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[08]


 王都は夜になっても大いに賑わっていた。魔族と契約していた暴君は死亡、国王軍も壊滅、諸侯の推薦と大神官の祝福を受けた辺境伯が略式ながら西ファーディス王に即位し、王国復興の第一歩として今年の租税を全面的に免除すると発表した――これで祝うなという方が無理な相談だ。市内の至る所にかがり火が焚かれ、男たちの乾杯の音頭と、陽気な音楽が絶え間なく流れ続けている……
「はぁ……」
 平和になっちまった。
 あの辺境伯が死ねば、また話は変わるだろうが……もう、どうだっていい。
「ったく……」
 俺は悪態をつきながら、トボトボと王都の裏路地を歩き続けた。
 あの騒動の後、消耗仕切っていた俺は、不覚にも意識を失ってしまった。気が付いたら王都の中、宮殿の一室に横たわっていた。どうやらあの辺境伯が俺を保護――捕縛?――したらしい。不幸中の幸いといえば、目覚めた時、部屋の中に誰もいなかった点だろう。ついでに見張りは、部屋の外に立っている奴らだけだった。
 そうなれば勝手知ったる王都の宮殿。俺は隠し通路を使い、早々にその場から逃げ出させてもらうことにした。
 隠し通路の情報を連中が手に入れてなかったのが不幸中の幸いだった。ついでに戦勝ムードで王都全体の気が緩んでいることも大きい。武器庫の中に無造作に投げ込まれていた鎧、斧槍、長剣を奪取した俺は、二つの大きな幸運にささえられ、こうして王都の陰から陰へ、人目につかないところを歩き続けているわけだが――だからといって、宛があるわけでもない。
 とにもかくも、西ファーディス王国は平和になった。
 今後も国王軍の残党狩りが続くだろうが、それほど激しい戦闘は起こらないはずだ。
 辺境伯軍――いや、新国王軍と呼ぶべきか?――の残党狩りもあるだろうが、傭兵にすぎない俺にできることといえば、残党側に与して新国王軍に嫌がらせしてみるぐらいのこと。そこで味わえる戦闘なんざ、たかがしれている。
 まったくもって面白くない。
 だったらいっそ、東に行ってみるか?――悪いアイデアでは無いな。
 そもそも辺境伯が挙兵した背景には、北辺の魔族が勢いを弱めたことと関係している。話によると、西方世界全域で魔族の活動が沈静化しつつあるそうだ。まぁ、わざわざ落ち目の暴君に取り入ろうとするあたり、魔族も随分、追い込まれているってところなんだろう。そうなると、対魔族用の戦力が西方世界各地で浮いてしまうことになる。西ファーディス王国の辺境伯軍がいい例だ。
 だったら、残る二王国は?
 もしかするとそっちでも政変が起きるかもしれない。
 いや、必ず起きる。
 西ファーディス王国のクーデターの話は、数日と経たず、西方世界全域に伝わるだろう。その時、ヴァイラント王国の女王陛下は心穏やかに鉄十字騎士団を見ていられるだろうか? ロダーヌ王国の老宰相はゴブリン族との盟約を守り続けるだろうか?
「……なるほど」
 どうやら面白いことになりそうだ。
「止まれ!」
 ふと気づくと、俺は王都の南側にある正門のそばに近づいていた。
 声をかけてきたのは槍を持つ守備兵らしい。一応、周囲では酒宴が続いているが――まぁ、辺境伯軍の全身合板鎧を着込んでいるところを見ると、生え抜きの重装歩兵ってところなのだろう。どうやら正門の横にある副門を警備する四人は酒も飲まず、真面目に歩哨の任についていたらしい。
「《殺戮者》ジーク卿とお見受けするが、如何に!?」
「さぁ?」
 黒山羊の角を持つ兜を被り、漆黒の甲冑を身につけ、長大な斧槍を肩に担いだうえに、腰には二振りの長剣を下げる――それで正体がバレないなどと、俺自身も思ってはいない。念のためボロボロの外套を上に羽織り、裏路地を選んで歩いていたが、だからといって辺境伯軍相手に見つからずに済むとは露ほども考えていない。
 だいたい、王都を抜け出すには必ずどこかで一戦交えなければならないのだ。
 昼間の疲れが抜けきっていない以上、なりふりかまわぬ正面突破というのは少々酷だったりもするが……まぁ、仕方ない。
「じゃあそういうわけで……」
 俺は外套を放り投げ、斧槍を構えた。
「殺(や)りあうか?」
 一瞬にして周囲が静まり返った。酒をあおっていた守備兵――装備からすると王都攻略時に寝返った連中らしい――も目を見開き、口をポカーンと開いて俺のことを見ている。
 こいつらは戦力外だな。
 当面の敵は、目の前にいる全身合板鎧の重装歩兵四人と、姿は見えないが市壁の上にいるであろう弩(クロスボウ)を持った連中。
 ここは二人ぐらい斬り殺して、ひとりを人質にし、副門を開けさせて……
「卿の頭の中はそれしか無いのか?」
 不意に市壁の上から澄んだ声が響いてきた。
 聞き慣れない声だ。
 いや、声の抑揚には聞き覚えが――いやいや、違う違う。俺はこの声をすでに聞いている。あの騒動の後、あの橋の上で!
「降りるぞ。動くなよ」
 直後、大人三人分の高さはあろうかという市壁の上から薄緑色の何かが落ちてきた。
 いや、ふわりと軽やかに着地した。
 焦茶色の長靴、薄緑色をした丈が短く肩から先が無い胴衣とゆったりとした脚衣、濃紺の腰を絞る厚手の布、そして肩口まで伸びる柔らかな黄金色の髪と、絹を思わせる滑らかな白い肌……
「あまりにも予想通りすぎるぞ、ジーク卿」
 メスガキだった。
 そこにいるのは、メスガキになっちまった、あのお姫様だった。
「………………」
「どうした? 自分の行動を見透かされたことに言葉を失ったのか?」
 メスガキは勝ち誇ったようにニヤニヤと笑った。
「……なるほど」
 俺は頷き――斧槍を構えたまま一気に突進した。
「なっ!?」
 メスガキなお姫様が驚き、ギョッとした重装歩兵たちが守るように前に踏み出した。
 だが、俺の方が少しだけ速い。
 スッと重装歩兵たちの間をすり抜けた俺は、お姫様に肩からぶち当たり、そのまま副門の扉にドガッと押しつけた。
 お姫様はゲホッとむせた。
「動くな! こいつの首、切り落とすぞ!」
 俺は素早く斧槍を投げ捨て、腰の長剣を抜き放つが早いか、お姫様の首筋に押し当てた。
「こいつはミスリル製だ! ガキの首ぐらい、簡単に切り落とせるぞ!」
 背後の重装歩兵たちは、その声でようやく動きを停めた。
 よしよし。
「……というわけだ」
 俺はお姫様に微笑みかけた。
「悪いが、しばらく人質ってことで大人しくしてもらえると助かるんだが……どうだ?」
「……望むところだ」
 お姫様もニヤッと笑う。
「面白いことを教えてやる。今日の夕方、森の伝令が新しいお告げを伝えにきた。それによると――《殺戮者》、おまえの行く手には、常に魔族の影が見え隠れするそうだ。どう思う?」
「急に言葉使い、荒くなったぞ?」
「金輪際、二度とおまえを騎士扱いしない。そう決めただけだ」
「へぇ……じゃあ、さっきまでは騎士扱いしてくれていたってわけか?」
「………………」
「まぁ、どうでもいいさ」
 俺は薄皮一枚だけお姫様の首を切った。
「邪魔する奴は、魔族だろうが妖精騎士だろうが、全部“敵”だ。“敵”は容赦なくぶっ殺す――それだけさ」
「フェ、フェイゼル様……」
 周囲の警備兵たちが困り果てている。
 おっと、ノンビリしている暇は無いな。すでに伝令が走っているだろうから、逃げ出すなら……
「……表に馬を用意してある」
 お姫様は顔をしかめながら、そっぽをむいた。
「おまえの黒馬と、私のリアーヌだ。旅装も済ませてある」
「準備のよろしいことで」
 直後、副門が向こう側から開いた。お姫様の胸ぐらを掴みながら奥を覗き込むと、軽装の警備兵が剣を構えながらジリジリと下がっている姿が見える。よく見ると、その向こう側では、外に通じるもう一つの扉が開いていた。
 俺はお姫様を引き寄せたままで、ジリジリと奥に進み、副門を通り抜けた。
 お姫様が告げた通り、桟橋を降ろしたままにしてある外には、俺が乗っていたあの黒馬と、お姫様が乗っていた白馬の姿があった。
「さて……」
 俺は困り果てた。
「もしかして全部、あの辺境伯の掌の上ってことか?」
「……今頃気づいたのか?」
「まぁね」
 俺はお姫様を捕まえたまま黒馬に近づき、警備兵の一人に声をかけ、投げ捨てた斧槍を鞍に備え付けるよう命じた。
「じゃ、そういうことで」
「……えっ?」
 俺は片手でお姫様を持ち上げ、「ふんっ!」と力を込めて桟橋の横、水堀に向けてこいつを放り投げた。
「キャァアアアアア!」
 なんだ、可愛い悲鳴、あげられるんじゃないか。
――バシャーン!
 水柱があがる。
 その頃には、もう俺は黒馬の上にまたがっていた。
「じゃあな、お姫様! 前みたいなべっぴんになったら、女の喜び、教えてやるよ!――ハッ!」
 俺は闇夜の中、馬を走らせた。
 背後では警備兵たちがアレコレと騒いでいる。
 ついでにお姫様の怒声も聞こえてきたが、聞き取れた言葉は――
「この《殺戮者》が!」
 という罵声だか何だかわからない代物ぐらいだった。

END

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