あまりの速さに、純白の閃光が貫いたかのように見えた。
――グチャッ
傍らで公爵だったものが潰れる。同時に見越しも石畳の上に落ち、ちょうど前方のヴェールがフワッと舞い上がって、御輿の屋根に引っかかった。
「安直すぎるって……」
御輿の中では一度だけ顔をあわせたブヨブヨの肥満オヤジが、煙をあげながら溶けつつあるところだった。魔族は核を貫かれると肉体が溶けていくというが、どうやらこういう現象のことを意味しているらしい。
胸くそ悪い光景だ。
なにより、暴君が魔族だなんて誰もが納得する筋書きが……馬鹿馬鹿しくい。胸くそ悪い。
「くそっ……」
頭が痛い。瞬間的になら体を動かせたが、今は考えることさえ億劫(おっくう)だ。二日酔いなんて目じゃないほど、天地が脳髄の奥底からズキズキと痛んでくる。
「《殺戮者》! 無事か!?」
辺境伯と重装歩兵の一団が駆け寄ってきた。
「どうにかな……」
「それにしても……まさか暴君ヴァーズが魔族とは……安直すぎるというか、なんというか」
辺境伯も俺と同じ感想を抱いたらしい。
「まったくだ」俺は右手の剣を杖代わりにして立ち上がった。「お姫様も深く考えずに特攻してれば、あんな思いせずとも……」
「悪かったな」
不意にガキの声が聞こえて――んっ? いや、待て。なんでこんなところにガキが?
「おっ……こいつはまた…………」
辺境伯は肩越しに振り返りながら、苦笑いを浮かべた。
「……不覚をとりました。ご心配をおかけし、申し訳ありません」
そう告げたのは、メスガキだった。
誰かから借りたらしい純白のマントで体を覆っている。
小柄だ。
ついでに顔立ちを見る限り、どう見ても一〇歳前後だ。
おまけに肩口まで伸びる黄金色の髪、大理石のような瑞々しい純白の肌、宝石を思わせる大振りなエメラルドグリーンの瞳、そしてわずかに先端が尖った耳……
「まさか……」
「……悪かったな」
メスガキはムッとした表情で、先ほどと同じ言葉を告げた。
間違いない。こいつは――
「嘘だろ……」
俺はヘナヘナとその場に座り込んだ。
だって、そうだろ? ようやく見つけた“向こう側”を見るための鍵が……アルゼリアの妖精騎士が……こんな……こんなメスガキになるなんて!!
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