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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[25]


 十三日目――
(あーっ、もう! なんなのよ、あのオタクども!)
 顔で笑って心で激怒。すれ違うプレイヤーたちに「こんにちわ」「ハロー」「向こうで飲み物もらえるよ」と声をかけていくリコだったが、心の中ではアズサに対する鬱憤(うっぷん)が爆発しかけていた。
 そもそも自治会を結成した時も妙な感じだった。
 昨日も同様。
 そして今日、朝のリーダー会議の席上では――


「参加パーティが四つ増えた。それとあわせての意見なんだが、そろそろ自治会に執行部を作るべきじゃないかって意見がチラホラとあがってきてる。このままリーダー会議で全てを決めていたら、人数が増えれば増えるほど面倒が増えるからな。そこでだ。リーダー会議は、執行部の役員を選出する場にしてはどうだ? 多数決をとりたい」
 即座にリーダー十名中、七名が手をあげた。
 残りは発案者のアズサ、考え込んでいるリトルジョン、目を点にしているリコだ。
「反対か?」
 不満げにアズサが並んで座るリトルジョンとリコに尋ねてきた。
 リトルジョンは真顔でアズサを見返してから、
「微妙な問題なのでパーティメンバーの意見を聞きたいのですが」
 と自らの立場を示した。
 アズサは即座に睨む対象をリコに変えた。同時に七人のリーダーも彼女を睨みつける。まるで最初から目の敵にしているかのように。
「リトルジョンと同じよ」
 リコもムッとアズサを睨み返した。
「それが普通じゃない。私はパーティの代表であって、ご主人様じゃないんだから」
「では賛成八、棄権二だ。執行部の中身については明日にしよう」


 とどめは自治会本部、SHOPの東側に新設された大きな寝床を出た直後だ。
 ディーリッドがわざとぶつかってきた。
――ごっめーん。
 ニヤリと笑いながら駆け去り、アズサの腕に絡みついていった。
 怒りゲージMAX。
 隠しパラメーターとして実在すれば、今この瞬間でも魔導師ワーグナーを超必殺技で吹き飛ばせそうな感じだ。というか吹き飛ばしたい。さっさとこんな場所、オサラバしたい。
(なにが駅長よ! 猿山の大将で充分よ、充分!)
 自然と目尻もつりあがってくる。
 コロシアム東南の観客席中に作り上げた自分たちの寝床に近づくほど――つまり本部を離れれば離れるほど――に、どんどんと怒りゲージが二回、三回とMAXをカウントしていく。だが、理性が叫んでいた。これではいけない。自分はリーダーだ。少なくともジンやアケミたち五人に対しての責任が――
「――!?」
 リコは立ち止まった。
 家具に囲まれた寝床の脇、囲いも何もない観客席の一角にアケミが座っていた。
 いや、問題はそこではない。
 ジンが彼女の太股を枕に横たわっている。
 それも、完全無防備にだらしなくも半ば口を開けた状態で。
 おまけにアケミが、幸せそうにジンの前髪を指先で梳(す)いている。
(そんな……)
 言葉にすれば「裏切られた」という思いが胸中に広がる。なにがどう裏切られたのかわからないが、とにかく、そんな気がした。
 と、リコに気づいたアケミが、笑みを浮かべたまま顔をあげた。同時に、彼女の表情は複雑に変容した。
 最初は驚いた顔になった。
 続いて悲しげな顔になった。
 しかしすぐさま、真剣な顔でリコを見返し、穏やかに微笑んだ。そして、小さく首を横にふった。
 リコには意味がわからなかった。
 だが、続けてアケミが観客席の下を見るよう促すと――
(……あっ)
 ようやく今朝方のことを思い出した。
 最上段にほど近いリコ・パーティの寝床の下側には、頭に白い布――昨日のリーダー会議で決まった自治会メンバーの証――を付けていない非メンバーのプレイヤーたちがポツポツと座ったり、横になったりしている。
――あれ?
 と思ったのは、そんな無気力そうなプレイヤーたちのいるところに、白い布をハチマキのように頭に巻いたジンの後ろ姿があったからだ。その時も見知らぬ男性外装と並んで腰掛け、ボソボソと何やら語り合っていたところだったのだが、記憶が確かならリコが眠る前、昨晩の段階でも同じ場所に座り、同じプレイヤーに対して、同じように語り合っていたはず……
 だが、その時は寝起きのジンが、昨日と同じ人と話しているのだろうと思い、リーダー会議を優先させた。
 そして今、ジンは寝ている。話し相手も寝ている。
 パズルのピースがカチッとはまった。
「まさか夜通し!?」
「しーっ」
 アケミは唇に人差し指を立てた。あわててリコは両手で口を塞いだ。
「でも」と指の隙間からリコは尋ねた。「ジンさん、昨日はずっと勧誘して……」
「勧誘はしてなかったみたい」
 アケミはクスクスと笑いながら膝上のジンの髪を撫でた。
「ダメってことになってるけど、自分の現実の生活とかを話したり、相手の現実の生活のことを聞いたり……それしかやってないの。ジンさん、不器用だから」
「……だよねぇ」
 リコはジンの枕元にしゃがみこみ、アケミと二人で彼の寝顔を覗き込んだ。
 口は半開き、唇の端から涎すら垂らすだらしのない寝顔だ。しかし、妙な愛嬌を感じる。長年家にいる不細工な飼い犬に感じる種類の感覚かもしれない。だが、リコにしてみれば新鮮な感覚だ。資産家の子供ばかり集まる学校に通っていたせいもあるだろう。ジンを見ていると不思議な気持ちになってくる……
「膝枕はわたしが無理矢理やったの」
 アケミが告げた。
 リコはドキッとした。
「もの凄く眠そうなのに、別の人に話しかけようとしてたから……だからここに引っ張ってきて、強引に座らせて、膝枕したの。ジンさん、最初は抵抗したのよ。でも、こうやって目を押さえて、寝不足でリコちゃんに迷惑をかけてもいいのかって聞いたら……」
「寝床に……押し込めばいいじゃない」
 リコはボソボソとつぶやいた。
 アケミは一瞬だけハッとなり、ジンの目元を抑えた手をのけると、
「……そうよね」
 とつぶやいた。
 今更のように寝床に押し込めば良かったことに気づき、どうして気づかなかったのか考え、自分の心の中に、こうすることでジンと自分の関係を公のものにしたがってる部分があったことを悟り――そんなアケミの心の動きを、リコは小さなつぶやきから正確に感じ取っていた。
 同じ女だから。
 同じ……
「どうかしましたか?」
 不意に背後からリトルジョンがヒョイッと首を伸ばしてきた。
「うわっ!」「おっと」
 転がり落ちそうになるリコだったが、リトルジョンが間一髪で彼女の腕を掴んだ。
「び――びっくりするじゃない!」
「すみません。お二人とも熱心そうだったので」
「んっ……ふわぁぁぁ……うわっ! す、すみません!」
 ジンが目覚めた。
 途端、アケミの膝を枕にしていたことを思い出し、驚き、慌て――
「えっ、うわっ! あっ!」
 ゴロゴロゴロ――と観客席を転がり落ちていく。
 三人を含め、周囲にいる全員が呆然と転がるジンを見送ってしまった。
 ジンは途中で止まり、「痛たたた……」と腰を押さえながら起きあがろうとする。
 途端、一斉に全員が笑い出した。
「ひ、ひどいな……痛たたた」
 ジンも苦笑いを浮かべている。
 それが余計おもしろい。
「ジンさん、最高!」
 リコも腹の底から笑った。おかげでクスクスと笑うアケミと目を合わせても、お互いにそのまま笑いあうことができた。それが心の底から嬉しかった。


(微妙なところだな……)
 彼方ではリコたちが楽しげに笑っている。その光景を眺めながら、自治会本部の傍らに立つアズサが目を細めて考え込んでいた。
 自治会は掌握したも同然だが、リコ一派は明らかに敵意を抱きつつある。これをどうすれば良いのか。今のところ妙案が思いつかない。
「駅長ぉ、駅長ぉってばぁ」
 そんな悩み込む彼の腕をディーリッドが引っ張り続けていた。
(ウザイっつーの……)
 こんな粘着女に引っかかってしまったのは最大の失態だ。もっとも、あの乱交騒ぎの中で相手を吟味できるはずなどない。手が届いた相手の腰を掴み、突き刺す。胸を揉み、押し倒す。髪を掴み、くわえこませる。あの時の彼には、そのことしか頭に無かった。
「これから休憩でしょ? ちょっと相談したいことがあるの。ねっ?」
 彼女が引っ張り込もうとしているのは、SHOPの西側に組み上げたアズサ・パーティの寝床だった。すでに組み上げられた東側の自治会本部、下段側にあるアズサ一派の寝床とあわせ、SHOP包囲網は着実に組み上がっている。自治会がSHOPを管理するようになるのも時間の問題だ。
 あとは口実だけ。
 落ち着きを威厳と感じる馬鹿な連中を完全に手足にする口実さえあれば……
「駅長ぉ」
(……まぁ、いいか)
 ここ数日、休息をとっていないのも事実だ。少しぐらいならいいだろう。
「フォールダウン、レイト、ワイヴァーン、ヤヌス。適当に休んでくれ」
 アズサは残るパーティメンバーに声をかけた。
 それからディーリッドを腕に絡ませたまま寝床に向かう。もちろん、彼の寝床は他の面々のものより広い。ただ、家具らしい家具は、今のところコロシアムでも一台しか購入されていないダブルサイズのベッドがひとつという状態だ。
「えき――」
 ディーリッドが何かを告げる前に唇を奪うことにした。
 すぐに彼女はしなだれかかってくる。
(チョロイな)
 腰を抱き寄せ、尻をもみ上げつつ、乱暴なくらいの彼女の口腔をなめ回した。
 ディーリッドの躰から力が抜ける。
 アズサは手を離し、彼女をそのまま足下に座らせた。
 無言でウィンドウを展開、全ての装備を解除する。
 ディーリッドが生唾を飲み込んだ。
 彼女の前に、ギリシア神話のヘラクレスを思わせる筋骨隆々の偉丈夫の裸体が露わになったのだ。そのうえ、彼女の目の前には固く反り返る男性器がそそり立っている。
 アズサは裸体をさらしたまま、鋭さを感じさせる青い目で彼女をジッと見下ろした。
 もう一度生唾を飲み込んだディーリッドはそそり立つ彼の男性器に両手を延ばし、顔を近づけ……
(まぁまぁだな)
 と彼は思った。
 同時に、
(これが役得ってやつか?)
 などと考えていた。
 彼の名は松田俊介(まつだ・しゅんすけ)。本物の“梓八号”ではない。様々なオンラインゲームでアカウントを剥奪され続けている悪質なグリファーであり、三十歳にもなって親の脛を囓(かじ)る十年来のヒキコモリ中年だ。
 外見はガリガリにやせ細った長髪の異常者そのもの。
 だが、ここでは違う。逞しい肉体と威厳のある顔立ちを持つ“アズサ”こそ、今の彼だった。
(塞翁ヶ馬(さいおう・が・うま)ってやつだよな……)
 計画を思いついたのはSS(スクリーンショット)について考えていた時だった。
 WiGOではアイテムとして静止画を撮影できるカメラと、動画を撮影できるムービーカメラ――撮影時間、撮影場所、撮影者のキャラ名が必ず付記されるもの――が用意されている。これと同じものが『WIZARD LABYRINTH』にもある可能性が高い。そう考えた彼は、有名人のキャラ名が付いた悪質なSS(スクリーンショット)をバラまいてみたらどうだろうかと考えた。
 面白いことになるかもしれない。
 そんな思いつきから、彼はハンドル詐称を試みてみたのである。
 これがうまくいった。キャラクターネームの重複で弾かれることはなかったのだ。
 幸運は重なる。
 チュートリアル終了後、キャラ名を名乗った時点で周囲が勝手に勘違いしてくれた。
 それだけではない。
 デスゲーム開始宣言後、本物がいるのかどうか、それとなく探ってみたのが、声高に自ら駅長と名乗っても本物らしい人物は現れなかった。しかも、本物と本当の意味で親しいWiGOユーザーさえひとりも現れなかった。
 あとは――状況に流されるまま、ここまで来てしまった。
 いや、正確には違う。
 閉じこめられたとわかった直後から、彼はある計画を胸の中で温め続けていた。
「……そのまま壁に手を付け。脱がなくていぞ。その方が燃えるんだろ?」
 彼はディーリッドのマントだけを外させ、ただでさえ短いローブをたくしあげた。
 白いショーツはすでにひどく濡れている。
 アズサは歪んだ笑みを浮かべ、ショーツを脱がすと、そのまま怒張したものを一気に突き刺した。
「んんんんっ!!」
 ディーリッドは必至に声をかみ殺した。
 今現在のコロシアムではあからさまな性行為は疎まれる傾向が強い。暗黙の了解として、どうしても声を出したければ第一階層でやることになっている。だが、隠れてするのもこれはこれで良い。
「んっ! んっ! んっ! ん――――――っ!」
 乱暴に腰をふると、ディーリッドは強く背をのけぞらせた。
 躰を叩きつけ、余計な音をたてるような愚は犯さない。だが、したたり落ちるほど濡れている結合部からは、淫猥(いんわい)な音が鳴り続けている。近くにいれば絶対に聞こえるぐらいだ。パーティーメンバーには公然の秘密としているが――いや、今はそんなことはどうでもいい。絡みついてくる彼女の肉が、痺れるほど気持ちいい。
(悪くない)
 どうせ実物は醜い同人女に決まっている。だが、今は震え上がるほどの美女だ。そのうえ臭わないし、締まりもいい。
(肉奴隷に仕立てる方法、あるはずなんだが……)
 偏った知識で様々な方法を考えてみる。
 彼の知識はアニメと漫画とゲームから得たものが大半だ。しかも、軍事やオカルトといった、およそ実際の生活では役に立ちそうもない知識だけなら豊富にある。
 だが、これという妙案が思いつかない。だいたい、肉奴隷などという妄想の産物は洗脳でもしない限り――
(洗脳?)
 彼はディーリッドを犯しながら、さらに考えを広げていった。
(洗脳か……)
 歪んだ笑みが自然とこぼれ出た。
「うっ!」
 急に射精感がこみ上げてくる。我慢することなく、彼は大きく腰を突き出した。
 彼女の深いところで濁流を吐き出す。
 PVの一番良いところは、妊娠や性病の心配が無いことだ。それがわかっているため、女性側もいちいち避妊等で文句を言ってこない。
「駅長……気持ちよかった?」
 上体を壁に押しつける姿勢になっていたディーリッドは、肩越しに振り返りながら、とろけるような眼差しをアズサに向けてきた。だが彼は、無言、無表情のまま、ズルリと彼女の中から男性器を引き抜いた。
「あっ――」
「身だしなみを整えろ」
 彼は素早く装備を身につけていった。
 ディーリッドは泣きそうな顔で彼を見上げる。
「早くしろ」彼はジロリと睨んだ。「一階に降りる。歩いてる途中、垂らすなよ」
 途端、彼女の顔はパッと華やいだ。
(これがうまくいけば……)
 身だしなみを整えるディーリッドを眺めながら、駅長を詐称する男はどす黒い考えをさらに広げていった。

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