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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[33]


 そもそも攻略隊が自治会への特使を出したのは二十一日目のことだ。真っ正直に会談を求めたわけでもない。バッシュを中心とした特使組は、まず、第一階層まで一気にかけあがり、装備を変え、コロシアムに潜り込んだ。そこで情報を集めてから大急ぎで第三階層まで帰還。これが二十二日目のことだ。
 こうして対策会議を経た二十三日目、今度は本当の特使として、第二階層の泉部屋に向かった。そこがすでに自治会に抑えられていたことは確かめられてあったからだが、その時は自治会側が「執行部の判断をあおぐ」の一点張りだったため、事実上の物別れに終わってしまった。
 再び舞い戻ったバッシュたちは、会議を行った後に、またもや第一階層まで探りに出かけることにした。これが二十五日目の状況だ。
 そして二十六日目の午後八時頃――
「ただいまです」
 開いたままのドアを抜けてきたバッシュは、出迎えに現れたレイスに手をあげて挨拶をした。レイスはうなずいたが、その視線は彼の背後に向けられていた。寝床から飛び出てきた他の面々も同様だ。
「えーっと……隊長。報告の前に、紹介しておきたい人がいるんですけど」
 バッシュは横にズレ、背後の三人に向かってレイスを紹介した。
「これがうちの隊長です」
「『これ』とはなんだ、『これ』とは」
 レイスはいつもの冷笑に見える苦笑を漏らし、
「――おっほん。私が攻略隊のリーダーをやらせてもらっているレイスこと、桐島弥生、三十一歳、ヤオイ好きな、ゲームマニアの専業主婦だ」
 攻略隊の面々は必死になって笑いを堪えた。
 新顔の三人は、目を白黒させてレイスを見返すしかない。
「で、そちらは?」
「――し、失礼しました」
 咄嗟に答えたのは、三人の真ん中に立つプレイヤーだった。
 十歳前後の少女だ。
 白いワンピースの上に、袖無し、膝丈の、黄金色に輝くリングメイルを身につけ、両腕には肘当てと一体化したアームガードをはめている。長い黄金色の髪は結い上げられ、左手には巨大なタワーシールド、左手にはメイスを握りしめている。
 まるで絵に描いたような少女騎士だ。
 左右に控える二人もなかなか趣味が良い。
 レイスから見て左側に立っているのは、チェインメイルにプレートアーマーを重ね着している金髪碧眼の青年騎士だ。主要武器は肩に担いでいるグレートソードらしい。フェイスガードこそ挙げているが、兜を被っているため顔立ちまではよくわからない。それでも、なかなかの美形であるのは、目元を見るだけで把握できる。
 反対の右側には立つのは、鋼色の西欧甲冑を身につけた別の青年騎士だ。こちらは兜を被っておらず、一本に編み込んだ長い黒髪を肩から前に垂れ流している。切れ長な目尻を見るあたり、どことなく中性的な印象を抱かせる外装だった。主要武器は背中に帯びているバスタードソード。グレードソードほど大きく無いが、ブロードソードよりは長く、両手でも片手でも扱えるという重戦士に人気の刀剣だった。
「私たちは“独立派”を自称している集団の代表です」
 真ん中に立つ童女が告げた。
「自治会が切り捨てたプレイヤー、自治会に従えないプレイヤーの集まりだとお考えください。今回は攻略隊の皆様にお願いしたいことがあり、バッシュさんにご無理を言って、同行させていただきました」
「――バッシュ」
「リコ派です」
「なるほど」
 レイスはうなずき、少女騎士の目を見返した。
「駅長と対立するお姫様がいるとは聞いていたが……それが?」
「お姫様ではありませんが、私がリコです」
 少女騎士――リコは一瞬だけ顔をうつむかせ、すぐにレイスに視線を戻した。
「香坂利恵子、十七歳、高校三年生です」
 これには野次馬の中からどよめきが生まれた。どうやら「高校三年生」という言葉に反応したらしい。


 リコ派あらため独立派は、現在、第一階層東側に約百二十名からなるコロニーを作っている。実際には、約四十名ほどの精神的に不安定な者を、残る約八十名で養っている状態だ。
「ですが、コロシアムが完全に占拠されている関係から、フード系アイテムが底をつき始めています。もともとそのつもりでコロシアムを抜けたのですが……いろいろと不安を抱く者も多く、あまり良い状況とは言えません」
 リコは理論整然とこれまでの経緯と現状とを語った。
「ただ、コロシアムを出た時から、攻略隊のみなさんを頼れないだろうか、という意見がありました。もちろん、頼ったところでどうなるものでもないという意見もありましたが、先日、第三階層のSHOPにはフード系アイテムがあるという噂を耳にし、それならばと思って、お願いにあがった次第です」
「なるほど」
 レイスは腕をくみながら何度かうなずいた。
 会談は、寝床側の噴水前に用意されたテーブルを挟んで行われていた。寝床側にレイスとバッシュが着座、噴水側に独立派の三人が着座するという形で行われている。残る攻略隊の面々は、レイスの指示で寝床に戻るか、ドアを開けっ放しにした状態の廊下に立つかのどちらかの状態で話だけを聞いている……
「即答しかねる申し出だな」
「承知しています。しかし、是が非でも助けていただきたいのです」
「具体的には?」
「資金援助と移住支援です」
「……つまり、ここに明け渡せ、と?」
「平たく言えば、そういうことになります。ただ、そちらは攻略が進めば、第四階層のリカバリィポイントに移住されるのではありませんか? そのあと、ここを私たちが抑えておけば、その後のフード系アイテムの補充が容易になると思います。現状を見れば、決して悪い話ではないと思います」
「自治会に抑えられるぐらいなら、自分たちに預けておけと?」
「自治会はSHOPの独占を考えています。実際、コロシアムと第二階層のSHOPは、自治会執行部が完全に掌握しています」
 レイスはバッシュを一瞥した。バッシュは小さくうなずいた。
「……なるほど。すまないが、少しだけ待っていて欲しい。キリー、もてなしを頼む」
「はーい」
 二人が席を立つと、ナイトドレス風のクロースに着替えたキリーが妖艶な笑みを浮かべつつ姿を現した。レイスとバッシュは、足早にドアに向かい、隔壁の下でドアを開けっ放しにしていたマコにうなずいてから廊下に出た。
 マコはすっと部屋の中に入る。
 隔壁が降り、ドアが閉まった。
「どう思う?」
 即座にレイスは、バッシュに尋ねた。
「微妙ですね」
 バッシュを腕を組みつつ答えた。
「最初の報告で言いましたけど――第一階層のアッパーゲート、固められてました。こいつは調べられないと思ったんで、帰ろうとしたんですよ」
「そこで出会ったんだったな。連中と」
「えぇ。ただ、かなり弱いんですよ、連中の狩猟組。それにコロニーにも行ったんですが……ちょっと、やばい空気でした。ピリピリしてるって言うんですかね。正直、こういう状況でも無い限り、関わるのはどうかと」
「まったくだ。ゴタゴタがイヤだから逃げてきたつもりなんだが……」
「隊長。いっそのこと、自治会のこともすっ飛ばした攻略に専念しませんか?」
「……エレベーターはどうだった?」
「覗いてきましたが、やっぱり固められてました。だらけきってましたから、ぶちのめすのは簡単だと思いますよ。でも、問題は――」
「他の階層のエレベーターの所在地、か」
「それも念のためってレベルになりますけどね」
 二人はウィンドウを開き、マップデータのみを正面に展開した。
「埋めてこなかったことが、ここで仇になるとはな……」
「一階のエレベーター、部屋が三×三でした。多分、他も同様じゃないですか?」
「……いや、断定のするのは早い。それに、必ずしも、普通のゲートからいけるルート上にエレベータールームが存在するとは限らない。レベル制限のおかげで救われたかもしれんな」
「俺たちでも三十オーバーですからね」
「自治会はどれくらいだ?」
「確かめてませんが、独立派の連中は十の後半。自治会は、あの方式で狩りをやってるとすれば……二十が現れだしている頃かもしれません」
「……微妙だな」
「微妙ですね」
 すべてを無視して攻略に専念するという選択肢がある。だが、それが後々、どのような形で跳ね返ってくるかわからない。特に今の自治会は危険集団と化しつつある。新興宗教的が色合いが、これから先、どう暴走するかわかったものではない。これを無視して前に進むのは、背中をがら空きにして切り込むのと同じだ。
「とりあえず独立派は、食べ物でも押しつけて、送り返す……か?」
「俺はかまいませんよ。一階までのルートなら、もうバッチリですし」
「今日はもう遅い。連中にとってはそうでもないかもしれんが、こっちにとっては……夜の十時近くだ。今日は寝床の空いている場所に泊めて、明日になったら見送りしてくれ。二階のアッパゲートまででいいだろう。すぐに戻れよ。そっちが戻ったら、すぐに会議を開く。手を貸すにしろ、切るにしろ、全員納得ずくにしておかないと、あとあと面倒だからな」
「妥当ですね。まぁ、俺は切る方に一票入れますが」
「おまえもか」
「当然ですよ」バッシュは苦笑した。「俺が責任を持てるのは、手の届く範囲にいる連中だけです」
「偽善者め」
「どっちが」
 二人は苦笑しあいながら、泉部屋へと戻っていった。


「非常に難しい問題なので、数日の時間をいただきたい。ただ、このまま帰すのも忍びないという結論にいたった。持てる限りのフード系アイテムをお渡しするので、今回はそれで納得していただきたい」
 以上が攻略隊の最終見解だった。
「……どう思う?」
 寝床の一室――噴水から向かって左側最外部の壁際――に案内されたリコは、仕切り代わりのカーテンが閉じたところで一緒に入ってもらった二人の随行者に意見を求めた。
「微妙ですね……」
 畳敷きの寝床を眺めながら、金髪碧眼の青年――リチャードは声を潜めて答えた。
「あくまで印象ですけど、こっちを切りたがってる感じが見え隠れしてますね。そりゃあ、お荷物ですから、当然でしょう」
「……ジョンさんはどう思います?」
 話をふられた黒髪の青年――リトルジョンは、なにか心残りがあると言わんばかりに、そわそわしながら振り返っていた。
「……ジョンさん?」
「えっ?――あっ、ごめんなさい。なに?」
 慌てるリトルジョンに、リチャードが苦笑を投げかけた。
「明日になれば会えますよ。今日は、もう夜ですしね」
「……ごめんなさい。そういう状況じゃないのに」
「ううん、私も会ってみたいし」
 リコは微笑みながら、ウィンドウを開いた。
「失礼」
 リチャードはリトルジョンを部屋の奥に促し、自身は二人に背を向ける形でカーテンの前に立った。三人は武装を解除し、Tシャツ、クロースパンツ、下着のみという楽な服装になるよう、装備を変更した。
「それにしても」
 振り返ったリチャードは、その場にあぐらをかきながら苦笑いを浮かべた。
「やっぱり噂のニンジャ、ジョンさんの言う“K-OH(ケーオー)”なんですかね」
「それしか考えられません。だって、攻略隊のメンバーなんですよね?」
 リトルジョンは横座りになりながら力説した。
「でもさぁ」リコは内股気味に座りつつ首を傾げた。「いくらなんでも、化け物すぎるんじゃない? それとも誇張されているとか?」
「リーダーもそう思いますよね。いくらなんでも、攻撃すべてがクリティカルになるなんて……無理無理。絶対に無理」
「“K-OH”くんならできますっ」
 声量こそ抑えているが、リトルジョンは再び力説した。
「“K-OH”くん、GAFでも神業、連発してるんです。コンバットナイフを装甲のつなぎ目に差し込むことだってできるんですよ?」
「でも……」とリチャード。
「ねぇ……」とリコ。
 二人がそう言わずにいられなかった。
 生存者はわずか三名。自治会は一グループ十パーティで行動している以上、例のニンジャは五十七人を惨殺した計算になる。もちろん、逃げる途中でクリーチャーに遭遇した者もいたはずだから、実数はもっと少ないはずだ。それでも数十人を数瞬で斬り殺したという話は、あまりにも荒唐無稽だ。そこまで素早く動けるプレイヤーがいるとは、どしても考えにくい。
「でも、攻略隊の人たち、誰も否定しませんでしたよね?」
 リトルジョンは拳を握りながら反論した。
「そこがあやしいと思うの」リコは腕を組んだ。「特にバッシュって人、こっちの質問にはまともに答えなかったじゃない。装備の名前さえ教えないなんて、徹底しすぎよ。どうせ今も、私たちの会話、誰かが盗み聞きしてるだろうし――そうでしょ?」
 リコは天井に向かって尋ねてみた。
 返答は無い。だが、遠くから囁き会う声が聞こえてきていた。おそらく自分たちの声も他の面々には同様に聞こえているはずだ。いや、隣りの寝床に身を潜めれば、いかに小声で話そうと聞こえているに違いない。そういうスキルを手にいれ、使っている可能性すらある。
「まっ、いいわ」
 リコは肩をすくめた。
「とにかく、自治会の危険性を理解できない馬鹿の集団なら、攻略隊なんて頼るだけ無駄よ。こっちから見限るしかないわ」
「リーダー、挑発しないでくださいよ」
 リチャードに同感とばかりにリトルジョンもコクコクうなずいた。
「いいのよ」
 リコは真顔で答えた。
「今の自治会、本当に危ないじゃない。駅長の崇拝者は増える一方だし、コロシアムの外に出てくる連中なんて、なんか狂信者みたいな感じになってきてるし……そんな連中に背中を見せ続けて気にならないって言うなら、そんな連中、面倒見きれないわ」


「……言ってくれますね」
「面白い奴らだ」

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