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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[26]


 十八日目――
(妙なことになってきたな……)
 喧喧諤諤(けんけんがくがく)の大論争が続く中、リチャードはひとり、派閥構成を再確認してみた。
 生存者約三千名中、今や半数が自治会に加わっている。残る千五百名は情緒不安定か自堕落(じだらく)すぎてパーティすら組もうとしないプレイヤーたち、つまり自治会の保護対象者たちだ。
 今現在、この保護対象者の存在が大きな問題になっている。
 原因は――SHOPで販売しているフード系アイテム“紅茶”が売り切れ状態になったこと。
 販売アイテムは有限だった。たったそれだけのことなのだが、娯楽らしい娯楽が食事とセックスと雑談ぐらいしかない今の迷宮では致命的とさえ言える重大事である。
 これを受け、まず自治会員の六割にあたる無派閥の面々が騒ぎ出した。
 彼らは本質的に保護対象者と大きく変わらない面々だ。積極的に狩りに出るわけでもなく、日がな一日、ダラダラとすごしている者が多い。リチャードが見るところ、自治会への参加も、なにもしないよりはマシというレベルで決断したと思われる。
「しかし自治会の設立主旨は――」
「誰でも戦えるというわけでは――」
 彼らの説得にあたっているのは、リコやリトルジョンを筆頭する通称“リコ派”の面々だ。
 その数は会員の一割にあたる二十六パーティ、約百五十名。
 派閥としての体裁が整う程度の人数は集まっているが――
「自治会の設立主旨はコロシアムの秩序維持だろ!」
「働かざる者、食うべからずじゃないのか!?」
「我々は慈善団体じゃないんだぞ!?」
 対する“アズサ派”は、今や会員の三割にあたる七十九パーティ、約四百五十名を擁する最大派閥として君臨している。十四日目に結成された自治会執行部も、全メンバーがアズサ派のプレイヤーだ。そのうえ、今回の問題では、物資欠乏を心配する無派閥寄りに近い意見を主張している。
 いや、彼ら自身、自分たちに食べ物が回ってこなくなることを嫌がっているだけなのかもしれない。
(うちのお姫様みたいなやつ、そうそういるもんじゃないしな……)
 リチャードは懸命に反論するリコの後姿を眺めた。
(悪いことしたかもな……)
 彼女を矢面に担ぎ上げたのは他でもない、策謀を練ったリチャードである。
――彼女を担ぎ上げれば面白いことになりそうだ。
 そう考えたのは、地獄絵図のような“あの日”のバトルロイヤルの最中のことだ。
 彼女は、そこにいるだけで絵になるプレイヤーだ。
 可愛らしくもナチュラルな動きを見せる外装。
 歯切れの良い、サバサバとした言動。
 さらに彼女は、第一階層のレアアイテムである“ゴールド・リングメイル”を装備している。オンラインゲームではレアアイテムを持っているか否かがひとつのステータスになることが多く、その点から言っても彼女はひときわ目立つ存在といえた。
 ゆえにリチャードは彼女に目をつけた。
 あわよくば犯罪的な行為を――とも最初は考えたが、いろいろありすぎてそちらの策謀は特に進めていない。
(犯罪……か)
 面白いか否かという基準だけでひとりの少女を派閥の旗頭に担ぎ上げる――これもまた犯罪なのではないだろうか。そんなことをリチャードは考えてしまった。
 そうだ。すべては面白いか否かで考えていた。
 リチャードこと田沼正登(たぬま・まさと)は、軍師や策士に憧れを抱く、ある意味において典型的なゲームマニアのひとりである。それゆえに彼にとってゲームとは、“面白いこと”を味わうためのツールにすぎなかった。だからこそ彼は、この事件(?)に巻き込まれた時も、まず最初に“自分がナンバー2でいられる勢力の構築”という、他人から見れば馬鹿馬鹿しいにもほどがあることを考えてしまった……
 わざわざリコとアズサを引き合わせたのもそのためだ。
 さらに彼は、わざと両者に亀裂が入るよう、アズサに反発を覚える面々をリコのもとに集めていった。
 今は、そのすべてを後悔している。“あの日”から数日は、自分は現実(?)を受け入れたくないがゆえに、ゲームが続いていると思いこもうとしただけなのではないのか――そんなことを考えられるようになっている。
 気づいてしまったのだ。今やコロシアムに、もうひとつのリアルが誕生しつつあることを。
 グロテスクな現実の顕現。
 世間体という薄皮の下で、剥き出しの欲望がドロドロに渦巻く、もうひとつの現実社会の胎動が……
「――リチャードくん?」
 声に驚き、あわてて振り返ると、そこには心配そうに見つめてくるジンの姿があった。
「ジンさん……」
「話し合い、まだ続きそうだし、奥で休んでなよ」
 その言葉には、リチャードを責めるような言葉は欠片も含まれていなかった。しかし、純粋な好意の言葉なだけに、リチャードの耳には罵倒以上に痛い言葉でもあった。
「いえ、ちょっと考え込んでただけです。それよりジンさんこそ休んでください」
「僕はいいって」
「いえ、カウンセラー役、いろいろとたいへんそうじゃないですか」
「真似事だよ、真似事」
 ジンは苦笑しつ人差し指で自らの頬をかいた。
 リコ派の相談請負人――今やジンは、リコ派のみならず自治会にとっても欠くことのできない存在になりつつある。やっていることを他人の愚痴を聞き続けるだけというものだが、これはそうそう、できることではない。特に状況が状況だ。相談を聞いているほうが意気消沈し、精神的に不安定になることも珍しくないような状勢である。
 だが、ジンはいつまでたっても相変わらずだ。
 そのうえ、口も固いし、なにより話しかけやすい空気を持っている。
 おまけに――
「……気に病むこと、無いんじゃないかな」
 ジンは唐突に妙な言葉を告げてきた。
 リチャードはギョッとした。
 これだ。平々凡々に見えこそするが、ジンはこう見えて、他人の心情を的確に推し量る才能のようなものを持ち合わせているのだ。
「その……なんていうかさ」
 ジンはリチャードの隣に立った。
「僕もオンラインゲーム、あれこれと遊んだからなんとなくわかるんだけど――キミって仕掛ける側の人間だろ?」
「……わかりますか?」
「なんとなくね」
「じゃあ……前から?」
「確信が持てたのはここ最近だよ。キミ、リコちゃんにものすごく遠慮するようになったっていうか、申し訳なさそうにしてるって言うか……でもさ、もしリコちゃんに担ぎ上げたのは自分の作戦です、だなんて言ったらすごい怒ると思うよ」
「ですよね」
 リチャードは苦笑まじりでリコに目を向けた。
 運動場には自治会員のほぼ全員が集まっている。階段の段差を利用した壇上に並んでいるのは自治会執行部の面々だ。その手前には、パーティリーダー約百五十名が地べたに座り、立ち上がった数名の間で激論を交わされている。
 会議が始まってすでに約三十分。他の会員は、リーダーたちのうしろや周囲に群がり、小声でアレコレと話し合ったり、発言に耳を傾けていたりしている。リチャードやジンがいるのは、そこからさらに離れた、寝床が無い階段状の座席の中ほどだ。ちなみにアケミ、ワイズ、ボーイの三人は運動場に下り、野次馬の最前列で話し合いを聞いているところである。
「……ジンさんにはかなわないな」
 リコを眺めながらリチャードは苦笑を漏らした。
「年の功だよ――といいたいところだけど、そうでもないんだよ、これがまた」
「えっ?」
「キミのこと、リコちゃんとアケミさんに相談したんだ。なにか思い悩んでる様子だったし、普通に聞いても……キミ、ごまかすの得意だろ? だから知恵を借りたんだ。そうしたら、二人がアレコレと……ね」
「あぁ……」
 つまり心の揺らぎに感づいたのはジンだったが、リチャードの思惑を見抜いていたのはリコとアケミの二人だった、ということなのだろう。
「うちの女性陣は最強ですね」
 リチャードはガリガリと頭をかきながら笑みをこぼした。
「同感、同感」
 ジンも苦笑をもらしている。
「だから――あっ、ここから先は僕からのお願いっていうか、希望なんだけど……」
「大丈夫っす。絶対に裏切りませんから」
「……」
「はぁ――こうなったら腹をくくるしかないわけだ……」
「腹をくくる?」
「ジンさんはどう思います、最近の自治会のこと」
「どうって……」
「正直に言ってください。どんな些末(さまつ)な印象でもかまいませんから」
「そうだね……なんとなくだけど、イヤな感じが……あっ、居心地が悪いって意味でね。特に駅長の周辺にいるプレイヤーのロープレ、ちょっと度が過ぎてる感じが……ね」
「同感っす。でもまぁ、予想される事態でもあるんですよ。ほら、ただでさえ別人の外見を使ってますよね? 中には声まで別物にしてる連中もいますし、性別だって変えてる連中もいます。つまり、ここにいる自分は本当の自分じゃないって錯覚しやすい環境なんですよ」
「あっ、それがロープレに?」
「駅長はナリキリじゃなかったはずなんですけど……まぁ、あの人も自業自縛ってあたりだと思いますよ。慕ってくる連中に持ち上げられている間に、だんだん、本当にそういう立場の人間だって思うように………………」
 そこでリチャードは口を閉ざし、考え込んだ。
「……そういう立場?」
 その言葉から導き出されていった推測はリチャードの外装の顔から血の気を一気に失わせていくのだった。


 堂々巡りを続ける緊急リーダー会議が一時間の休憩に入るが早いか、リチャードはリコ、ジン、リトルジョンの三人をリコ派寝床群――コロシアム南東部の寝床群――の最上段にあるカフェテラス風の共同スペースへと呼びつけることにした。重要な話ということで、その他のリコ派の面々にはアズサ派が近寄らないよう、監視を頼んでいる。また、彼らにも話を聞かせぬよう、四人はひとつの小さなテーブルに集まり、声を潜めながら語り合うことになった。
「……で、ここまでする必要がある話なのよね?」
 会議疲れでムスッとしているリコがリチャードに尋ねた。
「できれば一階に降りて話したいぐらいですよ」
 リチャードは念のためとばかりにもう一度だけ周囲を眺めた。
 近くに人影はない。
 一番近いリコ派のプレイヤーとも五メートル以上は離れている。また、全員がこれからの自治会について語り合っているため、声を潜めればまず間違いなく聞こえる心配が無さそうだ。
「よし――最初に謝ります。リーダー、申し訳ない」
「なによ急に」
「面白半分でリーダーを担ぎ上げたのは俺です。そのうえ、事態がこんらががるようにジョンさんと駅長を引き合わせたのも俺の策謀です。最終的にリーダーを自治会のトップに担いで、俺がナンバー2になろうとしました。以上が俺の謝罪点です。深く反省してます。すんません」
 リチャードはゴンッと額をテーブルに押しつけた。
 しばし沈黙する三人。
「……どういうことですか?」
 状況を理解していないリトルジョンが尋ね返した。
「聞いた通りよ」
 リコは髪をかきあげ、ふん、と鼻をならした。
「とりあえず、その件についてはあと回しでいいわ。本題は別なんでしょ?」
「さすがリーダー。ただ、俺がこっち側だってことを明確にしてないと、話が複雑になりそうなんで……土下座とかはあとでナンボでもやりますから、マジで今は勘弁ってことで」
「地がでてきたわね」
 リコは苦笑しつつジンを見やった。彼も苦笑を漏らしながらうなずき返してくる。
 昨夜、ジンから相談を受けていた際、彼が抱いた印象に対し、適当な理屈をつけてやっただけなのだが――どうやら正解だったらしい。瓢箪(ひょうたん)から駒だ。言った本人が一番信用していなかった説が、まさか大正解だったとは。
「で、本題はなんなの?」
「その前にもうひとつだけ――三人とも、PVのソフト面の基礎理論は?」
「それなりに」とリコは即答した。
「少しなら」とはリトルジョンだ。
 だがひとり、
「恥ずかしながら」
 ジンは困ったように、ポリポリと人差し指で頬をかいた。
「じゃあ、確認の意味も含めて――」
 リチャードは口元に手をあてながら語り出した。


 PVは何も仮想現実世界の全てを計算処理で再現しているわけではない。
 例えば一本の割り箸があったとする。
 この両端を持ち、力を込め、折ってみる。
 この時、限りなくリアルに、かつ、全てを計算処理で再現するなら、“割り箸を折る”という計算式が必要になってくる。もちろん、そんな非効率的なことをやっていられるわけがない。仮に“何かを折る”という計算式を作るにしても、長さ、素材、力点、荷重などから“折れる”という現象を再現する計算式が必要になってくる。この発想でいけば、現実世界で起こりえる全ての現象の計算式を用意しなければならなくなるが、これは非常に非効率的だ。
 たとえばポテトチップスをかみ砕いた時、どのような計算式が必要になるのだろう?
 そもそも計算式をたくさん用意するということは、計算式が適用される“存在”にも区分をつけておかなければならない。これは折れるもの、これは割れるもの、これは燃えるもの、これは凍るもの……
 つまり、従来の方法論では仮想現実に対応しきれないということになる。
 では、より現実に近い状態をシミレーションしてみるか?――それも不可能だ。
 現実の物理現象は単純に見えて非常に複雑だ。全てを再現するには、粒子の挙動を再現しなければならない。本物の水はHOではなく、HとOで構築された様々なイオンが常に組み変わることでHOに近似した動的秩序を作り上げている。同様に、本物の空気はN+Oでもなく、本物の衣服の皺(しわ)は定数と変数と乱数で導き出され、本物のカレーライスには味覚のレセプターに対応する多種多様な化学物質が混入しており……
 完全にリアルと等しい仮想現実など作れるはずがない。せいぜい、ポリゴンを限りなく小さくし、画素数が限りなく大きいテクスチャーを張れるシステムで、可能な行動を制限した虚構世界を作り上げるのが精一杯なのだ。
 しかし、PVは違う。
 PVの仮想世界は現実世界と瓜二つの驚くべきリアルさを持っている。
 それはなぜか?


「脳を騙してるだけ――でしょ?」
 リコが確認するようにリチャードに尋ね返した。
 リチャードは肯き、ジンに目を向けながら、
「たとえば石壁があったとすると、本当に石壁が存在しているわけじゃなく、あくまで存在しているという情報が設定されているだけなんです。でも、そいつを視覚的に認識する者が現れると、まず、視覚的に“石壁を見ている”という情報をユーザーの脳に送られます。これを受けたユーザーは、適当な石壁を連想。するとサーバー側が、連想された視覚的な情報を再現して、視覚情報として送信する……」
「つまり……見るたびに違う石壁になるってこと?」
 ジンが頭の中を整理しながら小声で尋ねた。
「いえ、再現した時に基本的な情報は保存しておくんです」
 リチャードは木製テーブルの年輪に指を走らせながら言葉を続けた。
「だから、別の人間が石壁を見た時には、すでに保存されている視覚情報をそのユーザーに送るんですよ。ただ、ユーザーが脳内で作った石壁のイメージは別に読み込んどいて、ひとり目とふたり目の情報を平均化させたやつを保存しておきます。これを繰り返すことで“石壁”というシンボルを視覚的に認識した場合の平均的な情報が作られていき、以後、“石壁”というシンボルが必要になった時の基本的な参照情報になります」
 リチャードは顔をあげた。
「ただこの場合、石壁の染みの形が千差万別になります。それでも、“石壁の染み”を認識しようとする者が現れると、今度は“石壁の染み”について、同じ工程が行われるんです。もちろん、実際には、石壁程度の情報となると最初から画像データから何から、全部用意されているはずです。つまり、一発目から平均化された情報が提示され、誰が見ても同じものを見たり触れたりできる――そう思って間違いないはずです。それでも、こういう工程を用意しておけば、システム側が用意されていない状況が起きても、情報の蓄積と平均化で簡単に対応できます」
「ですから私たちが見ている年輪は同じ形になるんですよね」
 リトルジョンも年輪を人差し指でなぞりはじめた。
 ジンから見ても、彼(彼女)の指の動きは、リチャードがなぞっている年輪の形と符合しているように見える。
 だが、それは複数の人間が“年輪”を認識しようとしたからこそだ。
 つまり、リチャードが年輪を認識するまで、テーブルの年輪は不確定だった。しかも、最初に彼が連想した“年輪”のイメージが一時的に保存されていたため、次いで同じものを認識しようとしたリトルジョンにも、同じ傾向の情報が伝達された。この両者の平均化された情報をジンも認識し、今現在、ジンがそうだと認識している“年輪”を生み出している。
 しかし、二人が“なぞっていない場所の年輪”は、誰かが認識するまで不確定なままだ。
 さらに、今現在見ている“年輪”も、観察者が“年輪”を無意識的にでも記憶していなければ、今度見る時にまったく別のものに変わってしまう。なぜなら、細かい情報まで恒常的に保存しておくのは非効率的だからだ。ゆえにコンピュータは、観察者の記憶から情報を引き出し、細部はともかく全体像は良く似た“年輪”を再現するだけに止めるのである。
 頭が痛くなりそうな理屈だ。
 しかも、話はこれだけに留まらない。
「もちろん、こういう形式ではゲームがゲームになりませんよね。まぁ、基本的な情報の蓄積はPVのシステムが完成した段階で終了していると思うんですが――それでも、こういう仮想世界をゲームに仕上げるには、ダメージ判定やら何やらでいろいろと問題がある。そこでVRN社は、システムを階層化することにしたんです」
 前記の仮想世界再現手順は基本部分にすぎない。
 VRN社のPVは、大きく三つの階層で処理を分けている。
 基礎にあるのが前述の“基礎階層”――旧時代のパソコンでいえば機械語にあたる部分だ。正確には異なるが、おおよそ、そのようなものだと考えれば、まず間違いない。
 次いでシステム的な制御を行う“OS階層”が基礎階層の上に乗っている。ログインやログアウト、ウィンドウによる各種操作などは、この階層で行う処理だ。よって、基本的には仮想現実世界に外装を用いて直接干渉する処理は含まれていない。普段は決して意識しない処理階層と考えて良いだろう。
 そして最も上に乗っている処理階層が“ソフトウェア階層”、『 WIZARD LABYRINTH 』で言えば“ゲーム処理階層”と言うべきものだ。防具に設定されたオブジェを身につけるだけで、外装全体の防御力が向上するなどの非現実的な処理――基本部分に反する処理――は、この段階で行われる処理である。基礎階層から大きく外れているためソフトウェア的な応用性には欠けているものの、旧時代のパソコンで言うマクロのように“ソフトウェア的にあらかじめ用意した特殊処理”を多数用意することで、直接的かつ把握しやすいカタチで“仮想現実世界への干渉方法”が確立していることになる。
「ポッキーをかみ砕く時の処理は基礎階層、剣で殴る時の処理はソフトウェア階層――まぁ、そんな感じで処理されますから、材料があっても思うとおりの服が作れないって状況が生まれてるってわけです」
 リチャードは「OK?」と確認するようにジンを一瞥した。
「服か……」
 過去にも何度か、カーテンを切り裂いて服を作ろうとしたプレイヤーたちがいた。しかし、パレオのように腰を巻いただけであっても、“インテリア系アイテムは階層間を移動できない”というルールに縛られていたし、クリーチャーの攻撃を受けると、それだけでカーテンは砕けてしまい、使い物にならなくなった。これはインテリア系アイテムのゲーム的な耐久力が、すべてゼロに設定されているために起きた現象だ。
 ウッドシールドは防具になるが木製テーブルは盾にならない――そのような区分けがプログラム的に行われているということなのである。
「とまぁ、ここまでは前置きなんですよ」
 リチャードは再び声を潜め、真剣な表情で三人に語りかけた。
「実は基礎階層の処理方法――多重象徴結合(マルチ=シンボル・リンク)って言うですけど、これを使った、とあるゲーム的な仕掛けのアイデア、随分前からネット上で噂されてるんです」
「ルーマーシステムのことですか?」とリトルジョン。
「ご名答」
「なにそれ」リコは尋ね返した。
「知覚情報以外にも多重象徴結合を適用する――わかりやすくいえば、ゲーム中で、ある武器が強いっていう噂が流れ、多くのプレイヤーがこれを真実だと認識した場合、ソフトウェア階層でも基礎階層と同じ多重象徴結合処理を行って、該当する武器の性能を高めてしまうってこと……で、わかりますか、リーダー?」
「……ちょっと待って。それって、プレイヤー個人も対象になる?」
「理屈上は」
「い、いや、ちょっと待った」
 ジンが手をあげながら困ったようにリコとリチャードを交互に眺めた。
「そんなの、ゲームのバランスがメチャクチャになるだけだろ? ほら、オンラインゲームっていえば、ゲームバランスの微調整だけで二、三年は掛かる代物なんだし、そんなもの実装されたら意図的に噂を流すだけでユーザーが好き勝手にバランスを変えることになって――」
「攻略隊」
 リチャードは真剣な眼差しでジンを見返した。
「連中、強いじゃないですか。確か昨日ですよね、食料の買い出しに一パーティがここに来たの。それで小耳に挟んだんですけど――連中、今は第三階層を攻略中らしいんですよ。信じられます? 俺たちでさえ、試しに降りた第二階層でヒィヒィ言ってたじゃないですか。いくら経験値稼ぎに専念してからって、ちょっと異常だと思いません?」
「まさか……みんなが“攻略隊は強い”と思ってるから?」
「駅長もそうですね」
 と、リトルジョンが考え込んだ。
「私、WiGOでも駅長を遠目に見る機会が何度かありました。その時から駅長、芝居っ気があったといえばあったのですが、今ほどの威圧感や……そうですね、カリスマ性というものは無かった気がします。ですが……」
「なんか、カルトの教祖になってるそうよね」
 リコが不快そうに言い放った。
「「教祖?」」
 リチャードとジンが同時に尋ね返す。
「そう。ジョンさんが又聞きで聞いたんだって。ほら、最近、駅長って一階に籠もりっぱなしでしょ? なんでもダークゾーンのどこかで――」
 不意に歓声が轟いた。ギョッとした四人は顔をあげた。
 歓声の源は運動場の南側にあるストーンサークル――その周辺に人だかりがある。彼らが取り囲むのは異様な半裸の集団だ。武器防具は一切身につけていない。衣服も防具系アイテムであるマントを腰に巻いているだけの者ばかりだ。上半身はいずれも全裸。一応、女性外装は基本装備のスポーツブラを付けているが、半裸であることに代わりはない。
 その数、全部で十三名。
 中でも先頭に立つ巨漢は、威風堂々とした立ち振る舞いから一際(ひときわ)目立っている。
 リコが誰にともなく尋ねた。
「……もしかして?」
 リチャードが応える。
「駅長様から教祖様にクラスチェンジ……?」
 そうつぶやく彼の顔は、言葉とは裏腹に深刻そのものだった。


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