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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[36]


 三十九日目――

 百六十×百六十ブロック(四百八十メートル四方)という広大な第四階層を歩き回ったクロウは、とうとう第五階層に至るダウンゲートを発見していた。場所は中央の南西寄り。そこから北に四十ブロックほど進むとアッパゲートがある。歩き方によっては、初日で発見できたかもしれない場所だった。
(遠回りにもほどがあるだろ)
 もっとも、連戦を強いられている今のクロウは、一日の半分が睡眠で削られている。途中途中の休みも入れると、一日の探索時間は八時間程度だ。そのうえ、第四階層で手にいれたスキルやアイテムを試してきた。それを思えば、十日で見つけられたのは行幸(ぎょうこう)なのかもしれない。
(問題は……)
 ダウンゲートがある三×三ブロック部屋には、ダークゾーンと通じた南側の出入口とは別に、北側の壁に、この階層で初めて目にするドアが存在していた。マップで確かめてみると、この北側に細長い部屋か部屋地獄が待ちかまえている可能性が高い。
(でもなぁ……)
 第四階層で初めてのドアだ。どうにも胡散臭いが、同じぐらい、妙に気になる。
(罠だとしたら……あれか。一歩通行あたりか)
 他の可能性は考えられい。だったら、行くだけ行ってみても問題は無いように思える。
(……行くか)
 どうせ自分は前に進むしかない――そんな思いが、クロウをドアに進ませた。
 近づくとガガガガッと音をたてて隔壁がせり上がっていった。何度も開け閉めするとズズズッという音にかわっていくが、このドアは初めて開閉されたため、開閉音もかなり大きい。
(どれどれ……)
 クロウはひょいっと中を覗き込んでみた。普通なら照明で中を照らすところだが、“ノクトビジョン”のおかげでその必要が無かった。それこそが、彼の運命を左右した。
(……おい)
 部屋は三×七ブロックという、広い通路のようなものだった。クロウが開けたドアは、部屋の南側にある壁の中央に位置し、ちょうど北側の同じ場所に別のドアがあった。問題は、そんな部屋の中央付近だ。
 ニンジャがいた。ムシャがいた。キャスターがいた。クルセイダーがいた。
 全部で百人はいそうだ。
 そして、どの人型クリーチャーも、まるで彫像のように動こうとしなかった……
(――そうか)
 今さらのように、クロウはあることを思い出した。『WIZARD LABYRINTH』の原作ともいえる『Wizardly』には、地下四階にコントロールセンターというものが存在している。そこにいるモンスターを倒すと“ブルーリボン”というアイテムが手に入り、地下四階から地下九階まで通じるエレベーターが使えるようになる。
(だったら……)
 クロウは一端、戻ってみることにした。確か『Wizardly』では、コントロールセンターの近くにまっすぐな回廊があり、その両端に一〜四階を結ぶエレベーターと、四〜九階を結ぶエレベーターが存在したはずなのだ。
「……ビンゴ」
 いつものようにカタナの鞘を前に突きだしつつ、濃霧の中をでたらめに歩いてみると、南北に伸びる回廊の中間地点の出入口を見つけた。北側に向かってみるとドアを発見。手で触れても、そこは開かなかった。
(反対側は……)
 南側に向かってみる。距離にしてちょうど対象になる地点にドアが存在していた。
 近づくとガガガガッとドアが開いていった。
「……ビンゴ」
 クロウは同じ言葉をもう一度つぶやいてみた。
 ドアの向こうに、ストーンサークルが存在したのだ。部屋の大きさは三×三ブロック。中に入り、近づいてみると、自動的にウィンドウが浮かび上がった。
〈どの階層に転移しますか?〉
 確認ウィンドウには“1F”、“2F”、“3F”、“CANCEL”と表示されている。
(これがエレベーターか……)
 クロウは試しに“1F”をノックしてみた。
 本当に何気なく、何も考えず、ちょっとした気まぐれで“1F”をノックした。

 目の前で一人の女性が男たちに犯されていた。

「――うわっ!」
 一拍遅れて、彼のすぐそばにいた男性外装プレイヤーが驚きの声をあげた。
 さらに遅れて、他の面々も驚きの声をあげていった。
「なっ、なんだ!?」「てめぇ!」「くそっ! 二階と三階の連中、なにしてんだ!」
 全部で十二名だった。
 濃霧に面した出入口から駆け込んできた二名だけが、白銀の西欧甲冑を身につけ、仰々しいハルバードを手にしていた。それ以外では、九名の男性外装が全裸のまま、慌てて壁際まで下がっていた。残る一名は、陵辱されていた女性外装プレイヤーだった。
 クロウの目がさらに見開かれた。

「……クロウ…………くん…………………………」

 マサミだった。
 逃げる男たちに取り残され、ぐったりとしたまま倒れている女性は、まぎれもなくマサミその人だった。
「動くな!」「両手をあげろ!」
 武装した二人がハルバードを構えながら駆け寄ってきた。
 クロウには、視界の片隅で何かが動いたとしか認識されなかった。
 プレイヤーであることすら理解していなかった。

 だから、斬った。

 第四階層での約十日間、自ら望んで繰り返してきた修羅地獄の成果が現れていた。
 犠牲となった二人には、忽然とクロウの姿が消えたように思えた。
 全裸の男たちも同様だ。
 ただ、全裸の男たちは、ザザッという音が、出入口の向こう、濃霧の奥から響いたことにも気付けた。同時に、まるで冗談のように、完全武装の犠牲者の首が、ポトリと落ちていく光景も目にしてしまった。
「……う……ううう……うあぁあああああああああ!」
 ひとりが叫んだ。
 パニックが起こった。
 風が唸った。
 彼らは黒い風を見た。
 風は、無言だった。


 気絶したマサミが目を覚ましたのは、それから一時間ほど経ってからのことだ。
 すでに汚液は消えている。汗と同様、自動的に消える仕様なのだ。
 躰には一枚の黒いマントがかけられていた。マサミはボンヤリとしたまま、躰にかけられたマントを眺め――ゆっくりと首を右に傾けた。
 片膝をたてて座るクロウの姿があった。
 カタナを抱きかかえ、ギュッと目を閉ざし、眉間に皺を寄せているクロウの姿があった。
「……クロウくん」
「喋るな」
 クロウは掠れた声をあげた。
 本当のことを言えば「どうして」と問いかけたい気持ちでいっぱいだったが、同じくらい、何も聞きたくないという気持ちも強かった。
 クロウはマサミが隊を飛びだしたことを知らない。彼の中では、今もマサミは攻略隊と一緒に行動していることになっている。それなのに、マサミはこんなところにいた。それも、あんなに大勢の男たちに陵辱されていた。  だとしたら。
 攻略隊は。
 みんなは。
 リィは……
「……良かった…………」
 マサミの手が震えながら伸びてきた。それでもクロウに触れる寸前、彼女は手を止め、自らの躰の上に引き戻した。
「ごめんね……私のせいで……隊から…………」
「違う」
「いいの……私がクロウくんのこと……追いつめちゃったの……本当だし…………」
 マサミは天井を見上げ、ふぅと息を吐きながら目蓋を閉ざした。
「でも良かった……間に合ったんだ…………」
(……間に合った?)
 何か引っかかった。クロウは目をあけ、マサミの顔を見つめた。
 彼女は告げた。
「絶対……助けてあげて……リーナちゃんだけでも、絶対…………」
「……えっ?」
 マサミが目を開け、クロウの顔を見返した。最初は穏やかそうな表情だったが、次第に目が開かれ、驚愕の表情へと変わっていく。
「まさか……クロウくん、知らないの? 会ってないの? 誰とも? 隊長とも?」
「ま、待って! それより助けるって――リィを助けるって、なんなんだ!?」
「本当に知らないの!?」
 マサミは躰を起こし、クロウの両肩を掴んだ。マントがずりおち、乳房が丸出しになってしまうが、この時ばかりは、二人ともそれどころではなかった。
「どうして!? まさか四階からここに!?」
「いいから、助けるっていったい――!」
「リーナちゃん、自治会に捕まってるの!」
「――!」
「本当、本当なの! でも、まだ大丈夫だから! リーナちゃんは最後の切り札だから、だから――」
「待った待った待った! だから、捕まったって、なんなんだよ!」
「聞いて!」
 マサミは順番に語り出した。それはクロウにとって予想もしなかった話だった。


 クロウが戻らないことに責任を感じたマサミは、クロウを探すべく、単身、第三階層を歩き回った。いったい、何日探していたのか彼女自身も把握していないらしい。ただ、必死になってウッドゴーレムから逃げ回り、それでも探し続けているうちに自治会の狩猟組と遭遇。捕らえられ、コロシアムに連れて行かれてしまった。
 そこで待っていたのは、情報を引き出すための拷問だった。
 マサミは責め苦に負け、自分の知っていることはすべて話した。
 数日後、リーナも捕まったことを聞いた。リーナの利用方法を自治会指導者アズサから聞いたのも、その時のことだったらしい。
「あの小娘が例のニンジャの恋人でいいんだな? よしっ……だったらおまえを解放してやる。護衛もつけてやる。三階の攻略隊に戻って、こう伝えろ――『恋人が大切なら、帰依者になるべきだとアズサ先生がおっしゃっていました』とな。安心しろ。あの小娘は客人として大切に扱ってやる。ニンジャが改心するまでの保険でもあるからな。だが……そうだな、四十日目を越えたら、どうなるか私にもわからん」
 マサミは解放され、第三階層の泉部屋の近くまで連れて行かれた。
 取り残されたマサミは、言われた通りのことを大声で叫び――
「私……一階に戻ったの」
「どうして!?」
「だって!……だって…………すべては私が……私のせいだから…………」
 責任を感じたマサミは、とにかくリーナの世話係だけでもさせてもらおうとコロシアムに戻ったのだ。だが、自治会の会員になれたものの、命じられた仕事は、エレベータールームの警護という名目の――
「もういい」
 クロウは立ち上がった。
「もう……いいから………………」
「……ごめんなさい。全部……全部、私が…………」
「違う」
「違わないわ。クロウくんを追いつめたのは――」
「逃げ出したのは俺だ!」
 クロウは叫んだ。
「俺が! この俺が! 自分のことしか! 自分の……自分の…………」
「いいのよ、クロウくんは」
「どうして!?」
 クロウはマサミを睨みつけた。
 マサミはマントを胸元まで引き上げてから立ち上がった。
「だって――クロウくん、まだ子供じゃない」
 彼女は泣いているとも、笑っているとも感じられる表情で、そっとクロウの頭を撫でた。
「だから全部、私が悪いの。クロウくんより大人なのに、自分の気持ち、もてあましちゃった私が全部悪い。だから……ね、自分を責めないで。クロウくんは何も悪くない。本当に、なにも悪くないの」
「違う……違うんだ……俺は……俺は…………」
 クロウはそれ以上言葉にできず、顔をうつむかせた。
 自然と涙があふれ出てくる。
 なぜ泣いているのか。何を言いたいのか。そんなことも、わからなくなっていた。


 先に第三階層に転移し、そこにいた十二名を一掃をした。今回は女性が一人もいなかっため、思う存分、駆除させてもらった。
「行こう」
 戻ってきたクロウは装備を整えたマサミと共に第三階層に転移した。
 地図を見ると、驚くほど泉部屋から近いことがわかる。それもそのはず、第三階層のエレベーターもまた、隠し扉で向こう側にあったのだ。どうやら攻略隊はそれと気づかぬうちに、ウッドゴーレムとの戦い――戦闘技術の習熟とレベルアップ――に重点を置き、探索を疎かにしてきたらしい。
「……急ごう」
「私はいいから」
 クロウはその言葉を無視し、マサミの手を引いて泉部屋を目指した。
 泉部屋のドアの前には、人影が六つあった。
「誰か来るぞ!」「……えっ?」「う、嘘だろ!」「く、クロウ!?」
 真っ先に駆け寄ってきたのはランスロットだった。
「てめぇ!」
 ランスロットは拳を振り上げた。クロウは立ち止まりながら、マサミを押しのけた。
 強烈な右フックが、クロウの躰を壁まで吹き飛ばした。
 拳と壁の二重攻撃だ。
「帰ってくるのが遅せぇんだよ! リーナちゃんがさらわれたんだぞ!!」
「知ってる」
 痛みを堪えながら、クロウは立ち上がった。
「マサミさんを頼む」
「えっ?――お、おい! どこ行く! 待てよ!」
「必ず助けて戻る!」
 それだけ言い残して、エレベータールームに戻ろうとした。
「待てって言ってるだろ! クロウ! いいか、バッシュさんが――」
 ランスロットはあることを叫んだ。
 クロウはギョッとし、床を滑りながら急制動をかけた。すでに闇の中だったが、辛うじて松明の明かりが届く距離に静止していた。
 彼は叫んだ。
「嘘だ!」
「クロウ!」
 声はランスロットたちの向こう側――泉部屋の前から響いた。
 レイスだ。
「全部本当だ! だから三分だけ待て! すぐに――」
 途中からクロウは無視した。
 無言のまま走り出した。
 目指すはエレベータールーム。その先にあるコロシアム――
(嘘だろ、そんなの!)
 もう、何が何なのかわからなくなってきている。それでもコロシアムを目指すという意識だけが、彼の両足を動かし続けた。
 隠し扉を抜け、エレベータールームに飛び込む。
 第一階層に転移。
 無人の部屋を飛びだし、濃霧の中に飛び込む。
 濃霧は第四階層で慣れていた。それに第三階層の駆除を行う前に、地図情報をマサミと共有しておいた。その時に一瞥した限りでは、とにかくまっすぐ走ればダークゾーンを抜けられるはずだった。
 案の定、すぐにダークゾーンは終わった。
「――くそっ!」
 左右のどちらにいけばいいのか思い出せない。クロウは改めてマップデータを展開し、それを見ながら第一階層のアッパーゲートを目指した。途中、自治会のメンバーらしいプレイヤーと遭遇したが、すべてを無視して走り続けた。
 数分と経たないうちに、クロウは見慣れた直線回廊に出た。
(この先に――)
 目を凝らすまでもない。彼方にストーンサークルが放つ淡い輝きが見えた。
 周囲には完全武装の重戦士らしいプレイヤーがいる。エレベータールームに居た連中に比べると、比較的マシな連中が投入されているらしい。いずれも武器を手に、四方に伸びる通路を警戒していることが、遠目にもわかった。
 だが、クロウは明かりいらずだ。
 おまけに、スピードが違いすぎる。
(――邪魔だ)
 彼はカタナすら抜かなかった。
 暗闇を抜け出たかと思うと、歩哨の頭上を軽々と跳び越えていった。
「な――」
 おそらく「なんだ」か「何者だ」と言いたかったのだろう。だが、言葉を聞くよりも先に、クロウは表示されたウィンドウの“YES”オブジェをノックした。次の瞬間、クロウは慣性を保持したまま、コロシアムの中に転移していた。
 内部にも歩哨が立っていた。
 その頭上を飛び越え、ザザザッと運動場の土を削りながら静止する。
「……へっ?」
 歩哨が間の抜けた声をあげていた。かと思うと、次々と第一階層側の歩哨たちが転移してきた。
「ニンジャだ! ニンジャが来たぞ!」
(あれと一緒にするな)
 クロウの口元には、凶暴な笑みが浮かんでいた。

To Be Contined

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