[ INDEX ] > [ Deadly Labyrinth ] > [ #37 ]
<<BACK  [ CONTENTS ]  NEXT>>

Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[37]


 悲鳴に近い歩哨の声に続き、ガンガンガンッという耳障りな音がコロシアムに響いた。ざわめきが一気に広がり、寝床が点在する観客席には次々と半裸のプレイヤーたちが姿を現していった。
「あれが?」「マジかよ……」「すげぇ」「へっ、ショタ系かよ」
 クロウの耳にもいろいろな言葉が聞こえてくる。
 彼は全てを無視し、しばらく歩哨の集団を警戒した。だが、いずれも腰がひけている。この様子なら挑み掛かられても、軽く蹴散らせそうだ。
(……よしっ)
 クロウは立ち上がり、クルリと向きを変えた。
 ストーンサークルのある方角をコロシアムでは南側と呼んでいる。つまり、クロウは北側を向いたことになる。コロシアムの北側には観客席の最上段にSHOPの看板があり、そこで様々なアイテムが購入できるはずだったが……
(……よくやるよ)
 クロウは苦笑を漏らした。
 今や北側観客席は組み上げられた家具の山で埋め尽くされていた。看板すら見えないのだから、随分と積み上げたものである。おまけに、SHOPの看板を隠している家具の手前には、これまた家具を組み上げて造ったらしい、舞台らしき平坦な場所があった。
 舞台の背後には白いカーテンらしきものがびっしりと掛けられている。
 舞台の中央には、白いシーツをかけた一人用のソファーが置いている。
 舞台の床にも白い布が敷き詰められている。
 純白の舞台――いや、純白の王座かもしれない。
(……んっ?)
 ふと気づくとコロシアムが静寂に包まれていた。
 クロウはしばらく待ってみた。
 舞台の袖から、完全武装のプレイヤーが姿を現した。
(まさか……)
 クロウは目を細めた。
 純白の西欧甲冑、仰々しいまでに大きな肩当て、裏地も白いマント、これまた白く塗られた兜には、鹿の角を模した角飾りがついている。武器は装備していない。ウィンドウに収めているのだろう。
 そのプレイヤーは無言のまま階段を降り、運動場の中央まで歩いてきた。
 そこで立ち止まる。
 ここまで来ると、T字に空いた兜の隙間から、相手の顔がハッキリと見えた。
(……そうなのか)
 クロウは驚くほど静かな気持ちで、その事実を受けれていた。
 再びコロシアムがざわめきだす。
「――よく来たわね」
 彼女が語りかけてきた。
「来ないかと思ったわ――クゥ」
 途端、それまで無表情を貫いていたクロウの顔に、険しさが宿った。
(くそっ……)
 心の中で悪態をつきながら、ゆっくりと歩き出した。
 観客席が静まっていく。
 クロウは歩き続けた。それなのに足音がしない。足音を消す“サイトントムーブ”というアシスト系スキルをセットしているせいだ。たったそれだけなのに、今のクロウは気配すら希薄だった。少しでも目を離すと、影に紛れて消えてしまいそうな印象すらあった。
 第四階層で身につけてたものだ。
 それだけ今のクロウは、心も体も、あの修羅地獄にいた時と同じ状態になりつつあると言える……
「怖がらなくていいのよ」
 重装備のプレイヤーは不動のまま語りかけた。
「クゥも気づいてるんでしょ? 私たち、選ばれたの。運命に選ばれた人間なのよ。ここでの日々は最初の試練……これに耐え抜いた者だけが、本当の意味での伝道者になれる。だから、クゥも――」
「黙れ」
 クロウの声が凛と響いた。
 彼は十メートルほど離れたところで立ち止まった。視界の片隅に変化を認め、ゆっくりと彼女のさらに後方――舞台の上へと視線を向けてみた。
 舞台中央のソファーに、半裸の巨漢が腰を降ろしていた。
 自治会の指導者――アズサだ。
 右隣に立つ中性的な人物は、第一の帰依者と言われている執行部代表カヲルだろう。その反対側にあたる左隣は、今現在、誰も立っていない。それもそのはず。そこに立つべき人物こそ、今、クロウと対峙しているプレイヤーなのだ。
「……なんでだ」
 クロウは目を細めながら、対峙するプレイヤーの顔を見つめた。
「なんで……隊を離れた?」
「クゥこそどうして?」
「やめろ」彼は顔をしかめた。「質問してるのはこっちだ」
「イヤなの? クゥって呼ばれること」
「………………」
「どうして?」
「………………」
「そう……」
 彼女は左肩をダブルタップした。ウィンドウが展開する。彼女はその中から、ふたつのボールオブジェを引き出した。
「クローズ・ウィンドウ」
 ヴォイスコマンドでウィンドウを消し去った彼女は、オブジェを握り、具現化させた。
 彼女の両手に肉厚のブロードソードが出現する。
 クロウは自身の左肩をダブルタップしながら、改めて彼女の武装を凝視した。
(……“シルバーフルプレート+3”、“ホワイト=ガーディアンマント”、“ブロードソード+4”、“オーガベルト”、“リングシャツ+1”、“アンチフレイムアミュレット”……贅沢だな)
 一方のクロウも装備品はかなり上等なものばかりだ。
 “レザーシャツ+3/W”、“マーシャルアーティストパンツ”、“ファルコンベルト”、“レックガード+2”、さらには誰も知り得ない特殊なアイテムを装備し、手にするカタナもただのカタナでは無くなっていた。
 しかし、装備ですべてが決するわけでもない。
 彼は素早く正面のウィンドウを操作し、セットスキルの組み替えを行った。
 視認対象の基本データと装備品を閲覧できる“カネッサーシップ”と暗闇を見通せる“ノクトビジョン”を解除。かわりに全身の筋力を高める“ハイ・ストレングス”、骨格を強化する“メタルボーン”、HPがレッドゾーンに入ると自動的に所持中のヒールクリスタルを使用する“オートヒール”をセット。何度も繰り返した操作だけに、その手つきは滑らかだった。
「殺しはしないわ」
 ウィンドウを閉ざすなり、彼女は身構えながら悠然と微笑んだ。
「でも――殺しちゃうかもしれないわ」
「………………」
 クロウは答えず、静かに息を吸った。
 そして――突進した。


(強い――!?)
 三合斬り結んだところで、クロウは自分の錯誤を悟った。
 彼女は強い。
 これまで対峙した誰よりも強い。
「軽いじゃない! その程度なの!?」
 風を巻き込む重い一撃が繰り出された。
 クロウは辛うじてカタナで受け止め、これを流して、懐に入り込もうとした――が、もう一本の剣閃が、それを阻むように横から迫った。
(無理か――)
 倒れ込むように躰を落とし、地を這うような足払いを繰り出した。しかし、その鋭い一撃も、彼女の脚甲をガンッと鳴らすだけだった。びくともしていない。
(しまっ――)
 思考するより先に躰が動いた。
 土の上を転がる。寸前まで彼がいた場所に、二本のブロードソードが突き立った。
「――ちっ」
 舌打ちが聞こえた。本気の証拠だ。
(まずい――)
 クロウは転がりながらカタナを放り投げた。かと思うと、自由になった両腕を使い、立ち上がると同時に後ろに回転した。まるで体操選手のようにバク転を繰り返す。
 彼女の追撃が止んだ。
 距離が開いたところで地を滑りつつ、クロウは静止した。
 左手で鞘を持ち上げる。
 宙を跳んだカタナは不自然に動きを見せた。本来の放物線から外れ、クルクルと回転しながらクロウに迫ったのだ。そしてカシャンと鞘の中に収まった。
 その名も“イアイブレード”――名前こそ半分ジョークだが、鞘に命じれば、どんな状態であろうと刀身が鞘に収まってくれるという、第四階層で手に入れたレアアイテムだ。武器としての性能も“カタナ+5”に相当する。もともとカタナは他の武器よりレアリティが高く、第四階層でも“カタナ+3”がたまに出るくらいだ。それを考えれば、稀少性たるや、かなりのものといえる。
「へぇ……そういう武器もあるんだ」
 彼女は楽しげに笑いかけてきた。
 クロウはスッと立ち上がった。
「……リィはどこだ」
「あたしを倒せたら教えてあげる」
「どうして――」
 クロウは顔をしかめた。

「どうしてなんだ――マコさん」

「試してみたのよ、“ブレインファンタズム”」
 両手に直剣を持つ純白の法騎士――マコは、恍惚とした表情を浮かべた。
「すごかったわ……あたしの隠された願望が実現したのよ。知ってた? あたし、誰にも負けたくなかったの。兄さんにも、母さんにも、友達にも、先輩にも、先生にも……もちろん、あなたにもね、クゥ」
「やめろ」
「あたしね、全部に勝ったわ。みんな殺した。殺して、殺して、殺して――当然、あなたも殺したわ。何回も殺されたけど、そのたびに復活するのよ、どういうわけかね。それで、何回も何回もあなたに戦いを挑んで、何回も何回も殺されて……何千回も繰り返して、ようやく勝てるようになったの。すごいと思わない?」
「………………」
「今の迷宮で、あたしほど誰かを殺したプレイヤーっていないと思わない? あっ、クリーチャーは別。あれって、プレイヤーとは全然別物でしょ? なぜだか知ってる?」
「……あぁ」
 クロウは一瞬だけ言葉に詰まったが、ハッキリと答えた。
「骨格……だろ」
「なんだ、知ってたんだ」
 クリーチャーはダメージ判定時に骨格を計算しない。
 だがプレイヤーは違う。
 プレイヤーは骨格の強度も計算に入れている。骨折を再現するための処置だ。そのため剣で切り裂こうとすると、骨格という阻害物が、切断を防ぐことがある。
 もっとも、クロウの場合は別だ。彼は最初から、骨格を想定したうえで、間接の隙間に一撃を加えることを狙っている。ゆえに例の事件でも、彼はクリティカル・ヒットを連発したのだ。そして、こうした微妙な違いを、クロウは感覚的に、あの時から感じ取っていたのだ……
「だったらわかるよね? 一度、人を斬る……手応えってやつ? それを知ったら、クリーチャーなんてヌイグルミみたいなもんでしょ? 味気ないっていうか、戦ってる感じがしないっていうか……そんな感じ、しない?」
「……それで?」
「それでって……あぁあ、やっぱ可愛くないわねぇ。だいたいさぁ、マサミに襲われたぐらいでぶち切れるなんて、それでもクゥ、男なわけ? 据え膳食わぬはなんとやらって言うじゃない。どうせマサミなんてさ、誰とでも寝るような女なんだし――」

 風が吹いた。

「――えっ?」
 マコは瞬きしながら、寸前までクロウが立っていたはずの場所を見つめた。
「……黙れ」
 声は背後から聞こえた。
 慌ててマコは振り返り――パキンという音が頭上から響いた。
 角飾りが折れたのだ。
 いや、落ちた角の切断面はこれ以上ないほど滑らかだった。
「次は……外さない」
 クロウは背を向けたまま悠然と立っていた。
 カタナは鞘に収まっている。身構えてもいない。だが、その背中に怒気がふくれあがっていた。彼女がこれまで一度として見たことがないほどの怒気だ。
「――あっ、そっ」
 マコは兜を脱ぎ捨てた。ついでに肩当ても外し、甲冑本来の肩当てを覗かせると共にマントも捨て去った。
「ひとつだけ教えてあげる」彼女は再び両手に直剣を握った。「速いのが自分だけと――」
 クロウは無視した。
 風が吹く。
 だが、黒い風は、マコの手前ではじき飛ばされた。
 マコはニヤリと笑った。

「最強は……あたしよ」

 純白の風が吹いた。
「ちっ――」
 漆黒の風も流れた。
 二つの風が交差する。かと思うと、砂塵を舞い上げながら白と黒は急制動をかけ、まったく同時に風に変わった。直後、運動場の中央で連続した剣撃の音が鳴り響いた。まるで機関銃の音だ。
「この程度!?」
「――くそっ!」
 両者は足を止めつつ、縦横無尽に剣と刀を振り回した。
 舞い上がる砂塵が、剣風で渦を巻いた。
 マコは力任せに一対の直剣を叩き込んでいく。
 クロウは速さに任せて刀を打ち込んでいく。
 互いの刀身はもはや目で追える速さを超えていた。二人の強さは、すでに常軌を逸したレベルに到達しているのだ……


「――コちゃん、リコちゃん。見とれてる場合じゃないって。リコちゃん」
 ようやくリコは我に返った。
「ご、ごめん……」
「いや……気持ちはわかるよ。こういう状況でなければ、僕も見物したいぐらいさ」
 声を潜めつつ小さく笑ったのは、純白の甲冑に身を包んだ独立派の良心――ジンその人だった。彼が立つ場所は舞台のすぐ近く、本来であれば決して近づくことができない場所だ。それ以前に、純白の鎧は第一階層の隠れSHOP――ダークゾーンの中にリカバリィポイントが隠されていた――で「カラーチェンジ」の操作を行った、自治会執行部親衛隊の制服そのもの。外部の人間はもとより、親衛隊以外の者が手にすることさえかなわないはずのものだった。
 しかし独立派は、離脱直後から自治会の離反者と結びついている。その中には親衛隊のメンバーも加わっていた。たいていは恋仲になった女性プレイヤーを独立派に委ね、自らは自治会に残り、従うふりと続けているという男性プレイヤーたちだ。
「そろそろ始める頃合いだろ?」
 ジンは直立不動の姿勢を保ったままリコに囁きかけた。
「みんなの配置は?」
「ボーイくんがまだ……あっ、出てきた」
「これで全員?」
「うん。あとは合図を――」
「そこっ! 気を抜くな!」
 不意に鋭い声がかかった。左斜め後ろにいる親衛隊の幹部が檄を飛ばしたのだ。
「はっ!」
 答えたのはジンだけではなかった。他の親衛隊員も大声で答えていた。つまりは、それだけ他の面々も今の戦いに見入っていたということになる。
「……大丈夫?」
 声は右脇の下から響いていた。
「……大丈夫っぽい」
 ジンは両肩を張り、マントの幅を広げてみるよう、努力してみた。それというのも――リコは今現在、マントと鎧の間に隠れているのだ。おまけに全身に白いシーツを巻き付けている。なんとか家具の隙間を這い進み、先に潜入していたジンの作った隙間に入り込んだというのが全ての真相である。
 もっとも――
「でもさ、リコちゃん……」
「なに?」
「なんかね……舞台に近い場所まで来ちゃってるんだけど…………」
「――そ、そういうことは先に言ってよ」
 状況が状況でなければ、怒鳴りつけているところだ。
「で、でも、離れてはいないんでしょ?」
「えっと……間に二人……あっ、三人いる……かな?」
「三人って……」
「や、やっぱりさ、人選ミスって感じがするんだけど……」
「いい、ジンさん」
 リコは諭すように小声で語りかけた。
「これに成功すれば、攻略隊にでっかい借り、作ることができるでしょ。そうしないと自滅は確実じゃない。今だって、この作戦を成功させるんだぁって気合いだけで、みんなもどうにか頑張れてるって感じなんだし」
「……そうだね。リコちゃんの言う通りだ」
「さすが私のジンさん、物わかりがいいじゃない」
「いや、そんな――えっ? 『私の』?」
「と、とにかく、合図がきたら、ちゃんと――」
「あっ――」
「――今度はなに?」
「あ、合図!」
「うそ!? 早く言ってよ!!」
 独立派の乾坤一擲、一か八かの大勝負は、こんなドタバタぶりの中で始まるのだった。

To Be Contined

<<BACK  [ CONTENTS ]  NEXT>>
[ INDEX ]

Copyright © 2003-2004 Bookshelf All Right Reserved.