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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[35]


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」
 クロウは大の字になって寝そべっていた。頭上にはストーンサークルが淡い光を放っている。アッパーゲートではない。少なくとも、第三階層のアッパーゲートのある部屋にはドアが付いていたはずだ。ところが、ここにはドアが存在しない。
(見つからないのも当然だ)
 クロウは寝そべったままウィンドウを展開してみた。
 案の定、マップデータで見ると、自分のいる場所と廊下を結ぶ壁には隠し通路を意味するオブジェが存在していた。過去に何度となく通り過ぎた場所である。狩りのルートから大きく外れているものの、灯台もと暗しとしか言い様がない。
(これで四階に行ける……)
 ウィンドウを閉ざし、再び大の字になって寝そべってみた。
 どこをどう走ったのか、まったく思い出せない。
 ウッドゴーレムと戦った気もするが、何体いたのか、思い出せない。
 だいたい、カタナを右手で握りしめているが、鞘はどこにも見あたらなかった。念のためアイテムウィンドウを見ると、予備の一本を取り出していたことがわかった――が、取り出した記憶もない。とにかく無我夢中で走り回った記憶しかない。
「はぁああああ………………」
 呼吸も落ち着いてきた。
 クロウは目を閉ざし、もう一度だけ大きな吐息をついた。
(……ひとりでいいや)
 クロウは心の底からそう思った。
 もともと群れるのは苦手だ。それでも攻略隊に留まったのは、知らない仲ではないレイスがいたから――いや、リーナが居たからこそだ。しかし、今の攻略隊にはマサミがいる。マサミと会うことを考えると、拠点に近づくのさえイヤになってくる。それだけではない。例の事件を引き起こしたせいで、攻略隊そのものに迷惑をかけている。クラスチェンジの話題で紛れてしまったが、誰もが面倒なことになったと考えているはずだ。自分でさえ、面倒だと思っているのだから、きっとみんなもそう思っているに違いない……
(俺がひとりになれば……)
 名案に思えた。
 頭の片隅で警鐘を鳴らす自分もいたが、自分さえ離れれば自治会も攻略隊を相手にしないだろうという考え――希望的観測――が強まる一方だった。
 クロウは顎をあげ、ストーンサークルを見てみた。
 ダウンゲートだ。
 第四階層への入口だ。
 あれほど求めていた新しい戦いへの入口が目の前にある。
 迷う必要はない。
 自分はひとりでも大丈夫だ。
「……そうに決まってる……いつも……ひとりだったろ?」
 誰にともなくささやきかけてみた。
 ふと、リーナのことが思い起こされた。
(あの人がいるだろ)
 攻略隊にはレイスがいる。レイスがいる限り、リーナは大丈夫だ。きっと大丈夫だ。自分が一緒にいるより、そのほうが安全だ。だいたい、例の事件にしても、自分が強引に狩りに出たことがそもそものきっかけだ。そうだ。自分が悪い。全部、自分が悪いのだ。リーナを守るためには、自分がこのまま離れるべきなのだ……
「ふぅ……」
 クロウは息を吐いた。
 ゆっくりと起きあがり、今さらだったが鞘を失ったカタナを投げ捨てた。実はウィンドウに収納すれば鞘も自動的に回収されるのだが、それを知らないクロウは、別のカタナを取り出し、ベルトの留め具に装着した。
「……よしっ」
 クロウはストーンサークルに向かった。
 輪の中に入ると、小さなウィンドウが自動的に展開した。
〈第四階層に転移しますか?〉
 クロウは迷うことなく“YES”をノックした。


 二十八日目。
「状況から見て、未発見のダウンゲートを使った可能性が高い。とにかく地図の完成を最優先させてくれ。マコ、あとのことは任せる。以上だ」
 早朝のミーティングは早々と終了した。
 時刻は午前六時頃――就寝時間が終わったばかりだ。だが、すでに全員が目覚め、武装も整え終えている。そればかりか、三人一組の変則的なパーティ編成が行われ、十八名九パーティが出立しようとしていた。居残りは五人。残るバッシュともう一人は、昨夜のうちに第二階層に上がっている。可能性は低いとしながらも、念のため、第二階層を捜索しているのだ。
「マコ、キリー、ボイル、ランスロット」
 レイスは四人を呼ぶと、寝床に視線を向け、目を細めた。
「……あの子のこと、頼む」
「任せてください」
 代表してマコが答えた。キリーは苦笑を漏らしつつ手をあげ、ボイルは力強くうなずき返す。ランスロットはグッと唇を引き締め、すぐにその場を去った。向かった先は隔壁の真下だ。彼は口をへの字に曲げたまま、そこにドサッと腰を降ろした。躰は廊下側を向いている。その背中には、普段の彼にはない迫力めいたものさえ感じられた。
「……頼む」
 レイスはそう言い残し、他二名と連れだって泉部屋を出て行った。
「じゃ……」
 マコが促すと、ボイルとキリーは廊下に立った。
 彼女自身はリーナの寝床に向かった。
「入るよ」
 短く断ってから、カーテンをめくりあげる。左右の壁に淡い桜色のカーテンをかけた寝床の中、リーナはパイプベッドの上に、両膝をかかえて座り込んでいた。室内を照らし出す淡い光は、枕元のカラーボックス上におかれた、コード不要の電気スタンドの明かりだ。
「……リーナ?」
「あっ……うん」顔をあげたリーナは、笑顔をマコに向けた。「大丈夫。心配しないで。暴走もしないし、ちゃんとここで待ってるから」
「あの馬鹿に爪の垢、煎じて飲ませたいわ」
 マコは苦笑を漏らしながらベッドに腰掛けた。
 おそらく誰よりもクロウを探しに行きたいのはリーナのはずだ。その思いの強さは、責任を感じているレイス以上に強いはずである。だが、レイスはリーナに待ち続けるよう厳命した。理由無き命令だったが、リーナは素直に応じ、こうして寝床に待機している……
「一日と八時間」
 ぽつりとリーナがつぶやいた。
「んっ?」とマコが尋ね返した。
「クゥがいなくなってから」
「……なんだ、まだそれぐらいしか経ってないんだ」
「そうなんだよね」
 リーナはクスクスと笑った。マコも笑った。だが、笑いがおさまると、二人とも深刻な表情で黙り込み、顔をうつむかせた。

 あれからずっと、攻略隊全体がこんな調子だ。
 その日の夜は、誰もが徹夜でクロウを探し続け――翌日の午前五時ころ、疲れ果てた面々がぽつり、ぽつりと戻ってきた。その頃にはもう、マサミは忽然といなくなっていた。泉部屋に残っていたレイスとバッシュも、いつマサミが出て行ったのかわからなかった。
「……マサミのことはいい」
 クロウとマサミを除く全員が揃ったところで、レイスは改めて現状を説明した。その時には無数の歯ぎしりと悪態が漏れ出たが、マサミを罵倒する者は誰もいなかった。言葉のうえでは。
「すまないが、今日も一日、クロウを探して欲しい。バッシュ、一人だけ連れて、客人を送り返してくれ。そのあとは、第二階層を調べて欲しい。十八時に私も第二階層のダウンゲートに行く。他の者は第三階層をくまなく探してくれ」
 こうしてクロウの捜索が始まった。
 だが、空振りだった。
 再び全員が集まったのは、午後九時頃だった。
「無理矢理でいいから寝ろ」
 レイスの指示で夜番も含め、全員が寝た。だが、起床時間になると、全員が武装を整えた状態で寝床から出てきた。こうして今日の捜索も始まった。リーナの残留厳守が言い渡されたのは、その直前のことだった。

「ねぇ」とマコがうつむいたまま声をあげた。
 リーナは顔をあげた。
「……なんでかな?」
 意味がわからず、リーナはジッとマコの横顔を見つめた。
 しばらくマコは黙り込んだものの、フッと小さく笑い、顔をリーナに向けた。
「クロウってさ、無口だし、暗いし、陰気だし、可愛げもないじゃない」
「……そうでもないよ」
「そりゃあ、リーナと二人だけの時は別よ。あいつ、リーナに惚れてるし」
「………………」
「でもさ、なんか、気になるんだよねぇ」
 マコはそのままポフッと上体を倒した。
「誉めるとさ、すっごい照れくさそうにするじゃない。本人は無表情決め込んでるつもりらしいけど、あれのどこがポーカーフェイスやっちゅーねん」
「言えてる」
「戦闘でもさ、真っ先に自分から突っ込んでるし……誰か危なくなると、強引に割り込んできたりさ」
「うん」
「聞いたことにはちゃんと答えてくれるし――そうそう。あいつ、呪文の使い方も考えたりしてんの。自分で使えないくせに、ランスロットが『考えてくれよぉ』って言ったら、マジになって考えちゃってさ」
「知ってる」
「けっこうさぁ」
 マコはくすくすと笑った。
「あれだよね。うちの連中、男も女も、クロウのこと好きなんじゃない?」
「……うん」
「でも、マサミのやったことは絶対に許さない」
 不意にマコは険しい表情を見せた。
「躰で誘うのはいいわよ。でも、クロウがそういうのに疎いってこと、誰がみたってハッキリしてるじゃない。卑怯よ。絶対、許さない」
「………………」
「あんたも恨んでいいのよ。っていうか、恨んでおくべきよ。許していいのは、あいつがクロウに謝った時だけ。そうでもない限り、あの女、精神誠意、憎んでおくのが健康的ってもんよ」
「……健康的かな?」
「健康的に決まってんじゃない」
 マコは上体を起こし、リーナに向きなおった。
「憎むべき時は憎む。許すべき時は許す。そこを割り切ればいいのよ。汚い部分をぜーんぶありえないことにして、それで健康的な人間になれると思う?」
「……そうかな?」
「そうよ」
 マコは断言した。リーナはうつむき、ふぅと吐息をついた。
「しちゃばよかったのかな……」
「うわっ!? 帰ってきたら!? マジマジ!?」
「えっ!?――あっ――うそ、うそ、うそ!! 今のナシ! ナシ、ナシ、ナシ!」
「みんな、みんな! リーナが――ムガンゴッ!」
「うわぁ! うわぁ! うわぁ!」
 何事かと駆けつけたケリーとランスロットは、ベッドの上でもみくちゃになっているリーナとマコの姿に呆れかえることになった。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」
 クロウはカタナを杖代わりにしていた。
 周囲には無数のボールオブジェが転がっている。早く収納しないと消えてしまうが、今はそれどころではない。オーバーヘッド・ステータスのHPバーも真っ赤になっている。早く回復しないと致命傷になりかねないが、やはりそれどころの状態ではない。
(すげぇ……)
 クロウの両目はギラギラと輝いていた。
(すげぇ……マジですげぇ……)
 どうにかウィンドウを開き、ヒールクリスタルでHPを回復する。ザッと見渡した限りに残っているオブジェも拾い集める。目新しいアイテムは無かったが、HPを全快してくれるラージヒールクリスタルが四つも手に入った。
(……よしっ)
 クロウは背筋を伸ばし、カタナを鞘に戻しながら、部屋の奥に向かった。
 第四階層はダークゾーンと部屋地獄が一緒になった妙な場所だった。イメージ的には、全体が乳白色の濃霧に包まれた階層であり、そのところどころに一ブロック四方の小部屋の集合体が点在しているという感じだ。
 ただ、これまでにない大きな特徴もある。
 ドアが存在しない。
 すべての区画は隔壁の無い出入口でつながっている。濃霧が出入口の境界で渦巻く光景は、それだけでも意外と見物だとさえクロウは思った。
(次は……)
 新たな一ブロック部屋にクロウは踏み込んだ。
 中央まで進んでみる。
 直後、真後ろから物音が聞こえた。何かが鋭く風を切った音だ。
(バレバレなんだよ!)
 振り向きざまにカタナを鞘走らせた。《システム》が“イアイヌキ”の発動を感知、アシストを越える猛速度でクロウの躰を引っ張り上げた。
 剣閃は一条の光線と化す。
――キンッ!
 彼に迫った刀身の一撃は、ものの見事に弾かれていた。
 敵は――ニンジャだった。
 黒装束に身を固めた、アニメなどに登場しそうな古典的なニンジャ、そのものだった。
 武器は小太刀。距離を置くと、どこからともなく取り出した手裏剣で攻撃してくる。おまけにニンジャには姿を消す能力がある。透明化の魔法のようなものだろう。少しでも動くと解除されるが、背後から襲われれば、まず一撃で首を刈られかねない――普通のプレイヤーであれば。
「――はっ!」
 クロウは体勢を崩したニンジャの胴をなぎ払った。
 サクッという呆気ないほどの手応えで躰が切り分かれた。別にクリティカルを出したわけではない。ニンジャのHPが、それほど高くないだけだ。
(これで手応えがあれば……)
 とも思うが、それ以上のスリルもある。
――ヒュン
 今度は左だ。視線を走らせると、一度に四体のニンジャが出現していた。その奥、さらに隣りの部屋には、純和風の鎧武者――その名もムシャ――の姿さえあった。こちらに駆けだしてきているムシャの数は、全部で三体だ。もしかすると、もっと多いかもしれない。そう思った直後。
――ピィィィィィィィィィ!
 どこで鳴っているのか判らないが、甲高い笛の音も響いた。
 これでさらに敵が出現する。
 法衣を身にまとうキャスター、チェインメイルにサーコートというクルセイダーもやってくる。
 第四階層のクリーチャーは、基本クラスを様々な形で再現した人型クリーチャーばかりだ。おまけに、一度に現れる数が最低でも十体を越える。危険度という意味では、第三階層など問題にならない過酷さだ。
(いいぞ!)
 全身の毛を恐怖で逆立たせながら、クロウは迫りくるニンジャたちに向かって、強く踏み出していった。
(来い! もっとだ! もっと――!!)
 死と隣り合わせの恐怖は、すべての不安を吹き飛ばしてくれた。


 三十四日目。
(へぇ……こういうもんもあんのか…………)
 寝る間も惜しんで第四階層を歩き回っているクロウは、なんとなく足を向けた北西の端でリカバリィポイントを発見していた。当然、そこにはSHOPもあったが、取り扱っている品物がこれまでのSHOPとは大きく異なっていた。
 クロウは二日かけ、SHOPで売っている特殊な商品をアレコレと試してみた。
「……よしっ」
 うまくいったところで、別の場所に向かうことにした。
 目指すは第四階層のダウンゲートだ。この階層の敵もなかなか良いが、やはり手応えという点で物足りなさを感じた。理由はクロウにも良くわからない。カタナを走らせた時の手応えそのものは、以前から飽きるほど味わっている感触と同じはずなのだが……
(違う)
 ニンジャを切り裂きながら、クロウは顔をしかめた。
(違う)
 ムシャの首を跳ねながらクロウはさらに顔をしかめた。
(違う、違う、違う)
 キャスターが放つフレイムアローを切り落とし、猛然と飛び込んでから、瞬く間に魔術師たちを切り裂いていった。その背後に待ちかまえていたクルセイダーが、獣の雄叫びをはりあげつつ巨大なハンマーを振り下ろしてくる。これをスレスレでかわしたクロウは、腕を切り落とし、続けて胴を真横に切り裂いた。
(これも――)
 戦えば戦うたび、違和感が強まっていった。

 三十七日目。
(まさか……)
 北東の端までの縦断を成し遂げたクロウは、南に向かいながら、あることを考えていた。
 例の事件のことだ。
 戦い、休み、また戦い、また休み――を繰り返しながら、クロウは少しずつ、あの事件のすべてを、濃霧をかき分けるようにして思い出そうと勤めた。
(だとしたら……)
 ひとつの仮説が彼の頭の中で構築され始めた。
 考えれば考えるほど、思い当たることが多々あった。第四階層の人型クリーチャーを倒すことで、その仮説は確信に近い域にまで確固たるものに変わっていった。
(そう……なのか?)

 三十八日目――クロウは第四階層西側の濃霧の中に座っていた。第一階層北部のダークゾーンがそうだったように、濃霧の中をクリーチャーが歩くことはなかった。つまり、第四階層は安全地帯だらけも同然。休む場所に、事欠かなかった。
(俺は……)
 濃霧の中、壁に背を預けて座るクロウは、目を閉ざしてカタナを抱きかかえた。
(俺は…………)
 自然と口元が歪んでいく。
(……そうなのか……俺は………………そういう人間なのか)
 ひとりになって良かった――クロウは心の底から、そう思っていた。

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