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[06]


「はてさて……確かにこのまま犯すってのも悪い選択肢じゃないが……」
 俺は左手のナイフをお姫様の頬に押しつけ、強引に俺の顔を見上げさせた。
「質問に素直に答えるなら、このまま殺してやる。どうせ首を斬れば死ねるんだろ?」
「……そうだ」
 お姫様は鋭くにらみ返しながらそう答えた。
「じゃあ、質問そのいち。いくら任務とはいえ、王族がひとりで動くっていうのは、ちょっと変じゃないか?」
「……それが妖精騎士だ。王族だろうと平民だろうと関係無い」
 お姫様は顔を俺から見て右側に背けてしまった。
「質問そのに」
 左手のナイフを逆手に持つ。
「王族の再生能力……っていうべきだろうな。そいつを消すことは?」
「……本人の意思だけだ。他人にどうこうできるもんじゃない」
「じゃあ、消せ」
 俺は左手のナイフを、彼女の肩口に押し当てた。
 お姫様が目を閉じる。
「消えたか?」
「……消した」
 スッと軽く刃先だけを動かす。確かに切れた皮膚は切れたままだ。ジワッと血がにじみでてくるあたりは、俺なんかと大して変わりがない。
「これで五分(ごぶ)ってわけか……」
 俺は立ち上がった。
「……?」
 お姫様は何が起きたかわからず、丸めた目で俺を見上げていた。
「ペナルティだ。能力は消したまま、服はそのまま」
 俺は離れた場所に放りだした長剣を二本とも拾い上げ、ナイフを脚甲にしまい込んだ。
「……情けをかけつもりか?」
「おまえのことなんて知らんよ」
 俺は右手の長剣を振るった。
「あと少し……あと少しで、俺の全力が引き出される。その“向こう側”にあるものを見たいだけだ」
「…………」
「イヤでもつき合ってもらうぞ」
「………………わかった」
 お姫様は胸を隠すような不要な動作はせず、スッと立ち上がり、手放した一対のカタナを拾い上げた。
「ジーク殿。ひとつだけお尋ねしたい」
「急に改まったな。色仕掛けでもするつもりか?」
「なぜ剣を持った」
 彼女の眼差しは真剣だった。俺は目を閉じ、小さく笑った。
「難しい質問だな」
「だと……思う」
 薄目をあけると、お姫様は暗い表情で顔を少しだけうつむかせていた。
「わたしにも答えられない。物心つく頃には剣を持っていた。妖精騎士になるのが当然のことだと思っていた。だが……」
「……だが?」
「……わたしも《殺戮者》なのだろうか」
「そうさ」
「……そうなのか?」
「さぁな」俺は長剣を構えた。「俺は“向こう側”を見たい。それだけさ」
「見てどうする」
「見てから考える」
「無意味だったらどうする」
「わからん」
「そんなことに命を賭けるのか?」
「俺にはコレしかない。付き合え」
 お姫様は口元に笑みをこぼした。初めて見る笑顔だ。なかなか魅力的である。
「いいだろう。わたしも見たくなった。その“向こう側”というやつを」
「男の希望に答えるなんざ、いい女だよ、あんたは」
「おぬしのことも誤解していた。同じ《殺戮者》として、お相手願う」
「ああ。再開だ」
「殺し合いの、な」
 俺たちは互いに身構え、間合いを計り始めた。
 おそらく次の超連撃の応酬で全てが決まる。“向こう側”が見えるか、それとも見えないか。生きているのはどっちか。死んでいるのはどっちか。コインの表と裏。今日までの俺の中の乾きが、この一瞬一瞬の間に満たされていく気さえする……
 そう思っていた、矢先に。
――愚かなり!
 頭蓋骨の内側に響き渡る不快な声が俺の頭を揺さぶった。
「ぐっ……」
 あまりの激痛に、俺は顔をしかめながら片膝をついてしまう。だが、お姫様はそれどころの騒ぎではなかった。
「はぁあああああ――!!」
 太刀を手放し、両腕で自らを抱きしめながら苦しげな声を張り上げていた。
 両膝をつき、そのまま石畳に額を押し当て、目を見開き、口も大きく開け、もはやあげることさえできぬ悲鳴のかわりに舌を突き出して、唾液をだらだらと垂れ流している。
――あーっははははは! 加護を自ら破るとは愚かすぎるぞ、妖精騎士!
 世界が夜に変わっていた。
 一瞬のことだった。
 なにが起きたのか、俺にはまったく理解できなかった。
――さぁ、偉大なる覇者よ! これより最高のショーをお見せする! いざ、主賓席へ!
 立ちくらみにも似た目眩が襲いかかった。
 次の瞬間、俺の左手側、橋の端の方に黄金の御輿(みこし)だけが出現した。
 御輿は支える者がいないというのに、宙に浮いている。
 絶叫が響いた。
 あわてて振り返ると、王国軍が何者かによって攻撃されていた。
 いや、殺しているのは同じ王国軍の兵士だ。
 同士討ちだ。
 ハッとなって伯爵軍を見ると、全身合板鎧を身につけた重装歩兵たちが、暴れ始めた弓兵たちを取り押さえている光景が目に飛び込んでくる。それだけではない。こちらに駆けだしていた重装歩兵の一団は、必至になって、見えない壁に向かって肩からぶつかっていた。その中には辺境伯の姿もある。何度も何度も、あの自在に戻る槍を投げつけては、見えない壁に阻まれ続けていた。
 なんだ。
 いったい、なにが起きたんだ。
「ジークよ! さすがは《殺戮者》だ! よくぞやった! 誉めてつかわす!」
 御輿の中から暴君ヴァーズの声だけが聞こえてきた。
 薄いヴェールの向こうに、あの肥満だらけの巨漢がうっすらと見えている。
――我も誉めてつかわそう。
 あの頭痛を伴う事を響かせながら、ひとりの人間が見越しの前にスッと姿を現した。
 公爵だ。
 あの無能で、感情的で、腐敗貴族の象徴のような公爵がニタニタと笑いながら、忽然と姿を現したのだ。
 ようやく俺は、事のカラクリを理解した。
「てめぇが魔族だったのか……」
――宮廷魔術師と言っていただきたいな。
 公爵はニヤニヤ笑いながら、口を動かさず、頭に響く声だけで答えてきた。

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