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[05]
変幻自在の剣技というものを、俺は初めて味わっていた。
右を弾けば左から、左をかわせば正面から、これをいなすと上下から挟み込むように二本の刃が俺の身に迫る。
防戦一方だ。
“蓋”が完全に開いているというのに、対応するだけで精一杯である。
すごい。
すごい、すごい、すごい、すごい、すごい、すごい、すごい、すごい、すごい、すごい。
時間がこれほど濃密に流れるものだとは知らなかった。
あと髪の毛一本分前にいるだけで首の動脈が切られそうな瞬間もあった。
斧槍を握る両手も狙われた。
足もそうだ。
あまつさえ、瞬時に踏み込んできたと思ったら股間を蹴り上げてきた。
恐れ入る。
「たぁっ!」
俺は渾身(こんしん)の力を込め、絶妙なタイミングで斧槍を真横から叩きつける。
だがお姫様は両刀を交差させ、これを受け止めた。
衝撃は自ら後ろに跳ぶことで完全に吸収してしまう。
――ザザザッ
石畳の上を滑りながら、お姫様は追撃を待ち受けるかのように身構えていた。
顔中が汗だくになっている。息も荒い。
俺もそうだ。全身が煮えたぎるように熱く、どんなに息を吸っても新鮮な空気が体の中に行き渡らない感覚さえある。
「……謝る」
俺は斧槍を投げ捨てた。お姫様が不快そうに眉を寄せている。
「待ってろ」
俺は離れた場所で暇そうに立っている黒馬に近づいた。
鞍から俺の本当の得意武器――長剣を二本、抜き取る。
「……それが本来の武器か?」
お姫様が不機嫌そうに尋ねてきた。
「ああ。真似したわけじゃないぞ」
俺は無造作にお姫様に近づいた。
――ユラッ
体を左右にほんの少しだけ揺らす。
直後、俺は身を低めながら突進し、両手の長剣で左右からお姫様を挟み切ろうとした。
――キキンッ!
見事だ。お姫様は後ろに下がるのではなく、前に踏み出し、両腕を交差させながら必殺の一撃をしっかりと受け止めた。
「あんたが初めてだ」
俺の顔には自然と笑みが浮かぶ。
「こいつはミスリルの長剣でな……並みの武器や鎧は両断してくれるんだ」
「奇遇だな。わたしのカタナもミスリルだ」
お姫様の表情はいたって真剣そのものだ。
「五分(ごぶ)か」と俺。
「らしいな」とお姫様。
俺たちはほぼ同時に後ろに飛び退いた。
すぐに間合いを詰め、一刀を繰り出す。数瞬だけ俺の一撃が早い。二撃目も俺の方がわずかに早く、攻防は完全に逆転していった。
だが、お姫様の速さは尋常じゃない。
技術もそうだ。
明らかに一撃、一撃の重さでは俺の方が数段上である。だが、お姫様はその全てを関節の動きだけで全て吸収している。とんでもない技量だ。これが妖精騎士ってやつか?
――キキキキキキキキキンッ!
俺たちの間に剣撃の竜巻が起きていた。
攻め手は俺、受け手はお姫様。
だが、他人の目にはどっちがどれほど優勢なのかわからないだろう。
関係無い。
もっとだ。もっと早く。もっと高見へ。俺を彼方まで押し上げてくれ!
――キキキキキキキキキキキキキキキキキキンッ!
だが超連撃にも限界がある。素早い全身運動を続けるには、どうしても息を止めなければいけない。
先にお姫様が根をあげた。後ろに退くことで呼吸しようとする。
待て! もっとだ! もっと――
「!」「!?」
俺は前に踏み出し、右の長剣を振り下ろしていた。
剣先は間違いなく、お姫様の右肩から左脇腹にかけての線を通過した。両断には至らなかったが、指の第二関節ぐらいまでの深さは切ったはずだ。
案の定、剣筋に沿って服が着れ、血が噴き出した。
終わった。
決して浅いとはいえない傷だ。こんな傷を負った状態で、あの超連撃を繰り出せるはずがない。あと少しで“向こう側”が見えそうなところまで来たというのに……
そう思った直後のことだ。
お姫様が踏み込んできた。早い。速度は微塵も衰えていない。
なぜだ? 痛みを感じないのか?
「――!?」
まずい。今度は俺の息が続かない。
お姫様を見る。その顔は、間違いなく痛みを堪えるたぐいのものだった。こうなれば一か八かだ。
「ふっ!」
最後とばかりに全ての息を吐き出した俺は、長剣を手放し、後ろに向けて倒れ込んだ。
お姫様の目が開かれる。
同時に俺は、突進してくるお姫様の両膝を、両足で挟み込みこんだ。
「あっ!」
お姫様が倒る。俺は素早くお姫様から足を外し、倒れ込んだ彼女の背にとびつくが早いか、間髪いれず、うつぶせのお姫様の首に、脚甲から取り外したナイフを押し当て、皮一枚だけ切る。
それだけで彼女は抵抗をやめた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――これが、傭兵の、戦い、方だ」
俺は必至に新鮮な空気をむさぼった。
お姫様は剣を握る手に力を込め、腕ごと小刻みに振るわせている。俺はそんな彼女に馬乗りになったまま、左の脚甲からも仕込みナイフを取り出し、問答無用で左肩に突き立てた。
「ぐっ……」
「剣を、放せ」
「断る!」
俺は右手のナイフも首筋から外し、お姫様の右肩に突き立てた。
突き刺したまま、肉をえぐる。
苦痛の声をあげながら、ようやくお姫様は両手のカナタを手放した。
間髪入れず、ナイフを抜き取って、お姫様の体を仰向けにさせた。
体勢は馬乗りのままだ。ちょうどこれで、腹部の上にまたがっていることになる。
裏返す拍子に、俺が切り裂いた服も大きくめくれた。
俺はギョッとした。
服の下には彼女に相応しい、形の良い乳房があったのだが――あるべき剣傷が、どこにもなかった。いや、血はついている。右手のナイフを首筋にあてながら皮膚に触れてみるが、やはりどこにも傷痕がない。
それだけではない。皮一枚だけ切ったはずの首にも血の跡はあっても傷痕がなかった。
「まさか――」
俺は左手を彼女の右肩の裏に回した。服は破れている。血の感触もある。しかし、傷痕が無い。先ほどナイフで突き刺したというのに、そこには瑞々しく、滑らかな肌があるだけだった。
「……王族の力か」
尋ねると、お姫様は顔を背けた。
「なるほど……こいつは凄まじいの一言だな…………」
受けた傷という傷が瞬間的に癒えてしまう。傭兵であれば、誰もがほしがる能力だ。
「殺せ」
お姫様は吐き捨てるように言い放った。
「辱めを受けるぐらいなら、死を選ぶ」
さてどうしようか――俺はしばらく考え込んだ。
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