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[04]
翌朝、俺が橋に向かうとゾロゾロと王国軍の連中もついてきた。橋のたもとでグルリと馬首をめぐらすと、峠の頂上に見慣れた金色の御輿(みこし)まで出現していた。
呆れた話だ。
こんな状況で、俺の決闘を余興のひとつとでも思ってんじゃないのか、あの王様。
まぁ、公爵に事の次第を説明した時は、なんだか顔を赤らめたり、青ざめたり、ついには泡を吹いたりでヒドイ有様だったから、これぐらいの余裕を持ってる方が王者としての器があるってことになるのかもな。
とりあえず――今日の決闘をやめろといいだすヤツは誰もいなかった。
だが、応援するやつもいなかった。
当然だ。なにしろ相手は妖精騎士、それもアルゼリアのお姫様だ。どこをどう考えても、俺が悪役であり、お姫様が善玉。正義の妖精騎士と悪の《殺戮者》の対決なんて、三文戯曲でさえ見あたらないような陳腐な筋書きだ。
問題があるとすれば、あの辺境伯の思惑だろう。
はてさて、なにを考えてお姫様と悪の騎士を戦わせようとするのか。
戦略的には時間稼ぎといったところだろう。ついでに俺が倒されれば、暴君ヴァーズもいい加減、隣国に救援を求めるはずだという算段があるのかもしれない。それにしても、その代価としてアルゼリアのお姫様を失うかもしれないっていうのは、どう考えてもリスクが大きすぎるんじゃないのか?
それとも死んでも構わないとか?
いや、待てよ。そもそもなんで妖精騎士が辺境伯に味方してるんだ? 確かに暴君ヴァーズは未来永劫語り継がれるような正真正銘、絶対無敵の悪逆非道な暴君だが、魔族と関わるほどバカじゃないだろう。
んっ? 待てよ? つまり――
「遅い!」
ゆっくりと馬を進めていると、不意に前から怒声が叩きつけられた。
顔を上げ、少しだけ驚く。
アルゼリアのお姫様が橋の中央に立っていた。しかもその格好は、昨日の甲冑姿が嘘だったかのように実に見目に良い軽装だったのだ。
身につけた深緑色の胴着は、丈が膝上までしかなく、腰でキュッと帯布を使って絞ってある。しかも肩から先の袖が切り落とされ、白い二の腕が露出させていた。脚衣は履いていない。革靴も細い彼女にお似合いな華奢(きゃしゃ)な作りのものだ。あとは……まぁ、両腕の指先から肘まで覆う革の手袋をつけているぐらいだな。ちなみに、あの黄金色の髪は、後ろで束ね上げ、馬の尾のように風に揺らしている。
「着飾っちゃって……そんなに俺に犯されたいのか?」
「違う! これがいつもの格好だ!」
武器は両手に持つ反りの強い片刃の剣二本のみ。確か太刀とかいう東方世界の武具だ。
確か切り裂くには適しているが、鎧相手では分が悪い――あぁ、そういうことか。
「ちょい待ち」
俺は馬を降り、その場で鎧を脱ぎ始めた。
「……どういうつもりだ?」
「こんなもん着込んでたら、押し倒してもすぐヤレないだろ」
「――!!」
怒りのあまり声にもならないらしい。その間、俺は慣れた手つきで鎧を脱いでいった。この手の鎧は着るのは面倒だが、脱ぐとなると意外と早く終わる。
「よしっ……」
黒い半袖シャツと黒いズボン。足だけは合板の脚甲をそのまま使うことにする。
「……よもや正々堂々と戦うなどと言い出すつもりでは無いだろうな」
「そうだとしたら?」
「……速さか?」
ようやくアルゼリアのお姫様も、俺と会話ができるようになったらしい。
「まぁ、そんなとこだ」
日焼けした両腕をグルグルと回してみる。改めてみると、どこもかしこも傷だらけだ。兜をとったせいで、顔の傷やら首筋の傷痕やらも陽光の下にさらされている。ちなみに髪は黒で、兜を被る関係から短めにしてある。瞳は黒。肌の色合いは赤銅色。まぁ、どうでもいいことだが。
「さーてと」
俺は黒馬にたてかけておいた斧槍を手にし、肩に引っかけながらお姫様の方に歩き出した。
「決着はどちらが死ぬこと。生きている間は永久に決闘継続。これでどうだ?」
「それでは単なる殺し合いに――」
「殺し合いだろ」
俺は斧槍を振った。
「お嬢ちゃん、キレイごと言いたけりゃ、森の奥に籠もるんだな」
「なんだと――!?」
「おまえ、今日まで誰も殺さずにいたって言い張るつもりか?」
俺の問いに、お姫様は黙り込んだ。
「おまえが殺した兵士に親がいないと思うか? 妻は? 子供は? ああ……おまえが殺したことで、何も知らない子供が路頭に迷ったかもしれないな。おっと。それとも辺境伯の陰に隠れ続けたってところか?」
お姫様は答えない。
俺は手を伸ばせば触れあうほどの距離まで彼女に近づいた。
「なぁ、妖精騎士様。答えてくれよ。本命を狙うために、罪もない命を殺した感想を」
お姫様がこれ以上ないぐらい目を見開いた。
「なぜそれを……」
「狙いは誰だ? 国王か? 公爵か? それとも宮廷魔術師あたりか?」
「……おまえだと思っていた」
お姫様は顔を背けた。
「《殺戮者》の悪行はアルゼリアでも知られている……国王軍に魔族が紛れ込んでいるというお告げを受けた時、おまえがそうだと確信していた。だが…………」
「違う、と?」
「……わたしにも障気を見る目ぐらいある。昨日は頭に血がのぼっていたが……閣下の言われたとおり、おまえの体からは障気の欠片(かけら)も出ていない」
「だったらどうする?」
「協力して欲しい。今は小物かもしれないが、魔族は生け贄を得ることで――」
「断る」
俺はお姫様に背を向けた。
「なぜだ!?」彼女は俺の背に尋ねてきた。「魔族は世界の敵だ! 妖精だけじゃない、人間にとっても、滅びと狂気をもたらすだけの魔族は忌むべき存在だろ!?」
「さぁ、始めようぜ」
適当に離れたところで、俺はお姫様に向かい合った。
「知りたいことは全部わかった。あとはあんたと殺し合うだけだ」
「……どうしてもか?」
「ああ。一応言っておくが、あんたを犯すって話、嘘じゃないぜ」
俺は目を細めた。
「あんたを犯せば、妖精騎士団が敵に回るだろ? 今から楽しみだ」
「……わかった」お姫様は身構えた。「全力でおまえを殺す」
「そうこなくちゃ……」
俺はニヤリと笑った。すでに頭の中では“蓋”が開きかけていた。
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