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[30]
三十九日目――
「あれが?」「マジかよ……」「すげぇ」「へっ、ショタ系かよ」
観客席では様々な言葉が囁かれていた。
彼らの眼差しは、いずれも運動場の南側に向けられている。ストーンサークル付近に出現した見慣れぬプレイヤーに好奇の眼差しを向けているのだ。
膝当てと一体化した超ロングのブーツ。
ゆったりとした黒いズボン。
太い革ベルト。
躰にフィットする袖無しの黒いハイネックシャツ。
浅黒い肌。
剥き出しの左腕には、手の甲から肩を経て左頬にいたるまでの箇所に、炎を模した赤黒い刺青を刻んでいる。
顔立ちは中性的。体つきも華奢(きゃしゃ)で小柄だ。丸みを帯ながらもシャープの顎のラインを考えれば、かなり手を加えた外装であるように思える。だが、ぼさついた黒髪といい、少年にしては大振りな瞳といい、造形そのものに一切の手が加えられていないことを、彼を待っていた人物はよく知っていた。
「――よく来たわね」
声をあげたのは運動場の中央に立つ完全武装のプレイヤーだった。純白の西欧甲冑で身をつつみ、仰々しいまでに大きな肩当てからは純白のマントを下げているという重装備で待ちかまえていたらしい。ただ、一番目立つ部分は、兜についた、鹿の角を模している角飾りだった。
「来ないかと思ったわ――クゥ」
途端、それまで無表情だった黒装束の少年――クロウの顔に険しさが宿った。
彼は無言のまま歩き出した。
急に観客席が静まっていった。
クロウは歩みを続ける。それなのに、足音がしない。足音を消す“サイトントムーブ”というアシスト系スキルをセットしているせいなのだが、それにしても物音どころか、気配すら希薄だ。少しでも目を離すと、影に紛れて消えてしまいそうな印象すらある。
「怖がらなくていいのよ」
重装備のプレイヤーは不動のまま語りかけた。
「クゥも気づいてるんでしょ? 私たち、選ばれたの。運命に選ばれた人間なのよ。ここでの日々は最初の試練……これに耐え抜いた者だけが、本当の意味での伝道者になれる。だから、クゥも――」
「黙れ」
クロウの声が凛と響いた。
彼は十メートルほど離れたところで立ち止まり、視線を相手のさらに後方――観客席北側に延びる階段のさらに上へと伸ばしていった。その果てにはSHOPがあるはずだったが、今は様々なインテリア系アイテムが積み上げられ、SHOPの立て看板すら見えなくなっている。それどころか、その手前には、舞台としか言い様のない平坦な場所すら作り上げられていた。
舞台の背後には白いカーテンが垂れ下げられてある。
そのさらに手前には立派なソファーが置かれ、半裸の巨漢が腰を降ろしていた。
自治会の指導者――アズサだ。
右隣に立つ中性的な人物は第一の帰依者と言われている執行部代表のカヲル。その反対側にあたる左隣は、今現在、誰も立っていない。それもそのはず。そこに立つべき人物こそが、今、クロウと対峙しているプレイヤーなのだ。
「……なんでだ」
クロウは目を細めながら、対峙するプレイヤーの顔を見つめた。
「なんで……隊を離れた?」
「クゥこそどうして?」
「やめろ」彼は顔をしかめた。「質問してるのはこっちだ」
「イヤなの? クゥって呼ばれること」
「………………」
「どうして?」
「………………」
「そう……」
彼女は左肩をダブルタップした。ウィンドウが展開する。彼女はその中から、ふたつのボールオブジェを引き出した。
「クローズ・ウィンドウ」
ヴォイスコマンドでウィンドウを消し去った彼女は、オブジェを握り、具現化させた。
彼女の両手に肉厚のブロードソードが出現する。
クロウは自身の左肩をダブルタップしながら、改めて彼女の武装を凝視した。
(……“シルバーフルプレート+3”、“ホワイト=ガーディアンマント”、“ブロードソード+4”、“オーガベルト”、“リングシャツ+1”、“アンチフレイムアミュレット”……贅沢だな)
一方のクロウも装備品はかなり上等なものばかりだ。
“レザーシャツ+3/W”、“マーシャルアーティストパンツ”、“ファルコンベルト”、“レックガード+2”、さらには誰も知り得ない特殊なアイテムを装備し、手にするカタナもただのカタナでは無くなっていた。
しかし、装備ですべてが決するわけでもない。
彼は素早く正面のウィンドウを操作し、セットスキルの組み替えを行った。
視認対象の基本データと装備品を閲覧できる“カネッサーシップ”と暗闇を見通せる“ノクトビジョン”を解除。かわりに全身の筋力を高める“ハイ・ストレングス”、骨格を強化する“メタルボーン”、HPがレッドゾーンに入ると自動的に所持中のヒールクリスタルを使用する“オートヒール”をセット。何度も繰り返した操作だけに、その手つきは滑らかだった。
「殺しはしないわ」
ウィンドウを閉ざすなり、彼女は身構えながら悠然と微笑んだ。
「でも――殺しちゃうかもしれないわ」
「………………」
クロウは答えず、静かに息を吸った。
そして――
“敵”に向かって突進した
Chapter III " Enemy "
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