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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[47]


「ちくしょう! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょぉおおおおおおおお!」
 今の戦いで“イアイブレード”が砕けてしまった。そのばかりか、クロウがいる十字路の彼方には、レッドアイという名の不気味なクリーチャー――巨大な目玉が浮かんでいるようにしか見えない怪物――が速くも姿を現していた。
 数は全部で二十三体。
 大きさは、小さいものでは握り拳サイズ、大きいものでは直径二メートルを超えていた。
「コールマジック!」
 クロウは右腕を振り上げた。人差し指を飾るルビーの指輪が淡く輝いた。少し前に手にいれた“ルビーリング・オブ・フレイムエクスプロージョン”というアイテムだ。使用回数は制限されているが、クラスに関係なく範囲攻撃呪文型アクションスキル“フレイム=エクスプロージョン”が使用可能になるという便利なアイテムである。
「――フレイム・エクスプロージョン!」
 クロウは気合いを込めて腕を振り下ろした。
 世界が真っ赤に染まった。
 轟音が轟く。
 熱気をはらんだ爆風は、クロウのボサついた黒髪と黒い衣装を背後になびかせた。
 もっとも、これで一掃できたとはクロウも思っていない。
 素早くウィンドウを展開。武器はカタナ系のみ拾っているため、とにかく目に付いた武器系っぽいボールオブジェを引き出し、握りつぶした。
 彼が選んだのは“カタナ+6”相当の“ブレード・オブ・ムーンライト”――第十階層では珍しくもないドロップアイテムだ。なんらかの特殊効果があるようだが、今のところはハッキリとしていない。わかっていることは、クロウの手に不思議と馴染むということ……
「――うぉおおおおおお!」
 クロウは叫びながら、今だに残る爆炎の渦中へと飛び込んでいった。
 案の定、大型のレッドアイは生き残っていた。
 数は全部で三体。
 糸でつり下げられているわけでもないのに、音も無く浮かび上がっていた。
――WIIIIIIIII
――RIIIIIIIII
――RYUUUUUUUU
 不快な高周波が鳴り響き、怪物たちの瞳孔が赤く輝いた。
 三つの光線がクロウを貫く。
 かに見えたが。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
 光線が貫いたのは残像だった。
 彼は石畳を打ち砕くほどの踏み込みと共に、さらなる加速で怪物に迫った。
 怪物の一体の真下を通過。
 振り上げられた太刀は、怪物をまるで嘘のようにアッサリと両断した。
 直後、彼は再び石畳を砕きながら無理矢理急制動をかけた。
 さらに振り向きざま、太刀を振り抜く。
 新たなる太刀筋が二体目の怪物を横に両断した。
「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 まだ終わりではない。
 勢いもそのままに、クロウはクルリと回転、上段に構えた。
 さらに踏み込む。
 右上から左下にかけての袈裟斬り。
 ここでようやく、加速は終了した。
 最初の踏み込みから袈裟斬りまでにかかった時間は、わずか一秒弱にすぎなかった。視覚効果はもとより、効果音や攻撃判定処理も終わりきっていない。それどころか、全ての黒い剣筋がひとつにつながっている。
 踏み砕かれた石畳は、今更のようにドゴッと一斉に砕け散った。
 諸々の処理が一斉に始まった。
 三体の怪物の上に“REDEYE”という赤い立体文字が浮かび上がった。その上には、さらに“CRITICAL HIT”という白い立体文字が浮かびあがった。名前の下に現れた緑色のゲージは一瞬にして緑から黄色、黄色から赤へと減少。ついには真っ黒になり、名前と共に消え去ってしまう。
――パリンッ! パリンッ! パリンッ!
 ガラスが砕け散る音が三つ響いた。怪物たちは赤い粒子と化し、一瞬にして消え去ってしまった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ――」
 クロウは全身で空気を貪った。
 心臓は今にも破裂しそうだ。体中が新鮮な空気を求め、ただでさえ過剰に動く横隔膜を、さらに激しく動かそうとしている。もっとも、そうした感覚は全て偽りのものなのだ。高鳴る心臓も、心臓の形の立体オブジェが動いているだけにすぎない。
(くそっ……)
 クロウは自らを激しく呪った。
 なにもかも忠実に再現する《システム》そのものにも強い嫌悪感を抱いた。
 全身の汗も偽物なのだ。
 爆発しそうな鼓動も嘘。立ちこめる硫黄の臭いも嘘。頬を伝う涙も嘘……
(くそっ!)
 それなのに、クロウの心は昂揚していた。
 連続するギリギリの戦いは、例の事件に匹敵する興奮と愉悦をもたらしていた。
 クロウが死ねば、第九階層に残してきたリーナたちの苦労が水の泡と化してしまう。その責任が、クロウの戦いに意味を与え、一際重いものへと変えていた。
(そういうことかよ!)
 クロウはようやく答えを見つけていた。
 人殺しが楽しいのではない。
 戦いが好きなのでもない。
 本気になる――それこそ、自分が求めていたことなのだ。
 馬鹿げている。
 そんなことにも気づかず、追いつめられていると錯覚していた。
 悲劇に酔おうとしていた。
(それでマサミさんを……マコさんを…………)
 怒りがこみ上げてくる。
 逃げる必要など無かったのだ。受け入れるにしろ、拒絶するにしろ、もっと落ち着いて行動するだけで全ては丸く収まったのだ。それなのに「本気になりたい」という欲求に気づいていなかった自分は、悲劇に酔いしれ、孤高のヒーローになろうとしていた。逃げだしておいてヒーローもなにもあったものじゃないくせに、たったひとりで第四階層をさまようことを楽しんでいた。
 そのせいでマサミは傷ついた。
 バッシュが死んだ。
 マコが洗脳された。
 リーナは――何も言わないが、傷ついたはずだ。
 全部、自分のせいだったのだ。リーナは違うと言ってくれたが、それこそ間違っている。なにもかもが自分の責任だ。自分さえ、もっとしっかりしていれば……
「……ちくしょぉおおおおおおおお!」
 クロウは声を張り上げると、全速力で迷宮の奥を目指した。
 終わらせなければならない。
 終わらせたところでどうなるものでもないが――それでも、終わらせなければならない。
 クロウは決死の覚悟で迷宮を駆け抜けた。
 最初のうちは武装を整えようとアイテムも拾っていたが、もはやそれすら気にかけない。遭遇したクリーチャーともまともに戦わない。すり抜けることしか考えない。とにかく奥を目指す。すでに魔術師ワーグナーの居場所は、わかりきっているのだから……


 第九階層のダウンゲートは一方通行だった。クロウが出現したのは一ブロック四方の密室だ。驚きつつもドアを抜けると、そこはダークゾーンだった。
(そういえば初めてログインした時も……)
 そんなことを考えながら、彼は濃霧の中をまっすぐ進んだ。
 壁にたどり着くと、そこはどんでん返しの、一方通行のドアだった。
(――んっ?)
 このあたりから、クロウは第十階層の秘密に気づきはじめた。
 確信したのは、そこが迷路であることに気づいてからだ。
(まさか一階と……)
 地図で確かめて確信は確証に変わった。
 第十階層は二百八十ブロック四方(八百四十メートル四方)という、とてつもなく巨大な広さを誇っていたが、クロウが出現したダークゾーンは北東部に位置し、迷路地帯は北部に広がっていた。それぞれの構造は第一階層と異なっていたが、区画ごとの特徴は同じだったのだ。
(だったら……)
 クロウは階層の中心部を目指した。
 一筋縄ではいかなかった。
 歩く先からクリーチャーに遭遇するのだ。激戦に次ぐ激戦だ。そのうえ、敵は範囲型の攻撃呪文も連発してきた。これを避けるのは、いかにクロウといえども不可能だった。傷ついたクロウは、クリーチャーが落とすアイテムを拾い上げては、回復アイテムはその場で使い、カタナ系の武器は予備として保持し――そんなことを続けているうち、ふと気づいてしまった。自分が戦いに求めていたものの正体を。
(――くそっ)
 あとは自暴自棄とさえ言える特攻が続いた。
 中央部に出ていたことが幸いした。そこにはドアが無く、その気になれば駆け回り続けることが可能だったのだ。クリーチャーの種類にも助けられた。第十階層のクリーチャーは攻撃力に重きが置かれ、速さという点では第三階層のウッドゴーレムと同程度だったのである。
 黄金の少年の言葉は正しかった。
 第九階層には素早く動く敵が多い。おまけに視界が開けているため、後ろから呪文で攻撃される危険があった。ところが第十階層では飛び込める曲がり角が山のようにある。そのせいで迷いかけたが、連戦を強いられることに比べれば消耗は皆無に等しかった。
 こうして彼はたどりついた。
 第十階層の中心――四方に通路が延びる三×三ブロックの部屋に。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 呼吸を整えながら、クロウは部屋の中央に向かった。
 懐かしいものが存在していた。
 前衛芸術的なオブジェ――目を閉じた女性の顔、細長い八面体状の胴体、頭上には金色に輝く天使の輪を浮かび上がらせ、周囲に三つのボールを回転させたもの――ログイン直後に現れ、自らを“ナビゲーター”と呼んだものが、そこに存在していた。
「あんたか……」
 クロウが近づくと、ナビゲーターの声が響いた。
〈魔術師ワーグナーとの戦いの場に転移しますか?〉
 言葉と共に、彼の眼前に確認ウィンドウが出現した。右に“YES”、左に“RETURN”のボールオブジェが浮かんでいる。おそらくリターンを選ぶと、マイルームかコロシアムか――とにかく第十階層以外の場所に戻れるのだろう。もっとも、確かめるつもりなど、最初から無かった。
 クロウは天井を仰ぎ見た。
(……来たぞ)
 とうとう、その時が訪れた。
(これで……終わりだ)
 クロウは確認ウィンドウに手を伸ばし――


 コロシアムでは――
「ふぅ……なんかさぁ、いいかげん飽きてくるよな」
「だなぁ」
 二人の男は、並んで観客席に腰を降ろしていた。
 共に全裸である。
 彼らだけではない。今やコロシアム中のプレイヤーが裸になって、肉欲に溺れていた。自治会執行部が揃って地下に出かけてから二日目――ある一部が始めた乱交騒ぎは、今やコロシアム全域に広がり、誰もが欲望の限りを尽くしていた。
「あんたらも休憩?」
 二人の横に全裸の女が腰掛けた。手にはコーラの瓶が握られている。SHOPの売買制限も、今やなし崩し的に無視されている証拠だ。
「んっ? おまえ、どっち? ネカマ? リアル?」
「リアルだけど? なに、したいの?」
「んにゃ、ちょっと気になっただけ」
 彼はふぅと息をつきつつ、ボンヤリとコロシアムの天井を見上げた。
「帰りてぇなぁ……」
「だな……」
 隣りの男も天井を見上げた。
 女は同様に、両手を後ろにつけながら天井を見上げ――

 第三階層では――
「それはもう、すごいなんてもんじゃないわ」
 独立派の居留地域ではキリーの独演会が続いていた。会場は泉部屋の前であり、その声は通路中に響いている。おかげでキリーが語る攻略隊の足跡は、いやがうえでも全員の耳に届いていた。
「――で、どこまで本当なわけ?」
 隔壁をあげたままにしている泉部屋の中では、リコが白い目でマサミに尋ねていた。
 マサミは微笑みながら、普通に答えた。
「全部です」
「………………」
 リコは無言で、傍らのリチャードに目を向けた。
 彼は肩をすくめている。その向こうにいるジンとアケミも苦笑を漏らしていた。
「ルーマーシステムね」とリコ。
「ですね」とリチャード。
 キリーは第二階層と第三階層には、ダウンゲートを守るクリーチャーがいたと語っている。第二階層のそれは数百体というゴブリンの軍勢、第三階層のそれは巨大なドラゴンというのがキリーの語る内容だ。なんでもダウンゲートを降りようとすると、ガードクリーチャーと戦いますかという確認ウィンドウが現れるのだそうだ。これに応じるとコロシアムのような場所に転移し、そこで死力を尽くした戦いを強いられるのだという。
 ありえない話ではない。
 そもそも第二階層、第三階層のダウンゲートを見つけたのは攻略隊だ。
 おまけに「トム&ジェリー」作戦の時の一件がある。独立派にあとから加わった元自治会の離脱者たちは、クロウとマコが繰り広げた超人的ともいえる戦いを目撃している。そのうえ、キリーは無詠唱で呪文型アクションスキルを使いこなしてみせた。マサミはできなかったが「私はオチこぼれでしたから」と言われると反論もできない。
 いずれにせよ。
 キリーの話を否定する材料はない。肯定する材料ならある。
「でもまぁ……」
 リコは苦笑した。
「彼らが終わらせに向かったわけだし、ここは積極的に――」

 第九階層では――
「――ブライトボール」
 レイスの頭上に光球が浮かび上がった。その明かりを頼りに、倒れ込んでいた面々がヨロヨロと近づいてくる。
「急いで集まれ! ワンダリングもいるからな!」
 そう叫んでみたが、あまり意味が無いことぐらいレイスもわかっていた。
 最初にボイルが近づいてきた。
 続いてランスロット。
 集まったのは騎士、法騎士、聖騎士の面々ばかり――賢者や司教は誰もいない。それこそ奇跡的にレイスが生き残っただけであるらしい。いや、奇跡的という意味では、この場にいる全員が同様だ。
「……さて」
 グルリと一同を眺めたレイスは、いつもの冷笑に見える苦笑を漏らした。
「最後の一仕事だ」
「俺が行きます」
 ランスロットが巨剣を肩に担いだ。
「タトゥ、まだ残ってるんで」
「……ボイル、切り込め」
「レイスさんは……」
「ランスロットと一緒に残る。MPも無いからな。今ではむしろ足手まといにしかならん」
 レイスはある方向に視線を向けた。
「とにかく、アレを抜けるぞ」
 誰もが武器を構えた。
 一同が見つめる先には、闇が広がっている。本来であれば、中から漏れ出る噴水、ストーンサークルの明かりが見えてしかるべき場所なのだが、今はその前に肉の壁が作り上げられてる。第九階層のクリーチャーたちが自らの躰で塞いでいるのだ。
(間に合えばいいんだが……)
 レイスはウィンドウを開き、最後の“ギガフレイムボム”を取り出した。
 そして、叫んだ。
「総員――」


 クロウは確認ウィンドウの“YES”をノックした。

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