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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[31]


 二十日目に発生した不幸な事件――“三階事件”または“例の事件”と呼ばれる――によって、攻略隊は足止めを喰らうことになった。もっとも、自ら望んでそうしたともいえる。なにしろ例の事件の結果、非常に重要な事実が明らかになったのだ。
「……なぁ、キャラウィンドウに“CLASS CHENGE”ってオブジェ、出てるんだけど」
 クロウのその一言は歓喜の渦をまきおこした。
 これまで実装されていないではないかと危惧されていたクラスチェンジ――上位クラスへの転職――が、この時、初めて確認されたのだ。しかも条件は「レベル三十に到達すること」だけ。転職可能は上位クラスは――
 重戦士の発展型――“騎士(ナイト)”。
 軽戦士の発展型――“闘士(グラデュエイター)”。
 魔術師の発展型――“賢者(セージ)”。
 聖職者の発展型――“司教(ビショップ)”。
 重戦士と魔術師の複合型――“法騎士(ウィズナイト)”。
 重戦士と聖職者の複合型――“聖騎士(ホーリーナイト)”。
 軽戦士と魔術師の複合型――“決闘士(デュエリスト)”。
 軽戦士と聖職者の複合型――“聖闘士(セイント)”。
 予想に反して魔術師+聖職者は無かったものの、重戦士+軽戦士もないのだから公平といえば公平だ。いずれにせよ、誰もがレベル三十間近――クロウからして例の事件の直前、レベル二十九だった――ということもあり、二十三日目の段階で、ほぼ全員がクラスチェンジできるようになった。
 残る問題は、どの上位クラスに転職するかという点だった。
「自由意志に任せるという手もあるが、我々の目的は迷宮の攻略だ。集団行動を前提にしつつ、それぞれの適正を考えて判断するべきだと思うが、どうだ?」
 レイスの意見に異論は無かった。
 こうして二十三日目の午後は、自治会への特使となった六名を除く全員が拠点でアレコレと討論する形になった。結果的にメンバーの大多数を占める魔術師の半分は法騎士に、聖職者の一部も聖騎士になり、全体の“固さ”を高めておく方向で話はまとまった。もちろん、クロウとリーナは闘士になることが決まった。
 以上が足止め――いや、足踏みの本当の理由だ。なにも自治会との関係修復のためだけに時間を浪費されたわけではない。
「いっそのこと、ある程度、皆が新しいスタイルに慣れるまで攻略は中止するべきかもな。だが、ある程度、だぞ?」
 レイスのこの決定に皆は喜んだ。
 しかし――
「下手に落ち着いたのが……全部、そのせいだ。ちゃんと攻略を続けていれば……ちゃんと第四階層を攻略しておけば……あんなことも…………」
 後にレイスは、こう述懐することになる。


 良くも悪くも例の事件はクロウとリーナを変えてしまった。
「だから前に出すぎなんだよ!」
「そっちこそツッコミ過ぎじゃない! そういうの、慢心って言うのよ、慢心って!」
 二人は何かといえば言い争うようになった。
 最初のうちは微笑ましくもあったが、何日も続くと、さすがに辟易(へきえき)するしかない。
「ちょっと二人とも。いいかげんにしたら?」
 鎖帷子にサーコートという装備の聖騎士マコは、巨大な金棒――昔話の鬼が構えていそうな刺付きの六尺金剛棒――を肩に担いで呆れたとばかりに語りかけた。髪形はいつものポニーテイルではなく、邪魔にならないよう束ねあげ、頭に“ダイアモンドティアラ”というマジックアイテムを装着している。なんともチグハグな恰好だが、武闘派を自負する彼女にしてみれば外見のことなど大した問題ではないらしい。
 そんなマコが、心底呆れたとばかりに言葉を吐き出した。
「毎回、毎回、毎回、毎回、なに好きこのんで仲良く喧嘩してるわけ?」
「俺のせいじゃ――!」
「あたしのせいじゃ――!」
「しゃらーぷ!!」
 マコが怒鳴った。さすがに驚いた二人は息を飲み、目を白黒させた。
「……まったくぅ」
 マコは額をおさえながら溜め息をついた。
「いい? 言ってることはどっちも同じ。『あなたが無茶するのが心配だから、後ろに下がって欲しい』。そういうことでしょ?」
「そ、そうじゃなくて……」
 クロウがしどろもどろで言葉を返そうとした。一方、リーナは顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。どうやら彼女のほうが自覚という点ではクロウより上らしい。
「言い訳無用」
 マコはむっとした表情で、自らの顔をクロウの顔に近づけた。
「クロウ。好きな子を守りたいってあんたの気持ち、わからないわけじゃないわよ」
「だから!」
「いいから聞けって言ってんでしょ、このガキ!」
「――――――」
「いい!? 男だから好きな女を守りたいって考え、わからないわけじゃないって言ってるわよね、あたしは!?」
 気圧されたクロウはコクコクとうなずき返した。
「それってリーナにしたらどう感じるか、今のあんたにわかる!?」
「……だから、俺は」
「『俺は』じゃなくて『リーナは』!」
「………………」
「だったらこう考えなさい! いい!? あんたよりあたしがものすごーく強いとするわよ!? それであたしが『あんたは前に出るな』『防具が薄いから危ない』『後ろに下がれ』とか言い出して、ちょっとでもあんたが前に出て活躍したら『出るなって言ったでしょ!』『危ないって言ったわよね!』『待機しろって言わなかった!?』って怒鳴りつけてきたら、あんた、どういう気持ちになる!?」
 完全にクロウは言葉に詰まった。
 マコはたたみ掛けた。
「信用されてないって思わない!? 足手まといにされてるって思うでしょ!?」
 クロウはリーナを盗み見た。リーナのほうも、顔をうつむかせながら、こっそりと、訴えかけるような眼差しでクロウの横顔を見つめていた。もっとも、二人は視線がかみあうなり、バッと顔を反対側にまで背けあった。
「クロウ、聞いてる?」
 マコはかなり呆れながらも、とりあえず尋ねてみた。
「……聞いてる」
「じゃあ、あんたがそういう立場になったら、どういう気持ちになるわけ?」
「……イヤな感じに…………」
「でしょ?」
 マコはそう告げると、ふぅと肩を落とした。
「別に喧嘩するなとは言わないわよ。でもね、いちいちつき合わされるこっちの立場も考えて欲しいわけ。あたしが言いたいのはそれだけ。わかった?」
 クロウは不満そうに口元を引き締めながらも、コクッと小さくうなずき返した。
「リーナは?」
 彼女も口元を引き締めながら、小さくうなずいてくる。
「よしっ――じゃあ、先に進むわよ。二人は前衛。残りは後衛。はい、出発!」
 マコがパンパンと手を叩くと、クロウとリーナは顔を背けあったまま通路の奥に向かって歩き出した。それとは逆に、後ろに下がっていた他の面々がマコのもとに集まってくる。
「ご苦労さん」
 苦笑まじりに肩を叩いてきたのは、妖艶な女性外装を使う男性プレイヤー、賢者キリーだった。もっとも、今の装備はタキシード状の“クロース+3”だったりする。つまり、外見だけ見れば男装の麗人ということになる。なにやら考えるだけで頭の痛くなりそうなところだ。
「ねぎらうぐらいなら自分でどうにかしてよぉ」
 マコは恨みがましい眼差しをキリーに向けた。
「どうにか? 無理、無理」
「……そういうこと、得意じゃない」
「ラブコメは苦手なのよねぇ」
「あんたって人は……」
 再び額を抑えるマコだったが、そんな彼女の耳元にキリーは唇を寄せた。
「アッチは得意だけど――確かめてみる?」
 ボッとマコの顔が真っ赤になった。
「な、な、な――」
「な?」
「なに言ってんのよ! このヘンタイ!」
 平手が飛ぶ――が、キリーは仰け反ることでひょいっとかわした。
「まぁまぁ、落ち着いて」
「お、落ち着くのはあんたのほうでしょ!」
 今度はマコとキリーの痴話喧嘩(?)が始まったようだ。
(しょうがないな……)
 巨漢の男性外装女性プレイヤー、騎士ボイルは苦笑しつつも、そんな二人の横を通り過ぎて前を行く二人を追った。
 キリーの中の人は、性に関して異常すぎるほど開放的な青年であるらしい。バイセクシャルというやつなのかもしれない。コロシアムにいた頃から男性メンバーの処理を引き受けていたというのだから、そのあたりは筋金入りとしか……
 だが、そんなケリーを嫌ってる者は誰一人いなかった。女性メンバーからしてそうなのだから、首を傾げるしかない。性に対しては保守的なボイルからして、ケリーに対して忌避官や嫌悪感を抱いていない。出会った当初はそうでもなかったが、気が付くとボイルも、ケリーとは普通に話せるようになっていた。
 理由は、なんとくだったがわかる気がする。
 陰(かげ)が感じられないのだ。
 ケリーは自由奔放で、スルリと人の懐に入り込むが、だからといってかき回すようなことは決してしない。同時に、常にサッパリとしていて、どんな時にも人を色眼鏡で見るようなことをしない。言われたくないことを言ってくることもあるが、それがどういうわけか、尾を引かない。そうしたことをボイルなりに表現すると、陰が感じられない、という言葉に集約される。
(こういう人、本当にいるんだ……)
 そんなことをボイルが考えると、スッと誰かが横を通り過ぎ、前に出て行った。
 最後の同行者、司教のマサミだった。
 ぽっちゃりした癒し系である彼女は、チェインメイルに濃紺のサーコート、左手にナイトシールド、右手にメイスを持つという装備を身につけ、トトトトッと小走りでクロウの右隣りへと進み出ていった。
「クロウくん。HP、大丈夫?」
「えっ――?」
 うつむいて歩いていたクロウは、ようやくマサミのことに気づいたようだ。リーナも同様らしく、ハッと顔をあげ、クロウ越しにマサミに視線を向けている。その途端、彼女はムッとなりつつ、クロウとの距離を一メートルほどから五十センチほどまでスッと詰めた。マサミとクロウの距離もそれくらいだったのだ。
「あっ、えっと……今は」
 少しだけ戸惑ったものの、相手がマサミとわかり、クロウも落ち着いたようだ。表情も恋に悩む少年のそれから、普段の仏頂面に戻っている。
「でも、満タンにしておかないと危ないんじゃない?」
「……大丈夫」
「そうだ。“ツインスラッシュ”の使い方なんだけど、相談しても、いい?」
 クロウは前を向きながら軽くうなずいた。
 指導を求められるのは今日に始まった話ではない。結果的にフリーアクション――アクション系スキルに頼らない、アシスト系スキルのみの行動――が性に合っていると結論づけているが、研究熱心なクロウは、一通りの武器を扱い、アクション系スキルの性能も試している。だからこそ彼は名実ともに攻略隊最強と呼ばれているのだ。
 ただ、リーナにしてみれば面白くないらしい。
(あらら)
 とボイルは苦笑した。
「……で、なにを?」とクロウはマサミに尋ねた。
「一撃目がとめられた時のことなんだけど、うまく二撃目が決められないの」
「……りきむからじゃないか?」
「えっ? そうなの?」
「……他の連打もそう。複数のモーションがある技、最初のうちはりきむから」
「どうすればいいの?」
「……いろいろな可能性をイメージしておく」
「たとえば?」
 会話が進むごとに、リーナは少しずつクロウから離れだした。
 ふと気になったボイルは肩越しにちらりと振り返ってみる。マコとキリーは「寿司セットのわさびは本わさびか?」という雑談を続けながらついてきている。どうやらリーナのことに気づいているのは、今のところ自分だけらしい。
(……みんな、若いなぁ)
 思わずそんなことを考えてしまう。
 そんなボイルも二十七歳なのだから、まだまだ若い部類に入る。それでも、小さい頃から恋愛に対する興味を抱けずにいたボイルにしてみると、恋の花を咲かせまくっている仲間たちの姿がやけにまぶしく見えた。
 同時に、小さな不安を抱かずにいられない。
(変なことにならなきゃいいけど……)

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