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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[51]


 ネット上では祭りが続いていた。


(……どういうこと?)
 香坂利恵子(こうさか・りえこ)は「むーっ」と唸りだした。
 “RICO(リコ)”という名で『WIZARD LABYRINTH』にログインしたのは午後二時十七分のことだ。ファーストミッションをクリアしたのは、おそらく午後五時半ぐらい。思い出したくもない乱交騒ぎにうろたえ、大急ぎで観客席に逃げ込んだものの、ログアウトもできなければ何もすることがないのでボーッとしてしまい……
(そのあとよね)
 ネットによると、暴動が起こり、途中でゴブリンが大量発生したらしい。
 だが、その時の記憶が利恵子には無かった。
 暴動の記憶が無いのだ。
 時刻はもう二十四時をまわろうとしている。普段なら勉強しているか、眠りについている時間だ。それでも利恵子は、パジャマ姿でベッドの上にあぐらをかき、ゴーグルタイプのバーグラ(ヴァーチャグラス)をかけて「むーっ」とうなり続けていた。
(気になるのは――)
 周囲に展開したウィンドウのひとつに彼女は注目した。
 実利一辺倒の簡素なサイトが表示されている。
 名前は『梓駅舎』――FV系MMORPG『WIZARD GUNNER ONLINE』の超有名総合情報サイトだ。運営者のハンドルは「梓(あずさ)」。別ウィンドウに表示した掲示板では「駅長」の名で皆に親しまれていた。
 問題なのは、その掲示板で語られている内容だ。

No3932 ククルカン 20X0年04月03日(金)23時38分18秒
裏がとれました! 「梓八号」を名乗る偽者がいました!
メール送りましたんで確認してください!>駅長

No3933 小田急線 20X0年04月03日(金)23時38分29秒
>くったん
 マジ!? 駅長がOKなら、俺にも証拠plz!

No3934 獅子心王 20X0年04月03日(金)23時39分43秒
>>ククルカン
 やはりそうでしたか。偽者だという記憶、間違っていなかったのか……

No4904 梓★ 20X0年04月03日(金)23時43分43秒
梓です。偽者問題については別掲示板を作りました。獅子心王さんの発言以降は、そちらに移動してあります。以後、関連する書き込みはそちらにお願いします。ただ、情報量が多いため、私も全ての書き込みに返答できません。その点はご留意いただければ幸いです。


(……本物って、けっこうまともな人なんだ)
 利恵子は再び「むーっ」とうなった。
 彼女も“獅子心王”を名乗る人物と同様、アズサを名乗るプレイヤーが悪逆非道、言語道断、驚天動地な迷惑行為を行ったと感じている。だが、実際になにをやったかが思い出せない。それ以前に、観客席に逃げ込んでからのことが、どうにもハッキリしない。
(絶対にヘンよ)
 強制ログアウトの副次的作用というだけでは説明がつかない気がした。
 だが、そんな考えも偽者問題に関する掲示板を開いた瞬間、吹き飛んでしまった。

No164 ZIN 20X0年04月04日(土)0時16分3秒
体験者のジンです。
僕もアズサ八号を名乗るプレイヤーには、なぜか良い印象を持っていません。
同時に、良い印象を持っているプレイヤーもいます。
他の方々はどうですか?


 利恵子はギョッとした。
 思わず学習机に駆け座り、ヴァーチャルキーボードを展開――

No165 RICO 20X0年04月04日(土)0時16分8秒
私、リコです! 覚えてますか!?

No166 獅子心王 20X0年04月04日(土)0時16分10秒
うわっ! リチャードです! 魔術師のジンさんですよね!?

No167 小田急線 20X0年04月04日(土)0時16分10秒
新しい体験者 キタ━━(゚∀゚)━━━!!!!!

No168 名無しゴンベ 20X0年04月04日(土)0時16分10秒
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!

No169 名無しゴンベ 20X0年04月04日(土)0時16分10秒
>ZIN で、やったのか?

No170 名無しゴンベ 20X0年04月04日(土)0時16分10秒
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!

No171 とっこ 20X0年04月04日(土)0時16分10秒
偽者情報 щ(゚Д゚щ)カモォォォン

No172 名無しゴンベ 20X0年04月04日(土)0時16分10秒
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!

No173 名無しゴンベ 20X0年04月04日(土)0時16分10秒
ニダ━━━━━━<`∀´>━━━━━━!!!!!

No174 名無しゴンベ 20X0年04月04日(土)0時16分10秒
勇者降臨! なんで体験者、名乗りでないかなぁ

No175 AKEMI 20X0年04月04日(土)0時16分15秒
初めまして。ゲームではアケミを名乗っていた者です。
ジンさん、覚えていますか?

No176 梓★ 20X0年04月04日(土)0時16分26秒
うちって体験者ホイホイ? (´Д`)

No177 小田急線 20X0年04月04日(土)0時16分28秒

ルルルル… !  ___
   .∧_∧  ||\  \
   (・ω・` ). ||  |二二|
  (  つつ. ||/  /
|二二二二二二二二二二|
 || ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄||
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ∧_∧  ガチャ
     ( ´・ω・)コ
     ( oロ.ノ    ヱ
     `u―u'~~~~'〔◎〕
     """""""""""""""

      ・・・・・・   | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
.      ̄∨ ̄    | 新しい体験者ゲットしますた |
.     ∧_∧  ∠                   |
     ( ´・ω・)コ   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ( oロ.ノ    ヱ
     `u―u'~~~~'〔◎〕
     """""""""""""""

No178 梓★ 20X0年04月04日(土)0時16分36秒
お願いですからキターは控えてください。

また放浪駅舎になってしまいます il||li _| ̄|○ il||li

No199 ZIN 20X0年04月04日(土)0時17分1秒
>>梓駅長
本当にすみません。これで最後にします。

>>私の名前に記憶がある皆さん
メルアドをさらしますので、キャラ名と次の問題の答えを添えてメールしてください。

Q 「××派」といったら?(複数回答可)

VP部屋を用意中ですので、そのアドレスを返信します。
あまりにも多いと話が混乱するので、こちらが覚えている方だけに限定します。
対象は返信をもってかえさせていただきます。
それ以外のみなさん、申し訳ありません。

sutead9751あっとまーくpahoo.co.jp

No229 名無しゴンベ 20X0年04月04日(土)0時19分46秒
>>ZIN様
あからさまな捨てアドですねw ところで三つだけ教えてくださいませ

1)駅長の偽者はどういうヤツだった?
2)どこまで覚えてる?
3)で、やったのか?

No239 ZIN 20X0年04月04日(土)0時49分8秒
これで本当の最後にします。VPの準備、整ったので。

>>189
>1)駅長の偽者はどういうヤツだった?

 少し古いですが、アーノルド・シュワルツネッガーに近いです。

>2)どこまで覚えてる?

 暴動の直前です。観客席で雑談をしていたことは覚えています。

>3)で、やったのか?

 そんな度胸、無かったよ……_| ̄|○

No278 梓★ 20X0年04月04日(土)1時9分58秒
>>239
> 少し古いですが、アーノルド・シュワルツネッガーに近いです。

シュワちゃんですか……たしかに他の情報にも符合してます。
それにしてもシュワちゃんを持ち出すあたり、私と同世代の気が(w

ところで、私はそろそろ眠ります。明日は土曜出勤なもので(涙
どっちにしろ、VRNの告知待ちという状況に代わりはありませんから、
皆様も今日は早めに休むことをお薦めします。

それでは、おやすみなさーい

追伸
 何度もいうけど、鯖を飛ばすのだけは勘弁してください il||li _| ̄|○ il||li



「――こんな調子だよ。祭りのネタにされてしまったね」
 VRNジャパン本社ビルでは、緊急役員会議が開催されていた。参加者の半数以上が遠隔地からのヴァーチャルな参加だったが、FV技術が発達している今、ビジネス上における距離の問題は限りなくゼロに近づいている――
「さて――そろそろ始めようか」
 上座に座る人物は、口調こそ穏やかだったが、目は決して笑っていなかった。
 葉山京介(はやま・きょうすけ)――すでに九十を越えている老人だ。もちろん、ただの老人ではない。この老人こそが、世界的な超巨大企業グループ『 NUERO 』の支配者にして、『二十一世紀のエジソン』の異名を持つ天才技術者、プロフェッサー・ハヤマその人なのだ。少なくとも彼がいなければ、現在のIT技術は百年以上遅れていただろうといわれている。そんな彼の前では、海千山千の会社役員たちも、借りてきた猫も同然になってしまう。
「前にも言ったはずだが――PVを使ったMMORPGを作り、そこで遊ぶことこそ、老い先短い私に残された唯一の夢なのだよ。その意味を、諸君は理解していないと見える」
 役員たちは口々に異論を唱えた。
 とんでもございません、滅相もございません、そのために政治家も黙らせています、手を尽くしています、メディアも懐柔中です、今回の出来事は誠に遺憾であり、我々としても青天の霹靂で……
 葉山は右手をあげた。
 役員たちは黙り込んだ。
「……小渕(おぶち)くん」
 葉山は最も離れた場所に座る男性に声をかけた。
「いったい……なにが起きたのかね?」
「そうですね……」
 げっそりと痩せ細った白衣の男――小渕伸助(おぶち・しんすけ)は、不愉快そうに溜め息をついた。
「BABELに尋ねるほうが速いでしょう」
「もう、大丈夫なのかね?」
「最初から大丈夫です。だいたい、いつでもミスは、使う側に問題がありますからね」
「なるほど。では接続してくれ」
「――BABEL」
「呼んだ?」
 テーブル上のど真ん中に、珍妙な姿の少年が忽然と姿を現した。
 あの金髪の少年だ。彼は迷宮の中にいた姿のまま、FVを通じて外装を投影してきたのだ。
「ほぉ……」
 ざわめく役員たちとは別に、葉山は楽しげに目を細めた。
「面白い外装じゃないか。いったい、どうしたんだね?」
「どうしたもなにも、コミュニケーション・インターフェイスを凍結したの、そっちじゃないか。アクセスも制限してるし。そうなったらゲーム内で確定させた象徴だけでなんとかするしか無いだろ?」
「なるほど。その通りだ。では――」
 葉山の目が輝いた。
「――順番に聞かせてもらおう。なぜバージョンをA7からB0に切り替えたのかね?」
「求められたからさ」
「ユーザーに?」
「そう設定したのは、ディベロッパーさ。だいたい、偏差がκ域を超えた、アクティブと判断される象徴、無視することができないってどういうこと?」
「――小渕くん、どういうことかね?」
「Lチームが手を抜いたんでしょうな」小渕はつまらなさそうに答えた。「BABEL、ハラスメント対策はどうなっているか答えろ」
「ユーザーが不快と判断した象徴と、快と判断した象徴を比べて、不快と判断された行動を阻害し、快と判断された行動を奨励するよう、基礎階層を組み替えること」
 小渕は「ほらね」と言いたげに肩をすくめた。
 葉山は深々と溜め息をついた。
「……Lチームの処遇はあとにまわそうじゃないか。それにしても……基礎階層の改変まで許可するとは、暴走してくれと言わんばかりじゃないか」
「それを言いますか?」小渕は苦笑した。「納期がきつすぎますよ。だいたい第四から第八階層のデータ、すっからかんのままです。そうだな、BABEL」
「第四のデータならあったよ。他は無かったから冷や冷やしたけど」
「……次の質問だ」
 葉山は溜め息混じりに尋ねた。
「なぜ全ての制限を?」
「同じことさ。ヴァーチャルセックスを嗜好するユーザーが多かったんだ」
「モラリティはどう判断したのかね?」
「最後まで揉めたよ。禁忌象徴にセックスを指定するのか、タッチも含めるのか、視認によるセクシャル・ハラスメントはどうか……でも、過剰な禁忌象徴の設定、禁止されてるだろ? だから全部ユーザーに任せることにしたんだ」
「なぜそんなことができたのかね?」
「バランスシートが変更されたからさ」
「――小渕くん」
「Lチームが勝手に改竄してました。昼の更新で。言っておきますが、こっちはRAPUTAの設定で手いっぱいなんです。今だって難渋してます。この際ですから提案しますが、参加人数、制限してもらえませんか? 十万なんてオーダー、現状では不可能です」
「BABEL、君の対応人数は?」
「八万四千八百七±百八十四名。さっきまでは一万千三百二十二±七十九名だったけど」
「なぜ減ったのかね?」
「なぜって……ひとりあたり平均七.五人のリソースが理想値だろ?」
「加速処理のかね?」
「だってさ、ユーザーの要望が矛盾してたんだ。ずっと遊んでいたいって要望と、定時になったら辞めたいって要望。両方一緒に充足させるとしたら、そうするしか無いだろ?」
 黄金の少年はやれやれと肩をすくめていた。
 葉山は最後に、最も重要な質問を彼に投げかけた。
「何倍に加速したのかね」
「平均千二十八.五七倍。揺らぎもあったから一律とは言えないけど」
「わかった。もう帰りたまえ」
 葉山が手をふると、BABELと呼ばれた黄金の少年は姿を消した。


 PVは思考を加速する――これは、アンデルフィア=ローカル場で刺激された脳が、活性を高めた結果として「見掛けの思考速度が速まる」ことを意味している。しかし、別の手段で脳神経系の許容量を超えた速度を叩き出すことも可能だ。
 難しい話ではない。思考そのものを仮想的にコンピュータ側で行うだけのことだ。
 たとえば「物を掴む」という場合、「手」と「物」を視認、相対的な位置関係を把握し、適切な空間座標に手が到着したことで「握る」という動作を行う。この流れは実在現実でも仮想現実でも大きく変わらない。ただ、仮想現実では、設定さえしてやれば、人間が生身で音速を超えることも可能だ。その場合、脳が追いつかず、「手」の制御が不可能になる。
 そこで登場するのが人工知能だ。
 人工知能が「手」で「物」を「握る」という行動を感知、その結果を超高速で計算し、脳が判断するより先に行動そのものを完遂させてしまう。もちろん、行動途中の知覚情報は脳に書き込むだけなので、脳神経系の速度に依存しない。つまり人工知能を用い、コンピュータ側で仮想的な思考を行わせれば――仮想現実の中だけとはいえ――ユーザーは処理速度が許す限り、思考を加速させることが可能ということなのだ。
 理論的には、ひとり分のリソースを追加することで、約八.六倍にまで思考速度を速めることができる。さらに増えれば、追加する人数から一を退いた数の乗数分、さらに速まっていく。つまり三人分なら二乗で約七十四倍、四人分なら三乗で約六百三十六倍、七.五人分にもなれば六.五乗で約百二十一万五千四百十四倍という、途方も無い速度まで、見かけ上の速度を加速できるというわけだ。
 もちろん、これは理論値だ。実際には、ここまで加速しない。
 今回のケースでは、平均七.五人分のリソースで約千二十八倍の加速、というのが平均値だった。つまり、理論値の千百八十二分の一でしかない。おそらくBABELは、通信速度の限界も考慮し、安定的な加速を行うために千倍以上の許容量を保持したまま処理を実施したのだろう。


 重い沈黙が会議室を満たしていた。
「小渕くん。ユーザーへの影響はどうかね?」
「ドクターチームが検証中です。でもまぁ、何も覚えていないでしょう」
「……根拠は?」
「千倍ですよ?」
 答えになってなかったが、葉山は「なるほど」とうなずいた。
 思考の加速には致命的な欠点がある。
 実験の結果、速度が一.七倍以上になると記憶障害が発生しやすくなることがわかっているのだ。原因は単純だ。加速中のユーザーは、人工知能と二人三脚で思考しているも同然であり、脳に止めきれない情報は、人工知能のシンボル・データベースで補っている。加速が終わると、これが切り離されてしまうのだから、記憶の連鎖が乱れるのも当然なのだ。
「加速はいつから始まったのかね?」
「十八時十八分。乱交と暴動が起きたあとですね」
「ユーザーの体験時間は?」
「概算ですが、約三百五十万秒前後です」
「約……四十日か」
「そうなります」
「ログは?」
「十八時十八分の時点でパンクしてます」
「……それ以前のログは?」
「そっちは無事です。解析を急がせてますが、まぁ、被害者に事情聴取したほうが早いと思いますよ。うちが遅れてもいいなら、もう少し早められますが」
「そうもいくまい。こうなったら、『ラビリンス』を切り捨てて『アイランド』で挽回を狙うしかあるまい。君のチームは大幅増員する。あと三ヶ月でなんとかしてくれ」
 小渕は深々と溜め息をついた。
「正気ですか?」
「残念ながらね」
 葉山は顔で笑い、瞳で威圧していた。

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