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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[46]


(まさか――!)
 レイスは周囲を見回し、それを見つけた。攻略隊の面々で灯している“ブライトボール”の光源が届かない場所、ほんの少しだけ光よりも闇が勝っている六ブロック(約十八メートル)ほど先のところだ。
 最初は赤い灯火に思えた。
 だが、それは何十どころか何百とあった。
 レイスは正体に気づき、絶句した。
「かぁああああああああああああ!」
 マコの奇声が響いた。それでもレイスは絶句したままだ。
 しかし。
「はっ!――クゥ、大丈夫!?」
 リーナの声で、レイスは我に返った。
 慌てて振り返る。今度はリーナがマコと斬り結んでいた。馬鹿をやったらしいクロウは、少し離れたところで後頭部を押さえつつ、振り返ろうとしていた。
(どうする!?)
 レイスは考えた。もし、あの何百という赤い灯火が予想通りだとすれば、攻略隊はかなり消耗することになる。そのうえ、あの屑がいる。ゲーム的な強さでは下でも、あの屑には厄介なスキルがある。“ブレインファンタズム”という、マコを変えてしまった悪魔のスキルが……
「後ろだ!」
 レイスは振り返りながら、数百の赤い灯火に向かって杖を突き出した。
「――ヴォルカニック!」
 スキルネームの短縮詠唱中にすべての使用手順を確定させる。
 杖の先から、身の丈ほどもある赤い光弾が打ち出された。それは猛速度で飛び抜け、赤い灯火のあった地点で炸裂した。紅蓮の炎が円錐状に広がる。上下は天井と床に阻まれたものの、壁が無い第九階層では、左右に対しては際限なく炎が広がった。
 扇状にひろがる爆炎は、まるで竜のブレスそのものだった。
 魔術師用範囲攻撃呪文型アクションスキル“ヴォルカニック・フレア”――もともとは単なる火炎放射器程度の威力しかないが、レイスは繰り返し、このスキルを使うことで、今やナパーム爆撃に匹敵する恐るべき呪文にまで鍛え上げていたのだ。
 だが、その一撃で全てを消し去ることはできなかった。
 業火に飲み込まれた暗闇に隠れる者たち――膨大な数のクリーチャーの群れ――は、前列だけがロストしていき、後方の個体はダメージを受ける程度で済んでしまったらしい。
(やはり――)
 刹那の間だけ、レイスは苦々しい表情を見せた。
 ケダモノの奇声が響いた。
 業火の中から、次々とクリーチャーたちが飛びだしてきた。
 マンティコア、スカイワーム、レッサーデーモン、マスターニンジャ、ショーグン、ヘルキャスター、ホーリーナイト――無限にいるのではないかと思えるほど、次から次と、紅蓮の炎から飛びだしてきている。
「総員攻撃! クロウ! おまえはワーグナーを倒してこい!」
「なん――!」
「なんでもいいからそうしろ! おまえならできる! リーナ! マコを抑えろ!」
「任せて!」
「あぁああああああああああああああああああああああああ!」
 マコの奇声が轟いた。
 無数の呪文の声が、これに重なった。
「総力戦だ! 出し惜しみするな!」
 レイスは檄を飛ばしつつウィンドウを開いた。アイテムというアイテムも投入するつもりなのだ。なにしろ敵の総数は百どころか千にも達する勢い――いくら攻略隊でも、ここまで数で押されては話にならない。
(それを見越して集めにいっていたな、屑野郎!)
 魔王のごとく待ち受けていると錯覚していた自分自身を、レイスは強く呪っていた。


 時は少しだけさかのぼる。
「クロウ。いざなったら、おまえだけ第十階層に降りろ」
 第九階層を歩いている最中、前触れもなくレイスがそう口にした。一瞬、誰もが言葉を失ったが、すぐに意図を理解し、ある一人を除いて賛同のうなずきを見せていた。
「……なんでさ」
 不満を口にしたのは、クロウ本人である。
「言うまでもないだろ」
 レイスは、いつも通りの冷笑に見える苦笑を漏らした。
「あの金色の小僧の言葉、覚えているな?」
――第九階層が面倒だけど、そこで消耗しなければ問題無し。それこそ、クロウ一人で十階に下りた時点でクリアは確実。断言してもいいよ。
 あの黄金の少年は、間違いなくそう告げたのだ。
「問題があるとすれば、ここで消耗することと、あの二人が邪魔をすること――そのふたつだけだ」
「無理だ」
「いいからやれ」
「……」
 クロウはちらりとリーナを盗み見た。リーナは我関せずとばかりに先を歩いている。会話は聞こえているはずだが、自分からは何も言うつもりが無いらしい。他の面々にしても、同様に黙々と歩き続けている。その態度こそが、レイスの指示に異論が無いことを如実に表していた。
「クロウ」レイスは歩きながら目を細めた。「今日は何日だ?」
「……四十日目だろ」
「何月何日だ?」
「……さぁ」
「五月十三日。水曜日。ちょうどゴールデンウィークも明けたばかりだ」
 レイスはクロウに顔を向けた。
「早くしないと梅雨になる。最初に見る空は、青空がいい」


 後頭部を強打された瞬間、クロウは激痛を覚悟した。死まで予想が飛ばなかったのは、マコの剣筋ではクリティカルをたたき出せないだろうと判断していたせいだ。だからこそ、追撃の代わりにリーナの声が聞こえた時には、一瞬だけ何が起きたのかわからなくなった。
「はっ!――クゥ、大丈夫!?」
 驚いたクロウが振り返ると、別のところからレイスの声が響いた、
「後ろだ!――ヴォルカニック!」
 レイスの十八番、“ヴォルカニック・フレア”が第九階層を照らし出した。
 クロウも目を見開いた。
 莫大な数のクリーチャーが炎を乗り越えて迫ろうとしている。ザッと見た限りでも百はくだらない。次から次と現れているところを思えば、下手をすると千のオーダーに入っている可能性もある。これまで誰一人として見たことがないほどの大軍と呼ぶべき数だった。
 そこに、さらなるレイスの声が響いた。
「総員攻撃! クロウ! おまえはワーグナーを倒してこい!」
「なん――!」
「なんでもいいからそうしろ!」
 叫び返すより先に、レイスの声が突き刺さってきた。
「おまえならできる! リーナ! マコを抑えろ!」
「任せて!」
「あぁああああああああああああああああああああああああ!」
 マコの奇声が轟いた。
 無数の呪文の声が、これに重なった。
「総力戦だ! 出し惜しみするな!」
 レイスが檄を飛ばしていた。
 目の前ではマコとリーナが激しくぶつかり合っている。一瞬だけ、クロウの視線とリーナのそれが噛み合った。本当に刹那の間にすぎなかったが、それでもクロウは、その一瞬、リーナの声なき声を聞いた気がした。言葉にするなら――マコは任せて欲しい、クロウはクロウの為すべきことをやって欲しい、早くこんなゲームを終わらせて欲しい。そう告げられたような気がした。
 もっとも、クロウが意識した声はたった一言にすぎない。

――クゥ!

 呼びかけの言葉――そこに全てがあった。
「――くそっ!」
 クロウは駆けだした。
 向かう先は――隔壁の無い出入口の奥。
 疾風と化したクロウは噴水を飛び越え、その奥にあるストーンサークルに向かった。外周の中に踏み込むと、彼の眼前には小さなウィンドウが表示された。
〈第十階層に転移しますか?〉
 クロウは“YES”をノックした。


 再び時刻は少しだけさかのぼる。
 それは第四階層で微調整を続けていた最中のこと――
「今さらなんだが……」
 クロウとリーナを呼びつけたレイスは、リーナに武器を変えてはどうかと提案した。
「リーチの短い、軽い武器がいい。クロウ、何か適当なもの、あるか?」
「あるけど……?」
「なに、確かめてみればわかる。リーナ、とりあえず、それで戦ってみろ」
 リーナは武器を小太刀に変えた。
 するとリーナは、クロウにも匹敵する速さで戦えるようになった。
「……どういうこと?」
 誰よりもリーナ自身が驚いていた。しかし、予想が的中したレイスは「やはりそうか」と、冷笑に見える苦笑を漏らしていた。
「前々からそうかもしれないと思っていたんだが……クロウ、おまえの強さの理由、自分ではどう考えている?」
「……イマジネーション。どこまで精密に想像できるか」
「正解だが、精密さは別問題だ」
「……別?」
「重要なのは想像力――その通りだ。ただ、必ずしも精密である必要はない。重要なのは、どこまで明確にイメージできるかという点だ」
「だからそれは――」
「必ずしも精密である必要はない」
「――あっ」
 ようやくクロウも理解できたらしい。一方、リーナのほうは先ほどから頭上に疑問符を浮かべんばかりに腕を組み、首を捻っている。
 レイスは苦笑しつつ、彼女に語りかけた。
「質の違いだ、質の違い。これまで二人一緒に軽戦士系だと思っていたから気づきもしなかったが――クロウは無駄のない精密な動きが特徴だ。だが、おまえは違う。リーナは大雑把だが自由奔放な動きが特徴といっていい。なぜなら、自分の動きに関するイメージの仕方が違うせいだ」
「イメージの……」
「こいつは技術的な……医学的といっていいな。まずスケルトンフレームを想定するところからモーションを考えている。GAFの影響だろうな。その分、こいつが最良と考える動きは、無駄が無く、精密さが要求されるものになりやすい。ところがおまえの場合、そうではないだろ。どちらかといえば映画のシーンを想定していないか?」
「――あっ、うん。そんな感じです」
「その違いだ。人型が相手になると、こうも動きが違っているのも、そのあたりが理由だろう。時間があれば、そこを伸ばす方法を模索するべきなんだが、今はそうも言っていられない。実践の中で、いろいろ試してみろ」


 コツを掴めば、あとは簡単だった。
(見える――!)
 あれほど速かったマコの動きが、今はハッキリと視認できていた。なにより、マコから自分へと伸びる攻撃予想軌道と攻撃阻止限界点の照準が、リーナの動きを劇的に変えていた。予測軌道が見えるということは、止まりさえしなければ、どんな攻撃も避けられるということを意味している。そのことにようやくだったが、リーナは気が付いたのだ。当たり前すぎることだったが、戦闘という極限状態の中で自覚するのは、決して簡単なことではないのだ。
 もっとも、避けてばかりでは倒すこともできない。
 だが、リーナは最初からマコを倒そうと考えていなかった。だからこそ、クロウのように攻撃を迎撃するという考えを最初から捨てていた。
 それこそが、速度で劣りながらもマコと拮抗できている最大の理由だった。
「どうして! どうしてどうしてどうしてどうして!」
 マコは狂ったように唾液をまき散らしながら一対の直剣を振るい続けた。
 白い暴風だ。
 エフェクトの上にエフェクトが重なった。
 しかし、予測軌道の表示は《システム》に属している。攻撃対象と判断されたリーナの目には、相手の姿が見えなくとも、予測軌道と攻撃阻止限界点照準だけはハッキリと映し出されていた。
 リーナは最小限の動きでこれを避けた。
(――あっ!)
 一瞬だけクロウと目があった。
(クゥ!)
 彼女は心の中で叫んだ。万感の思いを込めて、彼の名を呼んだ。
 すぐにマコの攻撃が迫った。
 彼を見ている余裕が無い。後ろに仰け反り、両手を床につけつつ、右足で力強く蹴り上げた。空を切ったが、それは最初から承知しての行動だ。グルリと後転するかのように回転したリーナは、両足が地に着くと同時に、四つの剣閃が瞬いたことを悟った。
(――来た!)
 “フォークローバー”だ。
 だがリーナは迷うことなく――前に飛びだした。
「ハッ!」
 身を捻り、床を打ち砕かんと踏み込みながら、左手を頬の前にかざし、脇を締めた右腕でマコの躰に激突する。《システム》はアクションスキル“ショルダータックル”と判定したが、スキルをセットしていないため威力そのものはアシストスキル“グラップル”で処理された。
 ダメージそのものは微々たるものだった。
 だが、絶妙なタイミングで、相手の技の最中に技を重ねた結果、マコは「かはっ」と苦しげに咳き込みながら、ほんの少しだけ後ろに飛んだ。
(マコさん!?)
 一瞬だけリーナは心配した。
 不要だった。
 刹那の間だけ地に足を滑らせたマコは、グッと膝を曲げると、雄叫びをあげながら突進してきたのだ。左肩からの“ショルダータックル”――に見せかけ、急激に右足で踏み込みながら、右の直剣で横薙ぎにする。
 リーナは横向きに、腕立て伏せでもするような体勢で床に伏せた。
 かと思うと、左手で床を押し、クルッと回った。即座に左脚の足裏で、通過したマコの右手首を蹴り上げる。ダメでも左で追撃しようとしたマコは体勢を崩された。その隙にリーナは、さらに下半身を浮かし、ねじらせ、マコの右脚を自らの両脚で挟み込んだ。
 マコが前のめりに倒れる。
 素早くリーナは躰をごろごろと転がし、立ち上がると同時に身構えた。
「うあぁあああああああ!」
 マコはケダモノの雄叫びを轟かせながら、すぐに起きあがり、リーナに迫った。
(お願い――!)
 リーナは泣きたかった。
(もう――お願いだから――!!)
 マコのことが好きだ。
 大好きだ。
 リーナにとって、マコは数年ぶりにできた友達であり、姉のような存在でもあった。
 長い入院生活の間、塞ぎ込んでいた彼女は、友達も失っていた。だからこそ、クロウと初めて出会った時も、反発することしかできなかった。攻略隊に入っても、どういうわけかクロウとはうち解けられたものの、他の者とは見えない壁を感じることがあった……
 しかし、マコは違った。
 マコはこっちのことなどお構いなしに、ドカーンと壁を突き破った。
 そのことを自覚したのは、クロウが失踪したあとのことだ。
 やんちゃで男勝りだった頃の自分が、そのまま成長した姿に思えた。
 自分もこうなりたいと思った。
 明るく、元気で、サバサバしていて、いつも笑っている――マコのような人になりたいとさえ思った。
 だからこそ、悲しかった。
 監禁された時の出来事も……
(――許せない!)
 リーナは激しい怒りを感じた。
(マコさんを――マコさんをこんなにした――!)
 彼女は生まれて初めて、心の底からひとりの人間を憎いと思った。
 クロウは紳士だ。経験が無いだけ、意気地がないだけと笑う者もいるが、決してそれだけではない。ダークゾーンに連れ込まれた時には「まさか」と思ったが、クロウはそこでも一線を越えなかった。キスさえしてこなかった。
 それはそれでどうかとも思う自分もいたが……もしかすると、最後の夜の行動はそのせいだったのかもしれない。ただ、最後の夜、確かめてみようとクロウの寝床を訪れた時も、彼は手を握るだけで、なにもしてこなかった。その時に感じた気持ちは、安らぎであり、親しみであり、愛おしさだった。
 それだけに、あのむごたらしい出来事の重さを、リーナは強く理解できるようになった。
 マコはリーナの目の前で犯された。
 実際に見ていたわけではない。見ないで欲しいとマコに言われたからだ。
 だが、声と音は聞こえてきた。
 彼女は欠片も声を漏らさなかったが、見張り役だった男たちの下品な言葉は、はっきりと聞こえた。そのうえマコは、終わったあとに連れて行かれ……
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇええええええ!」
 純白の狂気と化した。
「んっ――!」
 もはや避けるどころの騒ぎではなくなりつつある。リーナは左の小太刀を捨て去り、右の小太刀の背に左手を押し当てつつ、とにかく目についた攻撃阻止限界点照準に刀身を押し当てることしかできなくなっていった。それほどまでに、マコの動きは速さを増しているのだ。
(――負けない!)
 一撃一撃が骨に響くほどの衝撃を伴っている。
(絶対に――!)
 リーナはじりじりと下がりだした。下手に退けば直剣に適した距離になる。だが前に進むこともできない。剣撃を受けるたびに、押されていくが、今はしのぎ続けるしかない。
 勝てなくてもいい。だが、負けるわけにいかなかった。
 マコにも、マコをこんなにしてしまった、あの男にも。
 だが――

To Be Contined

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