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[03]


――キンッカンッキンッキンッカンッ!
 斧槍と長刀が激しくぶつかりあう。
 飛び散った火花の残像が残る間に、別の火花が散り、その残像が消え去るより前にまた別の火花が散り――風がうねり、ぶつかり合う剣撃以外の音が全て消え去った。
 もっとだ。
 もっと早くなる。
 そうだ。もっと俺を解放しろ。妖精騎士。どうした。俺の魔物を呼び起こせ。さぁ、もっとだ。もっと早く。もっと早く! もっと早く!!
――シュンッ!
 不意に視界の隅で何かが動いた。
 反射的に俺は体を横に傾ける。その拍子に、やつの長刀が俺の兜の角飾りを叩いた。もっとも俺の斧槍の柄は、不完全な力加減のまま妖精騎士の腹部に叩き込まれている。相打ちだ。
「ぐっ……」「うっ……」
 お互いに顔を歪ませた。
「そこまで!」
 声が轟いた。同時に妖精騎士が馬を退かせた。
「待て!」
「動くな!」
――シュンッ!
 再び何かが俺に向かって飛んできた。今度はしっかりと視界に収まる。
 槍だ。
 だが、まるで矢のような速さで一本の槍が迫ってくる。
「ちっ……」
 俺は斧槍を回転させ、迫る槍を弾いた。その隙に妖精騎士はさらに身を退く。弾いた槍は――まるで生きているかのように、投げつけた騎士の手に戻っていった。
「これがホントの横槍ってやつだな……」
 すでに“蓋”は閉じてしまった。自在に戻る槍を受け止めた騎士が、あきらかに俺の楽しみを潰す目的を持っているとわかったからだ。
「閣下……」
 妖精騎士はその騎士の横まで馬を退き、不快とも困惑ともとれる複雑な表情になった。
 なるほど、どうやらこいつが――
「ラインフォート辺境伯フォール・ランケスト卿のご登場……ってことか?」
「《殺戮者》の相手をできる者が限られているのでね」
 今年で三八になる鼻髭の偉丈夫は兜こそ付けていないが、赤銅色の全身合板鎧姿で、意味ありげにニヤリと笑った。
「ついでに堅物のお姫様を守らねばならんのだよ」
「閣下!?」
「へぇ、お姫様ねぇ」
 エルフの王族なんて生まれて初めて見た。まぁ、普通のエルフと何も変わらないが、噂だと、とんでもない力を持ってるらしいし――もうちょいやれば、そいつも見れたかな?
「で、今度のお相手はあんたかい?」
「ディール金貨五〇枚でどうだ?」
 辺境伯は悪びれもせず、平然とそう告げてきた。
「寝返れと?」
「貴殿は……いや、堅苦しいのは抜きだ。おまえはもともと傭兵だと聞いている。暴君に仕えたのも、単なる気まぐれにすぎんと思うのだが……どうだ、こっちに味方してみないか?」
「閣下!」
 妖精騎士が激しい剣幕で異論を唱えようとする。だが、辺境伯がジロリと睨むと、それだけで妖精騎士は口を閉ざした。おうおう、かなりの忠義ぶりだこと。
「どうだ? あと少しなら上乗せすることもできるぞ?」
「へぇ……どれくらい?」
 俺は斧槍を肩に担ぎながら尋ね返した。
「そうだな……七〇でどうだ?」
「一万」
 場が静まりかえった。
「わかった、わかった」俺は空いた左手をふった。「大割引だ。九〇〇〇でいいぞ」
「国が買えるな」辺境伯が苦笑した。
「だろうな」俺は肩をすくめた。
「なぜそこまで肩入れする」
「知ってるかい。百人斬りの英雄ってやつは、戦(いくさ)に勝つ方じゃなく、負ける方に出てくるもんだって」
「噂通りの《殺戮者》というわけか……」
 辺境伯の目が細められた。
「暴君にはお似合いだろ?」
 俺はニヤリと笑い返した。
「閣下」妖精騎士が長刀を構える。「この男は危険すぎます。今のうちに――」
「ダメだ」
「しかし!」
「フェイゼル。刃を交えてわかっただろ。おまえにあの男は倒せない。おそらく俺にも」
 妖精騎士は悔しそうに、グッと唇を引き締めた。
「ジーク卿。ひとつだけ尋ねる」辺境伯は鋭く俺を睨みつけた。「その力、よもや魔族に頼ったものでは……」
「だとしたら?」
「そうか……違うならいい」
「おいおい、いつ俺が否定した?」
「障気(しょうき)を見る瞳ぐらいは持ち合わせてる。おまえから漂うのは獣の気配だ」
「獣ねぇ……」
 なるほど、いい表現だ。
「じゃあ、獣狩りでもやってみないか?」
「断る」と辺境伯。
「外道の分際で!」と妖精騎士。
「どっちなんだよ」
「フェイゼル」
「しかし!」
「……ではこうしよう。フェイゼルが得意とするのは騎馬戦じゃない。ついでに普段のこの子は軽装を好む。この格好は、俺が無理をいって着させたものだ。意味はわかるな、《殺戮者》」
「なるほどねぇ……それはいい話だ」
 今日のが不十分な状態での戦いぶりだったとするなら、充分な状態での速さはどれくらいになるだろう? 俺の獣性を完全に解放するぐらい、果てしない領域まで高まってくれるだろうか?
 ………………。
 期待しても良さそうだ。
 相手はアルゼリアのお姫様。エルフの王族の秘められた力とやらで、さらなる高見を、俺に味あわせてくれるかもしれない。
「いいだろ。お嬢ちゃんの命、それまで預けといてやる」
「なんだと!?」
「それとも続けるかい? 飼い主が止めてるのに?」
「この――!」
「やめないか、フェイゼル。《殺戮者》、おまえもだ」
 辺境伯は困ったとばかりに苦々しい表情を浮かべた。
「明日の朝、二刻(午前一〇時)の鐘が鳴る頃にここまできてくれ。言っておくが、これは決闘だ。横槍は誰もいれん」
「あんたもか?」
「ああ。しかし、もしこの子が殺されたら……次は俺だ。いいな?」
「望むところだ」
 一本の釣り糸に大物が二匹もかかってくれた。
「明日の二刻だな。それまで体を磨いとくんだな、お嬢ちゃん。殺す前にみんなの前で女の喜びってやつを教えてやるよ」
「――!!」
 もう声にならないほど怒り狂っているらしい。
 やれやれ、この程度の挑発で感情的になるとは、あまり期待しない方がいいかもな。
「じゃあな」
 俺は馬首を巡らし、陣地に戻ることにした。
 そんな俺の背に――
「貴様こそ首を洗って待ってろ!」
 負け犬の遠吠えのようなアルゼリアのお姫様の声が投げかけられた。
 それなら大丈夫。俺はキレイ好きなんだよ、お嬢ちゃん。

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